32 領域戦——銀光に走る火花
「衝撃の差は、圧倒的だな。
魔導書使いの図書館員。様子見していると、即死だぞ?」
そう言いながら、毒島はほんのわずかに呼吸を整えた。
一瞬の静止が、かえって異様な迫力を放つ、恐るべき静寂。
——教会の床が、悲鳴のように軋んだ。
崩れかけた聖堂に、鉄と火薬の匂いが満ちる。
遠くに避難し様子を見守るミカサはパラパラと落ちてきた石屑をかぶり、戦闘の激しさに建物が持たないのではと体が震えた。
視線の先には、虚実を読み合うようにジョシュアと毒島がジリジリと間合いを詰めていく。
その音に紛れるように、チ、チ、チ、チと、ぜんまいを巻く音が小さく鼓膜を打った。
聞き逃すまいと毒島は視線を固定したまま一瞬の内に周囲を把握。違和感をとらえたのは足元だ。
訝しむより早く、盾を構え、地面を叩き割った。
激しく粉塵が舞い上がり、破片が跳ねる——。
床の奥に仕込まれていた金属片が、歪んだ音を立てて弾けるように舞い上がり、遮るように石床を転がる。
「……床下にも仕掛けを召喚していたか」
毒島が鼻を鳴らす。だが終わりではない、すでにジョシュアは次の手を展開させた。散らばった金属片が磁力に吸い寄せられるように集まっていく。
毒島が気を取られた隙に、両手から転がした小型の機巧模型が、転がりながら淡い銀光を帯び、その先で。
床の上に幾何学模様の魔法陣が展開し、熱を帯びた空気が走り出した。
斑模様のように魔法陣が光彩を吹き上げると、
その中心に立つジョシュアが試すように目を細める。
「建造魔法は——時間がかかるが確実だ。取り込まれる前に、脱出してみせろ」
「笑わせる!」
毒島の咆哮が爆ぜた瞬間、床板が割れた。
大剣を払った巨躯が疾風のように間合いを詰める。
走りながらつま先で大盾をかち上げ金属片を弾き飛ばし、
導線上の魔法陣を高速で切り裂き、踏み砕く。紫電が纏わりつくが気にもとめない。
斬撃と閃光が駆け抜け、火花が壁や天井を染め焦がす。
粉塵を裂いて、大剣が振り抜かれた。
ジョシュアは後方へ跳び、外套を翻す。鼻先を掠めた位置に放り出された、銀のぜんまいが光を返した。
『ジョシュア——! 合わせられるか?』
『私も準備万端ですぞ』
二冊の魔導書の声が重なる。
ジョシュアは息を吸い込み、掌を突き出した。
「——建造。 間合いを稼ぐぞ」
魔法陣が眩く発光する。
毒島の周囲に散らばった機巧模型が跳ね、銀のぜんまいを起点に金属音を散らして丸まり、ぎゅるりと膝を抱える鉄機兵へと姿を変えた。
その表面に光の紋が走り、関節が鳴りくねる。
次の瞬間、鉄機兵たちは弾かれた矢のように跳躍し、刀剣を振り被って毒島を四方から襲いかかった。ぬらりと光をすべらせ湾曲した刃がその頭に吸い込まれる——。
「——独楽」
毒島は斜め下に構えた大剣の切っ先を軸に、巨体を揺らして回転——。
大剣の腹に身を隠し、鉄機兵の斬撃を紙一重で躱す。
勢いよく弾かれる刃——その勢いのまま翻し、鉄機兵は横切りに毒島の足を切り飛ばす——大盾で阻まれた。
死角が塞がれ絡繰の挙動が固まる。
——捉え……なんだ?
