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005

「あ、数凪さん。お久しぶりです」

 

 雪枝が深々と頭を下げ、みながそれに続く。


「な、なんか面白そうな要素ありました?」


 背丈は雪枝たち六人の中で一番高い大江なりより、指二本分くらい上だろうか。


 しかし、肥満体形というわけでもないのに、何故か大柄に感じる女性だった。手足が長いからだろうか。髪は天然パーマ気味のものを短く切りそろえて爽やかな印象である。


 彼女の名前を(えん)()(かず)()といった。雪枝たちがSNOWになる前、同じアイドルグループに属していたことがある。


 とはいっても、雪枝たちは前のグループでは研修生という名の二軍で、雪枝以外のみんなは数凪と話したことは数える程しかない。


「いやー、まー、なんだろうなー……。フンイキだよフンイキ」


 片掌をひらひらさせて、ニコニコ笑っている。顔の造作自体はキリッとした美人顔なのだが、どうにも溢れ出る愛嬌を隠しきれない人物であった。


「数凪さん、それ」


 雪枝が目聡く見つけたそれは、スタッフ用のネックストラップであった。普通裏方の人間が首から掛ける名札で、演者は着用しない。


「ああ、これね」


 縁間数凪は指で摘まんで振って見せる。


「私、今アイドルやってないからさ。関係者ってことでバックステージに入ってきてんの」


 そうなんですか、と言いながら雪枝は自らの記憶を探ってみる。


 そう、確か……


「千代エージェンシーってとこで裏方っつうか、雑用みたいなことしてんだけどね。ちょうどこっちに用があってさ」


 そうだった。雪枝の記憶では数凪は千代エージェンシーで〝マネージャー兼プロデューサー見習い〟をやっている、ということになっていたが、それを〝裏方・雑用〟と言ってしまうところが、いかにもこの人物らしい言い方だ。


「ざ、雑用ですか……数凪さん、あんまりそういうの向いてないような印象だったんですけど……」

 

 沙希がおずおずと口を出す。前グループで下っ端だった者たちからすると、数凪は強面のイメージなのだ。


「あー、なんか私みたいな大雑把な感じのほうが、上手くいく時もあるんだってさ。よくわかんないよなあ、芸能界って」


 ハハハ、と歯を見せて屈託なく笑っている。


「いや、そんでさ、今日雪枝ちゃんたちに会いに来たのはさ、ちょっと頼みたいことがあるんだよね」


 一拍置いて、数凪は真面目な顔付になった。


「私今、千代エージェンシーにいるって言ったでしょ? ほら、最近あそこで事件あったの知らない? あれのさ……」


「ストップ! です、数凪さん!」


 雪枝は慌てて数凪の口を閉じさせた。周囲の他グループのアイドルたちが、ちらりとこちらに視線を向けてくる。


 最近千代エージェンシーで起こった事件……を、雪枝といえども全て把握しているわけはないが、一番記憶に残りやすい大きな出来事といえばあれだろう。


「それって……その、〝L⇆Right!〟さんの?」


 声をひそめ、雪枝は言いにくそうにこれだけ囁いた。


 数凪もつられて深刻そうな顔になり、声のボリュームを落とし〝う、うん〟と頷く。他のSNOWの面々、なりも顔を寄せてくる。ざわついている周囲の話し声が急に大きくなった気がした。


 …雪枝や数凪たちの様子を気にしている者はいないようだ。


「そう。あの、真希が窓から落ちて」


 再び雪枝はストップをかけた。


「数凪さん、多分ですけど、その話ここでしない方がいいんじゃないでしょうか?」


 きょとんとした顔をしていたが、数凪は急に〝あ、ああ、そうだな!〟と膝を打った。


「うん! 楽屋は人たくさんいるし、ちょっとアレだな! お前やっぱ頭良いな! 十子(とおこ)さんの言ってた通りだよ!」


 肩をポンポンと叩かれ、雪枝は困ったような顔で応対している。


「この人怖いわー……」


 葉子は横目でその様子を眺めながらぼそりと呟いた。


 数十分後、数凪を加えた雪枝たちは、会場近くのカラオケBOXの一室に陣取っていた。


 他人に聞かれると都合の悪い話、ということでヨネプロ地下の情報資料室にするか? という話も出たのだが、あそこは部外者は入れないので結局無難なカラオケBOXに落ち着いたのである。


 ちなみに情報資料室は防音で盗聴対策も完璧に出来ている。


 ヨネプロが誇る諜報部・スノウセクションの事実上の本部なので当然といえば当然であった。


「折角だし、なんか歌うか? あ、でも私最近レッスンとか全然してないからな~」

「いえ、出来れば早くお話をお伺いしたいのですが……」


 雪枝が生真面目に応ずると〝そっか~〟と、数凪は悪びれた様子も見せず破顔する。



「まあなんだな、うん。さっき言いかけたんだけど、私千代エーで色々やっててさ」


 どうもいきなり本題に入ったようだ。


「色々っつうのが、ちょっと説明しにくいんだけど、雑用……時々アイドル部門のレッスンの講師やったり、マネージャーみたいなことやったりとかしてんのね。総体としてはなんだろ……業界でブラブラしてる感じ?」


「ブラブラって……」

「許されるんですか、そんなの」


 雪枝以外のメンバーは、不思議なものを見る様子で数凪を見つめている。


「ああー、いや、なんか私後々、千代エーでアイドルのプロデュースするかもしんないの。だから、あちこちで顔売ってる感じなのかな。よくわかんない」


「え、偉い人になれそうな感じなんですか?」

「そう。だからお近づきになっとけば、いいことあるかもしんないぞ」


 SNOWの面々もだんだん緊張がほぐれてきたのか、伊代などからもくだけた質問が飛び出すようになった。


「数凪さんなら、そこそこ知名度もありますし、いけるかもしれませんね」

「冷静なコメントだなー」


 はっはっは、と笑いながら数凪は、雪枝に向かって招き猫のように手を動かした。


「いや、そんでね、千代エー近辺でウロウロしてる時に、夕山姉妹と知り合ったんだよ。その頃はあいつら、まだ〝L⇆Right!〟じゃなくてね。なんつったかな。インディーだけど結構大きいグループに二人して入ってて、なんかダセー名前の……」


「ユメノラビュリントス、ですね」


「そうそう! それ!」


「ダサいかどうかは、あくまで数凪さんの個人的な見解ということで……」


「そんでさ、あいつらと結構仲良かったからさ、時々話したりしてたんだけど、なんかさー色々変な感じなんだよなー……」


 一息ついて、数凪は後ろのソファに身を沈めた。意味ありげな沈黙だが、話しあぐねているだけのようにも見える。


「……もしかして、私たちにあの事件を調べてほしいとかいいませんよね?」

 なりが意を決して口を開いたが、


「え? いや、そうだけど」


 数凪はあっさり肯定した。


 途端に〝あー〟とか〝うあー〟とか、呻きのような嘆きのような声が室内に満ちる。

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