054
まあまあの広さの控室、中にいるのは六人。それでもなんとも室内はかまびすしかった。
パールグレイの高級そうなテーラードジャケットを伊達に羽織った男と、対照的に上から下まで黒ずくめの男が先程から丁々発止の言い争いを続けているのだ。
「だから! その話はもう、何回もしたじゃないですか! アレンジは全曲Chaos先生にまかせることになってますから……」
「うるせー! 全部だよ全部! スタジオも機材もスタッフの選定も作曲もアレンジも、本当なら歌唱指導だって俺がやるんだよ! そこは譲ってやっただろ!? 新曲の作曲で今更人増やすってどういうことだよ!」
黒づくめの男が、尖った顎を憎々し気に突き出して言い募る。
グレイの上衣の方が葉埼朱英。黒ずくめがChaos(至光寺慧)。総合プロデューサーと作曲家、というか音楽プロデューサーと呼ぶべきか。
まぎれもなく今回のプロジェクトの中核に位置する二人である。
両人とも(それなりの穴や闇はあるものの)赫々たる経歴の持ち主だ。それがまるっきり子供のようなケンカをしていた。
「ですから! あのL⇆Right! の騒動でプロジェクトメンバーの構成が変わっちゃったじゃないですか? すかいふぃっしゅは歌唱パフォーマンスのレベルの高さで売ろうとしてるグループですから、向こうさんにもこだわりがあるんだと……」
「知るかよそんなこと! ていうか、なにか? 俺の曲は下手糞専用って言いたいのかよ」
ナミサヤカ、野上七美はケタケタと全身を震わせて笑い声を上げた。肉厚な唇が際立つ、こざっぱりした印象の女性である。一瞬、場が静まりかえった。
「ねー、Chaos先生。作詞は私がやってもいいの?」
「え? いや、まあ……それはいいよ」
部屋の隅で様子を見ていた数凪も笑いそうになって、横から脇腹をつつかれる。
「知ってるぞ! プロジェクトに参加する作曲家増やしたい、ってお前がネジ込んだんだろ? いかにもビジネスなんですしょうがないんです、みたいなツラしやがってよ。せせこましいっつうか、みみっちいっつうか……。人間としての器が小せえんだよお前」
「あ~、いやその、ええ」
途端に朱英の目が泳いだ。
「やっぱりかてめえ! なんかおかしいと思ってたんだよ。気に入らねえことがあるんなら直接言やあいいだろうが! 子どもみたいなことしやがって。こっちは折角歩みよってコミュニケーション取ろうとしてやってんのによ。あ~あ」
Chaosは臭い立つような唾をペッ、と床に吐き出す。
「コミュニケーションだと~……?」
葉埼朱英の中で、何かが限界を迎えようとしていた。
「自分の中のくだらない妄想を悦に入って延々と周囲に垂れ流すのが、あんたのコミュニケーションか? 付き合わされるこっちにも身にもなってくれよ。無料奉仕なんだぞ? カウンセラー並の値段とってやろうか?」
「な、てめっ……」
「あんたのプライドを傷つけないように、こっちも毎回苦労してるんだぞ? 作曲家増やして欲しくないならもっとバリエーション増やせよ。あんた、あの娘たち個々の色だって全然理解してないじゃないか。解像度低すぎなんだよ」
「俺はお前が、おしめしてはいはいしてる頃から業界でメシ食ってんだぞ!」
「知るかー!」
そこまで歳離れてなくね? と思いながら数凪は二人の争いを眺めていた。
「収まりそうにないわね、これ……。登壇までに仲直り出来るのかしら?」
こっそり耳打ちしてきたのは、大和兎である。今日はバビロンレコード主催のトークイベントで例の大物五人が出張ってきているのだ。
近日、ちょうど何度目かのChaosの回顧風のエッセイが出版されることになっており、それにかこつけて開催されたイベントである。
半ばなしくずし的にプロジェクト発表の場のような性質も持ってしまい、当然取材も来るのでプレスリリースも兼ねている。
「このままでも面白くないですか?」
「ちょっと、いいわけないじゃないそんなの」
同じく、二人から距離をとっているチーフマネージャーの紙魚達夫が数凪を窘めた。小太りで、全身から親しみやすいムードを醸し出している。彼は司会進行役でここに来ていた。
「プロジェクトの宣伝も兼ねて……っていうかそれが主なんだからね。ケンカのほうが面白かったら、みんなそっち書いちゃうよ! あくまでも記者さんには大型アイドルレーベル誕生への期待を衝撃とともに書いてもらわないと」
「メディアの囲い込みとか支配とかってしてないの?」
「そんなのしてたら『NEO NECO!』で全部書いちゃうわよ」
大和兎も素知らぬ顔で口を入れてきた。
「そっかー」
あはは、うふふ、と笑い合う女二人を、達夫は苦虫を噛み潰したような顔で見ている。
「……そうだ、ちょっと数凪ちゃん、あの二人の間に入ってケンカやめさせてきてよ」
「えー? そんなの出来るのかな」
「出来る出来ないじゃないよ! やるの。数凪ちゃんってゆくゆくはプロデューサー目指してるんでしょ? そういうスキル必要だって、絶対」
達夫の喋りに、だんだん熱が入ってくる。言葉にしていく内に本気になってきたようだ。
「じゃあ、シミタツさんの手本見せてよ」
「手本……あ、そうだ。僕ちょっと会場見て来るよ。そろそろ人集まって来てんじゃないかな」
忙しそうに、せかせかした動作で有無を言わさず部屋を出て行ってしまった。
「あれは確かにスキルかもね」
紙魚達夫が出て行った白いドアを見つめながら、兎は呟いた。
「ねぇ、スゥちゃん。本当にやってみてもいいんじゃない? ケンカの仲裁」
「え? マジでですか?」
数凪は目を丸くする。
「何事も経験よ。それにスゥちゃんの言うことなら、あの二人も聞くかもしれないし」
「う~ん。別にどっちともそんな仲良くないけどなあ……」
しかし、やってみるか、という気になった。
ツカツカと歩み寄り、まずはChaosに向かって
「なあオッサン、ムカついてんのもわかるけどさ、ハタから見てたらあんたいっつも態度悪いよ。ここは一つ……」
「誰がオッサンだ!」
Chaosはいよいよ激昂した。
体中の血が顔面に集まったように真っ赤である。頭髪が内部の圧力に耐え切れず、今にも天井に突き刺さりそうに見えた。
ナミサヤカは再び、何かに憑かれたようにケタケタと大口を開けて笑っている。
「……君、悪いんだが今は容喙しないでもらえるかな?」
朱英も冷や水を浴びせるような調子で数凪に相対した。
Chaosは口角泡を飛ばして、頻りに〝敬意が〟とか〝礼儀を〟といった言葉を交えながら数凪を罵倒している。
「無理だった」