回転の勢いを殺さず、鎧の隙間から放たれる眼光が、獣のように周囲を睨んだ。
銀の輝きに火花が走り、金属が悲鳴を上げる。
鉄機兵の後ろ、外周——間合いの外から、機関銃が地中を割ってせり出したのだ。砲身は既に回転し、熱風が噴出——。
視界の外から銃声が炸裂した。
耳を焼くような轟音が、教会の瓦礫を震わせる。
火薬と硝煙が一気に広がり、聖堂の天井に黒煙が渦を巻く。
だが毒島は——怯まない。
一歩で間合いを調整し、亀裂が走る床を踏み抜いた。
バキリ、とタイルが裂け、衝撃が地を這う。
その反動で機関銃の照準が逸れた。
砲火が壁を穿ち、ステンドグラスが粉々に叫びを奏で。
——光が砕け、破片が雨のように降る。
砲火の切れ目。毒島はそこを逃さなかった。
「——打尽」
踏み込みながらの、回転。
その勢いを乗せた紺碧の疾風が縦横に閃く。
一閃、二閃、三閃——。
鉄と鉄がぶつかり、烈光が爆ぜる。
機関銃の砲身が金切声のように音を上げ、軌跡が空気を裂いた次の瞬間、
機関銃の円環は、膾切りのように破壊された。
豪快な剣技だ。余波に天井が耐えきれない。
走る亀裂、軋む梁。
破片が白い閃光を反射して降り注ぎ、聖堂全体が悲鳴を上げる。
毒島の暴威が空間を歪める中、
額から滴る汗が飛び散るままに、
ジョシュアはスローモーションのように流れる戦局を割いて、
掌に魔力を集束——両の指を、獣の顎のように噛み合わせた。
「——建造。」
低く呟いた瞬間、
毒島の足元に、爛々と赤い白光が点った。
空気が唸り、熱が膨らむ。
——爆ぜた。
地を突き破るように火柱が吹き上がり、毒島を包み込む。
灼色が一瞬で視界を奪い、聖堂の空気が焼ける。
鼻を刺す、硫黄と焦げた石の匂い。
聖堂の地中から火炎放射機を建造し、起動させたのだ。止まらない灼熱が毒島を容赦なく焼き尽くすべく炎を吐き出す。
勝敗が決したと断ずる会心の一撃。だが——その光が、唐突に“白”へと転じた。
燃え盛る火炎が白銀に塗り替わり、熱が奪われる。
音が吸い込まれ、世界が一瞬、静止した。
——魔法ではない、これは、いったい
ジョシュアの疑問を待たず火柱はそのまま雪氷へと変貌し、
噴き上げた熱が凍結して、雪片となって舞い散った。
「……っ、炎が雪に」
ジョシュアが目を細めるが、両手は噛み合わせたままだ。思考は冷静に、下顎に続けと、次段の咆哮が解き放たれる。
天井の崩落部から第二の火柱が落下した。氷雪に埋もれる毒島へと——。
だが、今度は毒島を飲み込む前に、冷気が逆巻き、火炎の奔流はが吹雪に変わる。
熱風が竜巻のように教会内を駆け抜け、火炎と雪片が絡み合うように飛散。——烈風が壁面を激しく打ちつけ、聖堂は軋みを鳴らして一部が崩れだした。
残ったのは、白い蒸気の中に立つ、ひとりの巨躯、毒島。
鎧の表面を覆う氷が音を立ててひび割れ、
内側から、紺碧の光が滲み出す。
「ぬるいな、図書館員」
蒸気の帳の中で、その声だけが、低く響いた。
無傷……、その驚愕がほんの一瞬。ジョシュアの動きを止めた。
狙った一言だ。生まれた静止に、体を起こせと心で叫ぶ。
その致命的な隙を捉えて、凶悪な笑みが盾に隠れ。
影のように滑り込み、一気に距離を詰められた。
間合いが——測れない。
「——シールド・バッシュ」
低く唸る声と同時に、盾の縁が閃いた。
打撃の軌跡が見えないほど速い。
足元を見てはいけなかった。虚実を織り交ぜた一撃。
釣られたジョシュアの体勢が崩れた瞬間、
盾の突撃が炸裂した。
身体を打ち壊す衝突音。
肺の中の空気が、一気に押し出される。
宙に投げ出される感覚とともに視界が回転し、
石壁が迫る——次の瞬間、全身を叩きつける重たい衝撃。
背中が軋み、骨が悲鳴を上げるが、痛みが追いつかない。
白く霞む視界の中、
突き出した盾の隙間から、毒島の嗤いが覗いた。
大剣が上段に振りかぶられる。
「終いだ」
振り下ろされる大剣が、空気を裂いた。
光を反射しながら、剣身が天井を映す——そこには。
撃墜の魔導書の姿。魔法を発動した瞬間が映し出された。
『呑欲の魔導書』に吸い寄せられた『撃墜の魔導書』が、毒島の頭上で翻り、バラバラと頁を自らめくる。
紙片から溢れ出た、文字が宙に並んで詩を紡いだ瞬間だった。
『——陽炎の果てに、帰らぬ翼よ。
撃墜の慟哭よ。
記録はここに在り——』
突如、聖堂の天井を突き破るように破壊し、破砕音と共に巨大な鉄の塊が現れた。
鉄錆の悲鳴が鳴り、焼け焦げた翼が紅蓮の尾を引きながら墜落してくる。
零式艦上戦闘機——“ゼロ戦”が、毒島めがけて頭上から突っ込んできた。
予想外の奇襲に毒島の瞳が見開かれる。あまりに巨大な落下物の接近に、全身の毛穴から汗が噴き出し反射的に吠えた。
「——舐めるなァァァッ!!!」
雄叫びが響く。
大剣が上段から振り抜かれ、落下してきた零戦の機体を真正面から叩き斬る。
鋼鉄が絶叫を上げ、火花が走り、
