最悪な出会いはハッピーエンドへ PART:3
太陽が完全に遠い空に消えていく。
「…悪い、結局、俺が巻き込ませちまって…。けど、何があっても、俺が守るから。だから、絶対に立ち止まるな」
コクッと頷いて、梨月は立ちあがった。
スッと一度深呼吸して、駆け出す。
りおを取り囲むように、かたまっている連中の中に梨月は入っていく。
「あの、りおちゃんを、迎えにきました!」
「梨月…?どうして、ここに?!」
突然の梨月の登場に、驚いて顔をあげたりお。
「いいから、りおちゃん、走って!」
「うん…?え?!」
いまいち状況の掴めていないりおを、梨月は手を取り走り出す。
背後から、男達の叫ぶ声が聞こえるが、それを無視して梨月達は走り続けた。
そして、真中家に着く頃にはすっかり二人とも息が上がってしまっていた。
少し落ち着くのを待ってから、梨月が言葉を紡ぐ。
「り、りおちゃんのこと…れお君に伝えて、私もお手伝いくらいしかできないけど…」
その言葉を聞いたりおは、スッと表情を強張らせた。
「な…んで…、どうして、手伝うなんて…。まさか、れおが巻き込ませたの?!梨月を危険に合わせるってわかってるのに!」
りおは、れおがこの事態を把握した時点で、梨月を巻き込まないように、対応してくれると信じていたのだ。
それなのに、こともあろうか、梨月に手伝わすなど、りおには許せなかった。
と、同時に、一番許せないのは自分自身だった。
結局、最初に梨月を巻き込んでしまったのは、りお本人であったからだ。
「ごめんね、梨月。私が危険な目にあわせたんだ。本当に、ごめんなさい!」
「………」
「…梨月…?」
「…どうして、どうしてそうやって、自分を犠牲にするの?!りおちゃんも、れお君も、“あの子”も!何で、自分を守ることをしないの?!どうしてそんな……優しいの…」
ポロポロと伝い落ちる涙。
りおはそっと梨月の手を握る。
「梨月が大切だから…。大切な親友だから…。傷ついてほしくないから…。だから…ごめんなさい」
いつの間にか、りおの瞳にも涙がたまっていた。
お互いに、気持ちを吐露したことで、ようやく二人は落ち着き家の中に入る。
そして、れおの帰りを待ちながら、若干の気恥ずかしさにどこかぎこちなくなる。
それでも、りおと梨月の間にあった、境界線はなくなったようだった。
主に線を引いていたのはりおだったのだが、今まで梨月も無理にそれを越えることはなかった。
「なんだか、ようやく本当の友達になれた、そんな気がするね」
ポツリと呟いたりおの言葉に、口にしていた紅茶を置いて、梨月は微笑んだ。
「私は、今までだって、これからだって、りおちゃんのお友達よ?だから、また無茶をしようとしたら怒るし、止めたって、危険だって、あなたを連れ戻しにいくわ」
なんのためらいもない。
そういい切った梨月に、りおは目を丸くして、それから小さく笑って見せた。
「…ありがとう…」
「ふふ、どういたしまして」
梨月は微笑みつつも、りおがこの先も無茶し続けるのだろうと、予想ができていた。
そして、りお同様にれおもまた、りおのためには無茶するのが当たり前になっているであろうことも。
『きっと、“あの人”もそうなのね。二人とも大丈夫かしら…』
ふと、あの場に残してきた二人の少年を思う。
『俺が守る』
その言葉が梨月の心の中に、いつまでもとどまっていた。
散々、れおの気持ちを逆なでするような態度をとっていたというのに、その迷いのない静かな響きが、耳に残る。
それからしばらく経った頃、玄関の方から音がして、りおが部屋を出て行った。
再び戻って来た時には、りおだけではなくれおも一緒にだ。
無事に戻ってきたことに、梨月はホッと一安心だ。
「りおちゃん、れお君の傷の手当て、私にやらせてもらってもいい?」
「うん、ちょっと、待ってて!今、救急箱持ってくる!」
パタパタとりおは急いで出ていく。
その間、梨月はれおに向き直った。
「“あの人”も、大丈夫ですか?」
「…あぁ。…あいつのこと、りおにはいわないでくれないか」
「え?…はい。いいません。その代わり、ちゃんと手当てさせてください。……その肩…」
「…!!」
そっと触れたれおの左肩。
それだけで、眉をひそめたれおに、梨月は確信する。
「殴られたんですか」
「…どうってことない、これくらい…」
「…嘘」
「イッ!」
キッと睨むれおだが、梨月はそれを怖いとは思わなかった。
それどころか、目の前にいるこの少年が、ひどく幼い子供のように見えたのだ。
他人を心から信じることができず、そのくせ、他人のために一生懸命で…。
そんなれおを、梨月はずっと好きだったのだ。
あの保健室での一件から、れおの心を垣間見て、本当の姿を知ったあの日からずっと…。
「え、ちょ、なんで、泣いて…?!お、俺が悪かった!そんな泣くほど怖かったか?!」
「違うの…ただ、あなたが無事で…よかったって、安心したら…。ごめんなさい、また嫌われちゃいますね…」
瞳に浮かぶ涙をごまかすために、必死に笑顔を作る。
これ以上嫌われないために、嫌な想いをさせないために…。
梨月がれおのことを以前から知っていたことを、れお自身は知らない。
