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第37話 黙って死ねばいいものを

 ◆レオン視点/旧教会地下


 レオンの一閃が、空気ごと壁を断ち割り、衝撃波が地下空洞を荒れ狂わせる。

 火花を浴びながらザイラスは飛び退き、笑いながら手を広げた。


「おっと、危ない危ない! 殺す気まんまんだねぇ! こっちは研究者なんだけどなぁ?」


 その指先から奔流のように紡がれるのは、黒い糸。

 空間に縫い込むように走り、壁や天井から“無数の影腕”が生え出す。

 獣の咆哮を帯び、鎖のように絡みつこうと迫ってくる。


 レオンは一歩も引かない。

 剣に青白い魔力を纏わせ、ただの一振りで影を斬り払う。

 無駄のない動き、斬撃の度に空気が裂け、血の匂いが混じる。


「君は、“死”を悲劇だと思う? 一人が死ねばドラマだ。だが数十人、数百人が死ねば、それは“数字”になる。……そうだろう? だから実験として面白いんだよ」


 ザイラスが笑う。


「──黙れ」


 一言。

 低く冷たい声が、爆ぜるように響いた。

 その瞬間、レオンの足が石畳を抉り、姿が掻き消える。


「ッ──速っ!」


 ザイラスが咄嗟に術式を展開。

 影の壁を幾重にも重ねるが、次の瞬間には剣が貫いていた。

 火花と共に黒い影が四散し、ザイラスの肩を裂いた。


 鮮血。

 石畳に滴る赤。


「……あっははは! いいね、いいよ!痛みってのは、生きてる証拠だ!」


 ザイラスは自分の血を舐め、愉悦の笑みを浮かべる。


「でも、残念! 俺はまだ死なないよ!」


 床の術式が赤黒く輝き、異形のキメラが召喚される。

 蜘蛛の脚、蛇の尾、人の顔──歪に繋ぎ合わされた化け物が咆哮を上げる。


「研究の成果、たっぷり味わって!」


 怪物が突進した。

 レオンは怯むことなく前へ。

 剣を振り抜き、頭蓋から胴体までを一閃で両断する。

 血と臓腑が飛び散り、悲鳴もなく崩れ落ちた。


「……くだらない」


 レオンの視界にいるのは、もうザイラスだけだった。

 床に散った肉片が湯気を上げ、鉄と薬品の臭いが混ざって喉を焼く。


 ザイラスは肩口を押さえながらも、口角だけは上げている。

 だが、その笑みがさっきより薄い。距離の詰まり方に、計算が追いついていない。


「ねえ、君さ」


 軽い声。けれど、目は笑っていない。

 ザイラスは半歩だけ後ろへ下がり、足元の紋章へ体重を移した。赤黒い光が、待ってましたとばかりに脈動する。


「殺す前に、一つだけ。取引しようよ」


「……取引?」


「君、裏の人間だろ? 噂は聞いてる。処刑人だってね。

 俺がやってる“仕事”の話、少しは面白いと思うよ。相手は顔も名前もない。条件だけ飛んでくる。金と場所と材料、それだけ」


 笑って、肩をすくめる。


「代わりに、ファウレスの血を寄越してよ。ほんの一滴でいい。君が必死に隠してる“あの子”の」


 舌先で唇を湿らせ、楽しげに続けた。


「“生きた源泉”。あれが手に入ったら、模造だの合成だの全部いらない。赤魔石を作るってレベルじゃない。血そのものを、好きなだけ“使える”」


 レオンの瞳が冷える。


「──二度と」


 静かで、終わっている声。


「その話題を、口にするな」


 ザイラスの足元で転移陣がいよいよ光を増す。逃げ切れると思ったのか、あるいは最後の反応を見たいのか。瞳の奥が子供みたいに輝いた。


「……今の顔。最高だね。やっぱり君、君自身が一番──」


 最後まで言わせなかった。


 レオンは一歩で距離を潰し、剣の切っ先を床へ叩き込む。


 紋章を繋いでいた導線が、青白い斬撃で断ち切られる。

