あれから…
「あれは、まだ私達が今のあなた達くらいの時のことね」
ソファーに座る一人の女性が大きな窓から見える広い庭に目を向けていう。
「今思えば色んなことがあったな」
その女性の隣にいた男性がクスクス笑った。
「本当に、二人をくっつけるのは苦労したっけ」
ソファーに座る女性の後ろからもう一人男性が顔を出した。
「苦労っていうか、もどかしかったね」
ティーポットを持ってキッチンから出てきた、もう一人女性が苦笑していう。
二組の夫婦。
部屋の棚に飾られたいくつもの写真。
卒業証書を胸に写ったその写真は四人の若き日のもの。
その隣にあるのは、一本の垂れ桜をバックに二人の少年が写った写真。
「けど、すごいよな。母さんも父さんも。初めて付き合った人っていうか、幼馴染みでそのまま結婚って」
「一番ありそうでないっていうしなー。けど、なんで母さんは父さんにしたんだ?すげー身近に、こんなカッコいい人がいたのにさぁ」
ソファーの下の絨毯に座る二人の少年は写真に写る二人。
どことなく、というよりも、二人の男性の若い頃と瓜二つのその少年達。
「おい、こら、どういう意味だ!」
「率直な感想をいったまでだ!」
「何だとー?!」
始まったのは親子喧嘩。
喧嘩というよりもじゃれあっているという方が正しいかもしれない。
「ちょっと、危ないからやめなさいよ」
ソファーに座っていた女性が呆れ顔で二人を止めに入る。
ここは以前まで、真中レオと真中リオの双子が二人だけで住んでいた大きな家。
けれど今は、真中レオ・梨月夫妻っ山倉陸斗・リオ夫妻、そして両夫妻の一人息子である真中ハルと山倉イクトの6人が暮らす家だった。
じゃれあっていたのはレオとハルの二人。
それを止めに入ったのはいうまでもなくリオだった。
梨月の持ってきたポットをイクトが受け取り、陸斗が紅茶をいれる。
「確かに初めて陸斗君を見た時、本当にカッコいいなぁって思ったっけ」
梨月がいってクスクス笑う。
「じゃあ、何で?!」
ハルの食いつきぶりのよさに、陸斗が困った風に笑い、レオはピクリと眉が動いた。
「だって、私の運命の人は陸斗君じゃなく、レー君だったから。レー君じゃなくちゃ、ダメだったの」
梨月がいって微笑みハルの頭を撫でる。
レオの表情もパッと明るくなった。
「それに、ハル。貴方に出会えたでしょう?リーちゃん達も同じよね?」
イクトからティーカップを受け取り、梨月はリオを見た。
「そうだね。私も陸斗に出会えたから、イクトにも会えたんだもん」
リオもそういうとイクトに笑いかける。
その笑顔を見て、イクトは写真のリオに目を向けた。
自分と同じくらいの年だった母親は、今とあまり変わらない笑顔。
『何となく、父さんが母さんに惚れたわけが、わかる気がする』
イクトがそんなことを考えていると、コツンと陸斗が小突いてきた。
「?」
「何、考えてたんだ?」
振り返ったイクトに、そっと問いかけてくる陸斗。
イクトは再び写真を見る。
「いや、“あの頃”の父さんと母さんはどんな風だったのかなって。ハルじゃないけど…父さんと母さんの出会いは、運命…だったんだろ?」
イクトの言葉に、陸斗は小さく笑って見せた。
「そうだな。俺とリオがお前くらいの時のことか。詳しく話したこと、なかったな」
「はいはい!俺、超聞きたい!」
突然ハルが会話に入ってくると、イクトと陸斗が同じ呆れ顔をした。
「何だ、俺が昔から超かっこよかったって話か!」
ハルと同じようにレオも会話に入ってきた。
「いや、いかにお前がアホだったか話してやろうか?」
「俺アホじゃねーよ!」
今度は陸斗とレオでケンカ勃発だ。
その横でリオと梨月は二人して笑っている。
「母さん達が話してよ!俺ら同じ、高校生だった頃のこと!」
ハルが梨月にいう。
「そうね。でもリーちゃんの方が話し上手かな」
「母さんが?」
イクトが梨月の言葉にリオを見る。
「上手かなぁ?でも、何から話そうかな。本当に色んな事があったの」
そう、これは語られることのなかった思い出のお話。
レオ、リオ、陸斗がまだ幼い頃。
レオ、梨月の出会い。
リオ、陸斗のあれから。
四人の今まで。
そして、ハルとイクト。
受け継がれるのは、あの架音学園の伝説のよう。