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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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●47 旅立ちの朝、また冒険をご一緒に


 仰向けに倒れた金部の視界に、螺旋らせん階段を降りてくる三人の姿が映った。

窓から差し込む朝の光を受け、長い黒髪がふわりと揺れる。


 どこか照れたような微笑み。浮かべるのは苦難をくぐり抜けてようやく元気を取り戻した――元落ちこぼれの少女、見習い魔導士のミカサだ。


 腰に貼り付いていた白紙の魔導書はもうない。あの重い緊張感が嘘みたいに、今日は肩の力が抜けた学生のような装いだった。階段を下りる足取りは軽やかで、自然とほほ笑みがこぼれてしまう。


 その後ろには、かつて彼女と衝突した学友の姿が続く。マッシュボブの黒髪を揺らす、勝ち気な少女――布木ふきこぼれと、快活な笑顔で駆け寄る長身の青年――泡立あわたちのぼる。


 二人とも同じ制服の上から、旅装束を着込んでいた。

揃いの深い紺色の外套には銀糸の刺繍。東の街道を越えた先、学園都市の魔法学校のものだろう。仲直りを経て、三人の距離は以前よりも温かい。


 階段を下りきるやいなや、三人は軽く会釈し。

泡立のぼるが一歩進み、背筋を伸ばして金部へと深く頭を下げた。勢いが良すぎて金部が転がった程だ。



「その節は、大変お世話になりました!」



 隣で布木こぼれも、目を伏せながら不器用に頭を下げた。

彼女にしては珍しく素直で、こちらが気恥ずかしくなってしまう。

肩に垂れた金髪をいじりながら、セラが横目で金部を見て、意地の悪い笑みを浮かべていた。



「珍しいわね、あんたが人に感謝されるなんて」



 辛辣なのはいつものことだが、今日はどこか楽しげだ。

興味深そうに泡立と金部を交互に見比べる視線が、まるで「何をやらかして、ここまで信用されたの?」とでも言っているようだった。


 金部は体を起こしながら、サングラスの奥で目が泳いでいる。

苦笑でごまかそうとしているのは、何かを隠したいからだ。



「いやまぁ、こいつらが闇ギルドに、けじめをつけに行ってた……って言っただろ?

