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016

「いやー、それが見てないんですよねー」

 

 警備員の若い男は、困ったように曖昧な笑みを浮かべて言った。


 あまりにもあっさりなので、言われた伊代のほうが困ってしまう。


 いや、ありえないでしょ!


 と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「いやでもね、ほんとなんですって。僕も気になってね、ちょっと色々その辺で聞いてみたりしたんですよ。よく声かけてくれる掃除のおばちゃんとか。でも見てないんですって」


 警備員は流暢にまくしたてる。仕事中だと思うのだが、あまり気にしている様子はない。


 千代エービルの関係者入口。昼休みド真ん中の時間で、外の雑踏の響きがここまで聞こえる……かと思いきや心なしか行き交う人もまばらであった。


 警備員はもちろん中にも常駐しているのだが、すぐ外にも立哨しているのだ。しかしまあ、この様子だと気は心といったところか。


 嘘……を言ってるようには見えないな。


 海原伊代は、ざっと上から下まで警備員を観察してみる。


「あっ、そんなわけあるか、って思ってるでしょ? わかりますよ。警察のおっちゃん達もそんな感じでしたもの」


「いや、そういう……」 


「でもね、ほんとなんですよ。このビルって入る時も出る時も僕らにID見せなきゃいけないんだけど、警備員仲間も誰も見てないんです。他にもこのビルに出入りしてる人で僕が声かけられる人にはみんな聞いてみたんだけど、四季ちゃんが出るところは見てないって。あ、あの日ここに居た人ってことですけどね」


 この若い男は話すのが苦にならないようだった。特に水を向ける必要もなく、いくらでも喋ってくれそうだ。


 警察の人も楽だっただろうな、と伊予は考えている。いや伊代にとっても、もちろんありがたいのだが、こちらは性格的にちょっと辟易してしまう部分があった。


 警察の捜査というものは、特に今回のように長引いている事件では聞き取りで何度も質問攻めにあい記憶を掘り起こされるものだ。普通は嫌がるのだが、彼にとってはそうでもなかったらしい。


 それはそれとして、伊代たちはその後話を聞きに来ているわけなので、今はこの男の記憶も当初よりはよほどはっきりしているはずであった。


『ってことは……本当に四季はここから出てない?』


 もちろん他からも話を聞いて裏取りはするつもりである。しかし、伊代のカンのようなものはおそらく結果は同じであろうと告げていた。


『一応表玄関も聞かないと……ないだろうけど』


 この警備員を信じるなら、少なくとも夕山四季は目に見える形では正規の出入口を通っていないことになる。


『ん~~~……なんか変』


 何かがおかしい。


 伊代は上手く説明できないのだが、強烈な違和感を感じていた。別にあり得ない話ではない。それなりに整合性の取れる仮説はいくつも考えられる。だがどれもしっくりこない。


 異質な手触り。あるはずのモノがないのか。ないはずのモノがあるのか。


『パズルのピースが足りない。みたいな?』


 否。足りないのではない。やはり合わないのだ。何か妙なものが混ざり込んでいるような気がする。



 WHY? なぜ? ですよ。徹頭徹尾。



 伊予は雪枝の言葉を思い出していた。


『なぜ? どうして? ……ね』


 材料がいる。考える材料が。いつもそうだが、今回はさらに。


 かき集められるだけかき集めなければならない。組み立てるため。不要なモノを排除するため。


「四季ちゃん……夕山さん、最近何か悩んでませんでした? 変な様子とか。わかる範囲でいいんですけど」


「どうかなあ……言われてみたらそう見えなくはない……みたいな気もするけど、うーん。そういやこのところうわの空っていうか、ちょっと心ここにあらず、みたいに見える時もあった気がするなあ」


 男は難しい顔をしている。喋っている内容の信頼性は正直微妙だが、誠実に話そうとしているのは伝わってきた。


『しょうがないか。警備員さんと話したりとか普通しないもんね』


 個人的に親しくなることはあるかもしれないが、自分の調子を話して聞かせたりといったことは少ないだろう。芳しくない時は特に。


 事細かに喋り始めたら逆に怖いかもしれない。伊代は内心笑みをこぼした。


 警備員に別れを告げ、伊代は次の調査の場所に歩み始める。


 何気なく振り向いて千代エーのビルを眺めてみた。ここでの自分の役目はもう終わりだが、中にはまだ佐神沙希がいるはずだ。


 数凪の要請という形――要は使いっ走りだが――を取って潜入し調査しているはず。


 伊代たちの属しているヨネプロと同じく、千代エー本社は自社ビルである。確か他の会社も入っていたが、全て系列のものだった。


『まー立派なもんだよねえ』

 

 自らも業界大手の事務所であるヨネプロに属しながら、まだ竣工して5・6年しか経ってない千代エービルの輝くような壁面を見上げる。


『こんなとこに寮付きで入ってて将来見込まれてて……四季真希ってどんな気持ちで毎日送ってたんだろ』


 こういう仕事をしているせいか、伊代はどうも自分も芸能界の人間であるということを時々忘れそうになる。


『私だったら自殺なんて考えないな~』 


 今、想像しているだけである。人の精神など不安定で不可解なものだ。


 鬱病とか不安神経症とか、詳しくはないが〝あの人がまさか〟と言われるような人物が自ら命を絶ってしまうことはままあるのだろう。


 だから、これはただ海原伊代が自分に引き寄せて考えているだけである。


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