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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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33 決壊戦——反律の咆哮



 ——俺が異能(チート)を使いこなせていないだと?



 疑問符が一瞬過った。これは奴のブラフ、図書館員ジョシュアのハッタリに惑わされるなと脳内が告げる。


 だが毒島は前方でふらつきながら体を起こす図書館員の、いくばくか余裕を取り戻した表情に貴重な違和感を感じ、それは現実となった。


 足元に割れ砕けた床と同化する彩色で魔法陣が展開、発動を許してしまった。


 回避を——反射的に縮動する脚が、強烈な何かにひっぱられる感覚とともに、空間ごと引き摺り込まれる。

視界が景色ごと縦に引き伸ばされ、身体が引きちぎれんばかりの伸長に軋みを上げ。

五臓が唸りを上げ酩酊するような不快感が押し寄せたかと思えば、暗転した世界で激流の様な鋼鉄の波に飲み込まれた。


 ……ふと耳に、どこか遠くで鳴る“心音”のような音が届いた。

それが、自分のものなのか、誰の鼓動なのかも分からない。



「なん……だ、これは?!」



 暗闇に網膜が適応できず、毒島は輪郭のみで周囲を確認する。



「形勢逆転だ」



 静寂に声が落ちた。



「建造魔法は遅いが確実……。発動と同時に、お前の座標情報を奪い取り、ここへ転移させた」



 耳鳴りがやまない。深い闇はまるで監獄のようだと思った。

内壁は象形文字の様な術式がびっしり刻まれ。

床と天井は礼拝堂の穹窿きゅうりゅうのように広がる。

重力魔法を放っているのか、ズシリと身体を下方に押し付けられ息苦しい。



「……まだ、聴覚が戻ってないようだな」



 徐々に色彩が戻ってくる。何かが這うように動いている、不気味の正体は壁面の装飾から伸びる鎖や、杭か。

首を回すと、天井から垂れる光鎖が、四肢を封じ、

床からは半透明な黒曜の杭が生え、胴体を貫いていた。

痛みと共に、気力を吸い取られるような奇妙な感覚が纏わりつく。



「気づいたか」



 ハッと顔を上げ、声の方向へ睨みつけた。

前方に、魔導書を片手にこちらを観察するように見下ろす男。

銀髪に静かな双眸。ボロボロになった外套を纏い、待ち構える幻想図書館の外勤員の姿があった。



「図書館員……ジョシュア=モンテスト——!」



 身体が呼応し、鎖を引きちぎって飛び出そうとするがギチリと食い込み一歩さえ踏み出せない。

射殺すように目を開き、歯噛みした。



「動けないだろう。ここは、天蓋てんがい錮牢ころう……完全拘束のおりの中だ」



 完全拘束とは大げさな。毒島は鼻で笑い飛ばし、脱力からの瞬発を期して、全力で唸りを上げた。

筋肉が隆起し、打ち抜かれた杭から流血するが構わない。


 全身を躍動させ万力まんりきを込めるとビシリと鎖を立てて壁が震えた。胴を貫く杭が音を立てて割れ砕け、走る激痛を踏み越える。


 一歩踏み出す。二歩、三歩。らんと輝く殺意の瞳が、暗闇から飛び出す鎖を捉えた。首や関節を激しく撃たれ、壁へと押し戻されてしまう。



「ぐっ、おごああ!!」



 力が抜け、膝を立てた。屈辱だ。そういえばと、握りしめていた大剣と大盾が見当たらない。



「こんな……檻ごとき、に、俺が──!」



 毒島が抗えば抗うほど、追加の鎖が巻き付き、杭が突き立つ。



「お前の強靭さは予想以上だ。魔法陣の仕込みには苦労した」



 ジョシュアは毒島の猛攻を受ける中、破壊された地中の銀のぜんまい、湾刀の鉄機兵……これらの残骸を媒介に魔法陣を構築したのだ。


 毒島のチート能力『改写』はやっかいだった。火を雪に、水を氷に変換する力。その影響で、一部のゼンマイや部品が火や水に変わり焦ったが、同時に変化しない媒体が残ったことに疑問が生じた。



 ——ぶすじまは自分のチートを誤解している。



 『視認したものを改変する異能』ではない。おそらく、もっとことわりをねじ曲げるに、奥行きがある異能。

だが、気づいていない、故に単調。その歪な隙をつくことができた。


 魔法陣を視認できないよう床と同化させた。

視認しなければという思い込みが、毒島の判断を刹那に遅らせるに至った。



 ——だから、材質のわからない、この空間を改変することができない。

   その思い込みが、お前の敗因だ。



「無駄に暴れるな。強制拘束は、肉体・魔力を完全固定する」



 ジョシュアの呪詛のような呟きに鎖と杭が反応して発光し始める。



「強制解除は、武具を全て解除し空間から排除する」



 毒島が装着していた紺碧の鎧や装具が暗い光と共に消失した。



強制魂壁きょうせいこんぺきは、あらゆる魔力干渉を吸収し、お前から魔力を奪い取る」



 壁面の象形文字だ。



「どお、りで……身体強化が……できない、わけ、だ」



「お前は、油断ならないからな。対物理加工、空間歪曲も十全だ。

 外からは干渉できない、敗北を認め、話してもらおう。

 なぜ、ミカサを狙う?