 ヤコートンの野郎に追われながらに、ちょっとフォローしただけさ」



 なかなか忙しい男だ。警邏隊から逃亡しつつ人の問題に首を突っ込む。

怪しい見た目に似合わず、面倒事も厭わない。

万年駆け出し先輩冒険者の二つ名は伊達ではない。



「いや、ほんとに助かったんですよ、俺!」



 泡立のぼるが思い出したように“への字”に口を曲げ。少し苦悶の表情を浮かべつつ、小声で熱弁を始めた。



「あの日は……気づいたらリングネームにサインさせられて、地下闘技場に連れて行かれたんです。

 悪役令嬢と戦わされるし、観客は暴走するしで……。

 なんとか勝利したと思ったら次の相手は“忍ばない忍び”がどうとか、拉致されそうになって……。

 そのとき、金部おっさんさんが身代わりに――」



 「まてまて」とジョシュアは手を振り、口を開いたミカサはぽかんとしていた。

横で、額に手を当て「大変だったわ~」と布木こぼれも呆れ顔。



「おま、ちょ――ぶぉっほう!」



 セラは、情報量が多すぎて内容が頭に入らなかったらしく、拳骨を一撃。とりあえず元凶っぽい金部を絨毯マットに沈め、首をかしげてみせた。

視界の端で、ジョシュアは思わずドン引きし、バレないように引きつった笑顔を隠している。



「まぁ、君たちが無事で、お兄さんうれしいよ」



 うつぶせで床に伸びたまま、金部が片手をひらひらと振った。まったく締まらない男である。



「……それで、今日はどうしたんだ?」



 ジョシュアの優しい視線を向けられ、ミカサははっと顔を上げた。胸の奥が少し苦しい。

指先をぎゅっと握りしめながら、おずおずと口を開く。



「その……魔法学校に、復学できることになりました」



 小さく、でも確かな声だった。

瞳の奥では不安よりも期待の色が強く揺れている。



「あら! すごく良い知らせじゃない」



 セラが目を丸くし、メモリウスも静かに微笑んだ。

ミカサは頷き、胸元から封筒を取り出す。



「今朝方、復学の推薦状が……冒険者ギルドを通して届きまして。

 警邏隊のヤコートンさんが、学園都市の冒険者ギルドに、私の身元保証をしてくださったんです」



 冒険者――とりわけ異世界人は、根なし草の流浪者になりがちだ。

だからこそ、「身元を保証される」という事実は、どんな武勇よりも重い信用になる。



「そうか、ヤコートンが……。律儀なやつだからな。あいつらしいよ」



 ジョシュアの表情には少し驚き、そして納得したような柔らかさがあった。

ミカサはちらりと隣の布木こぼれを見て、嬉しそうに続ける。



「学園都市の冒険者ギルドから魔法学校に連絡がいったそうです。

 私の冒険者としての実績を評価してくださったんです。

 ……それに、布木さんたちも、伝書で学園に口添えしてくれていたみたいで……」



 後ろで布木こぼれが、照れくさそうにそっぽを向きながら鼻を鳴らす。

なぜか、泡立のぼるも胸を張って腕を組んだ。


「突然よ。 結果的に……ミカサは魔法が使えるようになったんだもの。

 これで落ちこぼれだなんて、誰も言わないわ」



 「だな。 しかも、学校じゃ教えてくれない無詠唱魔法だぜ?

  布木も圧倒されたしよっ、

  クラスの奴ら、度肝抜くだろうな!」



 色々あったけれど、幼なじみの布木こぼれが、学友の泡立のぼるが、自分とのつながりを捨てないでいてくれた。

ミカサは、嬉しさを押し殺せないように、そっと笑った。



「これはお祝いしないといけないわね!」



 セラが喜びの声を上げ、ミカサの頭を“うりゃうりゃ”と撫で回す。

ミカサはくすぐったそうに笑いながら、甘えるように身を預けた。


 その様子を羨ましそうに見ていた布木こぼれの頭にも、セラの美しい手がわしゃわしゃと伸びる。

あわあわと慣れない洗礼にドギマギしながら、布木はおとなしく頭をかき回された。



「なんなのこの子達、めっちゃ可愛いんですけど!」



 両腕に少女たちを抱え込んで、セラはご満悦のようだ。

真っ赤な二人の少女が咲いたように若い、喜びの空気がテーブルいっぱいに広がった。

だから、自然に伝えることができた。

どうやら三人は今日の夕刻には学園都市へと立つらしい。



「期末試験が近いのよ……」



 布木こぼれがげんなりした声でボヤ気を受けて、泡立のぼるは頭を抱えこんでうずくまる。



「暗記に記述問題は苦手なんだよなぁ……」



 そんな彼の肩へ優しく落ちる大きな手。金部がうさんくさいサングラスと笑顔をキラリと光らせた。



「だ、大丈夫だよ泡立君。移動中の馬車で、復習の時間はたっぷりあるから、頑張りましょう」



「これだよこれ! なんで休学してたミカサちゃんの方が一番自信満々なんだよって話!」



 泡立が叫ぶと、布木こぼれが鼻を鳴らして胸を張る。



「そりゃミカサは筆記満点だったからね」



 ミカサは恥ずかしそうに俯きつつも、その瞳はどこか澄んで、そして力強かった。

その視線がふとジョシュアへ向けられる。

銀髪の青年に向けられた、少女の背筋は、少しだけ大人びて見えた。



「……また、冒険をご一緒したいです」



 ジョシュアは一呼吸分だけ胸の奥で言葉を噛み締め。

はにかむように笑うと、差し出された手をそっと握り返した。



「もちろん。君の成長には驚かされたよ」



 そこへ金部が悪戯っぽい笑みで口を挟む。



「火属性魔法を教えたのに、熟達したのは水魔法だったもんな。

 予想外な魔導士の弟子は、予想外ってことだ」



 ――私はまだまだ成長の途中だ。

   少しずつだけど、ちゃんと身に付いている。

   それが今、とても嬉しいんだ。



 その事実を、彼女自身が誇らしげに感じているのが伝わってきた。

再会の約束を胸に、三人はジョシュアたちへしばしの別れを告げ、

木漏れ日の差す幻想図書館を後にした。


 市場区の中を歩く三人の背中は軽やかで。

果物や香りが良い焼き肉串など購入し、旅路の準備を整えていく。


 ふと見上げると、思い出したのは空から落ちた魔導書の記憶だった。壮絶な体験だったが。だが、これは後ろ向きな気持ちではない。


 勇気をもらった。帰れるかわからない異世界に放り出されて、それでも進みたい道を示してもらった。

ミカサは、誰に向けるでもなく、独り言のように。



「……あのジョシュアさんみたいに、誰かを救える人に……なりたいな」



 憧れ、希望、そして仄かな思い。

風に乗せた声は、偶然にも、隣を歩く、布木こぼれのみに聞こえてしまったようだ。



「何、振られたの?」



「ち、違うよ布木さん」



 慌てて否定してしまい、耳が真っ赤に染まってしまう。

後ろでその様子を見ていた泡立がショックを受けたようにのけぞった。



「え、ミカサちゃん、あんな変態野郎が好きなのか?!」



「それについては物申すよ泡立君」



 彼の中で、ジョシュア=モンテストは、今も母親に父親を混ぜたような変態野郎であるらしい。突っ込まないでいたら誤解が大きくなっていて、笑ってしまった。



「泡立君たら、デリカシーがないわね!

