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第17話 実験場の街

 ◆市街地視点/キメラ出現



 昼下がりの街は、穏やかな喧騒に満ちていた。


 露店の呼び込み、焼き立てのパンの匂い、子どもたちのはしゃぐ声。学院の学区に隣接するこの街は、いつも通りの平和を映していた。


 ──その平和が、唐突に軋んで崩れ落ちる。


 低く鈍い震動が足元から這い上がり、石畳が悲鳴を上げて割れた。


 建物の壁が崩れ、砂埃が視界を曇らせる。

 次いで、地の底から這い出すような咆哮が、街路を切り裂いた。


「な、なんだ……!?」

「魔物……? いや……これは……」


 路地の奥から現れた影を、人々は息を呑んで見つめる。

 犬の骨格に、人間の腕を無理やり縫い合わせたような肉体。

 肥大した眼球は不気味にぎょろりと動き、縫い目からは濁った紫の瘴気が漏れ出していた。


 それは、自然の理から逸脱した存在だった。

 ──合成獣、キメラ。


 学院と軍の結界に守られた街には、本来現れるはずのないものである。だが空を覆う結界は、歪んだ魔力痕に食い破られていた。まるで誰かが意図的に牙を突き立て、ひき裂いたかのように。


「ひ、ひいいっ!」


「逃げろぉおおっ!」


 悲鳴が四方から上がり、日常が地獄へと転じる。

 積み上げられた木箱が砕け散り、露店が蹂躙される。

 キメラは牙を剥き、肉を求めるように群衆へ突進した。


 子どもが転んで泣き叫ぶ声や引き裂かれた悲鳴、鉄臭い血の匂いが広がる。駆けつけた魔術師達が必死に防御陣を張るが、獣の咆哮ひとつで粉砕される。


「なぜだ……!軍が作った街の結界があるはずだろう!」


「こんな……あり得ない……!」


 誰の声も、虚空に溶けていった。


 恐怖と混乱の渦のただ中で、異形はなおも増えていく。

 紫の瘴気は街を呑み込み、昼の太陽さえ翳らせた。


 ──この街は、誰かの手によって用意された“実験場”と化したのだった。



 ***



 ◆レナ視点/学院休憩室



 休憩室の窓際で、レナは新聞を広げていた。

 白黒の活字が目に飛び込む。


「……街に、キメラ……?」


 そこには、昨日学院近隣の街に出現した異形の魔物についての記事が載っていた。


「そう。結界を突破して出てきたらしいのよ」


 向かい側で話しかけてきたのはサラという青い髪を後ろでひとつに束ねた快活な少女だ。


「軍が出動して鎮圧したっていうけど、結界を破ったなんて前代未聞だよ」


「そんな……」


 レナは息を呑む。


「しかも、あれ……ただの魔物じゃなくて、キメラだって。人の体の一部を使ってたとか言われてるの」


 空気がひやりと冷える。新聞の次の記事に、さらにおぞましい見出しが続いていた。


「その失踪した子、Dクラスの生徒だったらしいよ」


 サラが小さく告げる。


「数日前から行方不明で、今朝……血を抜かれて遺体で見つかったんだって」


「血を抜く?……どういう……」


「何らかの魔術的な実験だろうって噂。禁術絡みの。Sクラスに復学したって噂の人、ちょっと怪しいって声もあるんだよね」


「まさか……」


「そっ、オルフェって人。あの人、孤児だったらしいし、色々とわからないことだらけなんだよ」


「孤児……。私も、レオンもそうだよ」


レナが小さく言うと、サラは一瞬、言葉を失った。


「えっ……ご、ごめん! そういうつもりじゃなかったんだけど……」


 サラは慌てて頭を下げ、それから眉を寄せて考え込む。


「レオンが、孤児? ……誰が言ってたの?」


「え? 本人だよ」


 レナの何気ない返答に、サラの胸の奥で小さな違和感が灯る。学院一の優等生、冷静で完璧な青年──その素性について、誰も深く知らない。


 だが「孤児」と聞いたとき、なぜかその言葉がうまく馴染まなかった。


 仕草、話し方、立ち居振る舞い。


「……あの人はさ、孤児っていうか──」


 そのとき──



 ◆レオン視点/同室内



「何か言ったか」


 突然、背後から低い声が響いた。


「ひっ……!?」


「びっくりした……!」


 二人が一斉に振り向くと、そこにはレオンが無表情で立っていた。少し肩をすくめてレナの手元に目をやる。


「何をそんな真剣な目で見てるんだ?」


「この記事。街にキメラが現れたって。それに、Dクラスの子が亡くなったらしいの……」


 レナが新聞を差し出す。


 レオンは無言で紙面に目を通す。


「街の結界か……あれ弱いからな。突破されてもおかしくない」


 視線を下へ移し、失踪、食害、血液を抜いた跡、魔術器具の痕跡──その記述を一瞥して、ぽつりと口を開いた。


「血を抜いたり“食事”をさせるだけなら、新聞沙汰にならないように、裏社会の人間や浮浪者を使う。この事件、一般人の食い残しが多すぎるな。無駄にリスクを取ってるあたり、性格の捩くれた奴か……あるいは、研究成果の誇示が目的かもな」


「な、なんでそんなことわかるのよ……?」


 サラが震える声で呟く。


「俺は研究者じゃないが、これくらい予想できる」


 レオンは呟くように返す。


「でもまあ、どうでもいいな。こういうのは国か軍に任せるべき問題だ」


「た、助ける気ゼロ……」


 サラが苦笑交じりに呟いた。


「余計なことに首を突っ込みたくないだけだ。……それより、レナ」


 レオンがふと話題を切り替えるように口を開いた。


「昼休み、新しくできたカフェに行かないか?前に、行きたいって言ってただろ」


 レナは驚いたように瞬きをした。


「えっ……でも、さっきサラと学食に行くって話してたから……」


 すぐ隣で話を聞いていたサラが、ぴくっと反応する。


「いいよ、カフェ。私も行ってみたいし!」


「じゃあ、三人で行こう」


 レオンはさらりと言った。


 その言葉に、レナは一瞬迷ったようだったが、目を伏せて小さく頷いた。


「……うん。じゃあ、一緒に行こうか」



 ◆サラ視点/締め



 サラは、内心でちょっとした衝撃を受けていた。

 レオン・ヴァレントに、普通に誘われた。

 それも、“レナを含めて一緒に”という言い方だったとはいえ──彼に誘われた。


(……いや、ちょっと、嬉しいかも)


 サラは小さな喜びを噛みしめながら、無意識に頬がゆるむのを感じていた。


 ──この時点では、まだ。


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