表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/49

06 誰かが言った。万年駆け出し先輩冒険者


 メモリウスに見送られ、夕焼け色に染まる通りを歩いていたジョシュアたちは、やがて賑やかな飲食街へと足を踏み入れた。


 セラに案内されて立ち止まったのは、古びた木の看板が軒先にぶら下がる一軒の居酒屋。

『酒と肴 わだつみ』──墨で書かれた文字はところどころかすれて、不思議な温もりを醸し出している。

いざ行かん、とセラが鼻を鳴らして引き戸に手をかけた。


 ガラガラ、と戸が音を立てた瞬間、ふわりと濃密な香りが鼻をくすぐった。

炭火で焼かれた肉の香ばしさ、じっくり煮込まれたスパイスの芳香、そこに酒の甘やかな発酵香が加わり、一瞬にして別世界がそこにあった。

 

 木板の壁にはメニューが所狭しとならび、酒場の奥方らしき婦人がビールジョッキを手にニカリと笑いかけてくる大きな絵画が目に入る。


 圧が……と思わず足を止めるジョシュアの横でミカサが呟いた。



「うわ……いい匂い」



 店内からは仕事帰りの冒険者たちの笑い声や、杯を打ち合わせる乾いた音が賑やかに響いてくる。木の床を歩く足音、食器がカチリと鳴る音。時折、「乾杯!」と陽気な声があがる。


 壁際のテーブルでは、旅人たちが今日の報酬を一枚ずつ並べて数えていた。


 セラが空いた席を探してきょろきょろと見回していると、奥の演奏スペースの近くから、どこか聞き覚えのある声がかかった。


 声に反応して振り返るセラは、顔をしかめて「げ……万年駆け出し先輩冒険者」と反応する。

ミカサは気になり、揺れるツインテールの先に顔を向けると、店の奥から声の主が手招きしていた。



「もう、あだ名みたいなもんだな」



 セラの返しが痛いところを突いたのか、男は困ったように笑いながらジョシュア達を招く。


 「キモいわよ」とセラは片眉を持ち上げて受け流し、ジョシュア達はにぎわいを縫うように店の奥に進んだ。ミカサは彼の特徴にどこか見覚えがあるようで、控えめに観察する。


 ゆるくパーマのかかった金髪は染めたもので、根元から黒い地毛が覗いている。涼やかな顔立ちを、コバルトブルーの丸いサングラスが隠しているが、その笑顔には不快さがない。

異世界人であることをすぐに見抜けるほど、黒のシャツに黒のジャケット、細身の黒パンツと、スタイリッシュな装いだ。



 「あっ」とミカサは小さく声を漏らした。ここノアの街に初めて来た折、道案内をしてくれた先輩冒険者だった。


 促されるまま席に着いたジョシュアは、男の身なりを見て、からかう様にニヤリと笑う。



理仁まさひと、今日も拘置所帰りか?」



 理仁と呼ばれた男は目を泳がせ、手をばたつかせた。わざとらしい仕草に聞き耳を立てていた周囲が、またかよ……と微妙な視線を向ける。



「なんでだよ、仕事帰りだよ。にじみ出てるだろ?