次の瞬間、機体が爆裂した。
炎と衝撃波が教会を飲み込み、
瓦礫と硝煙が暴風のように吹き荒れる。
破片が弾丸のように飛び交う中、毒島は片膝をつき、大盾を突き立てた。
爆風を受け止め、足元の石床を削りながらも——動じない。
炎が収まり、……静寂が戻る。
ゆるりと立ち上がった毒島の鎧に、焦げ跡すらない。
ただ、息が荒れていた。
煤煙の向こう、撃墜の魔導書がふらふらと浮遊しているのが忌々しい。
毒島は自身の動揺を鼻で笑い、大剣を構え直す。
だが、その眼光は先ほどよりも研ぎ澄まされていた。
「……なるほど。撃墜の魔導書。
だから、ゼロ戦。……面白ぇじゃねえか」
足元の石片を踏み砕きながら、
毒島は再び大盾を構えた。
その気配が、炎よりも激しく、鋭さを増す。
毒島は、倒れ伏したジョシュアに向けて、意味深げに勢いよく大剣を払うと、瞬く間に、熱風が消えた。
爆炎は音もなくほどけ、煙は形を失い、
くすんだ空気が、澄みきった冷気へと変わっていく。
まるで“灼熱”という概念が、上書きされたように。
呻きながら身を起こしたジョシュアは、
焦げた匂いとともに、肺に冷気が入り込み違和感の正体を得た。
「……そういえば、異世界人だったか。
炎を雪に……それがお前の、チート能力」
痛みにしかめた顔に、探るような光が宿る。
その視線を受けて、毒島は鼻で笑った。
「世界は書き換えられる。
俺がそう望めばな——《改写》」
言葉が空気を震わせた。
毒島がちらりと横目をやるだけで、
教会の隅に積もった雪が一瞬で燃え上がる炎に変わる。
その炎がまた水面に転じると、波紋を描いて凍り、
次の瞬間には、鏡のような氷床に姿を変えた。
世界が、毒島の発想の速度で変質していく。
空気がざらつき、耳鳴りが止まらない。
理をねじ曲げる異能に、脳内が警鐘を鳴らす。
『……チート能力を自分で晒すなんざ、奴はアホなのか?』
撃墜の魔導書が、呆れたように呟いた。
うろんげな声色で、ジョシュアの手元に舞い戻る。
そうであれば良いのだが。自らの能力を軽々と口にした毒島に、軽率さは微塵もなかった。
——自信の根拠は、力に溺れていない証拠だ。
チート能力はあくまで“補助”と言いたいのか。
奴の本領は、大盾と大剣。鍛え抜かれた肉体と戦闘勘——そこにこそある。
だが、それだけでは説明のつかない“違和感”が、ジョシュアの背筋をなぞった。
——改写……。火柱を吹雪に変換した。
足元から吹き上げた炎は、しばらくしてから変化。
だが天井から落下した炎は、落ちる前に変換された。
しかも——あの横目のタイミング……
脳裏に走る推論の電光を、表情に出さずに飲み込む。
ジョシュアは一拍の間を置き、苦し紛れを装って両手を振りかざした。
「……まだだ!」
背後と足元、二方向から無詠唱の火炎魔法を放つ。
毒島は鼻で笑い、背後の炎を躱しながら足元を睨み据える。
「手数が単調、芝居がかってるぞ」
次の瞬間、足元の火炎が凍りつき、白い雪へと変わった。
ジョシュアの口元が、わずかに歪む。
「濁りて固まれ——、マッド・ショット!」
詠唱と同時に、泥の弾丸がうなりを上げて飛ぶ。
避けた毒島の導線に、まるで罠のように軌道が重なる。
「——改写」
毒島は咆哮とともに盾を構え、迫る泥弾を砂塊へと書き換えた。
盾にぶつかった砂が爆ぜ、粉塵が空気を満たす。
しかし、その後ろから——もう一発、仕込まれていた。
無詠唱で放たれた泥塊が盾に直撃し、泥膜が生き物のように毒島の体を包み込む。
「ちっ……!」
泥の檻がきしみを上げて締まり、毒島の巨体を封じた——かに見えた。
だが、次の瞬間にはひび割れが走り、乾いた泥が音もなく崩れ落ちる。
そこに立つ毒島の瞳が、静かな狂気を湛えていた。
ジョシュアは息を呑み、低く呟く。
「……なるほど。だが、全部じゃないな。
隠していた泥玉までは——“書き換えられなかった”」
毒島の眼光が、わずかに細められる。
火と氷の狭間で、互いの呼吸がぶつかり合う。
その一瞬の沈黙が、次の殺気を孕んでいた。
「視認した状態を改変するものとして……お前。
そのチート能力、使いこなせていないようだな?」
目を細めて不敵に笑うジョシュア。
「なん——?!」
わずかな苛立ちを滲ませ毒島が声を上げる、その瞬間——
砕けた足場と同色の魔法陣が異彩を放つ。
いつから、と思考を巡らせるより早く——見破れなかったジョシュアの罠に嫌な予感が過ぎる。
「間合いは充分。形勢逆転だ」
その刹那、毒島の視界が弾け飛んだ。
宜しければ評価/感想など頂けますと嬉しいです。
第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!
閲覧いただけますと幸いです!
→ Pixivリンク
https://www.pixiv.net/artworks/134540048




