049
雪枝は大和兎の事跡を記した書類と、四季真希の事跡を書いたものを交互に見比べていた。どちらも年表風の記述になっている。
「……やはり焦点はここになりますねえ」
雪枝は、四季真希側の書類のある一点を指差した。
まだ二人がインディーズアイドル『ユメノラビュリントス』で活動していた時代である。四月二日。例の〝奇跡〟の日である。
奇跡の効果で一時的な勢いには乗ったものの、結局ユメラビはしばらく後に解散してしまう。
四季真希が最後までセンターを奪えなかったユメラビ絶対エース、蕭何カレン・他数名の引退により氷の溶けるような自然消滅で終わってしまったのである。なんとも無情なものだ。
そして解散後から来月号に当たる『NEO NECO!』から、今のような看板雑誌に成長を始める。
解散後ののちエージェントとしての訓練を積み、大和兎の情報屋として四季真希が働き始めたとしたら、まあ少なくとも時系列的な辻褄は合う。
「場所を移しましょうか」
コーヒーを飲み終えた雪枝は、返事も聞かずに紙束を持って立ち上がり自分の席へ向かった。
〝へーい〟とふにゃふにゃした声を上げ、葉子は覚束ない足取りで後に続く。
PCの電源を入れL⇆Right!・ユメラビ関連の動画を流し始める。気合を入れるためのBGM代わりのようだ。今、情報資料室にはこの二人以外の人影はない。
「少し細かくこの辺りを見ていきませんか?」
雪枝はデスクに雑誌『NEO NECO!』を重ねた山を作った。傍らに四季真希、大和兎の年表資料もある。
「ああ、相互参照リストね……」
葉子はウンザリした顔で応じた。雑誌記事、四季真希の事跡、大和兎の事跡(大部分雑誌と被るが)を細かく時系列で並べ、相互の関連を見て行くためのリストを作ろうと雪枝は言っているのだ。有意義ではあるのは認めるが、大変面倒くさい。
「そちらのスケッチブックを優先するのでしたら……」
「ああ、いやいや。やります。やりますともさ」
葉子は自分の席に戻り、クロッキー帳を邪魔にならない場所に置いた。分担を決め、二人はしばらくその作業に没頭する。
「やっぱこれ怪しいっちゃ怪しいよなあ……」
結構な時間が経過している。もう夜更けも近い。やっと、一息ついたように葉子が大きく上体を仰け反らせた。
葉子は膝にユメノラビュリントス解散後の『NEO NECO!』を乗せている。
開いている頁の巻頭特集は〝ETERNAL IDOL FESTIVAL・脱法薬物汚染の実態〟。
ユメラビも参加していた、あの大規模アイドルフェスである。メインステージの楽屋での違法薬物のパーティめいたやり取り・売人との窓口になっていたアイドルや関係者への取材などかなり力の入ったものとなっている。
『NEO NECO!』大スクープシリーズ第一弾といったところか。
はたして、これに四季真希が関わっていた可能性はあるのだろうか?
その後の『NEO NECO!』の記事と姉妹の動きをリストで追ってみても、対応関係が見いだせないこともない、程度の印象である。
もっとも姉妹の方の事跡は追いにくい。この間は(インディー含め)芸能活動的なこともしたりしてなかったりといった具合らしく、公的な記録にはあまり残っていない。
わずかなネット上の痕跡や、SNOWの追跡の結晶が雪枝と葉子の判断材料となる。
『NEO NECO!』躍進はユメラビが出演した『ETERNAL IDOL FESTIVAL』(以下EIF)以降のことなので、姉妹がこの〝脱法薬物汚染の実態〟の特集のために調査のようなことをしたとは考えにくいが、何かのきっかけになった可能性はある。
「でもこれなあ……」
「ええ」
雪枝は応じながらPCを軽く操作し〝四月二日の奇跡〟の動画を映す。今回の映像は以前なりと見た時のものより手馴れたもので、ブレもなく見やすいものだ。
ユメラビの出演したステージは静止画(いわゆる写真)は撮影可能エリアなので、ファンの撮ったものもネットには結構上がっている。拡散もOKなのだ。
この日、ユメラビは全員かなりギリギリに楽屋入りしており、それは複数のメンバーやスタッフのネット上の記録に残っている。
そしてユメラビのステージはメインステージではなく、そこから遠く離れた野外のステージだ。
狂熱の舞台が終わったのちは、バックステージで全員揃って取材を受け(ネオネコに非ず。ネット媒体)、すぐに全員で車で移動、興奮冷めやらぬ内にレンタルスペースにてファン向けのネット配信、解散、という流れであった。
四季真希二人も当然ずっとこの流れで動いており、早い話EIF会場で調査活動するヒマな時間などなかった。
「ステージでもその後の取材でも、四季真希のどっちかが抜けてる様子ないしね……」
動画でも写真でも、大概二人揃って映っている。ましてや〝本日の主役〟のどちらかが抜けていれば嫌でも目立つだろうし、誰かが指摘しているに違いない。
「あれ、これ」
雪枝は心持ち身を屈め、画面の一点に注視した。葉子も首を伸ばし雪枝のモニタを横から覗く。
「〝Dragonborn〟って……」
「シミタツのハンネ?」
動画の説明文には使用機材と共に撮影者が記載されていた。それが〝Dragonborn〟である。
紙魚達夫は確か、自分の公式チャンネルもこの名前で登録しているはずだ。確認してみるとその通りであった。他SNSは本名だが、動画を投稿する時はこの名前を使うのである。
「なんでドラゴンなんだろうね」
「紙魚〝達〟夫からじゃないですか?」
「……この頃のシミタツって。まだただのユメラビのファンじゃなかったっけ?」
もっともな疑問だ。
「そういえば、何か映像の賞を取ったことがあるんでしたっけ」
資料を探ってみると、すぐに出てきた。
「足摺ファビュラス映画祭・審査員特別賞、四条畷国際ドキュメンタリーフィルムフィスティバル・準グランプリ……結構熱心にやってたんだね。どうりで玄人はだし」
確かに会場の熱気に巻き込まれず、メンバーの細かい仕草や表情の的確なチョイス・特徴的なファンの様子など、その時の状況をよく撮れている気がする。
「まぁインディーは慢性的に人手不足だし、シミタツさんも半分くらいスタッフみたいになってたのかもなあ……」
そうか。シミタツもこの時現場にいたのか。まあ、当たり前っちゃ当たり前か……。
疲れた頭と身体でぼーっと映像を眺めていた尾鷹葉子の脳内で、突然何かが繋がったような気がした。




