第10話 絶望
◆レナ班視点
「この辺、前より魔物が少ないな。まあ、たまにこういうこともあるから」
護衛の男性冒険者が呟いた。
その言葉に、生徒たちは安堵を浮かべていた。
だが、レナは違和感を拭えずにいた。
(こんなに魔物が少ないものなの?)
張り詰めた空気の中、薄暗い洞窟の奥へ進む。
「……ここ、広い」
視界が開けると、そこは広間のように大きな空間だった。黒ずんだ染みが岩肌に広がり、肌にまとわりつくのは湿った空気と、血の臭い。
「待って……あれ」
魔術灯の光が揺れ、岩陰を照らした。
そこに見えたのは、破れた布と、その下に崩れ落ちた人影。先行パーティーの亡骸だった。腕と脚が捻じれ、顔も判別できぬほど潰れていた。
「ひっ……」
Dクラスの少年の膝が崩れ、音もなく床に落ちる。
護衛が駆け寄り、低く呟く。
「やられたのか。だがこの洞窟には学院の結界があるはずだろう……?こんな魔物が入れるはずがない」
疑念が広がる。
だが、その答えはすぐに現れた。
◆ 広間・中央
地の底を震わせるような鈍い音が奥から響いてくる。
(……足音?)
次第に大きくなる地響き。
暗闇の奥から、何かが迫ってくる。
誰もが声を飲み、魔術灯を向ける。
中央に、それは歩いてきた。
漆黒の甲冑のような硬質の体躯、身の丈の倍もある大剣を携えたゴーレム。明らかに、この場所にいるはずのないS級の化け物だった。
(……聞いてない!この洞窟は初心者向けの、ただの訓練場所のはずなのに……なんで!?)
レナの背筋に、寒気が走った。
ゴーレムと目が合った。
理屈も知性もない“死の塊”が、こちらを“敵”と認識する。
ドン、と空気が震える音と共に、巨体が歩を進めた。
Dクラスの1人が恐怖で叫び声を上げ、反射的に走り出した。
それを、ゴーレムは把握していた。
「ダメ!」
レナが叫ぶ間もなく、大剣が振るわれる。
鈍く重い衝撃音。骨と肉の砕ける嫌な音が重なる。
飛び散った血が洞窟の壁にまで飛沫を描き、数秒前まで生きていた学院生の身体が、ばらばらと床に崩れ落ちた。
「っ……うそ……」
レナの声は、自分でも驚くほどかすれていた。
残っていたCクラスの少年と少女は、震える足でそれでも武器を構えた。
「……っ、逃げても殺されるだけなら……!」
「やるしかない……っ!」
半狂乱の声に、護衛の中年冒険者が頷いた。
「いい根性だ……!俺が前を取る、二人は横から攻撃を重ねろ!」
「……わ、私も……!」
震える声で、レナが手を挙げる。
「支援魔術くらいなら……!」
三人と一人、即席の連携が始まった。
◆ 広間・交戦 ― 連動視点(護衛/C二人/レナ)
──ドン、ドン、と地響きを立て、ゴーレムが剣を構える。
「行くぞッ!」
護衛が真っ向から突撃した。
重い一撃を受け止め、火花が散る。
「今だ!横を取れ!」
「うおおおっ!」
少年が叫び、短剣を突き立てる。
少女も震える腕で槍を突き出した。
甲冑のような装甲に弾かれる音だけが響く。
表面には小さな傷が入っただけだった。
「効いてない……!? そんな……!」
その瞬間、レナが咄嗟に魔力を込めた。
「《光よ、縛って!》」
彼女の掌から放たれた小さな光の鎖が、ゴーレムの脚に絡みつく。
巨体がわずかに動きを止めた。
「ナイスだ!そのまま──!」
護衛が体勢を低くして剣を突き上げた。
刃が装甲の隙間に食い込み、火花が散る。
だが──
低い咆哮とともに、ゴーレムの脚が力任せに鎖を引きちぎった。反動でレナが吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。
「レナ!」
少女が叫んだ直後、大剣が横薙ぎに振り抜かれた。
少年と少女は必死に防いだが、質量の差は絶望的。二人の身体は宙を舞い、地に叩きつけられる。呻き声とともに武器が転がった。
立ち上がろうとしたその瞬間。
振り下ろされた大剣が二人を同時に切り裂き、血の弧が舞った。赤い霧を散らしながら、彼らは床に崩れ落ちた。
「くっ……この化け物がっ!」
護衛の中年冒険者が歯を食いしばり、砂塵を蹴って突進する。
「退けぇぇっ!!」
鋭い突きが装甲を狙う。
だが刃は石壁を叩いたように弾かれ、傷ひとつ残らない。
「なっ──」
次の瞬間、ゴーレムの大剣が逆方向から唸りを上げて振り下ろされる。轟音とともに冒険者の身体が宙を舞い、岩壁に叩きつけられた。背骨が折れる鈍い音が響き、口から血の泡が飛び散る。その目から光が消え、動くことは二度となかった。
◆ 広間・残留 ― レナ視点
(……う、嘘でしょ?全滅……?)
この場で、生きているのはもうレナ一人。
「……やだ……やだよ……」
声が震えている。
でも、泣くことすらできなかった。
涙が出ない。レナはゴーレムを睨むように見つめる。
(ここから逃げないと。その為に、自分ができること。この血を使ってでも、逃げる。こんな所で、死ぬわけにはいかない)
レナはナイフを取り出した。
(ゴーレム相手に血の魔力を使うなら、それなりの血が必要だ)
手が震える。肌の上に刃が触れた。




