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「いや、出来なかないだろうけどさ……」

「可能性として外すことは出来ないでしょうけど、不自然かなって」


「てかさ、私らは一応プロじゃん? そういう訓練受けてるし」


 鼻を鳴らす沙希に小さく首肯して、

「沙希の言う通りだよ。出来る出来ないってだけの話にすると単純すぎない? だって状況考えたら妹がさっき謎の死に方したばっかりで気も動転してるだろうしさ。自殺にしても殺されたにしても、素人だとそうキビキビとは動けないでしょ? ……今んとこ四季は犯人じゃない、って前提であたしらも動いてるわけだしね。室長だって殺人だとしても計画的な犯行じゃない、みたいなこと言ってたじゃん?」


「ええ。犯行は衝動的なものだと思ってますよ」


 伊予の質問に対し、雪枝はにっこり笑った。


「しかし、四季さんが姿を消した事に関しては、はっきりした意志の元に行われていると確信しています。事件が不慮のものだったにせよ」


「ああ、そりゃそうだ。だってあのメモがある」


 数凪は思い出したように顔を上げた。


「確かに! 〝自分と居たことは誰にも言わないで欲しい〟だったっけ」


 沙希の言葉を聞き、伊代もそれには納得する。四季が失踪する直前、数凪に残した紙片に記されていた文句だ。


 その秘められた本当の意味は未だ不分明だが、そこには明確な意志を感じ取れる。


 少なくともそのメモを書いた時点では何かをする気だった、と解釈するのが妥当ではないだろうか?


「そうそう! メモのことでちょっとお聞きしたいことがあったんです」


 雪枝が唐突に喋り始めた。


「その、四季さんが残したメモの字、どうでした? 汚くなかったですか?」

「字? 字ぃ~なあ~。どうだったかなぁ」


 数凪は気乗りしない様子だが一応思い出そうとはしている。


「捨てちゃうから……」

「しょうがねえだろ! そう指定されてたんだし。お前らもっと義理人情みたいなもん身に付けろよ。惻隠の情っつうかさあ」


「メモは鉛筆で書かれていませんでしたか? 汚い、というのも普段と比べて、という意味で……」


 雪枝の助言の途中で数凪は〝おお!〟と声を上げた。 


「そうだった! 鉛筆の字なんて久々に見たな、って思ったんだよあの時! 字もうん、読みにくいなーって思った! 思い出した」

「そうでしょうそうでしょう」


「それ、今関係ある話?」

「もちろん。大アリです」


 呆れ気味のなりに、雪枝は上機嫌で応える。


「数凪さん、ラウンジに居る時に中庭の立木の枝が折れる音を聞いた、その後いなくなったのに気付いた時まで四季さんとずっと一緒だったんですよね?」


「う、うん、まぁ多分な。つってもそんな長い時間じゃないけど」


 雪枝は満足げに頷きつつ、

「いつメモを書いているかわかりましたか?」

 数凪は〝んーん〟と首を横に振って否定した。


「その後、姿を消すことを考えていたのだとすると目立ちたくなかったはずです。まあ、こっそり壁などを使って書くことも出来なくはないでしょうが、おそらくメモはポケットの中で片手で書いたのではないでしょうか」


「か、片手ってお前……んなことパッと出来るか?」


 数凪の問いかけは雪枝個人ではなく、薄っすらとその場全員に発せられたものである。


 みなそれを察してはいたが、なかなか応じることが出来ず微妙な顔付でそれぞれの出方をうかがっていた。


 〝片手でポケットの中で簡単なメモをとる〟という作業は訓練の一環でSNOWの者なら誰でも経験はある。


 あまり現場に出ない雪枝・葉子でも、おそらく可能なはずであった。


「……えっと、四季さんの失踪後、警察の方はどうでしたか? ビルの中を詳しく調べました?」


「ああ? うんまあ、上から下まで調べてたぞ。結構しつこかったな。みんな何回も色々質問されたってさ」


「なるほど。千代エー本社ビルは、IDカードで人の出入りを管理しているんですよね? 当然データも残っているはずですし、警察には提出もしたでしょう。四季さんはデータ的にはまだビルの中にいるということになっているのではないか、と思われます」


「えっ? え? どういうこと?」


 沙希は、あからさまに混乱している。


「室長は中にいると思ってんの?」

「いいえ」


 雪枝は面倒くさがらずにきっちり答えた。 


「メモのことは警察の方にも言ってないんですよね?」

「あたぼうよ!」


 数凪はグッと親指を立てる。


「多分警察の方はそのように考えたのではないでしょうか、ということです。生死はともかく、まだビルの中にいると。その場合、まあ生きていると想定するなら潜伏のためには協力者は必須ですよね?」


「ああ……うん。そうだな。すげーしつこかったよ。特に私には」


 数凪は後頭部をポリポリ掻いた。


「ええと、つまり室長は四季が何らかの偽装工作をしていると思ってんのね?」


確認するなりに対し、

「それが自然ではないでしょうか?」


「ごめん。意味わかんない」

 伊予は両手を挙げて降参ポーズを取った。


「四季は千代エーの所属アイドルだし、普通にIDカード持ってるじゃん。正規の手続き踏んで出てって何の不都合があるわけ? あの時点ならまだ犯人とは疑われてないだろうし……。っていうか疑われたくないなら、数凪さんにあんなメモ残すはずないよ」


「鉄壁のアリバイですもんね」 


 岡真銀もウンウンと頷いている。


「なんていうかこう……チェリーピッキングっていうの? 室長の言う点と点を繋いでいけばなんとなくそうなのかな、って気もしてくるけどさ。悪いけど私にはとても自然な行動だとは思えないよ」


 反発心というほどのものでもないのだが、伊代としては簡単に納得しないぞ、という気負いのようなものがあった。


「そうですね。自然は言い過ぎだったかもしれません」


 雪枝は子供のような笑顔で話し続ける。自分の好きなものはみんな好きである、と信じている子供。


『こいつは……』


 なりは眉根を顰め目の端で雪枝を追った。


「四季さんの事件当時のよくわからない行動に関してはですね、今のところ何かの時間稼ぎなのかな、と考えています。事実警察の方は四季さんに疑いを持ちビルを調べ上げました。その分時間も人員も多く割かなければならなかったでしょうから」


「だからなんで時間稼ぎしなきゃいけなかったのかわかんない、っつってんの!」



「私もそうなんです。まだまだわからないことだらけですよね」



 あまりに屈託のない雪枝を見て、伊代はようやく少し薄気味の悪さを感じ始めた。


『なんか……はしゃいでる感じ?』


 その感じ自体はわかるのだ。自分たちにもないとは言えない。ただ何か非常に危ういものが見え隠れしている気がする。

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