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019

『しっかし、運ってのもわかんないねえ』

 

 沙希が人間の一生の複雑に絡み合う運命に思いを馳せていると、

「あの」

 背中から声を掛けられた。時間切れだ。


『一応……っと』


 沙希はまごついている素振りをしながら身体を回し、庭園の内部・建物の内壁をさっと確認しておく。ここには監視カメラの類はついてないように見えた。


「佐神沙希さん、ですよね?」


 ええ、そうです。はじめまして。などと応じながら、内心は冷や汗ものだった。


「では準備のほう整いましたので、七階へ……」


 七階。どうも自分はこれからそこに行くらしい。真希がそこから落下した、かもしれない階。


 見ることが出来るなら願ったり叶ったりだが、それまでにしておかなくてはならないことがある。


「あの~、行く前に少し見学……みたいなことさせてもらってもいいですか?」

「はい?」


 事務方らしい、こざっぱりしたベストスーツの女性は切れ長の目をパチパチさせている。


「いえ、初めて来たんですけど、あんまり綺麗な建物なんでびっくりして……出来たら写真なんかも撮らせてもらえたらって……」


 抜け目ない素振りで、サッとスマートフォンを取り出した。


「ああ、ああ、はいはい」


 女性は何かを了解した格好で首肯する。


「別にかまいませんけど一応写しちゃいけないところとかもあるので、そこはお願いしますね。ええと、SNSに投稿したりなさるおつもりなんですよね?」


「はい~」


 にっこり、甘い笑顔で応じておいた。こっちのほうも一応プロだ。


 相手が確認する、かどうかはわからないが、撮った画像はアップロードしておくべきだろう。


 では、と建物の一階を案内される。気を利かせて、まずは一番映えるエントランスに連れて行ってくれるようであった。


 写真を撮れるかどうかは、本当はあまり問題ではない。最初から必要な部分は覚えておくつもりだったのだ。


 とはいっても、監視カメラにざっとした部屋の配置・動線くらいは実物の画像があるのとないのでは大違いだ。


「でも、ヨネプロの建物もたしか、立派なビルじゃありませんでした?」

「い、いやー、あっちはもう……なんせ築年数が経ってますから」


 沙希は心の中の長尾伊都に何度も頭を下げて謝った。


「大きさはだいたいここと同じくらいでは……?」

「いえいえいえ、もう、大きいくらいが取り柄で……」


 もう何の話をしているのかよくわからなくなっている。


「いえ、私お伺いしたことありますよ。なんていうか、その少しレトロな雰囲気もあって……貫禄がありますよね。業界でも歴史のある事務所ですし」


 沙希が〝あはは〟と無難に笑って、なんとかこの話題は終息した。


『言い方~』


 相手の言い様に少し引っかかるところはないではなかったが、流れで色々言った自分も悪かったので仕方ない。


 エントランスでは立つ位置、レンズを向ける方角・角度まで指定され、沙希はおとなしく従った。


 どうも今回のような申し出があった時のために、予め決めてあるらしい。セキュリティのためなのかどうかはよくわからない。


 多分、係の女性もわからないだろう。


 自撮りで一緒に写ってくれるように頼んでみたら、口ではなんのかんの言いながらすぐにOKしてくれた。結構ノリノリで嬉しそうに見える。


 沙希にとっては、一階の様子を探るのが一番の重要事だ。


 当たり障りのない会話をはさみながら時々各部屋の簡単な説明をまじえ、ぐるっと一階を一周してもらう。


 写真も一枚撮らせてもらえた。大収穫だ。



 入口、裏口の位置関係、警備員の配置、監視カメラ。



 あのような事件があったので、警備員たちは若干緊張しているように見える。


 それ以外はごくごく標準的で、変わったところはない。覚えやすくてなによりだ。


 一階の案内の最後に、休憩室を見せてもらった。


 あの日、四季と数凪が居た場所。数凪の言によれば〝ダベって〟いたところである。


