決して“小説”を書いてはいけない部屋
この小説は、しいなここみさんの小説を改編しています。企画の趣旨により、しいなさんから事前承諾を得て、執筆しております。
“小説”を書いてはいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「ゲーム機は好きに使っていいわよ。蛇口も好きにひねってね。猫とも好きに遊んで。スマホも見ていいし、オ・ナラもしていいわよ。あとカブトムシにスイカをあげてもいいから」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「男なんか連れ込まないわよ」
私はそんなつもりは本当になかった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
キッチンへ案内すると、美沙は冷蔵庫を開けた。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は盛大に驚いた。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
「わぁい♪」
「ただひとつ、小説だけは絶対に書かないでね」
「美沙は私が小説を読まないのを知ってるでしょ!」
「それはそうだけど、万が一って事もあるし。それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
「へへ……。ブルジョワ気分」
私はふかふかのベッドの上で飛び跳ね、ゲーム機で遊び、蛇口をひねり放題にひねり、猫と遊び、スマホを見ながら放屁し、冷蔵庫のスイカを食べた残りをカブトムシにあげたり、高級食品を猫と一緒に食い尽くすと、やることがなくなった。
不意に、ラジオから声が流れてきた。
「今日は“元勇者で、はじめて村の村長を務めているスライムAさんが、ついに悪役令嬢と結婚した”の原作者の方にお話を聞きたいと思います。それでは、クラウディアαさん、どうぞこちらに……」
それを聞いた途端、私は小説を書きたくてたまらなくなった。机の引き出しから原稿用紙を探そうとする。が、開かない!!
力任せに引っ張ると(両手が赤くなったが)、ようやく開いて、綺麗な400字詰めの原稿用紙と、血を吸ったような色の万年筆、あと底が赤黒く汚れているインク瓶のようなものが出てきた。
何枚か紙をめくると、“この万年筆は、生き血をすするみたい。まるで文房具のドラキュラ……”と書かれてるように見えた。最後の方は涙でにじんでいる。
警告のようにも思えたが、それは気にせず、書き進めることにした。
アドベンチャーゲームのような物語で、館の外から入るらしい。途中で戦闘になって、ダイス(サイコロ)が目の前に出てきた。
冒険は進み、赤い液体と緑の液体を選択するシーンになった。緑の液体は、なぜか選べない。
結局、赤い方を選ぶと、ついにドラキュラと対面した。
「み、美沙?!」
そのドラキュラは、美沙だった。あれほど警告したのに!としわがれ声を響かせつつ、私の血を美味しそうに啜る。原稿用紙が、血のような万年筆が……次第に真紅を帯びた。
高級マンション? もう、その時は、そんな事はどうでもよくなった。
(完)




