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「まあこれで靴の問題は確定したわけだな。後の映像はないのか? 夕山四季が千代エービルから逃走する際の映像という意味だが」
「探してみまして、一応これかな? という人影はないことはなかったのですが……」
「よくわかんなかったんだよ。変装してんだったらしょうがないんだけどさ」
「そもそもあまり映ってないっぽいです~」
「なるほど」
伊都の声も表情も、まさしく苦虫を噛み潰している。
「日常的に監視カメラの位置と角度を把握しているということか。そっちの方が問題だ」
「一応見てみますか?」
いらん、と伊都は煩わしそうに手を一度、外向きに払った。
「しかし……ここまでするのか」
「私も驚きました。本当に手際がいいです」
「お前らのことだぞ」
ツッコまれて、雪枝は困ったような顔で笑う。あまり見ない表情だった。
「その、手がかりというか、少しでもバックの正体は掴めてるのか? 四季真希が何をしていたにせよ、奴らだけでこういう活動をしていたとは考えにくい」
「一応当たりはついているんですけどね。まだ確証はないという段階です」
ふむ、と一息ついて、俯き加減でしばらく沈思黙考している。
「……仮に相手が大がかりな組織だった場合、このまま進めれば最悪全面戦争になる恐れがある。それはしたくない。そうなりそうな気配でもあった場合、もうウチはお前らの面倒は見切れない。早い話、俗な言い方をすればトカゲの尻尾になるということだ。その覚悟はあるのか?」
「……ええ」
雪枝は一応、沙希と真銀に目配せして確認をとった。異存はないようである。
「ただ、誰にも迷惑をかけず穏便に済ませられる自信はあるんです。私の考え通りなら」
「お前の考え、か」
伊都は皮肉っぽく口の端を歪ませる。
「今のところはどうなんだ? お前の考え通り進んでるのか?」
「ビシビシくるじゃん……」
「仲間外れにされたと思って機嫌が悪いんですよ」
ぼそぼそ言い合っている沙希と真銀に、伊都は無言で圧力をかけた。二人はさっと目を逸らす。
「ただ、自分で言うのもなんなんですが、ここまでしていて調査を止めてしまうのも惜しいと思いませんか? この際、業界内の諜報の動きは知っておいたほうが何かと後々のためになると思いますが」
「なるほど。説得力がある。事後承諾の形でなければ」
言ってしまってから、伊都は大きくため息をついた。
「……確かにお前の言う通りだ。正直私たち以外にこういうことをしている者がいる、という事実が明瞭になっただけでも少しショックを受けている。報告書は読んでいたのだがな」
次の言葉を紡ぐのを暫時躊躇ったのち
「最悪の事態になった場合、ヨネプロ内での私の強力な手駒の一つが永久になくなる。それがなかなか踏ん切りがつかない理由でもある」
「そうはなりませんよ」
こういう時の雪枝の物言いは、なにか妙に説得力がある。
「なんだ、その、そんなにやりたいのか? アイドルとしての成功をふいにしても」
「こういうと口幅ったいのですが、私たちの義務のような気がするんです……。その、どう思いますか? 私たちとL⇆Right! のお二人、アイドルとしての適性はどちらが高いと思います?」
「それはL⇆Right! だろう」
伊都は即答した。
「ええ。私もそう思います。そして、その状況の中で私たちがアイドルとして活動を続けるのは違和感があります。おそらく彼女たちのために何かが出来るのに」
「お前らが今更何をしたところで、L⇆Right! がアイドルとして活動を続けることはもうない。これだけ悪いイメージがついてしまったらな。だいたいもう四季しか残っていない」
雪枝はほんの一時、目を瞑る。どこか寂しそうだった。
「そういう綺麗ごとばかりでもないんですけどね。最初は私たちの力を試したい、みたいな気持ちが強かったんです。ただ、今は逃亡中の四季さんを助けたいという思いが強いです。……おそらく私たちにしか出来ないので」
「逃げではないんだな?」
「はい」
伊都の胸に杭を打ち込むような言葉も、雪枝はなんなく受け止めた。
「本当か? 千里の話だとバビレコ新レーベルプロジェクトでの、お前たちの評価はあまり芳しくないと聞くが」
「ええっと……」
「まぁボチボチと言いますか……」
途端に歯切れが悪くなってしまう。
「そこでグラつくのか」
伊都は苦笑しつつ、ゆったりと身体を楽にした。笑ってしまうと負けである。
「しょうがない。まあ続けてみるがいい」
三人の口から同時に安堵の吐息が漏れた。
「いやぁ~、ごめんねえ伊都ちゃん。折角私らネジ込んでくれたのにさ」
「ん? 新レーベルプロジェクトのことなら私は関知してないぞ? だいたいヨネプロ内での、その意思決定に参与出来るなら私は反対に回ってるだろうな。お前らのアイドルとしての実力は良く知ってるつもりだ」
「さらっと言いますね」
真銀が口を尖らせた。
「まぁなんにせよ、これはきちんと始末しておけよ」
伊都はタブレットの電源を切り、軽く振って見せた。
「やっぱりそう思います?」
「当たり前だ。こんなもの存在していることが漏れたら大問題だ。警察も絡んでいるからな。……これはどういう筋のものなんだ? 言える範囲でいいが」
「申し訳ありません。情報源はちょっと……」
雪枝は代表して頭を下げたが、この時ばかりは空気を読んで沙希と真銀も〝ごめんなさい〟と頭を低うした。伊都は嘆息し、やはり露骨に機嫌が悪くなる。
「まあ今回は許してやるが……。妙な借りは作るなよ? のちのち面倒なことになるぞ」
「ご心配なく。そのような関係の方ではないですから」
この場にそぐわず、すっきりした顔で答えた雪枝を、思わず伊都は凝視した。雪枝は間違ったかな、と思ったがもう遅い。
「……十子か? 十子だな?! 十子に頼ったな!」
「いえ、あくまで情報源は秘匿という原則がありますので……」
雪枝と他二人は、そそくさと後片付けを始めた。
「貴様、縁間や武音ならまあいいが、十子とか丁とか、あの辺とはもうあまり関わるなと私があれほど……」
「まぁまぁ伊都ちゃん。まあまあまあまあ」
「今度みんなで何か美味しいものでも食べにいきましょう! 千里さんも一緒に……」
「なんだそれは! なんの話をしてるんだお前らは!」
沙希と真銀が誤魔化している間に、雪枝は会議室からの脱出に成功する。
胸を抑え、ふう、と一息ついた。




