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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
幕間

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52 闇ギルドの首魁、リハビリしながら少女を連れる



「……餌付けに成功してしまったか?」



 右股にかかるか細い力に、思わず小さなため息がもれる。


 角の折れた少女を抱え、古城から大都市ノアの市場区へ移動。そこで数日の潜伏の後、地下都市へ戻った。闇ギルドのギルドマスター、毒島ぶすじまは後悔していた。



 ──子守は、レヴィあたりに任せるべきだった。



 大人の歩行速度に懸命についてくる、急いた小さな足。

小さな手はきゅっと右太ももの生地を掴んで離さない。


 数日前では色あせていた黄色の瞳は、いまや闇市の極彩色な密輸品に釘付けになり、あちらこちらと忙しい。

ぞんざいに束ねられていた薄黄色の髪は、丁寧にとかされ、花柄のシュシュでまとめられている。

その愛らしい髪を左右に揺らし、つぶらな瞳が厚い胸板の向こう、憮然とした顎先を越えて毒島の目を見てくる──あれはなんですか、と。


 もちろん毒島に答える気はさらさらない。だが無視しているわけではなく、それとなく店の前に近づき、見て、手に取れる位置まで歩いてやる。



 ──どこから、こうなってしまったのか。



 発端は、少女を連れた夜に隠れ家として使った宿屋での出来事だった。



――



 カウベルのような鈴が優しい音を立て、木製のドアをくぐると、ふわりと花々の香りが出迎える。暖炉の温もりと、毛皮の絨毯。雄々しい剥製を柔らかい照明が照らす、落ち着いた空間だ。



