表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/42

第30話 月夜の独白

 ◆レナ視点/街中


 思い出すのは、平和だった頃の記憶。

 母と歌いながら歩いた小道。

 隣家の少年と遊んだ庭。

 初めて見た自分の血の色の魔石。


 ふっと思い出したのは、似ていたからだろう。

 夕方、聞き覚えのある童謡を歌う少女と、手を引く母親をレナはすれ違いさまに見た。


 幸せだったあの頃を思い出す。


 気づいたときには、もうその親子は人混みに紛れていた。

 見失った背中の代わりに、胸の奥で、忘れたはずの風景が静かに立ち上がる。


(あの頃には、もう戻れないのに)


 そう思っているはずなのに、心のどこかではまだ、あの日々を願っている。手を伸ばせば届きそうな気がして、それでも決して届かない景色を。


 その夜、レナは夢を見た。



 ***



 ◆レナ視点/夢


 夜空が、赤く染まっていた。


 村は、業火に包まれていた。


 崩れ落ちる家々。響き渡る叫び。

 折れる木々と、泣きじゃくる声。

 鼻を突く、血と煙の匂い。

 空気は熱に焼かれ、地面さえも燃え上がる。


 そのとき、レナは、まだ十一歳だった。


「このリュックを持って。絶対に、離さないで。レナ」


 母が震える声で言う。

 彼女の手には、レナには少し大きなリュック。


 中には、手紙。書類。緊急の薬やお金。

 家族の形見、小さな〈赤い魔石〉。

 そして、レナが大切にしていたネックレスが、乱暴に放り込まれていた。


「お母さんは……?」


「行って。お願い、レナ。あなたは生きて。絶対に、生きて」


 外で、何かが砕ける音がした。

 木が倒れたのか、誰かの悲鳴なのか。もう、わからない。


 レナは、母の手を離す。

 玄関の扉に手をかけると、視界がぐにゃりと揺れた。


 扉を開けた瞬間、そこに広がったのは──


 燃えさかる夜の村。


 炎に照らされた路地に、三人の少年たちが立っていた。


 二人は深くフードを被り、顔が影に沈んでいる。

 ただ一人、眼鏡をかけた少年だけが、無表情でこちらを見つめていた。


 そのとき──誰かが、レナの手を掴んだ。


「こっちだ! 走れ!」


 レナより三つ年上の少年。ソラトだった。


「ソラト……?」


「迷ってる時間はない! お前も、お前の母ちゃんも、あいつらに狙われてる!」


 振り返ると、母が誰かと魔法を撃ち合っている。

 赤と青の火花が弾け、建物が崩れ、悲鳴が炎に呑まれていく。


 ソラトはレナの手を強く引いて、駆けだした。


 夜風が火の粉を巻き上げる。

 燃える村が、すべてを飲み込んでいく。


 場面が、唐突に飛んだ。


 気づけば、村の外れ。


 そこにも、あの〈フードの少年〉が立っていた。


 剣を持ち、魔力が滲み出している。

 口元が何かを言いかけたように動くが、音は聞こえない。


「くっ……! 行け、レナ!」


 ソラトの声だけが、やけに鮮明だった。


「でっ、でも──!」


「ここは俺が引き止める! 絶対に振り向くな、いいな!」


 喉が震える。泣きたいのに、泣けない。

 泣いたら、すべてが崩れる気がした。


「行け!」


 ソラトの叫びが、胸に刺さる。


 レナは──走った。


 土を蹴り、石につまずき、それでも前だけを見て、

 森の中をひたすらに走る。


 枝が頬をかすめる。

 足音と心臓の鼓動だけが、世界の音になった。


 ──森の影。


 家の前にいたはずの、もうひとりのフードの少年が立っていた。


 動かない。

 その手には剣。

 魔力の気配が肌を刺すのに、攻撃は飛んでこない。


(……気づいてない?)


 息を呑み、レナは別の道へと進路を逸らす。

 背後から、追ってくる気配はなかった。


 風の音と、遠くの爆音だけが、耳の奥で反響する。


 やがて、森を抜けた。


 草の生い茂る丘の上。


 振り返ったレナの目に映ったのは──


 燃え盛る、村の光景。


 空が裂けたような、真っ赤な炎。

 煙が夜空を黒く塗りつぶし、光と影の境界がぐしゃぐしゃに歪む。 


 この日。レナは、すべてを失った。


 母も、家も、日常も。

 笑い声も、歌も、当たり前だった明日も。


 そして──愛した村と、そこにいた人々も。


 炎の向こう側で、誰かの声が重なった気がした。


 ──二度と、戻れない。

 ──二度と、あの場所には。


 それが、レナの“始まりの夜”だった。



 ***



 ◆レナ視点/深夜の寮


 レナは真夜中に目覚めた。


 あの日見た炎を今も覚えている。運命に対する業火のように、揺らめく炎の前に立ち尽くした。


 フラッシュバック──


 あの日から数年経っているのに、記憶自体は忘れたいからか薄ぼやけているのに、感覚だけは鮮明だった。


(ダメだ、今日は、眠れない。)


 ベッドから這うように起き上がると、窓の外の月を見た。穏やかな月明かりだ。


 強くなりたい。そう願っていても本質は変わらない。

 精神的な脆さは隠せない。レナは胸の真ん中に触れる。

 ぎゅっと締め付けられるような心の奥。

 目を瞑り深呼吸してみる。


「お母さん……」


 小さな声で呟いた。レナが呼んだ声は空中に儚く消える。

 この部屋には自分しかいない。そんなことはわかっていた。もう一度名前を呼んだ。


 本当は、もう少し助けが欲しい。側にいてほしい。

 孤独には慣れていたはずなのに、今は抱きしめて欲しい。


 不意に温かな日々を思い出してしまったから。

 頬を伝って涙が流れる。何度名前を呼んでも虚しく部屋に響くだけだった。


 会いたい。

 二度と会えないのは分かっている。


 生が記憶の連続なら、死は記憶の断絶だろう。

 死ぬということは、消えることだ。

 思い出も、自分という存在の感覚さえも、永遠に消える。


 たとえ今、再び会えたとしてもそれはもう、生きてる頃の“母”と微妙に違うのかもしれない。


 視線を窓の外に向けた時、金色の髪が夜道を横切った。

 レオンだ、とすぐに分かった。こんな夜中まで、何をしていたのだろう。外は危険だと散々言われているのに……。


(……どうして、何も怖くなさそうに歩けるんだろう。レオンにとっては、これくらい危険のうちに入らないのかな)


 そう思って見つめていると、ふいに視線が合った気がした。レナは慌ててカーテンを閉める。


(泣いている顔なんて、見られたくない……)


 静かな部屋の中に、自分の心臓の音だけが響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