 1日の苦労と汗のきらめきが」



 よく見ると、袖口が泥や煤で汚れていて、テーブルには棒のような武器が無造作に立てかけられている。



「そうね。醸しだしてるわ。

 商業区でバカスカと木箱を破壊して中身を物色する異世界人を、注意したら殴り返され。

 やってきた警備員には現行犯と勘違いされて連れて行かれたくらいの切なさを感じるわ」



 セラが、ジョシュアと同じ様な笑顔で引き継ぎ、理仁の笑顔がピタリと止まった。



「え、全部当たってるんですけど、一部始終なんですけど。これなんかのドッキリ?まだ続いてる感じ?」



 理仁はジョシュアからセラ、ミカサまで見渡し、誰も答えないと見たところで「いや、ドッキリじゃないんかい!」とツッコミを入れてテーブルに突伏した。



「知人が無実の罪で連れてかれるのに誰も助けてくれない現実が辛い」



 ボヤきながら肩を震わせる理仁。ジョシュアはなだめながら、そろそろ紹介させてくれ、切り出す。


 そだな。と理仁は笑顔を取り戻し、お嬢さんとは久しぶりだな、と前置きして、ミカサに手を差し出した。



「異世界ぶらり旅を満喫中の金部かなべ 理仁まさひとだ。親しみを込めて兄貴と呼んでくれ」



 目の前の手に、慣れていかないのだろうか。ミカサは少し恥ずかしそうに手を乗せる。



「ミカサです。金部さん」



「めちゃくちゃ警戒されてるわよ」



 脇腹をつつく力が強い。



 金部理人は肘打ちの威力に奇声を上げながら、眉を下げて笑い。照れ隠しのように、近づいてきたウェイターにテキパキと注文を伝えると、ジョシュアに向けて問いかけた。



「それで、今日はどんな集まりなんだ?」



「……彼女(ミカサ)に、仕事を手伝ってもらう事になったんだ。今日はその歓迎会というところだよ」



 ミカサの過去には触れずに経緯を説明するが、理仁は何かを察したようで、ふぅん……とミカサに視線を移す。とれら繕った笑顔。まだ気丈になれない、その姿に同情のような笑みを送る。だが視線は、ミカサの身体の内側に向けられていた。



 ――体内の魔力が外に向かって堆積している。

 はち切れそうなほど膨らんでいるが、苦しくないのか?

 ……おそらくは誰かに抑え込まれている。



 ミカサの首から下げた冒険者ギルド所属の証が目に入った。

初級の証、ブロンズメイトだ。細かい傷がところどころに見て取れた。



「……冒険者ギルドに加入できたんだな。まぁ、頑張んなよ」



 金部は、先輩からのエールだ、と添えて、ポケットから、繊細な細工が施された銀のバングルを取り出し、そっとミカサの前に差し出した。彼女は戸惑いながらも手を伸ばしかけ、ふと、ジョシュアの顔を見る。

ジョシュアは黙って彼女を見つめたまま、わずかに頷いた。

その仕草に後押しされるように、ミカサは小さく息をのみ、両手でバングルを受け取った。



「……ありがとう」



 囁くような声に、感謝と、少しの照れがにじんでいた。

ミカサがバングルにそっと指を添えた瞬間、小さな音とともにパチッと見えない何かが弾けた。



「……っつ!」



 反射的に手を引き、バングルを見るミカサの隣で、金部が悪戯っぽく笑う。予想通り作用したようだ。



「ふはっ、やっぱり反応した」



「……ちょっと、何したのよ?」



 セラが訝しげに訊くと、彼は首をすくめてみせた。



「いや、まあ……静電気でも走るかなと」



 ――ゴンッ



 セラが振り下ろした鞄の角が金部の後頭部に炸裂した。テーブルにめり込んだか?



「……静電気の衝撃の比じゃないな」



 引き気味に笑うジョシュアの声に、情けなくうずくまる後頭部が縦に揺れた。



「……まったく」



 呆れるセラに、ミカサが笑う。バングルを見直しながら、今度はそっと手首に装着した。



 ──なんだろう。少し、体が軽くなった気がする。



 理由も理屈もつかめない。ただ、張りつめていた何かが静かに解けていくような、奇妙な開放感。

しかし、それを言葉にするには確信がなさすぎた。


 ジョシュアは静かに金部と視線で会話する。

イタヅラっぽい表情を見て、友人の回りくどい気遣いに肩をくすめた。



「……随分と回りくどい」



 低く呟いたその言葉に、金部はエールを流し込んでジョッキを向ける。



「お互い様だろ?」



 会話の意図に気づいた者は、この場にはほとんどいない。

ジョシュアの目だけが、わずかに緩んだ。




第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!

閲覧いただけますと幸いです!

→ Pixivリンク

 https://www.pixiv.net/artworks/134540048

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