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指定の公園・指定のベンチ。指定の服装、と言っても大したものではない。
目印にちょっと気取ったチェック柄のタモシャンターを被っているだけだ。そして指定の雑誌を手に持っている。
ご多分に漏れず『NEO NECO!』である。
別に読んでいなくてもいいのだが、情報収集にちょうど良いので葉子はパラパラとページを捲っていた。
『なんつーか、独特だよなあ。硬軟織り交ぜてってゆうの?』
一応アイドルではあることだし、調査部としてのSNOWでもある。もちろん今までにも読んだことはあるのだが〝そういう目〟で見てみると色々発見もあった。
『要するに総合週刊誌のアイドル版、みたいな感じか』
お堅い社会批評、インタビュー、連載コラム、人物評伝、グラビア、短いマンガ、事務所スキャンダル、ゴシップ。当然全てアイドル絡みではある。
『月刊でよくやってるよ。ネタ集めんのも大変だよねこれ』
春近い、うららかな日差しを浴びながら、葉子はとりとめのないことを考えている。
芝生もこれ、わざわざ植えてるんだよな。結構広いけど。
目の前のだだっぴろい空間を、ぼーっと見渡してふわふわ浮かんできた気持ちを言葉に変換する。
葉子は西日本のある地方都市の出身だが、都市の中のこういうスペースを知らないわけではなかった。
『年寄り、子供、家族連れ、カップル、良くわかんない人……ああ、大道芸人みたいのはあんまり居なかったな』
無意識の内に、故郷の街の真ん中にある似たような公園と比べている。
出身地のそれも大概だったが、こっちのそれはさらにあざとい気がした。絵本の中の光景のようで現実感が薄い。
芝生も樹々も憩っている人々さえも、利用する人間のために調整された何物か、という印象なのだ。
無論人生に疲れたような人もいるのだが、そういう人物でさえ背景として取り込んでしまう強靭な、大袈裟にいえば何らかの思想がある気がする。
ここまで爽やか・キラキラな空間を作らなければいけないものか、と思うのだが葉子にすれば別に不満があるわけではない。
この空気はむしろ心地良く、なんというか、ここにいるだけで何かの一員になれたような気がした。
『すげーぜ、人類の営みって感じだ……。一つ俳句でもひねってみるか』
雑誌を閉じ、しかし何を持っているのかはわかるように注意深く角度を考え、無心に目の前の景色に没入してみる。急に思い立ったわけではなく、これは最近ご無沙汰になっていた葉子の趣味の一つである。
『東風……春塵……花曇り……あー、花無いし晴れてるや』
葉子は季語から考えていくタイプである。別に想像の世界を詠んでもかまわないのだが、彼女はこだわった。
『やっぱ写生句だよな~』
しばらく、ああでもないこうでもないとひねくっていたが上手くいかない。自分の感じ入った〝人工的な何か〟と句の世界の中の美意識が上手く結びつかないのだ。
もう少し頑張ってみたが、結局投げ出した。所詮は現実逃避だ。
はっきりいって、土佐十子と会うのは憂鬱なのである。
「ユッキーって時々そういうとこあるんだよね……」
本人が聞いていたら〝そういうとこって?〟と言うだろう。まあズレているということなのだが。
十子は葉子にとってはかなり目上の人、ということになるが今のところ別に怖がっているわけではない。よく覚えていない。
顔を合わせたことくらいはあるかもしれないが、おそらくきちんと会うのは初めてだ。別に怖くはないが面倒なのである。目上というだけで色々考えなければいけないことが増える。
『伊都ちゃんとかは、なんか大丈夫なんだけどな』
長尾伊都は年下とはいえ直属の上司である。本当ならもっと気を使っていいはずなのだが。
『数凪さんは最初緊張したけど慣れちゃったな』
再び思考が宙を漂い始める。
『まあ、あの人はメチャフレンドリーだからなあ……』
強面である、という噂から出来上がっていた印象が剥がれてしまえば馴染むのは早かった。
そういえば今日、ヨネプロのビルを出る前、大江なりに唐突に話しかけられた。おかしな態度だったので妙に印象に残っている。
「ねえ、あんたユメラビの〝四月二日の奇跡〟の動画って見たことある?」
「? そりゃあるけど。あのサバトみたいなやつでしょ? ええじゃないかっていうか」
「ああ、そうそう。そういうの。昨日初めて見たんだけど、凄かったよ。興奮のるつぼって感じで」
「まあ、ある程度以上の規模のアイドルグループならああいう感じになるんじゃないの」
葉子は戸惑っていた。なりがこんなに積極的に自分と絡もうとするのは、かつてなかったことである。しかも、こんなどうでもいい話で。
「私、見たことなかったから怒られちゃってさ。室長に」
「へええー」
雪枝が怒る、などというのは珍しいことである。ほとんどない、というか葉子はそれを見たことがなかった。
「その、えーっと、また起こるといいよね、奇跡。四季にもSNOWにもさ」
「どったの? 急に?」
明らかにおかしい。さすがにここまでくると葉子にもわかった。最後のクサいセリフなど、発語しながら自分で照れているではないか。
「いいでしょ別に! 室長に言われたんだよ、昨日。〝また起こるといいですね、奇跡〟って」
「ふうん」
『まあ、ユッキーは時々そういう感じになるか』
雪枝は人一倍感情の量が多いのか、油断すると時々ポエミーな言葉を漏らし始める。
自分も俳句などやっているのではあるが冗談以外で日常会話の中、そういうモードになることはなかった。
「……じゃ、まあ気を付けていってらっしゃい」
「へいへい」
気のない返事で応じ、葉子はヨネプロのビルを出た。どうせ単純極まりないおつかいミッションなのだ。気持ちに張りはなかった。
十子に会う、という目的に対する憂鬱さもあるが、そもそもこのところ心身ともに不調なのである。
『いよいよクビんなるかもなあ……。少なくともアイドルの方は』
ボールで遊んでいる子供をぼーっと眺めながら、葉子の意識は再び未だ春浅き公園のベンチに戻ってきた。
特に球技などに打ち興じているわけではない、ただただボールで遊んでいる児童の群れ。
……元々歌もダンスも得意ではないし、いってしまえばそこまで好きでもない。に、してもここまで毎回ボロクソに言われていればヘコみもする。
『ナリナリみたいに私も裏方回ろうかな』
だいたい自分は頭脳労働担当でSNOWに参加したわけだし。
『……そういや十子さん遅くね?』
つらつらと思うにまかせていたが、ようやっと本題のほうに頭が回り始めた。もしかしたら何かあったのかもしれない。
時間を確認しようかと思い身体を動かし始めた直後、肩に何かが触れた。トントン、と軽く叩かれている。
何も考えずに振り向くと、ほっぺたに誰かの指がぐっとつっかい棒のように捻じ込まれた。




