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「沙希さん、四季さんは一度ロッカールームに行ったのでは? と考えたんですよね?」
「ああー、うん。まあね」
正確にはレッスン室であるが、階は同じだ。
「私もそう思います。変装用小道具、他に必要な物があればそれ、そしておそらく替えの靴を取りに行ったのではないですかね」
「ああ! そういや靴の入りそうな空き箱があったわ。中見れば良かった」
そこで替えたのであれば、中にそれまで使用していた靴が入っていた可能性はある。
『え? ちょっと待って、それって……』
伊予の中で何かが繋がっていく感じがあった。
一般的に素人の変装は靴でバレると言われる。特に急場の変装だとそこまで気が回らないのだ。
なのでSNOWとしては替えの靴を用意しておくというのは順当な思考ではあるのだが。
この辺りからそろそろと、室内に異様な雰囲気が漂い始めた。
「変装はスムーズにいったとして、それで脱出方法は?」
雪枝が無邪気な様子で更に問うてくる。
「そうだね。正直ビルからこっそり出ること自体は難しくないんだけど……」
「それ考えてたんだけどさ、調べてみたらあの時って一応救急車来てるよね?」
伊予は、口を挟んできた沙希に黙って頷いて見せた。どうやら他にも数人同じ考えの者がいるようである。
落下事故は途中で木の枝などに引っかかった場合、助かった事例も多い。
「いや、そりゃ一応来てたけど。見るからにダメそうだったんだけど、やっぱダメだったな……私一応付き添いで同乗したぞ」
「その時って、出入口でカードのチェックしてませんよね?」
ああーなるほど、と岡真銀が感心したように声を上げた。
「まあ騒然としてたし、ストレッチャーの周りも人いっぱいで救急隊員さんも急いでるし、そんなのしてらんないからなあ……って、お前、いやいやいや」
数凪も話しながら気付いたようだ。
「あれに紛れてってことか? う~~~~ん、それこそ出来るっちゃあ出来るけど、って話だな……」
「まあ、そこは確定ではありませんが、他の方法よりはスマートですよね」
まるで今までの話は確定であるかのような言い方。
「ビルの外に出た後は?」
「まだ続けるの?」
雪枝が続ける意図は、伊代にももうわかっている。
そこまでいかなくてはわからないと思っているのか?
「それから出来るだけ近くの乗降者数の多い公共交通機関……まあ電車よね。の駅まで行って逃亡・潜伏、おしまい。よ」
ここから先はもういいでしょ? いいかげんにしてよ。
「えっ? その、金は?」
「数凪さん、私たちのような仕事はいつ何が起こるかわからないので、常に備えてるんです。具体的には少しの間なら逃亡・潜伏出来るくらいの現金はいつでもすぐに用意出来るようにしています」
警察に追われるようになってしまうとカードは使えない、のでキャッシュで持っていなくてはならない。
SNOWの面々もみんな最初は慣れなかった。
もちろん四季がいなくなってもう〝少しの間〟ではないので、それ以上の備えがあるということだろう。
「いやでも、それお前らっては、ってことだろ?」
沈黙の帳が降りた。SNOWはお互いがお互いにアイコンタクトをとばしている。
最早みんな、薄々それが正解だろうなと思っていた。
「さすがにわかったよ。室長が何言いたいか」
なりは、自分でもよくわからない理由で舌打ちをとばす。
「はい」
雪枝は満足そうに目を細め全員の顔を確認しながら、
「夕山四季さんは千代エージェンシービルからの逃亡・そしてその後の潜伏の際、非常にそつなく――手馴れたやり方で――諜報技術を使用したと考えられます」
と、宣言する。
厳かに聞こえぬでもない声が、静かに室内に響いた。




