013
「しかし、これだけ大がかりなプロジェクトが動いてたってのに、ちょっと自殺しそうには……」
「でもさ、犯人がこの中にいる気もしなくない? 自分らがこれから売り出そうってアイドル手にかけるってのもねえ」
「そうお?」
葉子は多少声を張り、懐疑の声を上げた。
「ぐっと真相に近づいた気がしますけどねぇ」
「嫌だけど私も葉子に同じ意見。嫌だけど」
なりも片手を挙げて言った。
「二回言うなよ」
「まあ確かに関係が深いということは、動機は想定しやすいとは思いますけどね」
遠慮がちに雪枝が口を開いた。
「えー?」
「たとえば?」
口々に疑問の声を発する者たちに、
「そうですね、たとえば〝L⇆Right!〟の方が、自分たちの売り出しの方針が気に入らなくて上層部と意見が対立していたら? とか」
「そんなの……話し合えばいいじゃん」
「だいたいの場合、話し合った結果対立するんですよ」
沙希の反論に、雪枝はにっこりと微笑みを返した。
「あんまそういう感じなかった、と思うけど……」
「もしくは単純に男女関係のもつれ、というのもありがちですが」
「じゃあそれ、少なくともナミさんとヤマトさんはないな」
数凪ははっきりと言い切った。
「なんでですか?」
「二人とも女だから」
「ああ、これは私の言い方が悪かったですね……。うん、恋愛関係のもつれ、と言っておきましょうか」
「そういうもんか?」
数凪は一応肯定はしたようだが、心底得心したわけではなさそうだった。
「その……大物会議に真希四季は参加してなかった、ってことですか?」
「ああ、なんかもう少し枠組みがはっきり決まってから本人たちも合流する予定だったみたい。二人もやっぱ落ち着かなくてさ、あの時も休みだったけど社のレッスン場で自主練してたんだよ」
「で、四季さんだけが数凪さんと会った……?」
何となく腑に落ちない様子の真銀は、放るように言葉を投げる。
「ああ、そうそう! 思い出した!」
「なんですか?!」
「どうしました?」
「いや、そんな大したことじゃねえから、期待しないで」
数凪は何故か気恥ずかしそうに、ふやけた顔を見せた。
「ちょうどあの時……あの日一階でたまたまエレベーターで降りてきた四季に会ってさ。レッスン場から来たんだって思ったから〝真希は?〟って聞いたんだよ。練習なら当然二人でしてるはずだから。そしたら〝ああ……まだレッスンしたいって〟っつってさ」
皆固唾を呑んで続きを待っている。
「そ、それから……?」
「いや、それだけだけど……いやいや!」
あからさまにがっかりしたSNOWの面々に、数凪は戸惑いを隠せなかった。
「いやね、そんなことほとんどないんだよ。あいつらの一方だけ先にレッスン切り上げるとかさ。お前らだってそうだろ? 特別に用事でもなかったら一緒にやってくだろ?」
「まあ……」
皆、数凪にとっては意外な微妙なリアクションをとった。SNOWは情報部も兼ねているので、メンバーの時間が合わないのは珍しくない。
「いや、それはともかく……っていうかお前ら、ちゃんとアイドルやってんのか? まあ、今はそれはいいや。それだけじゃなくて、不自然だったんだよ、なんか変な間があって。もしかしたらなんか言いたいことでもあったんじゃないかと思ってさ」
「間、ですか……それは今は置いておくとして、レッスン場で別れて一人は六階より上へ、一人は一階に来て数凪さんと話していた、ということでしょうか。数凪さんの今日のお話を聞いた上で考えると、少し違和感は残りますね」
雪枝は小首を傾げ思いに沈んでいる。
「だろ? んでヒマだからなんかダベっとくか、と思って声かけたんだよ」
「と、特に用事もないのに、ですか?」
「なんか、かわいそうな気も……」
「雑談して現状を把握しとくのも大事なの! 人間関係なの!」
数凪はおそらく現在の上司に言われたのであろうことを、かなり大雑把に略して主張した。
「レッスン場は三階ですよね?」
「お、おお、良く知ってんな」
雪枝は考えながら、確認するように言葉を紡いでいく。
「四季さんの話を信じるとして真希さんは四季さんと別れた後、ずっとレッスン場にはいなかった。数凪さんは四季さんとどのくらい雑談されました?」
「五、六分、かなあ……多分十分は経ってない」
「では、その間に突発的な何かがレッスン場の真希さんに起こった、ということでしょうか」
雪枝の語尾は疑問形ではなかったが、明らかに問いかけの含みがあった。
「え~……じゃあ誰かに呼ばれた、とか……? おい、ちょっと、なんか私のこと誘導しようとしてない?」
「もしも」
雪枝は軽やかに数凪の発言を無視した。
「もしもですよ、真希さんは会議をしていたプロジェクトのメンバーに呼ばれ七階に行ったのだとします。だとすると一人だけ呼ばれ、一人だけその場に行くってありますか? 数凪さん」
「なくはない……具体的にって言われると困るけど。いや、うん。言ってることはわかるよ。普通のグループなら一人だけ呼ばれるとかザラだけど『L⇆Right!』だからな。なんせあいつら双子で住んでるとこも一緒だったから、隠し事ってのもちょっと難しいだろうし……パフォーマンスもほぼ差はないからなあ。呼ぶ方もメンツがメンツだし重要事項になればなるほど片っぽだけってのは……」
「あの~ちょい気になったんだけど」
海原伊代が片手を挙げる。
「もしかして、レッスン場に二人ともいたら二人とも死んでたのかな? 一人……四季だっけ? 四季は降りてきたから助かったってこと?」
「非常に良い着眼点ですね」
雪枝は時々無自覚に、先生のような口調になってしまう。
「うん……誰かに狙われてた、ってことなら……一人だけってより、二人ともってほうがありうる……か? でもそれだとなんつうか……」
「ええ、何か不自然ですよね? 数凪さん。二人とも殺したいのなら、わざわざ一人だけ上階に呼んだりはしないでしょう。レッスン場でいっぺんに凶行に及んだほうが簡単ですしリスクも低い」
「ま、まあなあ……。ちょうどあの時間レッスン場はあの二人で貸し切りだったみたいではあるけど……」
「どっちか一方でよかった、ってことじゃない?」
「いやお前、人一人死んでんのにどっちかって言い方は……」
なんとなしに口を出した佐神沙希に、数凪は渋面を作った。
「私じゃないですよ! 犯人の声を代弁したっていうか……」
「いや、それはあり得るっしょ。それで犯人の目的が達成されるんなら」
「あ、ああ『L⇆Right!』のメジャーシーン進出を阻止したい、とかなら十分あり得ますね。L⇆Right! 自体が無くなっちゃうから……」
尾鷹葉子に続き、岡真銀も乗ってきた。
「それなら犯人は嫉妬に駆られた他のアイドルとか?」
「対立する事務所の密命を帯びたアサシンが……」
「待てー!」
数凪がたまらずストップをかけた。




