表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/41

第23話 プロメテウスの火

 ◆Sクラス(群像)視点/教室


 昼下がりのSクラス教室では、高等術式の演習が一段落し、生徒たちは談笑や読書、各自の研究に時間を割いていた。


 そんな中で、確実に広まっていたのが──あの“公園の件”だった。


「マンティコアを軍より早く処理したって話。金髪の奴、名前出てないけど……アイツだろ」


 ジーク・ヴァルフォアが声を潜めるが、その目は興奮で輝いている。


「自然発生なんてしないわよ。軍でも厳重管理の対象よ、あれ」


 マリアン・アロイスが涼しい顔で応じた。


「誰かが作ったんじゃないのか……? 禁術級だぞ」


 眉間に皺を寄せるノア・シュタルク。


「俺、聞いたぜ」


 キース・ローゼンベルクが噂を運ぶ声で割り込む。


「現場で派手な男を見た人がいたらしい。

 異国風の服で、妙に軽いノリのヤツだって」


「そんな人間が、錬成術なんて扱えるわけないでしょう。

 ……早とちりよ」


 マリアンは呆れ気味に笑う。


 だが、次の言葉が空気を変えた。


「でもさ──戦闘直後に別の銀髪が現れたって」


 エルマー・リーベルトが囁き、周囲が一斉に耳を傾ける。


「キメラの死骸を触ってさ。魔石を“回収”してたんだと。怖すぎない?」


 教室がざわついた。


「……あいつしかいねえだろ」


 ジークが視線を向ける。


 黒板の前で封印術式を書いていたオルフェ・クライド。

 白銀の髪が、沈黙のうちに噂の中心へと祭り上げられていく。


  ──真実がどうであれ、噂はいつも最も孤独な者を標的にする。


「禁術マニアじゃん、あいつ」


「学院で死者が出た事故も……たしかオルフェが──」


 バンッ!


 術式具が机に叩きつけられた。


 レオンの指がぴくりと動き、音の中心へ殺気が走る。


 全員が振り返る。

 オルフェは普段と変わらぬ制服姿。

 だが、その瞳には見たこともないほど冷たい怒気が宿っていた。


「……俺が?」


 静かな声が、空気を鋭く裂く。


「あんな粗雑な模倣体を、俺が作ったって?」


 一言ごとに、教室の温度が下がる。


「構成が歪み、術式に連携の痕跡すらない。魔力の流れは未調整、血液因子も不純。しかも“ファウレスの血”とすら無縁の代物」


 噂を流していた生徒たちが硬直する。


 オルフェはゆっくりと手袋を外し、吐き捨てた。


「あんなまがいものと、俺を一緒にするな」


 レオンがほんの一瞬、視線を上げて彼を見る。

 言葉を挟むことなく、ただ“当然だ”とでも言うように。


 指先に微細な魔力が集まり、教室の空気が緊張する。


「俺が作るなら──あんな下劣な獣じゃない」


 最後、眉をわずかにひそめて。


「……あの“派手な服”の男と俺を一緒にするな。気分が悪い」


 誰もが息を飲んだ。


 それは天才魔術師の、侮辱に対する激昂だった。



***



 ◆オルフェ視点/研究棟 


 その夜、研究棟を青白い魔導灯が照らしていた。

 周囲には瓶と書簡、干からびた触媒、乾いた魔法陣の残骸。


 その中心に、オルフェは立っていた。


 術式陣の線は幾重にも重ね描かれ、幾何学のように美しい。

 赤い光脈がゆっくりと脈打ち、循環を始めている。

 魔力濃度は規定値を越え、周囲の空気が震えた。


 彼の目に宿るのは興奮でも期待でもない。

 ただ、計算の完了を見届ける数学者の眼。


「……式は正しい。理論上は、死の境界を越えられる。」


 呟きながら、彼は培養槽を見た。

 透明な液体の中に浮かぶ“人型”

 人間を模して組織と血管を人工生成した、肉体の模倣体。


 皮膚には血が通い、まぶたは閉じている。

 けれど魂のないその姿は、ただの器だ。


「偽物の(コア)で“命”を語るな」


 彼はザイラスを思い出して吐き捨てた。

 あの男は命を模倣した。

 自分は命の構造を理解しようとしている。

 その違いを、誰にも分かってもらえない。


 魔法陣が淡く光を帯びる。

 中心に置かれた触媒体に、彼は掌をかざした。

 術式構文を展開、位相を反転させ、死の座標をずらす。

 時間そのものの記録点をねじ曲げ“過去の生”を現在へ召喚する。


蘇れ(リバース)


 空気が裂けた。

 光が瞬き、血管が脈動する。

 人工の心臓が、ほんの一瞬だけ鼓動した。


 ……しかし。


 耳を澄ませば、それは鼓動ではなく魔力の震えだった。

 肉体がわずかに動いたかと思えば、指先から異形の変化が走る。

 皮膚がねじれ、骨がずれ、音もなく軋む。


 人工の魂が存在を維持できず、崩壊していく。


「……やはり、これでは“魂”は呼べないか。」


 オルフェはため息ひとつ。

 次の瞬間、掌を掲げて無詠唱の魔法を放つ。


 淡い紫の光線が走り、異形の肉体は音もなく沈黙した。

 魔法陣の光が消え、部屋には再び静寂が戻る。


 焦げた匂いも血の匂いも残らない。

 すべては滅菌処理された実験空間の中、完璧に計算されていた。

 ただ、床に残った魔法陣だけが、静かに“死”を記録している。


 彼はその上に立ち、ぼそりと呟いた。


「……本物の“命”とは、何だ。身体も、血も、魂も、式に還元できるはずだ。なのに、なぜ再現できない。」


 静かな声。

 だがその指先は、微かに震えていた。


 その震えさえも、彼は観察し、計測しようとする。

 そして最後に、己の胸に手を当てた。


「……まるで、僕が“感じている”みたいじゃないか。」


 笑いとも溜息ともつかぬ声が、実験室に消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