表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
51/54

第51話 未来は闇の中

 ◆Eクラス教室/エリック視点


 午後の授業が終わり、生徒たちがぞろぞろと教室を出始めた頃。

 レナはノートを閉じ、カバンの紐を直していた。

 まだ教室には数人残っていたが、そのうちの一人が廊下の方向を見た。


 廊下にいたのは、いつもの黒衣のコート。

 姿勢のいい立ち姿と、金の髪が、教室の空気を一瞬で引き締めた。

 誰かが小声で「Sクラスだ」と言った。

 それだけで、教室がわずかに固まった。


「……行くぞ。ルグランのところに」


 レオンは、それだけ言ってレナに視線を向けた。

 目は、やや鋭いがどこか優しい。レナが体調を崩して以来、彼は放課後になると必ず迎えに来るようになった。


「うん、分かった」


 レナは軽く頷き、椅子を引いた。

 ぎこちなく立ち上がる様子に、レオンの視線が一瞬だけ鋭くなる。だが、何も言わず、歩幅を合わせて先に扉を開いた。


 その様子を、近くの席からエリックが見ていた。

 彼は無言で立ち上がると、レナの肩に手を軽く添える。


「……行ってらっしゃい。無理するなよ」


「うん、大丈夫。ありがとう、エリック」


 レナが小さく微笑むと、エリックはわざとらしく眉を上げた。


「何かあったら俺にも言えよ。あいつにだけ頼るのはバランス悪いからな?」


「ふふ、分かった」


 そのやり取りを、レオンは黙って見ていた。

 感情を表に出すことはなくても、視線だけは鋭く刺さる。


 それでもレナが歩き出すと、レオンは静かにその横に並んだ。

 ふたりが教室を後にする背を見送って、エリックはふう、とため息をついた。


(……検査、ね。そういうことにしておくか)


 ため息は、飲み込んだ。

 窓の外はもう夕暮れで、鈍いオレンジが教室の床を照らしていた。

 あの二人の背中は、もうとっくに見えなくなっていた。



 ***



 ◆診療所・診察室/レナ視点


 診察室の扉を閉めると、ほのかに薬草の匂いが漂った。

 ルグランが白衣の袖をまくりながら、無駄のない動きで机の上に器具を並べていく。魔力測定石が淡く青く光り、室内の空気が静かに脈動した。


「ふむ、安定してるな」


 短く言いながら、ルグランは魔力反応を覗き込む。


「魔力の揺れもなし。負荷反応も落ち着いてる。傷も、綺麗に塞がってるじゃないか」


「……じゃあ、もう来なくても大丈夫ですか?」


 レナが遠慮がちに問う。

 ルグランは、淡々と首を横に振った。


「いや、あくまで今は、だ」


 測定石に映る数値を見ながら、静かな声で続ける。


「君の血は特異だ。魔力は強すぎると制御できなくなる。綺麗に見えても、内側で爆発寸前のこともある。だから、これからは自分で魔力の状態を感じ取れるようになるといい。俺たちは、その補助をするだけだ」


「……はい」


 レナは素直に頷いた。

 その横で、レオンは無言のまま立っていた。

 ルグランが針を片づける音の中で、レナの顔にほんのわずかな不安が浮かぶ。

 レオンはそれに気づいたが、何も言わない。

 ただ、彼女の背中にそっと手を添えた。


 診察を終え、レナが「着替えてきます」と小さく言い残して奥の部屋へ下がっていく。レオンはその背を見送り、待合室に戻った。


 ◆診療所・処置室/ユージン視点


 その隙を、ユージンは逃さなかった。

 書類を束ねるふりをしながら、ルグランの肘を小突く。


「先生……あの、レオンくん、また来てますよね?」


「ん?」


「いや、ほら。入院の時もずっといたじゃないですか。検査の付き添いまで毎回来て、今日なんてずっと隣で立ってましたよ!」


 ルグランは記録書にペンを走らせながら、気のない声を返す。


「まあ、あいつはそういうやつだ」


「いや、でも毎回ですよ!? この前は検査の帰りにカフェ、その前は本屋、その前は甘味処……完全にデートコースじゃないですか!」


 ユージンが身を乗り出す。


 ルグランは一拍置いてから、真顔で頷いた。


「定期検診という名目のデートだな」


「やっぱりーー!!」


 ユージンが机を叩いて叫ぶ。


「しかもさっきレナちゃんの髪にゴミがついてたらしくて、何のためらいもなく取ってたんですよ!距離近すぎません!?」


「距離感がバグってるんだ、あの男」


「じゃあ、もうあれって……」


「事実婚だな」


「えぇぇぇ!? 付き合ってるって話は聞いてないんですけど!?」


 ユージンが両手を振り上げたその瞬間──

 部屋の外、扉の向こうから気配がした。


 静かすぎる気配。

 空気が一瞬、張り詰めた。


「……い、今の、聞かれてませんよね?」


「祈れ」


「やだ、先生! マジで怖いんですけど!」


 そのとき、ノックの音。

 無言で扉が開き、レオンの冷たい青の瞳が覗いた。


「……終わったか」


 低い声。

 ユージンはぎこちなく笑い、心の中で必死に神に祈った。


 ルグランはというと、何事もなかったかのように書類を閉じ、淡々と告げた。


「次回は二週間後だ。……同伴者も、同じでいいんだろ?」


 レオンは無言で頷き、レナの肩に軽く手を置いた。

 そのまま静かに扉を閉める。


 ドアが完全に閉まったあと、ユージンが机に突っ伏した。


「……生きた心地しないっす……」


「慣れろ」


 ルグランの返事は、いつも通りの乾いた声だった。



 ***



 ◆街のドーナツカフェ/レナ視点


 レナとレオンが診療所を出て、街の通りに出ると、夕方の風が少しだけ甘い匂いを運んできた。

 レナは、歩きながら小さく笑った。


「ねっ、この辺に新しくできた店、行ってみない?」


「何の店だ」


「ドーナツのカフェだって!」


 レオンは短く息を吐く。

 眉をわずかに寄せながらも、拒むような気配はなかった。


「検診結果は悪くなかった。……まあ、たまにはいいだろ」


 レナの顔がぱっと明るくなる。

 彼女のそういう反応に、レオンは何度見ても慣れなかった。

 街角を曲がると、硝子張りのカフェが見えた。

 店先からは、揚げたてのドーナツの甘い匂いが漂っている。


 席に着くと、レナはカップの縁に指を添えたまま、鞄から何かを取り出した。


「ねえ、私、もうちょっとで十六歳なんだよね。それでさ、こんなものを学院からもらったんだけど」


 差し出されたのは、一枚の紙。

 進路調査書だった。


「……ほら、Aクラスまでは十八歳で卒業でしょ?進路、どうしようかなって思ってて」


 レナは紙を眺めながら、カップの中の泡をつつくように言った。

「レオンはSクラスだから二十四歳までは学院にいられるんだっけ? その後も希望すればもっといられるんだよね? いいなあ」


 レオンは、ストローの包みを外しながら黙って聞いていた。

 その横顔がわずかに強張っていることに、レナは気づかなかった。


「将来なんて、今まで考えたことなくて。生き延びるのに、ただ必死で。それは今も変わらないけど……」


 言葉を探すように、レナは俯いた。


「でも、みんなといつか離れる日が来るのは、寂しいな」


 沈黙が落ちた。

 レオンはドーナツを見つめたまま、低く呟いた。


「……それは、俺とも離れるってこと?」


 レナは、はっとして顔を上げた。

 その瞳に映るのは、いつもより少しだけ影を帯びた青。

 冗談とも怒りともつかない声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