れおにとっての梨月は、入学式の日に出会った“大嫌い”な存在。
梨月はそのことを十分にわかったいる。
だからこそ、これ以上は…と頑なになっていた。
そんな梨月に、動揺しまくるれおは、困ったように頬をかく。
「……あのさ、入学式の日にいったこと…なんだけど……」
「お待たせ!!」
れおの声を消す勢いで、たくさんの薬や湿布、その他もろもろ持って、りおが駆け込んでくる。
梨月は慌てて、涙をぬぐい、笑顔でありがとうと伝える。
その後、少しだけバツの悪そうな表情のれおに、梨月は丁寧に手当てをしていったのだった。
そして、この日を境に、れおの梨月に対する態度が少しずつ柔らかいものへと変化していった。
それから、数日がたったある日のことだ。
梨月は校舎裏手にあるゴミ捨て場へ、教室から出たゴミを運んでいた。
まさか、そこで他人の告白を聞くことになろうとは思いもせず、足を伸ばしたその時だ。
「れお君!付き合ってください!」
そして、その相手がれおだったとは…。
頭では、早く逃げろと命じている。
けれど、足がその場に張りついたように動かない。
『まだ、私のことに気付いてない。早くこの場所から…』
焦りから、鼓動が大きく速くなる。
嫌な汗が背中を伝う。
「…俺さ、好きなヤツができたんだ。だからさ、ごめんな」
れおのその言葉を聞いた瞬間、手に持っていたゴミが滑り落ちる。
「誰?!」
女の子の叫び声に、梨月は慌ててその場を走り出す。
「待て!」
次に聞こえたのはれおの声。
梨月はただ夢中で走り続けた。
『また、嫌われた…』
頭の中でそればかりがループし、瞳を濡らす。
ぼやける視界で必死に走るも、相手はれおだ。
すぐに追いつかれてしまう。
「待って!梨月!」
初めて呼ばれた名前。
『どうして…?』
このタイミングで、なぜそれを口にしたのか。
けれど、確かに梨月の足は止まった。
そして、優しく掴まれた手は、それでも、もう逃がさないようにしっかり握られていた。
梨月はどうしても泣き顔を見られたくない一心で、うつむいたまま乱れた息を整える。
「待ってほしい。俺の話を聞いて…」
互いの体温を感じながら、言葉を待つ。
「お願い、顔をあげて…」
梨月は首を横に振って応える。
「…これ以上……嫌われたくないの…」
消え入りそうな、小さな声音に、さらに涙が落ちる。
と、その時だ。
急に視界いっぱいに、れおが映る。
次の瞬間、梨月は何が起きたのかわからなかった。
顔をくすぐるれおの柔らかな髪。
長い睫毛が影を落とす、綺麗な瞳を隠す瞼。
そして、どこかお日様を思わせるれおの暖かさ。
ようやく、自分がキスされていると気付いた時には、瞳を濡らしていた涙はすっかり引いていた。
「…好きだ」
温もりの離れたそのすぐそばで、まるで囁くように告げられた言葉。
「俺は、梨月が好きだ」
それを聞いた途端、一度は止まった涙があふれ出す。
「うっわ!ごめん!泣くほど嫌だったなんて思わなくて!っていうか、キス悪かった!泣き顔が、綺麗だったから…つい…!」
慌てるれおに、梨月は首を横に振る。
「ち、違うの…。ありがとう…れお君…」
「え?俺、なんかお礼いわれることなんてした…?」
「…嫌われて当然のことをしたのに…。それでもれお君は私を好きだといってくれて、友達としてでも、嬉しい…」
フワリと柔らかく微笑んだ梨月に、れおの瞳が怒りに染まる。
「そりゃあ、嫌いだっていった俺が悪いけどさ!でも俺が、好きな友達全員にキスしてると思ってるのか思ってるのかよ!俺は、梨月だから、特別だから、キスだって…!」
必死になってそういいながら、れおの瞳に涙が溜まっていく。
「俺は、お前が信じるまで、何度だっていうよ!俺は梨月が好きだ!キスしたくなるくらい、可愛くて、綺麗で、俺の彼女になってほしい!ずっとずっと大事にする!」
そんなれおの瞳に、スッと伸びたのは梨月の小さな手。
そっと拭ったその手の温度に、れおの体温を急上昇したようだった。
「泣かないで…?ごめんなさい、嬉しいです。ずっと私も好きだった。だから…ありがとう」
涙は残るものの、梨月の顔には笑顔が戻る。
『うっ!この笑顔は反則だ…!』
恋は、なんと理不尽で苦しくも温かいものなのか、れおはこの時初めて知ったのだった。
「私を、れお君の彼女に、してくださいますか?」
差し出された手。
れおはそれをギュッと握りなおす。
「こちらこそ、よろこんで!」
ようやく二人揃って笑いあえたのだ。
「よかったね!おめでとう、二人とも!」
「おわっ?!」
柱の陰からひょっこりと、りおが顔を出す。
いつからいたのは定かではないが、その口ぶりから、一通り見ていたのかもしれない。
「もう、二人ともずっと前からお互い気にしてるのに、なかなかくっつかないんだもん。見てるこっちがモヤモヤしてたんだよ?」
どこか困ったような笑みでいうりおに、梨月はれおの手を離し、りおの手をとる。
「梨月?」
「一つりおちゃんに、話してないことがあるの…」
「ん?なーに?」
キョトンとするりおとれおの二人を見て、梨月はふふっと微笑む。
「私、れお君よりも好きな子がいるの」
「「え?!」」
焦りまくるれおを横目に、梨月はりおにその名をそっと教えるのだった。