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第31話 夢を見る者、罪を隠す者

 ◆レナ視点/深夜の寮


 しばらくして、ドアを叩く音がした。


「レナ。起きてるか」


 低い落ち着いた声。

 レナは慌てて涙を拭き、震える声で答えた。


「え、うん。なんか目が覚めちゃって」


「泣いてるのか。何かあったのか? 開けてくれ」


 迷った末に、レナは扉を開けた。


「少し昔を思い出しただけだよ。もう大丈夫」


 笑った顔は健気で、儚く、脆い。

 レオンは何も言わず、表情も動かさない。


 彼女が思い出したであろう“昔”。

 それは自分に刺さる刃で、知られてはいけないものだった。


「入っていい?」


 レナは頷き、彼を迎え入れる。


「酒、あるか?」


「あるわけないでしょ」


「残念。まあいい」


 レナがくすっと笑い、空気がほどける。


「部屋、戻らないの?」


「眠れないんだろ。朝まで付き合うよ」


 レオンが微笑む。

 その横顔は、不思議と安心をくれた。


 他愛ない話を続け、夜明けが近づくころ。

 レナはベッドで、彼の手を握ったまま眠りに落ちた。


 レオンは寝顔を見つめ、呟く。


「俺が側にいる。ずっと守る」


 嘘で塗り潰した過去と秘密の中でも、その言葉だけは本当だった。


 守ることで贖罪になるだろうか。

 違う。これは自己保身だ。


 真実が晒された時、少しでも憎まれたくない。

 犯した罪は消えない。償うこともできない。背負って生きるしかない。


 眠る彼女に、届かない声で囁く。


「早く。俺のものになって」


 自分のものにしてしまえば、後戻りはさせない。

 逃げ道も、選択肢も、曖昧な優しさも──。


 全部、潰せる。


 豪華な鳥籠に閉じ込めて、羽を折って、それでも愛でていたいから。



 ***



 ◆レナ視点/翌朝の中庭


 翌朝、学院の中庭。まだ人の少ない早朝の静寂の中で、レナはいつものベンチであくびをしていた。


(ああ、ちょっと寝不足かな?昨日、遅くまで起きてたから──でも、安心して眠れた気がする。レオンが手を繋いでいてくれたからかな)


 背後から声をかけられて、ようやく気配に気づいた。


「……おはよう」


 穏やかな声に彼女が振り向くと、そこには見慣れた銀髪の青年──オルフェ・クライドが立っていた。

 表情は変わらず無機質で、白衣の裾がわずかに風に揺れている。


「……おはよう。オルフェ、久しぶり……」


 そう言ってレナが微笑むと、彼はほんの一瞬、反応に迷ったように間を空けた。


「……ああ。最近……忙しくて」


「結界の修復、お疲れさま。噂になってたよ、キメラもいたって……」


 レナが心配そうに言うと、オルフェは頷く。

 だが、その仕草は妙にぎこちなかった。


「問題はなかった。少し……思ったより面倒だったが」


 (……違う)


 レナは気づいた。

 いつものオルフェなら、“冷静に観察し、核心だけを述べる”はずなのに、今の彼はどこか“よそよそしい”。


「……何か、あったの?」


 そう尋ねた瞬間、彼はわずかに表情を止めた。すぐに首を横に振ったが、その目はレナをまっすぐには見ていなかった。


「……何も」


 そう言いながら、彼の指先は無意識に、首元のペンダントへと触れていた。

 震えていた。わずかに、かすかに。


 オルフェは言葉を濁すように「じゃあ」とだけ言って、そのまま背を向けた。


 レナは、残された空気に目をぱちくりとさせる。彼の様子は明らかに変わっていた。


 まるで、何か大きな“決断”の前で、彼が揺れているような。



 ***



 ◆レオン視点/自室


 書類を閉じる音が、静かな部屋に響いた。

 レオン・ヴァレントは、机に肘をつき、何気なく手元の報告書に目を落とした。


 ──“禁術の疑い。対象:オルフェ・クライド。死者蘇生に関する魔術構成を複数確認。”──


「……死者を、生き返らせる……?」


 乾いた笑いが漏れる。

 机に置かれたペンが、カツンと音を立てた。


「……夢物語だな。あの変態らしい」


 オルフェ・クライド。

 感情より理を選ぶ“理論主義者”の仮面を被った、異常者。


 その手が“蘇生”に伸びたと聞いたとき、レオンはただ冷笑するしかなかった。


「死んだ者を、還すだと……」


 愚かだと思った。

 どうせ、成り立つはずもない術式。

 たとえ肉体を再構成しても、魂は戻らない。

 それはただの“影”だ。

 喪失を慰める、粗悪な模倣品に過ぎない。


 もし──ほんのわずかでも、指先が届くのだとしても。

 たとえ、死者が還る道が、この世のどこかにあるのだとしても。


「……俺にはそんなものに手を伸ばす資格は、ない」


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