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婚約者の不倫で捨てられた公爵令嬢ですが、隣国の氷の皇太子に拾われて溺愛されながら全員まとめて地獄に落とします

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 その日、全てが終わった。

 いや――正しくは、終わらせられた。

「リシェル・ヴァルディエ公爵令嬢。貴様との婚約を、ここに破棄する」

 王城の大広間。貴族たちが見守る中で、第一王子レオンハルトは高らかに宣言した。

 その隣には、寄り添うように一人の女。

 金髪に涙を浮かべた、可憐な令嬢――ミレイナ・フォルツァ。

(ああ、なるほど)

 私は一瞬で理解した。

 この茶番の構図を。

「理由を、お聞きしても?」

 静かに問いかけると、王子は鼻で笑った。

「貴様は冷酷で傲慢、そして嫉妬深い。ミレイナをいじめ、排除しようとした」

「……証拠は?」

「そんなものは不要だ。彼女の涙が証拠だ」

 あまりにも浅い。

 あまりにも愚か。

 そして――

(バレているのよ、全部)

 夜毎に交わされていた密会。

 私の侍女を買収しての密書。

 王子がミレイナに溺れていることなど、とうの昔に知っていた。

 それでも何も言わなかったのは、ただ一つ。

 “公爵令嬢としての義務”を果たしていただけ。

「……では、私からも一つ」

 私はゆっくりと口を開いた。

「あなたが、その女と不貞を重ねていたことも――不要、ということで?」

 一瞬、空気が凍りつく。

「な、なにを言って――!」

「昨夜も逢瀬を重ねていましたよね? 東塔の客室で。使用人も見ていますが?」

 ミレイナの顔が蒼白になる。

 王子は言葉を失い、ただ狼狽える。

 だが――

「それでもだ!」

 無理やり声を張り上げた。

「王族である俺の選択は絶対だ! 貴様のような女は不要だ!」

(ああ、やっぱり)

 この男は、どこまでも愚かだ。

「……承知いたしました」

 私は深く頭を下げる。

 その瞬間、背後からクスクスと笑い声。

「やっと消えてくれるのね、邪魔者が」

 ミレイナだった。

 涙はもう無い。

 あるのは勝ち誇った笑みだけ。

(なるほど、こちらが本性)

 だが――

「安心なさい」

 私は顔を上げ、微笑む。

「消えるのは、私ではありませんから」

「……は?」

 その言葉の意味を理解することなく、彼らは笑っていた。

 この時までは。

 

 ◆

 

 数日後。

 私は国を追われる形で、国境へと向かっていた。

 馬車もなく、護衛もなく。

 ただ一人。

 だが――

「……遅いな」

 その声が聞こえた瞬間、空気が変わる。

 振り向けば、そこに立っていたのは一人の男。

 黒い外套、氷のような銀の瞳。

「あなたは……」

「俺はアルヴェイン。隣国シュヴァルツ帝国の皇太子だ」

 その名は知っている。

 冷酷無比、情け容赦なし。

 敵は皆殺しにする、と噂される男。

「……なぜ、ここに?」

「迎えに来た」

「……は?」

 理解が追いつかない。

 だが次の言葉で、全てが繋がる。

「お前が嵌められていることくらい、調べはついている」

「……」

「そして、あの国は腐っている」

 淡々と、事実だけを告げる声。

「だから俺は決めた」

 彼は一歩近づき、私の手を取った。

「お前を拾う。そして――」

 その瞳が、わずかに柔らぐ。

「全部、壊してやる」

 ゾクリ、と背筋が震えた。

 恐怖ではない。

 これは――

(同類)

 私と同じ。

 静かに、確実に、相手を地獄へ落とす者。

「……条件があります」

「言え」

「私の復讐に、手を貸してください」

 一瞬の沈黙。

 そして彼は――

「当然だ」

 当たり前のように言い切った。

 

 ◆

 

 数ヶ月後。

 かつての祖国は、崩壊していた。

 王子レオンハルトは不正と不倫が暴かれ、王位継承権を剥奪。

 ミレイナは他国への売国の証拠が見つかり、公開処刑。

 王家は民の信頼を失い、内乱状態へ。

 そして――

「……見事だな」

 アルヴェインは玉座に座りながら呟いた。

 私はその隣で微笑む。

「当然ですわ。私を誰だと思っているのです?」

「俺の――」

 彼はふっと笑い、

「最愛の女だ」

「……っ」

 一瞬、言葉に詰まる。

 だが次の瞬間、彼は当然のように続けた。

「お前はもう逃がさない。どこにも行かせない」

「……それ、監禁宣言ですか?」

「愛の表現だ」

「重いです」

「知っている」

 平然と言い切る。

 この男、本当に容赦がない。

「……まあ、いいでしょう」

 私はため息をつきつつ、彼の隣に腰を下ろした。

「どうせ、私も逃げる気はありませんし」

「なら問題ないな」

「ええ」

 そして――

 私はゆっくりと笑う。

 全てを失ったあの日から。

 全てを手に入れた、この日へ。

(ざまぁみなさい)

