05 異世界漫才とロックな吟遊詩人——ときめく少女の英雄願望
「ミカサちゃんは見たところ魔法学校の生徒だろう? そのバングルは魔法を安定して使うための補助具だよ。今後の冒険に役立つはずさ」
理仁は軽く笑い、そのタイミングを見計らったように料理が運ばれてきた。ムースのようなクリーミーなドレッシングをかけたサラダに、鮮魚のマリネ、大きな焼き鳥が鉄串に刺されている迫力ある盛り付けだ。
素晴らしい料理に期待を膨らませていると歓声がわいた。
視線を向けると、店の奥では、異世界人が経営するこの変わった店らしく、演奏ブースでは見慣れない寸劇が繰り広げられていた。
舞台に立っていたのは、冒険者然とした男女の二人組。お互いの装備をネタにしながら、軽口を叩き合う漫才のような掛け合いを披露している。
「盾持ちのくせに、盾が重すぎて宿のベッドに置いてきたんだってさ!」
「仕方ないから攻撃される前に攻撃してやったよ」
「いや、お前の変わりに防御に回ったの私だから!野営の鍋の蓋なんてベッコベコだったから!」
場内は笑いとヤジで沸き返り、お捻りに混じってビールジョッキまで舞うほどだ。だが二人は慣れた様子で華麗に受け止め、中身をぐいっと一気に飲み干す。
「ナイスキャッチ!」「オーガの打撃を鍋で受けきるお家芸っ!」
観客席からは歓声が上がり、店全体がひとときの祝祭に包まれた。
食事が落ち着き、やがて賑わいが一段落すると、ふと照明が落とされ、ブースの空気が一変する。
静かな余韻をまとって舞台に上がったのは、旅人風の装いをした煌びやかな吟遊詩人……ではなく、彼は袖の短い服に革の細いズボンという妙な格好で、見慣れぬ木製楽器を抱えていた。なにこれ?と疑問を浮かべるセラを見て、理仁が笑う。
「あれは、魔導国の知り合いの吟遊詩人なんだが、最近は異世界人のファッションにハマってるらしい」
「とりあえず、センスが微妙ということは分かったわ」
じと目のセラにミカサが笑って同意した。
だが、ひとたび楽器をかき鳴らすと、情緒的な弦の調べがしんみりと店内に響きわたる。
賑やかだった店内が徐々に静まり返り、客たちの視線が自然とステージへと集まっていく。
その歌声は、遠い戦場に立つ英雄の孤高を想わせるもので、誰もが時を忘れるような、そんな不思議な力を宿していた。
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在りし日は 瓦礫の下に
遠き日は 燃やし尽くされ
死の谷を抜け 少年は 一振りの剣を手に
戦場を駆け 森を守り 侵略を屠り
いつしか彼は 誉を賜り
相棒を背に 今日も駆ける
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金部が、演奏ブースの方へ視線を向けたまま、声を潜める。
「……魔導国で語られてる、勇者の冒険譚だな」
セラは腕を組んで鼻を鳴らした。
「森を守った勇者?……冒険としてはスケールが小さいわね」
「冒険譚だからね。物語にされる英雄は、“いい感じ”にされてるもんさ」
理仁は杯を静かに揺らして、誰かを思い浮かべたようだ。
やがて、歌の中に現れる“英雄の一撃”に、ミカサの瞳が輝く。
「……ああいうの、ちょっと憧れます。勇者って、やっぱり、かっこいいですよね」
小さく漏らした言葉に、理仁とセラが顔を見合わせる。
「……意外」
「ふふ、ほんと意外」
照れたようにミカサが口を尖らせると、周囲の笑い声が弾けた。それはちょうど、酒場のざわめきと音楽に溶けるように、場に馴染んでいった。
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階下の酒場のにぎわいが遠く響く。だがその上の三階、居酒屋の個室は少し薄暗く、間接照明が柔らかく揺れる中に不穏な空気が満ちていた。
奥に腰掛けるのは大柄な男。鍛え抜かれた筋肉質な体躯は、近寄りがたい強者の雰囲気を纏っている。彼の鋭い眼差しは、何かに対して怒りを宿しているかのように暗く濁っていた。
短く刈り揃えた坊主頭には異様なレザーカットが施され、近寄りがたい印象を際立たせている。
眉間にビキリと縦筋が入った。目の前で平伏する若い男女の冒険者たちが肩をビクリと震わせる。よく見ると、先ほどミカサを苛めていた連中であった。
「……それで?」
低く、腹の底に響くような声だった。
恐怖に喉を詰まらせていた青年のひとりが、ようやく口を開く。
「ミカサのやつから……その、魔導書を……。だけど急に牢に閉じ込められて……それと、二人、変な奴らが――」
言葉が尻すぼみになる。
奥に座る大男は、何も言わずにただ睨んでいた。空気が、ゆっくりと重くなる。
背後から、すっと影が差す。スーツ姿の男――赤髪を結った腕利きの部下が補足するように口を開いた。
「幻想図書館の外勤司書が介入したようです。こちらで確認済みです」
「っ、ぁあの、毒島さん……!」
焦ったように口を挟もうとした学生の一人が名を呼んだ瞬間、赤髪の男が無言でその頭を掴み――バンッ。
硬質なテーブルに頭を叩きつけた。衝撃音と短い悲鳴だけが室内に響き渡る。
沈黙。
大男――毒島と呼ばれた男がゆっくりと学生たちを見回す。
「奪え。失敗は許さん」
それだけを言い、無言で学生たちを追い出すように顎をしゃくった。足を引きずるようにして退室した男女を見届けると、赤髪の男が毒島に向き直る。
「例の書を奪えなければ、処理しますか?」
毒島は首を横に振る。
「奪ったとき、何が起きるか。……それを報告しろ。裏切りそうなら代わりを遣って先に殺せ。」
魔導書そのものではなく、“それが動いたとき”に何が顕れるか。それが知りたい――理解した赤髪の男は黙って頷き、すぐに部屋の隅に控えていた黒服の一団に目配せを送った。
彼らは一言も発さず、影のように溶けていった。
再び沈黙が訪れ、階下のにぎわいが静かに届く。
毒島は、誰に言うでもなく呟いた。
「この大局にきて、いらない要素が出てきたか……」
わずかな苛立ちに濁った瞳が、壁に掛けた大盾を映す。
薄明かりの中、盾に刻まれた古傷や、そこに収められた剣の鞘が、鈍く光を返した。
「魔導書に、幻想図書館……邪魔になりそうだな」
そう言うと、男の気配は闇へと消えた。
第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!
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