 それにしても霧吹君は何処に行ったのかしら。

 まったく、なーくなっちゃうんもんね」



 霧吹カケルの分の焼き肉串を、はむっと頬張りながら、布木こぼれが泡立のぼるに目を向け問いかける。



「カケルだろ? どうせいつも通り、こっちの道の方が良い事あるとか言って自分警報を発動してるよ」



「くふっ……なによそれ」



 思わず笑ってしまった。いつもクールぶっているくせに、予想外のことが起きると慌ててしまう霧吹カケル。そのドタバタする姿を想像し、ミカサはお腹を抑えて我慢する。

笑った口元に、不意打ち気味に布木から焼き肉串を突っ込まれてしまった。



「ははっ。これでミカサちゃんも共犯だな。

 カケルの分の焼き肉串よ、さらば!」



 三本も一気に頬張ってしまった泡立の姿に驚いてしまう。



「そうね、ミカサ。

 あんたもパーティの一員なんだから私たちのチート能力について……」



 水面に反射する陽光の輝きに包まれ、三人の少年少女達の笑顔が咲いた。



――



 ミカサたちの背が、朝の街並みに吸い込まれるように遠ざかっていく。

その姿が見えなくなるまで見送り。

幻想図書館の尖塔の一角からジョシュアは静かに息を吐いた。

塔の階段を踏み抜くと、床が掻き消え、地下まで直線の通路が現れる。条件を揃えねば、開かれぬ廻廊。


 それを飛び降りるように降下し、地下深くで着地。やるべき事へと意識を切り替えた。


 ジョシュアの歩く所作に合わせて、天井の照明がゆっくりと色を変える。温かな明るさから、静謐な薄明かりへ。

連動するように、奥の廊下へと等間隔に光が続いてゆく。


 歩きながら、彼は手提げ鞄から一冊の本を取り出した。


 元は純白だった装丁には、熱線で焼け焦がしたような亀裂が大きく走っている。

表紙の縁は黒く炭化し、触れれば崩れそうなほどもろかった。

内部の多くの頁は焼失し、わずかな断片だけが残っている。


 ――喝采の禁書。この書本の名だ。


 今回の一連の騒動を裏で操っていた禁書。

ほとんどの力を失った今は、まるで眠ったように沈黙している。


 禁書の気配を感じたかのように、ジョシュアの目の前に重厚な鉄扉が現れ、ひとりでに押し開いた。

そこは古式ゆかしい書庫のようでありながら、外界から隔絶された封印の間だ。


 幻想図書館は、世界の珍書、魔導書を所蔵する書架であるが、その裏では危険な概念や禁書を収めてきた場所でもある。

世界の安定を制御する機関、そのおごそかな空間に競り断つ台座に向けて……禁書をそっと置く。


 手に残った灰を払いつつ、彼はふと今回の騒動を思い返した。

残された数ページをめくると、そこには自由に解釈されたとでも言うべきか。惨劇を称える“喝采”が綴られていた。


 栄華を極めた花の都の凋落。

 裏切りの果てに大虐殺へ堕ちた英雄。

 魔王を倒せず処刑された勇者。

 ――悲劇と絶望が賛美歌のようにつながる物語。


 ジョシュアは静かに本を閉じ、台座に触れて封印を起動した。

淡い光が円形の部屋を満たし、石壁が共鳴するように低く震える。

そして“喝采”という一つの概念が、外界から切り離され、幻想図書館へと収められた。


 誰も知らない。

世界は、ほんのわずかに、しかし確かに――静かに歪み始めている。


次回、――旅立ちの日にいなかった霧吹カケルはまさかの場所にいってしまい。


もしよろしければ★評価や感想で

応援いただけますと幸いです。。


●今回の話の裏話になる外伝も公開中です。

 リングネーム:ジャイアント泡立をお楽しみに!

 ▶https://ncode.syosetu.com/n4457lb/

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