表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ─血に抗う者たち─  作者: りんごあめ
第二部 壊す者
49/54

第49話 暗殺者と研究者

 ──夜の帳が降りた学院外の裏路地。

 風が吹き抜けるたび、濡れた石畳が冷たく光った。


 突如として、金色の閃光が走った。

 それは刃。殺意そのものを形にした、研ぎ澄まされた一閃だった。


 斬撃を紙一重でかわし、灰色の外套の青年は嘲るように鼻を鳴らした。

 白銀の髪が風に舞う。紫の瞳が、夜を切り裂く。


「……やれやれ。君、まだ本気で俺を殺そうとしてるの?」


 オルフェ・クライド。

 声は穏やかだったが、その眼差しの奥には冷えた硝子のような警戒が光っていた。


「当然だ。レナに“極大魔法”を使わせたのはお前だろう」


 レオンは短く言い放ち、剣を構える。その瞳は氷のように静かで、感情を削ぎ落とした光を宿している。


「報いを受けろ。お前の好奇心のために、彼女は命を削った」


「へぇ……理屈は立派だね。彼女がそう指示したの? 違うだろ? 君のそれ、正義感でも贖罪でもないよ。ただの感情の暴走だ」


 オルフェが指先を払う。空気がねじれ、見えない魔術式が展開される。

 足元の路地に、円環状の結界が走った。


「俺を暗殺する気なら、もう少し冷静に来なきゃ。怪我してても、魔術の精度はまだ俺の方が上だよ、レオン・ヴァレント」


「上かどうか、試してみろ」


 レオンは淡々と応じる。

 刃が音もなく軌跡を描き、次の瞬間、空気が爆ぜた。


 剣と術式が噛み合った。


 金属音は鳴らない。代わりに、空気のほうが軋んだ。

 レオンの一撃は速すぎて、衝突の手応えが腕に届く前に、路地の壁が一枚、遅れて震えた。


 オルフェが目を細める。

 結界の層を一段、ねじる。反射と減衰の複合。普通なら、そこで刃は弾かれるはずだった。


 だが。


 レオンの剣が、弾かれない。

 無理やり、押し切ってくる。


 ギリ、と遅れて金属が泣いた。

 刀身の先端に、目に見えるほど小さな欠けが走る。

 刃こぼれだった。


 武器屋で買った剣は、ここで限界を見せた。

 オルフェの口元が、わずかに吊り上がる。


「……ああ。やっぱりね。剣が先に死ぬ」


 レオンは、欠けた刃先を一度も見ない。

 視線はオルフェの喉元から外れないまま、手だけが冷静に角度を変えた。


 次に振るのは、刃じゃない。

 刀身の“背”で、叩き折る軌道。


 空気が殴られ、結界が鳴った。

 円環が一瞬だけ歪み、オルフェの外套の裾が裂ける。


(こいつ……剣が壊れるのを前提で、殺しに来てる)


 オルフェは背中を滑らせるように後退し、距離を取った。

 路地の冷気が肺に刺さった。


「……やるじゃないか。その剣速は反則だ。完全に人間の領域を越えてる」


 レオンは欠けた剣を握ったまま、何事もないように踏み込む。

 その目だけが、わずかに熱を持った。


「殺してやる」


「強がりは好きだけど、現実も見ようよ」

 

 オルフェは指先を払う。結界がさらに一層、増える。

 

「その剣、あと何回持つ?」


 レオンは答えない。

 答える必要がないというように、刃を走らせる。


 剣が夜を裂き、闇が崩壊する。

 オルフェは間一髪で身を捻り、瓦礫の影に飛び込む。


 レオンの剣が通り過ぎた後、そこにあった建物の壁が音もなく崩れ落ちた。


(化け物だね……ほんとに)


 オルフェは息をつき、指先で魔術陣を展開した。

 結界と転移の複合術。背後から迫る気配を読み取りながら、低く呟く。


「……まったく。君の“愛”は、科学より非合理だ」


「二度と、その口でレナを語るな」


 レオンの声は低い。


 オルフェは肩越しに笑う。

 あくまで穏やかに、わざとらしく。


「今のところレナ・ファウレスに手を出すつもりはないよ。鑑賞しているだけ。あの子の怒りで痛い目を見たからね。……今のところは」


 その一言が引き金になった。

 レオンの瞳が、わずかに熱を帯びる。


 光が弾けた。

 欠けた剣が、ためらいなく振り下ろされる。


 オルフェは転移を起動する。

 光が弾け、彼の姿が闇に溶ける。


 最後に見えたのは、剣を握ったままのレオンの輪郭。

 折れかけた鋼を、折れる前提で振るう姿。


(武器屋の剣でこれか)


 オルフェは闇の中で、喉の奥で笑った。


(じゃあ、もし本物を手に入れたら……この男はどうなる?)