 かつて私を嘲った者たちへ。

 その全てに、終わりを告げて。

「これからも、地獄を見せてあげましょうか」

「いいな。それも悪くない」

 冷たいはずの彼の声が、どこか優しく響いた。

 

 ――これは、破滅から始まる恋。

 そして、全てを奪い返した女の物語。




◆ ◆ ◆ ◆



 ――復讐は終わった。

 敵は滅び、国は掌握し、私は皇太子妃という立場に収まった。

 ここまでは完璧。

 そう、ここまでは。

 

「リシェル!! 見てくれ!!」

「……またですか」

 朝一番、扉を蹴破る勢いで入ってきたのは我が婚約者、アルヴェイン。

 この国の皇太子にして、かつては冷酷無比と恐れられた男。

 なお現在――

「俺の新しいプロポーズ案だ!!」

「……何回目ですか?」

「三十二回目だ!!」

「多すぎます!!」

 

 机の上に広げられる大量の紙。

 そこには――

『空からドラゴンに乗って登場→そのまま花火で「結婚しろ」』

『城を丸ごとリシェル仕様に改築(費用:国家予算の半分)』

『世界征服して王座でプロポーズ』

 

「却下です」

「なぜだ!?」

「全部ダメです」

「どれもロマンに溢れているだろう!?」

「ただの暴走です!!」

 

 私は頭を抱えた。

 どうしてこうなった。

 

 確かに彼は優秀だ。

 政治も戦も完璧。

 敵に回せば地獄を見る。

 だが――

(恋愛だけ壊滅的にポンコツ)

 

「じゃあこれはどうだ!」

 彼は次の紙を取り出す。

「“リシェルのために毎日1000回好きと言う生活”」

「うるさいです却下です」

「なぜだ!!」

「業務に支障が出ます!!」

 

 この男、仕事中でも平然とやりかねない。

 

「……もう普通でいいんです」

「普通とは?」

「普通に指輪渡して“結婚してほしい”でいいんです」

「……それでいいのか?」

 なぜか真剣な顔。

 

「それ以上でもそれ以下でもありません」

「……そうか」

 彼はしばらく考え――

「では明日、国民全員の前でそれをやる」

「普通じゃないです!!!」

 

 ◆

 

 その頃、城の裏では――

 

「くくく……リシェルを陥れたこの私が、まだ生きているとでも思っていなかったでしょう?」

 ボロボロのマントを纏った女が笑っていた。

 かつて処刑されたはずの女――ミレイナ。

 奇跡的に生き延び、復讐の機会を狙っていたのだ。

「今度こそ……今度こそあの女を――」

 

「何してるんですか?」

「ひゃああああああ!?」

 

 背後からの声に飛び上がる。

 振り向けば、そこにいたのは――

「庭の掃除担当のメイドですけど」

「な、なんでここに……!?」

「いや普通に仕事ですけど」

 

 ミレイナ、完全に不審者扱いである。

 

「と、とにかく! 私は復讐を――」

「その前に通報しますね」

「待ってえええええ!?」

 

 あっさり捕縛。

 

 ◆

 

「というわけで侵入者です」

「またか」

 

 衛兵に連行されてきたミレイナを見て、私はため息をついた。

 

「リシェル……! 貴様ぁぁぁ!!」

「しつこいですね」

 

 アルヴェインは一瞥して――

 

「地下牢で反省させておけ」

「雑!!」

 

 処理が雑すぎる。

 

「せめて何かこう、こう……ドラマ的なやつを!」

「必要か?」

「いえ、別にいりませんけど……」

 

 結果、即連行。

 

 ミレイナの復讐劇、三秒で終了。

 

 ◆

 

「さて」

 私は改めてアルヴェインを見る。

 

「プロポーズの件ですが」

「うむ」

 

 彼は真剣な顔で頷く。

 

「普通にやってください」

「分かった」

 

 そして彼は――

 

「リシェル」

「はい」

 

 片膝をつき、指輪を取り出し。

 

「結婚してほしい」

 

 ……完璧だった。

 

「……はい」

 

 私は微笑む。

 

(やればできるじゃないですか)

 

 だが次の瞬間――

 

「よし!! ではこの後すぐ祝砲1000発と国民総参加の祝祭を――」

「普通とは!!??」

 

 結局こうなる。

 

 ◆

 

 数日後。

 城下町は大騒ぎだった。

 

「また皇太子が暴走したらしいぞ!」

「今度は何だ!?」

「結婚祝いで三日三晩の宴だとよ!」

 

 完全に巻き込まれる国民。

 

 

「……まあ、いいですか」

 

 私は遠くを見ながら呟いた。

 

「結果的に幸せですし」

 

「そうだな」

 

 隣で笑うアルヴェイン。

 

 冷酷無比の皇太子は、今や――

 ただの溺愛ポンコツになっていた。

 

 だが、それでもいい。

 

(この人となら)

 

 地獄でも、きっと笑える。

 

 

 ――こうして、復讐を終えた悪役令嬢は。

 ポンコツ皇太子に溺愛されながら、騒がしくも幸せな日々を送るのだった。

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