 転移陣は脈動を失い、灯りだけ残して沈黙した。


「え……?」


 ザイラスの笑みが消える。代わりに浮かんだのは恐怖ではなく、純粋な興味だった。


 死の瞬間ですら、答えを欲しがる目。


「……それ、どうやって──」


 答えはない。

 刹那、剣が閃いた。


 青白い光が走り、防御が裂け、肉が断たれる。

 ザイラスは崩れ落ちながらも、最後まで笑う形だけを作ろうとした。


「……いいね……君みたいなのに、殺されるの……」


 言葉が途切れ、ザイラスの身体が石畳に沈む。

 残るのは、焦げた術式の匂いと、虚しく脈動する模造赤魔石の残骸だけだった。


 レオンは剣を下ろし、短く息を吐いた。


「……黙って死ねばいいものを」



 ***



 ◆レオン視点/地下拠点・戦闘後


 血と灰にまみれた地下拠点。

 ザイラスの骸が冷たく横たわり、赤魔石のコレクションが鈍く光を返している。


 その中に、いくつかだけ異質な光を放つ結晶があった。澄み切った深紅。濁りも歪みもない、完璧な赤。


(これは……本物だ)


 棚の端に置かれた古びた赤魔石。長く保管されたもの。

 そして比較的新しい結晶。市場を経由してきたのだろう。


(アロイス家のマーケットから流れた本物か。──セリル)


 一瞬、黒髪の青年の横顔が脳裏を掠めた。

 眼鏡の奥の冷たい視線。


 レオンは息を殺し、掌の結晶を握り直す。

胸の奥に、鈍い重さが沈んだ。


「……返してもらう」


 低く呟き、コレクションケースの鍵を剣でこじ開ける。

 赤い結晶を掴み取り、掌で質だけを確かめ、静かに懐へ滑り込ませた。


 レオンは散乱した研究机を見渡す。

 記録紙、送付用の箱、雑多な計算メモ。

 だが、送り主の名はない。署名、住所もない。

 最初から、追跡できないように作られている。


 側には通信石もあった。

 だが起動符は削られ、宛先の座標は空白だ。

 最初から、繋がらないように作られている。


(……追えない、か。追う必要も、今はない)


 レオンは息を吐き、足元へ視線を落とした。


 この男は面白がって独占するタイプだ。

 外に渡す前に、自分で弄ぶ。


ファウレスの血を示す“送付”の痕跡がない。宛先もない。

 ──少なくとも今夜の時点で、外には出ていない。


「レナは誰にも渡さない」


 決意の声は、冷たい地下に小さく響いて消えた。



 ***



 ◆レナ視点/翌日・学院教室


 路地裏で襲われたその翌日。

 学院の教室で、レナは落ち着かなかった。


 窓の外の光はいつも通りだったが、胸の奥にしこりのような不安が残っている。

 レオンは「二、三日学院を休む」と言っていた。無茶をしていないか、それだけが気がかりだった。


「なあ、レナ」


 不意にかけられた声に振り向くと、エリックが隣に腰を下ろしていた。

 気楽そうに見える笑顔の奥で、目は鋭く彼女を観察している。


「どうしたの?」


「今日、レオンって学校来てないよな? 全然視線を感じないし……何かあった?」


「……キメラを作った犯人を探すって、出て行ったよ」


「犯人を……?」


 エリックの声が僅かに疑うようだった。


「暫く……帰らないって言ってた」


 レナは心配そうに、両手を膝の上で握りしめる。


「……そっか」


 エリックはそう答えながらも、別のことを考えていた。

 頭に浮かぶのは、昨日から妙に落ち着かない銀髪の青年。オルフェは何度もレナを陰から見ていたのをエリックは知っていた。


 胸の奥に、嫌な予感が冷たく沈んだ。


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