056
やっと解放された頃には、既に午後を大きく回っていた。二人が警察署の前に姿を現すと、待っていたらしき人影が一つあった。
「……待った?」
涼し気な唇が戸惑うように開いた。二人の内一人は片方の杖で体重を支持しながら、びっこを引いて待ち人に近づいていく。
一方が一方に軽く肩を貸していた。(一人は以前より衰えているものの)鍛えられてはいるが、両人とも細面でスレンダーな体型なので殊更痛々しく見える。
「待つっていうか、いつ出て来るかわかんないから、その辺ブラついてたよ」
特に約束などしていたわけではないのだ。三つの影の視線は暫時お互いの顔の上をさまよい、やがて落ち着いて笑いあった。
「はいよ、これ」
海原伊代は、銀色に光る棒状のモノを差し出した。真ん中にスジが入っている。
「あ、これ、どっちに渡したらいいの?」
「こっちだよ……ってか、あんたがやったんだ」
二人の内一方が苦笑とともに手を挙げた。同じ顔だから見分けがつかないのだ。
「了解。じゃ、あんたが紅葉ね」
二人の身体で周囲から隠れるように注意して、伊代は紅葉に銀色の棒を手渡した。
「身体検査した時出てこなかったから、おかしいと思ってたんだよ。ま、助かったけどね」
「落ちたりしないように、ちゃんと仕舞って隠しときなよ。今、持ってるだけでダメなんでしょ?」
「母親みたい……私、母親いないけど」
「代わりにはなれないよ」
三人の娘たちは、再び笑いあった。
「じゃ、来る? どうする?」
伊予は握った手の親指で自分の後ろを指した。
「まあ」
「いいか」
四季と紅葉はお互いの顔を見て確認しあう。
「よし。じゃあついて来て」
伊予は振り向いて、背中で先導するように歩き始めた。
しばらく歩いて地下鉄に乗って、またしばらく歩いて。
三人が着いたのは、電気街の片隅のとあるカラオケBOXである。
伊予が受付に話を通し、二人を案内した。伊代が顔を隠せるようなグッズを二人分用意していたので、四季と紅葉は誰にも気付かれず目的の部屋まで行くことが出来た。
「……ノリでついて来ちゃったけど、全然意味わかってないよ、私たち」
「何が待ってるの?」
さすがに多少不安になったようだが、伊代は微笑するだけで何も答えなかった。
開き戸を開けると、パアン! と乾いた仰々しい音が鳴る。続いて、タンバリンやらマラカスやらの音もやかましく響いた。姉妹は一瞬驚いたようだが、
「いやー! お勤めご苦労さん!」
縁間数凪がニコニコ笑って、順々に二人ともハグして回る。
「良かったな! 思ったより早く出られて。どうだった? 別荘は」
「オジサンみたいなギャグやめてください」
「……笑えないです」
四季と紅葉の反応は冬空のように冷たい。
「え? そう? 良くない感じだった?」
数凪は目の前の二人、ついで振り返りSNOWのメンバーに訊ねる。思いの外、真剣であった。
「お二人とも逮捕はされてませんし、当然収監もされてないですし、参考人として事情聴取を受けただけなので……」
「全然緊張が緩和されなかったです」
「サムいです」
「デリカシーがないと思います」
「え~、なんだよ~? 散々だな~」
数凪は渋い顔をして、どっかと座り込んだ。目の前のポテトを抓んで口に運ぶ。ローテーブルの上には所狭しとパーティ用の料理が並んでおり華々しかった。カラオケBOXのフードメニューではあるが。
「いや、シミタツ……さん、へのあの一撃を見たら、しばらく数凪さんの冗談で笑えないっすよ」
葉子は真顔で言った。葉子自身はシミタツこと紙魚達夫に、正直そこまで悪い印象はない。直接何か嫌な思いをさせられたことはないのだ。
ただ、殺人を犯したと自白したことではあるし、直接の被害者の姉妹の前である。どう呼ぶかは迷うところであった。
「一撃ってそんな、大袈裟だなあ」
あっはっは、と笑っているが数凪は僅かに頬が紅潮している。理由はわからないが照れているようだ。
「しばらく声も枯れてて、固形物食べられないみたいです。……警察も事情聴取に苦労しそうね」
なりは肩を竦めてみせる。
「まあ、二、三日のことのようなので……」
「ちょっとこう、止めようと思って手出したらさ、なんか当たっちゃった、みたいな。シミタツも走ってたから勢いついてて」
「それであんな綺麗にカウンター決まったんですか?」
「咄嗟の状況で肘出ます? 普通」
「いや、距離的にさ……」
数凪の舌が段々縺れ始める。
「〝紙魚達夫・良いやつ〟って書いてたじゃないですか……」
「いや、お前らの方を信用したってことじゃん!」
とうとう数凪は爆発した。
「なんなんだよホント! シミタツも捕まったし、自白もしたんだろ!? いい事尽くめじゃん! 私があそこで止めたからだろ?」
「まあ、解釈っすね……」
「でも、確かに最初は明らかに紅葉になんかされる、って思って〝警察呼んで!〟って言ってたよね。本当に数凪さんの肘で心折られたのかも」
伊予が隣の夕山紅葉に向かって口を開いた。紅葉は反応に困っている。
「かっ、改心の一撃……な、なんて言ってみたりして……」
雪枝の絞りだしたような声は、徐々にかぼそくなって空中に消えていった。
一瞬で静寂に浸された部屋で、雪枝は一人〝えへへ〟と笑っている。




