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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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45 禁忌を断つ焔の夜明け

 ――あのうたを嘘だとは言わせない


   滅ぼし損ねた、喝采の禁書


   今日こそ、お前を塵にしてやる



 暗闇に浮かぶ森の梢が微かに震える。



 夜空に、炎の軌跡が鋭く走り、遅れて衝撃波が地面を駆け抜ける。

散りつく火の粉は、焼け焦げた轍を照らし。

空気を裂く鋭い音を辿れば、外套を翻して滑るように旋回する灰色の剣士。

腰元に下げた符具が乾いた音を立てれば、次の瞬間には視界から消え。

暗がりから炎を纏った斬撃の光が世界を裂く。


 夜明けの境界線を照らすごとに、戦場は徐々に色づき始めていた。


 苛烈な太刀筋が刻むのは、襲い来る無数の幻影だ。

その姿は、灰色の剣士――グラヴェルを幼くしたモノから、成熟した姿まで入り混じり。また、死別した同僚や、毒島の姿まである。


 それらをまとめて斬り払う。


 あまりの威力に幻影は消滅し、伝播した衝撃波に大木が傾いた。


 死角を突くように迫る攻撃も意に返さない。

鋭い閃きは木々に線を引き、ゆっくりと滑り落ちた幹が音を立てて倒れ――その合間を縫って、グラヴェルは喝采の禁書に何度も斬り掛かった。


 ――僅かに届かない。いや、認識をずらされている?

   目の前の書本も幻影かもしれねぇ。

   ……本体を引きずりだしてやる。


 喝采の禁書は、幻影が消される度に発光を繰り返し後退。その度に薄闇の奥から次々と過去のトラウマを顕現させる。しかし、グラヴェルがためらわず斬り捨てるため、歌い上げる暇が無い。


 吐き出すように現れる幻影はグラヴェルの心を揺さぶるに十分であった。時代ごとに刻まれた苦しみと悲劇、失った仲間たちの声が、現実の形を伴って次々と襲いかかった。だが、それまでだ。ただ、剣を振るう。振るうことで、襲い来る過去と向き合う。躊躇いはしない。


 かつて、喝采の禁書に故郷を滅ぼされた。

灰と死の町で生き残った少年ガキは、戦争を経て魔導国に救われた。

従軍し、禍つ森の守護者えいゆうがりとして誉れを得た。その恩義は計り知れない。


 毒島が「魔導国の領内で侵略作戦に携わった」と知った時は、国家を揺るがす「裏切り」として映った。

さらに、共に冒険した仲間をも虐殺した大事件。

無二の友を二人も失った「喪失」は大きかった。


 そして、毒島の真相も知った今。

それでも、この一太刀は揺るぎないと気づいた。

時は戻らないのだ。



 ――この信念は、俺の軌跡だ。



「賛美も、喝采も……。てめぇらが描きなぞった、うすっぺらい悲劇程度にするんじゃねぇよ」



 剣を振るう。燃える快剣。

喝采の禁書が生み出した、弱いかつての自分を斬り伏せる。

グラヴェルは激しい戦闘の中で、感覚をどんどん研ぎ澄ませていった。

幻影を切るほどに、半身に活力が戻り、炎剣の色めきが赫灼たる輝きへと変化する。



 ―――この宝剣を振るったものは、全員死んでいる―――



 脳裏を過ぎるのは、荘厳な謁見の間。

魔導国の武官、大臣達が立ち並ぶ中、誉れ高き炎の快剣を賜った時の記憶だ。

魔導王陛下から直接下賜され、期待と覚悟を向けられた。



 ―――宝剣には、偉大な御方が眠っている。解くには代償、振るうには反動が伴うだろう―――



 古文書に詳しい文官が言った。代償とは全身を失う覚悟だという。反動とは、振るう矛先が脆いと、この身体が滅ぶという事だ。



 ――よくわからんが、命かけろってことだろよ。



 父母の形見に封紋を刻み、半生を共にした。危険極まりない諸刃の利剣。

凡才のこの身が持つ、最大の切り札だ。


 喝采の禁書がわずかな隙を突き、大声でかつての戦場を称賛した。


 ――ズンッ!!



