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下手に繕ったり演技したりする必要はない、と言われている。
元よりそんなことをする気もなかったが、縁間数凪はおとなしく『指導』に従った。
『極力、ウソをつこうとしないでくださいね。最初の一言だけ。そこでダメだったらすぐに引いてください』
『数凪さんが無理でも、方法はまだありますから。粘らなくても全く問題ないです』
なんだか、とにかく無理をするな、と言われているようだが数凪としても事の危うさは分かっているので異存はなかった。
『しっかし、上手くいくのかなこんなの……』
千代エービル一階。まだ午前中だ、人は少ない。後頭部を掻きながら、数凪は一階事務室にブラブラ歩いていった。
今日やることについて数凪が考えた部分は何一つない。全てSNOWのみんなが考えてくれたものである。
気を使ってくれているのか安全第一で、予定している行動の中に危ないところは全くなかった。
『でもなー、なんかなー』
正直物足りない。数凪自身でもこのようなことに向いてないのは分かっているのだが嫌いなわけでもない、というのは今回発見した自らの気質の一部だ。
ただこれが成功すれば一番良いことは自明なのである。誰に何を疑われることもない。
見つからないように気を使うこともない。彼女らが自分のことを大事に考えてくれているのがわかる。
そして、確かにこのやり方は自分にしか出来ない。
『これ、なーんかみそっかす扱いみたいな気がすんなー』
中庭を脇に見ながら歩を進める。本日も緑と陽光が眩しい。……真希の落下地点が目に入った。
「ま、いいか」
数凪は自分の両頬を少し強めに叩いた。小気味よい乾いた音が鳴り、壁際にいた人間が注意を向ける。
よし、切り替えよう。一旦心を決めたら早かった。潮が引くように雑念が消えていく。
「オハヨウゴザイマース」
やや硬い挨拶をしながら事務室の扉を開く。まだ中には二、三人しかいなかった。一日が始まる直前の雑然としながらも何か冴えた空気の中、数凪は部屋を横切っていく。
みな挨拶は返してくれるが、それ以上何か言われることもない。
一階事務室の奥は『管理事務室』という小部屋になっている。今回数凪が用があるのもここだ。
「オハヨーゴザイマース! ……おっちゃん元気?」
「おお、エンマ様じゃないか。久しぶりだね。元気だよ」
〝エンマ様〟は数凪の名字『縁間』からきている。この人物以外からそう呼ばれることはない。
「あのさー、ちょっとお願いがあるんだけどさ、夕山四季のロッカーの鍵貸してくんない?」
「へぇ? 四季ちゃんの?」
白髪まじりの頭を回し、怪訝な声を上げる。
「ちょっと貸してたもんがあるんだけどさ、忘れてたんだけど。そういや、いなくなる前ロッカーに入れてるって言ってたんだよ。ちょっと見させてくんないかな、と思って」
まあ嘘なのだが、言ってみると自分でも本当にそうだったような気がしてくるから嘘というのは不思議なものである。
「大事なもんなの?」
「まあうん」
出来るだけ話さないほうが良い、アドリブも考えなくていい、と言われている。
おっちゃんは、しばらく考えていたが、
「いやー、ちょっとそれ無理だね。警察のほうから、あのロッカーはそのままにして弄らないでくれって言われててさ。……あいつら偉そうにな~。まだ四季ちゃん一人探しだせねえくせに」
「それな~」
数凪はアハハ、と笑い努めてあっけらかんと振る舞った。
『終わった……』
粘らなくて良い、というのはしつこく釘を刺されている。
数凪は〝わかった~、邪魔してごめんね〟と言って、戸を閉める。まあ、あっさりしたものだ。
『まあ、こんなもんか』
自分がやることにより、SNOWの奴らに危ない橋を渡らせない事が出来るなら役に立てると思ったのだが。しょうがない。
多少気落ちし、また事務所内を横切って廊下に出ようとしている時に、呼び止められた。




