007
「とりあえずな、さっきも言ったけど、あの時四季と私は一階の休憩室でダラダラしてたんだよ。そしたらなんかガサガサッみたいな、バシャシャシャシャッみたいな音が聞こえてきたんだ」
一転して、みな静かに聞き入っている。
「そん時は気にしてなかったんだけどさ、少ししたら騒がしくなってきて四季と一緒に見に行ったわけ。廊下に出て窓越しに見てみたら中庭に人だかりが出来てるの。んで、行ってみたら真希がぐにゃっとした感じで転がってたんだよ。どうもどっかから落ちたらしい、って話でさ。あ、千代エービルって真ん中空いてんのね。その中庭」
「四季はどうだったんです?」
「それよ」
数凪はグッと語気を強めた。
「四季がやべえ、って思ってさ。なんか言葉かけようって思ったんだよ。双子の……ええー姉妹があんな感じで死んじゃって。なんつうか、こう、余計なお世話かもしんないけど、死体とかも見ないほうがいいかな、とか色々考えてさ。で、周り見てみたんだけど、どこにもいないの。呼んでも返事がないんだよ。おかしいじゃん? さっきまでいたのにさ」
概ねの人数は黙って頷き、同意を示す。
「四季はそれっきり消えちゃったわけ。煙みたいに。狐につままれたような気分だよ」
「……四季はいついなくなったんだろう?」
「ラウンジの中では間違いなく居たよ。多分中庭に出るまでの間か、出てちょっとしてからくらいじゃねえかな。どっちにしてもいないのに気付くのにそんなに時間は経ってないよ。多分十分も経ってない」
数凪は独言のような沙希の問いにはっきり答えた。この応答は少なくとも報道から推し量る限り、四季がビルから出るのを目撃した者はいない、ということを踏まえている。
「で、その直前まで四季さんと一緒に居た、ってこと、どうして警察の方に言わなかったんです?」
「四季に口止めされたんだよ。まー、お前らにはもう言っちゃったけど」
「口止め……どの時点で?」
葉子は不可解な様子を隠そうともせずに訊ねた。
「それもよくわかんないんだよなあ……。気付いたらいなくなってて、探しても見つかんなくて……しばらくしたらポケットん中に紙切れが入っててさ、それに〝自分と居たことは誰にも言わないでくれ〟って書いてて、変だなーとは思ったんだけどそれで言ってない」
「紙切れぇ?」
数人が素っ頓狂な声を上げる。
「それを四季が書いた、って判断したのは、筆跡ですか?」
「いや、署名があったの。四季って」
「別人が書いた……ってことはないですよね。多分」
真銀が恐る恐る口を入れた。
「誰が? 何のために?」
「そりゃもちろん犯人が……」
なんとなく空気を察し、葉子は中途で口をつぐむ。
「あらゆる可能性は考慮すべきですが、差し当たって今、そこは置いておきましょう」
「お、おお」
数凪含め、全員が同意を示した。
「それ、まだ持ってます?」
「んーん。捨てた。読んだら燃やせ、書いてたんだけど、燃やすのめんどかったからビリビリに引き千切って外の排水溝に流したよ」
人が見ていたら、ちょっと怪しい光景だっただろう。
「数凪さんが素直な人で助かりましたね」
「四季はね」
伊予は口を尖らせ不服そうだ。
「なんだよ! 頼んできてんだからしょうがないじゃん! お前らだってそうするだろ?」
暫し押し黙り、SNOWは顔を見合わせる。
「昔はどこでも灰皿ってあったみたいですけどね」
「外国の推理小説みたいに暖炉もないしなあ……」
「なんだよなんだよお前ら。捻じくれ曲がっちゃってまあ。夢を売るアイドルだっつうのに」
SNOWのいま一つの業務を察してか察さずか、数凪はいかにも残念だ、という風に嘆息した。
「それでその……私たちに事件を調べてほしい、ってことだったですけど、それは結局夕山四季さん……の行方を捜してほしい、ってこと……になるんでしょうか?」
まだいまいち距離の取り方を測りかねているらしい沙希が、たどたどしく質問する。
「そうだなー……出来たら真希の事件の真相も知りたいんだけど、とりあえずそれでいいよ。多分四季が見つかったら自動的にそっちもわかるだろ」
「簡単に言ってくれますね」
なりは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「なんだよ~。お前らそういうの得意なんだろ? 乙女にも聞いたぞ。やってくれよー」
「いや、私ら一応アイドルなんで……それ以外の、えー、日常業務もあるんで、ちょっとあんまり余裕もないってゆうか……」
甘えたような声を出す数凪に、沙希が(失礼にならない程度に)諭すように応じた。
「ええー? いいじゃんカタいこと言うなよー。どうせヒマだろ? お前ら全然売れてないじゃん」
場が一気に凍りついた。
「その、もう少しお手柔らかに」
「なんでそんなこと言うんですか」
「人の心がないのか……」
それぞれの不平を口にするが素知らぬ顔で、
「私だって一応業界人だからなー。アイドルの噂みたいのは一応聞くことにしてんだけど、お前らの話全然聞かないもん。良いのも悪いのも」
数凪はふんぞり返っている。
情報部という裏の仕事のことを考えれば、噂が広がっていないということはある意味で歓迎すべきことなのかもしれないが、みな良い気はしていなかった。
というか、あからさまに落ち込んでいた。
「……そうですか。確かに私たちの話はあまり数凪さんには伝わってないかもしれませんね。決して怠惰に過ごしているつもりもないのですが」
「いやあ、別に私もお前らが怠けてるって言ってるわけじゃないんだけどさー」
あははは、と快活に笑う数凪に対し、雪枝はあくまでも穏やかに応じている。
『あれ? ユッキー、もしかしてなんかのスイッチ入ってる?』
尾鷹葉子だけが、雪枝の何か異様な雰囲気を敏感に察知していた。少なくとも外面的には、六ツ院雪枝は怒るということが滅多にない。周囲のSNOWの者たちはその現場を見たことがない。
しかし、時に雪枝は普段に比べ真剣味が増すというのか、葉子の表現を借りれば〝瞳がきらめいて〟見える時がある。
口調も態度もほとんど変わらないのだが、しいていえば〝周囲の空気がなんとなく変わる〟らしい。
以前葉子が訊いてみると雪枝は〝尾鷹さんが仰っていることと同じかどうかはわかりませんが〟と前置きし、
「時々、頭を働かせようとする時に意識や知覚が周囲から遮断されたような感覚に陥る時がある」
と、語ってくれた。
それが怒ったり気分を害したり見える可能性のあることを指摘され、雪枝は少し過剰に見えるほど恥ずかしがって謝った。
とにかくそれからも、葉子は雪枝が時々そのような状態になることを目撃することがあり、それを〝スイッチが入る〟とか〝モードが変わる〟と呼んでいる。