 決着を付けようとでもいうように、称賛は讃美の悪魔を型取り、大地を踏み砕いて降臨する。


 大瀑布のような狂笑と拍手が落ちた。

最大のトラウマを呼び起こしたつもりか。だが、逆効果だ。

グラヴェルの双眸は狂喜に見開き、口元が殺気を増して吊り上がった。



 ――上等だ。気合は十分!



 腰に下げた符具をわし掴み、祈りを込めて封紋を解き放った。


 右手に持つ快剣から立ち昇る赫灼たる炎が激しさを増す。

その揺らぎが、鮮やかに色めき黄金が走った。


 死ぬか、滅びか、全てをかけた大一番だ。


 最後の一呼吸、覚悟を固めた。

満を持して、真銘を、低く、呼び起こす。



「―――灰燼剣かいじんけん



 呼応するように快剣が雄々しく息吹き、黄金の炎を噴き上げた。

晨明しんめいの空に滝昇たきのぼ火柱ひばしら

神々しい真紅と黄金の煌めき。焼ける森林の炎を消し飛ばす程の高熱にして膨大なエネルギー。


 喝采の禁書が、賛美の悪魔が嬉々として腕を広げた。



「おおっ、それはまさしくこの世の地獄!

 その炎は尽きること無く町々を焼き尽くし、立ちはだかる神軍は脆く塵と消えた!

 一夜にして一撃、滅びのその御名は――」




 天を突く焔の激流が振り下ろされ、喝采の禁書を飲み込んだ――。




 純白の輝きは瞬く間に灰に代わり、頁が燃えるまもなく炭化し崩れ散る。

炎の刻印により装丁は大きくビビ割れ、喝采の禁書の気配が消し飛んだ。


 数枚の頁を残し、光を失った魔導書。

夜明けの光に照らされて、刻を止めたかのように。


 ぽとりと落ちた。



――



 うす闇を貫く黄金の煌めきが空を薙いだ。


 駆け走る中、次の瞬間には大地が揺れ、木々が空振の余波で激しく揺れる。吹き飛びそうになる、もちあがる体。

大木に掴まり、ビリビリと頬を打つ、熱を伴った衝撃に耐え忍ぶ。


 大都市ノアを西に進み、森林を抜けた先。ジョシュアが決戦の地に戻ると、そこには視界を縦に割るほどに、大地を割いた大きな亀裂が数百メートル先まで続いていた。


 あたりを燃やし、雪ように散りつく神々しい火の粉。

すぐ近くには、激しい炎に傷んだボロボロの外套はためく装具の背中。


 灰色の髪が風を受けて持ち上がり、満身創痍ながらも雄々しい体躯が、芽吹いた朝日を反射する。

時が止まったように微動だにしない。



「…………。…………形勢逆転。脱帽だな。」



「…………はっ。 どうよ?」



 余計な会話は要らない。

焦げ落ちた喝采の禁書は気配なくパラパラと風にめくれるだけ。


 討ち取ったグラヴェルの勇姿は、まさに英雄そのもの。

感謝と労いの声を掛ける代わりに、二人は互いの拳を打って、和解した。


 いまだ高熱を発する快剣を持ち上げ、あちぃな……とボヤきながら踵を返すグラヴェル。



「その禁書は汚ねェから、要らねぇ。寄贈してやるよ図書館員」



「どう読んだらこうなるんだ。洗っても、この焦げは落ちそうにないぞ」



 ウハハと、冗談交じりに、別れの挨拶をして。それぞれは帰路についた。


 焼け野原に残る雪原に、チリチリと火の粉が舞っていた。



●次回――第一部のエピローグです


 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

宜しければ評価/感想など頂けますと嬉しいです。


第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!

閲覧いただけますと幸いです!

→ Pixivリンク

 https://www.pixiv.net/artworks/134540048


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