「おや、珍しい客だこと」



 艶やかな声とともに、カウンターからわざわざ出てきたのは、長い髪を三つ編みにした店員。濃い化粧で彩られた頬が、歓迎の形に持ち上がる。



「今日は悪いことでもしてきたの? かわいいお嬢ちゃんね」



 鍛え上げられた身体を、高級感のあるスーツに隠した──



「ロリコンは許されないわよ」



 ──男だ。



「……察しろ」



「むふんっ」



 三つ編みを揺らして、しなやかな体を折り曲げ、毒島から嫌そうな視線を受ける、男だ。

角の折れた少女の目を、じっと覗き込み観察する。



「この子、……ちょっと恥ずかしがり屋さんなのね」



 少女の頭をそっと撫でる三つ編みの店員の湿った声に、毒島はごくわずかに安堵した。暗殺から拷問まで裏の仕事を生業とするプロの判断──まだ間に合う、という見立てだ。



「腹が減ったんでな。

 何でもいいから、消化に良さそうなものをよこせ」



「むふんっ」



 三つ編みの店員はウィンクをひとつ放り投げ、手をひらひらと振って隣のキッチンへ移動した。



「その注文、私は好きよォ」



「早くしやがれ」



 ぞんざいに手を振り、少女を手近なソファーへと降ろす。

レースの生地がふわりと沈み、少女の瞳がピクリと動いたのを、毒島は視界の端で捉えた。


 やがて、温かい料理がテーブルに並べられた。湯気の立つスープ、香ばしく焼かれたパン、煮込まれた野菜の優しい香りが室内に漂う。どこか懐かしい食卓の雰囲気。



「いきなり食べさせちゃだめよォ。まずはスープからね。

 私はちょっと、着替えを取ってくるわ」



 三つ編みの店員は店の奥へと消えた。

毒島は、うつろな目の少女の足元に胡坐をかいて座り、ちょうど同じ高さの目線を合わせた。


 スープをひとさじすくい、少女の口元へ運ぶ。

熱い液体が口内を伝ったはず。むせるかと思ったが、少女の反応は鈍い。

だが、ゆっくり嚥下したところで、少女の乾いた瞳から、雫があふれ出した。

大きな手は、それをぬぐわない。

無言のまま、スープをかきまぜ、小さな口にひとさじずつ運ぶ。


 ぼんやりとだが、少女は初めて毒島を見た。


 絶望に濁った瞳の奥に、ほんのわずかだが光が灯ったのかもしれない。


 しばらくして、階段を下る足音とともに、三つ編みの男が女性を伴って降りてきた。

女性の手には、小さな子のための綺麗なワンピースが握られている。


 毒島は眠りについた少女の姿を視界の端に捉えつつ、テーブルに腰を下ろし、並べられた食事を口に運んでいた。

勢いよく食べる様子が好ましい。三つ編みの男は微かに目じりを下げた。



「これだけ豪快に食べるのに、不潔感が無いなんて詐欺じゃない?」



「腹に入ればみな同じだからな」



 酒で流し込まず、料理を味わうあたり、毒島の食へのこだわりが伺える。

伴って降りてきた女性は、手際よく少女の体調や衣服を整えていた。


 ボロに近かった服はこぎれいなワンピースに変わり、髪も櫛でとかれて、柔らかく整えられている。



「最後に、これで完成ね」



 三つ編みの男は、少女の新しい姿を毒島の方へ静かに見せる。

だが、毒島は目をつむって、浅く眠りに入っていた。

よく見ると、深い傷跡だと理解できるほどに、体のバランスがわずかに崩れている。

不規則な呼吸音から、内臓も骨もボロボロであったと気づく。



「この人をここまで追い込むなんて。

 幻想図書館の魔導士 ジョシュア=モンテスト……。

 恐ろしい奴──だけど」



 三つ編みの男は、一瞬、目の色を殺人鬼のそれに変えて、毒島を診断した。

血の匂いをたどると、服の下に隠された傷の位置が、脈動の揺れからおおよそ察する。

……数か所、大きな傷がありそうだ。

弱っているわけではない。むしろ、以前よりも強靭な肉体に変容している。



「──ほんとに、この怪物を、どうやって倒せたというの?」



 ーー



 三つ編み男の口元に、こぼれたのは苦笑いではなく、狂気を孕んだ愉悦だった。

その不躾な輝きを思い出し、わずかな身震い。

暗い闇市の賑わいを背に、毒島の意識は、服の端を掴む少女へと自然に戻った。


 たらふく食べて、寝て、を繰り返した結果、目を覚ますと、少女がじっと毒島の腕にしがみつくようになった。


 馴れ合うつもりはない。振りほどこうとするが離れようとしなかった。


 小さな手の力は思った以上に強く、必死さをまとうその瞳が毒島の視線を引き止める。

少女は何か言おうと口を開くが、言葉は出ない。数日前まで、喉を潰されていたのだ。市場区の宿屋でそれに気づき、高級な回復薬で治療はしたが、言葉を教えねばならないらしい。

それでも、静かな中でなお必死に自分を置いていかせまいとする瞳の力。毒島がわずかに不機嫌さを出して威圧しても、少女は動じず、強がろうと懸命に踏ん張る。



「……どのみち、体力が戻れば魔導国に返すつもりだ」



 ――まぁ、どうやって穏便に返すか、だが。



 独りごちる声に、少女の指先がさらにぎゅっと太ももに食い込む。毒島はため息をつく。



「あまり引っ張るな」



 大都市ノアへの都市掌握計画は、着々と次の段階へ進んでいる。

闇ギルドの首魁といえども、自ら火種をかぶろうとは思わない。

気を取り直し、地下都市の薄暗い通路を歩きながら、世話好きのレヴィを呼び出した。

相変わらず要求してくる、不毛なリハビリメニューには鼻で笑い飛ばし、角の折れた少女を任せ、子守させることにする。


 三人は地下世界から地上へ向けて出発した。


 歩く速度は少女に合わせ、地下街をゆっくりと抜ける。

金融街の賑わいを抜ければ、市場区への裏路地が見えてくる。


 その時だ。


 ふと、視線の先にまずい背中を見つけた。


 古城で見かけた、狂人の一人。自然体ながら不自然な気配の揺らぎ。

毒島を警戒させる──それが何者なのか、角の折れた少女は指先に力を込めた。



次回――毒島の過去が揺り起こされる。

    リハビリは、そろそろ新たな展開へ

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