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023

「結局……まだ何もわからないんですよね?」


 カラオケBOXの部屋に通され席についた途端、おずおずと真銀が声を上げる。


「やー、これからでしょ」


 伊予はほぼ儀礼的に言ったのだが、雪枝は意外にも静かに首を振った。


「いえ、そうでもないんです。伊代さん、沙希さん、真銀さんのおかげで一つの指針が立てられそうですよ」


「え……? でも結局四季さんがどうやってビルを出たのかわからなくて……今どの辺にいるのかもわからなくて、もしかしたらまだビル内にいるのかもしれなくて……生きてるか死んでるかもよくわからない、って話じゃ」


 おずおずとはしているのだが、わりとモノははっきり言う真銀である。


「ええ。その通りです。まあ、わからないということがわかった、ということでこれは重大な進歩なんですよ」


 〝ん~?〟と、鼻腔の奥から音を出し、葉子が小首を傾げた。なにか閃きの尻尾を掴んだようだ。……そのまま思索の淀みに沈んでしまう。


「ちょっとぉ!」


甲高い声とともにドアが開け放たれた。沙希である。


「あんたら知ってる?! ねぇ、知ってんの?」


 興奮した様子でメンバーの顔を見回しているが、ちょっと誰も反応できない。


「おつかれ~」


 いつものマイペースで後から数凪が入室する。これで全員揃ったわけだ。


「あの、ちょっと、ね? 知らないんだったら私喋っていい?」


 相変わらず何かを喋りたくてたまらない様子の沙希を見て、伊代はさすがにおかしいと感じ始めていた。


「少し待ってもらえますか?」


 雪枝は穏やかに沙希を制した。言葉つきは柔らかいのだが、瞳の奥では何か輝くものが瞬いているように感じる。


「室長知ってんの?」

「ここ三人は、さっき伊都ちゃんに確認したとこ」


 なりは愛想のない手つきで雪枝・なり・葉子、と点を線で繋いだ。


「ていうか、伊代や岡ちゃんに言ってないんだ?」


 ふうん、と感心したように鼻を鳴らす。


「いや、はっきりしてない話だったら、ペラペラ喋っちゃうのもなーって……みんな一緒の時に言ったほうがいいじゃん。なんか」


「さっさと始めない?」


 伊予は言ってから、しまった、と思った。口調にちょっといいわけしようのないトゲが混じってしまっている。


「なに怒ってんの?」


 沙希は不思議そうな顔をしている。伊代はそのあどけない顔を見ていると余計にムカッ腹が立ってきた。


「あのー、取り合えず報告会を始めてもよろしいですか?」


 雪枝が穏やかに促し、何となく空気が柔らかくなった直後、葉子はおもむろにバッグからファイルを取り出す。


「は~い、それじゃいきま~す」


 気の抜けた声の後に聞こえてきたのは、岡・海原・佐神、三者のもたらした報告の要点であった。


 現場組から逐一上がってくる報告や一日ごとの報告書は把握しやすいように全てまとめられて地下の部屋に保存されている。その情報にはスノウセクションの者なら誰でもアクセス出来るようにはなっていた。

 

『でもな~……』


 現実には、こういう定例会の時に聞く話が多い。


 毎日忙しいし、情報資料室に来ない日もある。余程興味がある時でなければ、わざわざその手の情報を確認する気は起こらない。


「ねぇ……やっぱ、もう四季生きてなくない?」


 迷いつつ沙希が言ったが、今回は以前ほどの拒否反応は起こらなかった。


 数凪も難しそうな顔で、頭をガリガリ掻いているのみである。


「なるほど。何故そう思います?」


 雪枝が穏やかな口調とは対照的なキラキラ光る視線を向けて訊ねた。


「いやまあ、これだけ何も情報が出てこないとさ」


〝ですね〟と受けて、

「しかし、情報が出てこないと何故?」 


「そりゃ、四季が生きてたらまだ発見されてない……誰にも目撃されてないってのも難しいだろうし……」

 沙希は言い淀んでいる。


「ビル出てる出てないの問題にしてもさ……死んでるって考えたら解決しちゃわない?」


「死体をバラバラにしてキャリーバッグか何かに詰めて運び出した、ってことですよね」


 岡がノッてきた。


「いや、バラバラじゃなくても、大き目のトランクだったらこう……折り曲げたら入んないかな?」


「夕山四季の身長体格体重からすればいけそうね」

 なりも口を出したが、あまり乗り気ではない。


「生きててもいけるのでは……?」

「そういう芸人さんはいたけども」


「その場合は共犯者……いえ、最低でも四季さんの協力者がいるということになりますね」


 雪枝が言った後、すうっと大きく息を呑む音が聞こえた。

 数凪である。思わず皆が見つめているところ、数凪は瞑った目を開けた。


「バラバラはムズい。それやる場所がねえだろ? シャワ―室はあるけど、誰が入ってくるかわかんねえ。時間帯によっちゃいけるかもしんないけど。その、なんだ。道具? みたいのも準備しなきゃだろうし……」


 考え込んでいる様子である。


「大きいトランクもなあ……意外にそういうの持ってきて出たり入ったりする人いないぞ? スタジオとか劇場とかデカいもんが持ち込まれそうなとこは系列の会社がやってる別の建物だしな。本社ビルにあるのはレッスン場くらいだよ」


「むしろなんでレッスン場は本社ビルに、って感じっすね」

「ああ、お偉いさんが見に行きやすいからだよ」 


「ウチもそうですよね?」

 雪枝がやんわりと諭し、沙希は軽口を後悔した。


「……お前ら、ちゃんと練習とかやってる? アイドルの」


 お小言が始まりそうな予感を受け、

「え~、話を戻しまして」

 雪枝はぎこちなく咳払いした。


 数凪は不服そうに口を閉じる。


『……ヘタクソ』


 なりはひそかに心中で嘆息した。


「生きているのか死んでいるのか、は取り合えず置いておきまして……私は生きていると思いますが」


「え? そうなんですか!?」

「岡ちゃん、そんなにビックリせんでも」 


 葉子は、ようやく何かを掴んだようであった。含みのありそうな笑いを見せている。


「あのさあ、ちょっと聞いてみたいんだけど……あのビルからこっそり出るの、ってそんなにムズい?」


 ほんの瞬き一回分、空気がピンと張りつめた。


「難攻不落って感じ? あんたたちならどう?」

「そりゃあまあ……出来ると思うよ」


 伊予が応じた。


「他のみなさんは?」

 雪枝が引き継ぐと、


「可能だと思います」

「まあ一階二階なら開く窓もあるし……」 


 と、他二人も口々に答えた。


「では、何故四季さんには出来ないと?」


 この場の大多数の人間が、狐に抓まれたような顔になった。

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