 残されたのは、剣を握ったままのレオン。

 肩で息をしながら、わずかに空を見上げた。


 夜の静寂が戻る。

 その表情に、怒りも悲しみもなかった。


 そして背を向ける。

 闇が再び、街を覆い隠した。

 昨夜の爆ぜた空気だけが、しつこく路地の隅に残っていた。

 


 ***


 

 Eクラスの教室にレナが戻って数日。

 エリックは内心で苦笑していた。

 平和そうに見える日常。

 でも、その影に“問題児コンビ”が二人、復帰していたのだ。


 オルフェ・クライドとレオン・ヴァレント。

 オルフェは顔の包帯が復帰当日より減っていた。

 首と手の処理痕だけが残り、肌に刻まれた魔術処理の跡は、まだ消えていない。

 レオンは何事もなかったように飄々としている。


 ──学院では昨夜、路地裏での「小規模爆発」騒ぎが話題になっていた。

 魔術痕は跡形もなく、原因不明。

 

 だがエリックには分かりきっていた。

 魔術痕をここまで綺麗に消せる人間が、この学院に何人いる。   

 しかも小規模で収めたとは。──笑えない冗談だ。

 

(あー……あれ絶対、あの二人だな)

 

 笑いに変えないと、手が震える類の確信だった。

 この二人、何より──仲が最悪。


(また始まるな)


 昼休み、中庭。

 レオンが剣の柄に手をかけた瞬間、エリックは悟った。

 殺気、全開。

 しかも、レオンのそれは“本気で殺すやつ”だ。

 一方のオルフェはというと、あの性格である。


「そんな顔するなよ。君の殺意、芸術点は高いが雑だ」


 完全に煽っている。


 周囲の生徒たちが、空気の変化を嗅いで距離を取った。


「──喧嘩はやめてって言ったでしょ!」


 間に入ったのは、レナだった。

 その声で、空気が一瞬だけ止まる。


 エリックは木陰でその様子を見ながら、額を押さえた。


(違うんだよ、レナ。あれ喧嘩じゃない。あれは最初から、どちらかが死ぬまで終わらない類のやつだ)


 沈黙のあと、レオンが剣を下ろす。

 オルフェは楽しそうに笑って、踵を返した。

 その背中を見送りながら、エリックは深くため息をついた。


 

***


 

「はぁぁぁぁ……疲れた」


 教室に戻ると、レナが机に突っ伏すようにため息をついた。

 エリックはその隣に立って、腕を組んだ。


「……あー、あいつらなー」


「いい加減やめないかな? 私はそういうの、望んでないのに」


「まあなー……」

 

 エリックは天井を見上げる。


「……あいつらが命の取り合いしたら、学院どころか街ごと吹っ飛ぶしな」


 軽く言った。だが、本当のことだった。


「ねえ、どうしたら仲良くしてくれるかな」


「うーん……仲良く? 物理的に距離を取るしかないんじゃないか? ……いや無理か。どっちもお前に吸い寄せられるし」


「磁石みたいに言わないでよ……」


 レナの項垂れた姿に、エリックは苦笑した。


 ***


 

 ──それは、無意識だった。

 

 オルフェ・クライドは、自分が彼女を見つめていることに、気づいていなかった。


 教室の廊下の窓越し、図書室の奥の陰、渡り廊下の死角。

 どの場所でも、彼の視線は同じ一点を捉えていた。


 レナ・ファリス。

 かつて自分の研究棟を半壊させ、極大魔法で自分に重傷を負わせた少女。

 その名を思い出すたびに、脳裏に焼き付いた光景が、今も淡く疼く。


 ──血の光。

 ──理論を越えた、制御不能の魔力。

 そして、あの時の彼女の表情。


(あれほどの出力を叩き出した人間が……どうして、今そんな顔で笑っていられる?)


 彼は教室の外から、それを眺めていた。

 影のように立ち、息を潜め、微動だにしない。

 観察対象を記録する研究者の目。

 だが、その視線の奥には、別の色が混ざり始めていた。


(恐怖か、好奇心か……それとも)


 自嘲気味に笑う。


 視線を逸らす理由はあった。

 だが、逸らせなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