 自販機に、無料のお茶とコーヒーのドリンクメーカー。小綺麗で非常に居心地の良さそうなレストルームであった。


 外部の人間が使っても問題ないようだが、今は昼休みがちょうど終わるくらいのタイミングで時間的に人が少ない。


 ドアはクローザーで閉まるようになっているが、留め具がついており開けたままで固定も出来る。沙希は試しに開け放ってみた。


『おお、見える……』


 ちょうど中庭が見える。もっとも一階の部屋の戸はたいてい中央に向いているので当然ではあった。


『真希が落ちたとこ……あの辺か』


 沙希は出来るだけさりげなく視線を中央に向かった窓へやった。


 枝が折れていた楠は、ちょうど窓枠が重なっており、見通しが悪い。角度の問題かもしれないが、あえて色々試してみることはしなかった。


 数凪は〝音を聞いて出ていった〟と言っていたので、見えなくても矛盾はない。 


 あの日、この場所この部屋で四季は数凪と話していた。物音を聞きつけ、二人で真希の墜落現場に出て行った。


 そして四季は消えた。


 他のSNOWのメンバーも調査は続けているので何か出てくるかもしれないが、今のところ〝公式〟ではそこから先の足取りは追えていない。


『出入口は二つだけ……だけど他にどこかあるのかもしれない』

 

 数凪の話だと人々の注意は真希の落ちた中庭に集まっていたようだ。


 人知れず行動するのは難しくなかったかもしれないが、表裏の玄関に居る警備員はさすがに動いてないだろう。

 

 さっき確認した伊代からの連絡だと、警備員は誰も四季の姿を見ていないらしい。


『どこから消えたのかね』


〝どこからどこへ〟。まったく奇妙なパズルだ、と沙希は思った。


 自分たちは確認出来ないが、警察は提出された監視カメラの映像も見ているだろう。少なくとも四季がどうやってビルを出たのかはわかっているのかもしれない。


『しっかし……』


 そもそも双子の妹が死んで現場から即座に消える、という行動の意味がよくわからないのだ。犯人というわけでもないのに。


 今更だが、どう考えても不自然な行動だ。


 同じような状況になったら自分ならどうするだろう? と考えてみる。


 落ちている死体に駆け寄る。完全に事切れているのを確認する。一応救急車を呼ぶ? 


 ……誰が死んだのかにもよるかもしれないが、そもそもそんなに冷静に行動出来ないような気もする。


 ただ数凪の話によるとパニックにはなっていないらしい。誰かに連れ去られた、とかでない限りはっきりと自分の意思で行動したと考えたほうがよいかもしれない。


 だとすると、だとすると……だとすると?


「あのう……」 


「ああ! いえ、すいません! ちょっと考え事、心に浮かぶよしなし事を……御社があまりに貴くこそおはするので」


 完全に案内の女性の存在を忘れていた。何のことはない。自分がパニックだ。


「ああいえ! わかります。緊張しますよねそれは」 


 女性は何事かについてわかっているという風に、ウンウンと頷いた。沙希も曖昧に表情筋を緩ませ会釈してみせる。


『なんだこの状況……』


 非常にストレスフルなこの状況下で適当に相槌を打ちながら、沙希の思考は勝手に回転していく。


 夕山四季に何が起こったのか? いや、そもそも真希に何が起こった? 


 そもそもそもそもそもそ……。


「あっ!」


 沙希は遠慮がちに小さく驚きの声を上げる。渦巻く思考の向こうで天啓のように何かが煌めいたのだ。


 順番は違うが中庭、休憩室、とあの時の四季と同じ場所を移動したからか、思いが重なったような気がした。


 四季にとっては、何か心当たりがあったのではないか?


 予想していた、というと言い過ぎだが、何か思い当たるフシがあったからパニックにならなかったのではないだろうか?


 もしそうだとすると……彼女は何をする?

 

 真希はもう死んでいる。救えない。犯人は? もしいるとするなら、犯人は誰だ?


『上……?』


 沙希は、わざとらしいほど燦々と陽の降り注ぐ中庭を通して上階を見上げた。

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