04 魔導書が歩き回る図書館にて②
メモリウスがカップに紅茶を注ぎ直しながら、ミカサに向き直る。
「世を乱す凶悪な魔導書は、放っておけば人を狂わせ、街を破壊します。私たちはそれを追い、回収し、封印し、時には……使役しています」
「使役、って……?」
「俺が持ってるのがその例だな」
ジョシュアが懐から一冊の魔導書――『撃墜の魔導書』を取り出した。
「かつては街道を飛び回り、3つの街を半壊。昔は大暴れだった」
いたづらを思い出したかのように手元の魔導書を見やり、
すると魔導書は、我が意を得たりと踊りだす。
「若気の至りだぜ……社会への反発をあらゆる街壁にぶつける日々、朝駆け夜撃ちが虚しさを……て、おいセラの嬢ちゃん、その鞄を開くな……開くなって言ってんだろ!!」
「魔導書だけじゃない。こいつに魅入られた持ち主が暴走してな。でも今は、仕事を手伝ってくれる良い仲間だ」
「おいおい、あのジョシュアが仲間だなんて感涙だぜ!何でも頼れよ、そして昔の話はナシにしような? セラの嬢ちゃん、笑顔が怖っ!」
「うるさいわね」
ぐいっとセラに掴まれ、撃墜の魔導書は沈黙する。つられて、呑欲の魔導書も気配を消した。
「……じゃあ、この魔導書も?」
ミカサが、水色の魔導書を抱き直す。
「ああ。可能性はある」
「だが、まだ判断はできませんな。魔導書にも個性があります。」
メモリウスの視線がミカサを貫く。
「時に陽気で、時に暴力的で、あるいは沈黙を貫く者たちです。彼らは“知”を司りながらも、人の感情に深く関わるのです。貴方の魔導書も、その一冊なのかもしれません」
メモリウスが窓の外に視線を向ける。吹き抜けの階下で、騒がしそうな魔導書が、泣きそうな異世界人を
急き立てるように、貸し出しカウンターに案内していた。
見つめるメモリウスの微笑みの先をとミカサも階下をのぞき込む。
「激昂の魔導書。私の古い相棒です。……いつも、少しせっかちでしてな」
その眼差しに、ミカサは安心を感じた。そっと、魔導書を膝に置いた。
「しかし、その水色の魔導書は……珍しいですね。魔力はあるのに、完全に沈黙している。ページも……」
ミカサがうなずき、ページをめくる。
⋯⋯すべて白紙だった。
「……一文字もない……」
室内が静まり返る。
むむむ、と顎に指を立て、セラが呟いた。
「やっぱり自我がないのかしら」
するすると近づいてきた撃墜の魔導書がヒヒヒと笑う。
「あるいは、誰かの支配下にあるんじゃねぇのか?これだけ殺気をぶつけても黙ってやが――」
パタンと、ジョシュアに閉じられた。
「白紙の味というのも、また一興ですな――」
ーーパタン。
呑欲の魔導書が口を挟み、ジョシュアに、また閉じられた。心配するなとミカサに目線を送って、優しく伝える。
「……魔力はある。でも眠ってるかのうようだ。すでに封印されている可能性もあるさ」
「――しばらく様子を見るしかなさそうね」
一旦の結論が出たところでセラが話を締めくくる。一拍を置いて、ジョシュアがミカサを見た。
「次は、君のことを聞かせてくれるか?」
ミカサは、深く息を吐いた。先ほどの騒動を思い出したのか、
静かに震える。唇を何度か噛みしめ、弱々しく、語り始めた。
「私は……ただの学生でした。異世界から転移させられて、魔法学園に入れられて……でも、魔法の才能がなくて、置いていかれて。みんな、変わっていって……」
なんでも、隣町の学園都市にある、魔導学園で、大規模な召喚行為があり、そこで、ミカサ達は、授業中にクラス全員ごと召喚され、大混乱となったそうだ。
初めは教師や学級委員の統制のもと、学生達は協力しあっていたらしい。
だが魔法学園の環境は、魔力至上主義。次第に関係は崩れ、教師は辞めて行方知れず、奔放な生徒たちは街に散り、クラスの団結は崩壊。そして自分はといえば「落ちこぼれ」と成った。
「……あのとき、空からこの魔導書が降ってきて。これが、私の……唯一の希望に思えたんです」
淡々と語られる言葉の中に、押し殺された苦しみが滲んでいた。クラスの皆からの信用を失い、努力は叶わず魔法の1つも生成できない。持ち腐れのチート能力。様々な出来事がフラッシュバックする。そして、今日の出来事。
「でも……今、わかるんです。この本にすがるだけじゃ、私は変われない。……欲しかったのは力じゃない。強さです。自分で立ち向かえる強さ」
ミカサは、水色の魔導書を両手で包み込み、テーブルの上にそっと差し出した。
「この本が、必要なら差し上げます。……代わりに、ジョシュアさん、セラさん……私に、戦えるようになる力を、ください。」
その瞳に力が灯る。
「私は、私が、強くなりたい。」
その言葉に、セラは目を細めた。
「魔導書の代わりに、自分の成長を選ぶってわけね。気に入ったわ」
ジョシュアは悩んだふりをして、ゆっくりと手を伸ばし、魔導書には触れず、ミカサの前に差し出した。
「俺の仕事を手伝ってもらうついでに君の冒険に付き合う、それで良いか?」
ミカサは小さく笑った。ほんの少しだけ、確かに世界が変わった気がした。
応接室を出ると、夕暮れの光が窓から滑り込んでいた。
大広間まで戻り、メモリウスは 大都市ノアに通じる重厚な扉まで見送る。
「さて、そろそろ外の世界に戻る頃でしょうか。この後は皆さんで食事でもどうでしょう。セラ嬢が気になるお店があるそうでして」
メモリウスの視線にセラはうなずき、ジョシュアとミカサに向き直った。
「ここに来る途中に、新しくおしゃれな店が出来たのよ。なんでも店内で演奏もしてるらしくて。一度、試してみましょっ!」
ミカサは顔色が明るくなり、安堵の笑みを浮かべた。ここでお別れでは、明日が気まずいままだ。ジョシュアとセラと打ち解け、この少しの不安を和らげたい。明日からの冒険についても、相談したかった。
来るときは重い足取りも、扉を抜けたその先は前より軽く、だが確かに一歩を踏み出した。