 なぜ、空から落ちた魔導書に執着する?」



 毒島の足元が赤く濡れる。瀕死の呼吸に、短い沈黙が過ぎた。

だが、目の色が、まだ敗北を認めていない。



「勝手に、俺を……敗者にするな」



 だらりと垂れた腕が持ち上がり。ひざに力を入れる。



「俺の終わりは、俺が、……決める」



 荒い息を食いしばり、体を持ち上げた。



「貴様を殺し、賛美を絶ち。俺は、奴らに恐怖、破壊を成す……。

 地獄を地獄に塗り替えるその日まで、この身体、魂は止められん!!」



 毒島が唸りを上げて、右手を伸ばし宙を掴んだ。



にえは怒りと裏切りか、呼び起こすは反律(はんりつ)大熾剣(だいしけん

 ——エぇぇえルブン・ヘぇカぁテぇえええ!!」



 ぎゅるりと空間が湾曲した。ジョシュアがぎょっと驚き警戒する。音も光も、血潮のように逆流し、天蓋が裂ける。時空を隔離したはずの空間に、異物が勢いよく召喚された。


 飛び出したのは大きな刃。高速で回転しながら壁や天井を激しく刻みながら旋回し、毒島のもとへと急転。その勢いは、突き立つ杭や鎖の束を断ち切り、毒島もろとも切り裂いた!


 ガシリッ——強靭な握力で暴れる出ようとする柄を握り、荒ぶる刃を抑えつける。

紺碧の大剣——反律の大熾剣エルブン・ヘカテー——が握られた。


 続けて左手を床にたたきつけ、何かを持ち上げようとする。だが、ガクリと身体が沈んだ。荒い息を繰り返し、朦朧とする意識を叱りつける。



——生命値が足りん……盾は召喚できんか。



 瀕死の相が浮き出た毒島が、鬼気迫る笑みで、紺碧の大剣を構えた。


 不意に、いつぞや魔導国のクソ猟兵グラヴェルが、

乗り込んできた事を思い出す。


 『銀髪の外勤員、あれはヤバい。ヤバいが、……だが女の方はどうにかしねぇと。すでにニ冊貼り付いてやがった』


 確かにな、と心で愚痴る。一瞬にして危機へと転じた。

まさに絶体絶命。だが、賛美の悪魔に憑かれた女子校生ミカサ……どうする。託すのか?


 気を抜くと崩れそうな意識を繋ぎ止め、混ざり狂う思考を振り払う。



 ——他人に委ねるな。かたりにされ、誰かの物語で、終われるものか。



「そんなものは、残りカスを集めて灰にしてやれ」



 ズシリと、重い一歩を踏み出した。

血の轍を作り、さらに一歩前進する。

迫りくる鎖や杭を切り裂き、間合いを詰める。


 ジョシュアは一歩も下がらず、淡く輝く魔導書を手に、静かにおののきき喉を鳴らした。

指先が力み、しかし悟らせまいと集中。タイミングを見計らう。



 ——図書館員。この一撃、貴様へのまさかりと思うなら俺の勝ちだ。

   空間ごと斬滅ざんめつし、賛美と同じく刈り取らん!



 勇往たる踏み込みから、渾身の躍動が放たれた。

残り少ない魔力を掻き集め、爆発的に毒島の膂力りょりょくが高まり激流を生み出す。


 ジョシュアも狙いを察したのか、天蓋の錮牢が脈打ち、壁面や柱が隆起して急速に膨らんだ。間に合わない。大剣から閃光が刺し、読めぬ軌道へ吸い寄せられるように世界が静止へと傾く。



——絶ち狂え



「……らんあい!!」



 雷轟のような斬撃が振るわれ、激情が絶対の牢獄を砕いた。空間に亀裂が走り、崩壊が波及して、ジョシュアごと吹き飛ばす。

天地が反転し、世界に弾かれるように感覚は途絶え。

視界が引き伸ばされた後ろで、遠くで嗤う毒島の巨躯が腕を広げた。


空が——落ちる。




宜しければ評価/感想など頂けますと嬉しいです。


第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!

閲覧いただけますと幸いです!

→ Pixivリンク

 https://www.pixiv.net/artworks/134540048

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