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Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
54/54

第54話 標的

◆Eクラス棟の廊下/サラ視点


 昼休みの終わり、サラは違和感を抱えたまま廊下を歩いていた。

 

 レナの様子がおかしい。

 朝から何度も呼びかけても、笑顔がどこか引きつっている。

 引き出しに手を入れた時の、あの表情が目に焼き付いて離れなかった。

 

(……なに、これ?)

 

 Eクラスの空気自体が、いつもと違った。

 教室の一角でひそひそと囁く声。わざとらしくレナを避ける仕草。廊下でぶつかっていく女子たち。

 

 気づいたら足はエリックの机まで向かっていた。

 

「エリック、ちょっといい?」

「ん……どうした?」

 

 他に聞こえないよう声を潜める。

 

「レナ、いじめられてるよね? 引き出しの針とか、教科書とか……あれ、普通じゃない」

 

 エリックは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 そして深く息を吐く。

 

「……また始まったのか」

「先生に言った方が――」

「無理だよ」

 

 きっぱりした声だった。

 

「元々、レナは魔力量が少なくてEクラスで浮いてた。俺がEクラスに来てから、多少はいじめも収まってたみたいだけど」

「……じゃあ、どうしてまた?」

 

 エリックは眉間を押さえながら苦笑した。

 

「原因はレオンとオルフェだよ。考えてみろ。Sクラスの奴らが、わざわざEクラスの一人に絡んでくる。しかもレオンは荷物まで持つ。オルフェは廊下から観察してる。俺もEクラスにいる」

 

「……あっ」

 

「目立つんだよ。嫉妬とか妬みとか、くだらない理由で人は簡単に悪意を見せる。レナ本人は何も悪くなくても。しかも相手がレオンだ。上のクラスの女子が名前を囁く程度には、目に付く」

 

「レオンに言った方がよくない?」

 

 エリックは苦い顔をした。

 

「レナから言われてる。レオンには言うなって。あいつが知ったら……全員片っ端から殺しかねない」

 

 冗談じゃなかった。

 言葉の奥にある重さを、サラも肌で感じた。

 

「……どうすればいいの」

「俺たちが気づけた分だけマシだ。見張って守るしかない」



***



◆Sクラス棟へ続く通路→旧校舎裏/レナ視点


 その日の休み時間、レナは廊下の角で立ち止まっていた。

 ちょうどそこは、Sクラス棟へ続く通路の近くだった。

 

「レオン待ちでしょ」

 

 背後から、聞こえよがしな声がした。

 だが、レナは振り返らなかった。

 

「ねえ、レナちゃん」

 

 前から声がした。

 三人の上級生が、半円を描くように立っていた。

 知らない顔だった。だが、その目は明らかに敵意を向けていた。

 

「ちょっと、いい?」

 

 逃げる間もなかった。

 腕を掴まれ、廊下の流れから引き剥がされる。抵抗しようとしたが、三人分の力は思ったより強かった。

 連れてこられたのは旧校舎の裏。

 午後の陽が届かない、人目につかない場所だった。

 

「最近、目立ってるみたいね」

 

 一人が腕を組んで言った。

 声は穏やかだった。

 

「Sクラスのレオン様に荷物持たせてるって、本当?」

「……違います」

「へえ、違うんだ」

 

 笑い声が上がった。

 誰もレナの言うことは信じていない。

 

「下のクラスのくせに、どんな手使ってんの? 可愛がられてていいご身分よね」


 顔が熱くなる。怒りなのか羞恥なのか、分からなかった。

 

「……何も、していません」

「そう言うよね」

 

 一人が背後に回り込んだ気配がした。

 振り返ろうとした瞬間、背中を強く押された。

 

「きゃっ──」

 

 地面に倒れ込む。手のひらが石畳を打ち、鋭い痛みが走った。

 じわりと滲む血。泥の臭いが鼻を刺した。

 

「いい子ぶってるから、嫌われるんだよ」

 

 立ち上がろうとした時、髪を掴まれた。

 引っ張られて、顔が上を向く。

 

「Eクラスのくせに」

 

 三人の足音が、ゆっくりと自分を取り囲んでいた。

 地面に手をついたまま、レナは荒い息を呑んだ。

 上級生の少女が、苛立ちを隠しもしない声でレナの肩を押した。

 

「ねぇ、聞いてる?」

「黙ってんじゃないわよ」

 

 次の瞬間、指先に灯った魔力がぱちりと弾ける。

 空気が細く震えた。嫌な気配。

 

(……この魔術、魔力量。Bクラス……?)

 

「ちょっとビビらせればいいだけでしょ」

「だよねー。先生もどうせ、見てないし」

 

 軽い調子で遊んでいる声だった。

 だが、その指先に編まれているものは、遊びの出力ではなかった。

 

(……これ、制御が雑だ)

 

 それが問題だった。

 本人たちは「かすらせる」つもりでいる。

 でも精度が伴っていない。

 外れれば、どこに当たるか分からない。

 紫電が頬をかすめた。

 髪の先が焦げ、焦げ臭さが鼻を刺した。

 

「っ!」

 

 反射的に身を引いた瞬間、地面が閃光で抉れた。

 石畳が弾け、破片が足元を叩く。

 頬ではなく、首に当たっていたら。

 地面ではなく、目に当たっていたら。

 

 本気で殺す気じゃない。

 それが余計に危ない。

 

(血を……使う? でも、ほんの少しでも痕跡が残れば――)

 

 考えている間に、再び魔術が編まれる気配がした。

 

(……まずい。速い──!)


 その瞬間、不意に別の視線を感じた。

 

 冷たいのに、妙に静かで、こちらを測るような気配。

 上級生たちのものとは違う。

 最近ずっと背中に張りついていた、あの得体の知れない視線に似ていた。


 けれど振り返る余裕はなかった。

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