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03 異世界転生者が街中で攻撃魔法を使うのはお約束なのか

“空から落ちた魔導書”を巡る騒動に対応するため、幻想図書館の外勤員ジョシュアとセラは、指定任務を受けて交易都市ノアの市場区へと向かった。

市場区は、朝の喧騒がひと段落した時間帯だった。


それでも、いつもであれば人通りは多く、露店の店主が威勢のいい声を張り上げているものだが。


だが、聞こえてきたのは賑やかな掛け声ではなかった。甲高い剣戟、そして耳障りな破砕音――。



「……あれだな」



目を細めて視線をやる先では、円形広場の真ん中で何やら揉めている集団がいた。


様子をうかがうように、遠巻きに人だかりができている。


その先には制服姿の学生達が、町中にも関わらず長剣を片手に、いたずらな笑顔で魔法を使い、何かを追い立てている様子だ。



「鬱陶しいわね、ミカサぁ⋯⋯。逃げてないで、その魔導書を渡しなさいよ」「俺達も別に⋯そんな本、いらねぇんだけどよ。うちの偉いさんが必要だっていうから、わざわざここまで来てんだよ」



制服姿の学生たちに囲まれるように、ミカサと呼ばれた一人の少女が立っていた。 背まで伸びた黒髪と、緊張でこわばった表情。凛とした目元が弱々しく揺れている。手には水色の装丁がきらめく一冊の魔導書。それを胸元に、まるで盾のように抱えている。



「……シルバーエッジが、ブロンズメイトに?」



セラが小さく呟く。彼女の目が捕らえたのは、黒髪の少女ーーミカサの首元に掛けられた銅製のプレート、そして制服姿の学生達が肩に掛けた鞄から揺れる銀製のプレートだ。共に同じデザインが施されており、彼、彼女達が冒険者ギルドの冒険者達であることがわかる。


ブロンズメイトとは、銅製のプレートを掛ける最下級の見習いを指す名称だ。シルバーエッジとは、その上の階級を指す一人前の冒険者への名称。


通常、階級差同士が争うどころか、市内で暴力を含めた行為は警邏隊に捕縛される愚行だが、警戒心のないまま剣を振るう姿に、彼女達が異世界人であることを示している。



「その偉い人が誰かは知らないけど、これは私の本よ⋯。魔導書なんて、図書館に沢山あるんだから、そこから借りていけばいいじゃない。⋯⋯それとも、図書カードの作り方が分からないのかしら?」



黒髪の少女は学生達から距離を取ろうと後ずさるが、逆に距離を詰められてしまう。皮肉めいた精一杯の抵抗は学生たちをより刺激してしまった。



「その言い方⋯⋯成績も才能も下のくせに、いつまで委員長面するつもり?!」「落ちこぼれが、“魔導書”を扱えるとでも? 似合わないよ、ミカサちゃん」



露骨な嫌悪と侮蔑の言葉が飛び交い、散発的に魔法が放たれる。ミカサも逃げ惑いながら応戦するが、彼我の火力差がありすぎて、囲みから逃れることはできない。


揃いの制服に身を包んだ学生たちの中心で、ミカサは唇を噛みしめ、水色の魔導書をさらに抱きしめた。彷徨う瞳は焦燥に揺れる。


ジョシュアは、誰かに助けを求める、その視線を受け止めつつも、彼女の抱える魔導書から不穏な力の奔流を察知し、手の中の牢屋模型を指で弾いた。



あれが……“空から降った”魔導書⋯⋯?



突然、水色の魔導書から不穏な煙が溢れ出した。

反応するように、少女から暗く濁った感情が立ち込める。しかし、すぐに霧散した。


コの字型の牢屋の模型が地を這うように転がり、音もなくふたつに分裂する。小さな歯車の回転音と共に、瞬時に大きな牢屋へと変化――硬質な施錠音が鳴ると同時に、学生たちとミカサの足元に巨大な鉄格子が現れ、それぞれを閉じ込めたーー



「呑み込めーー」



ジョシュアの掛け声と共に、一冊の魔導書が嬉々として飛び出し、ゴリュっと不気味に喉を鳴らして

水色の魔導書から溢れ出したそれを飲み込んだ。



「なっ……何、これッ!?」 「出せよッ!」



突然の束縛に、学生たちは騒ぎ立てる。だが、学生達の前に滑るように移動した魔導書が、無遠慮な怒気を叩きつけ、その敵愾心を挫いた。


わずかに訪れた静寂を縫うようにジョシュアとセラは、喧騒の場に足を踏み入れ、黒髪のミカサに向き合う。



「質問よ。――その魔導書って、噂の空から降ってきたってやつ?」



セラが先んじて問いかける。可愛らしい仕草にツインテールが揺れ、しかし目の色は笑っていない。水色の魔導書へと鋭い視線が注がれた。


整理が追いつかず、ミカサはその場で固まった。数秒の沈黙の後、心を強く持てと、小さいながらも凛と声を張る。



「……関係ない。これは、私が拾ったの。私のものよ」



その手は震えていた。だが、目は逸らさない。


ここが分岐点だ。直感的にこの場の誰が捕食者で、誰が獲物なのか理解させられる、強者の存在感とも言うべき気配。


金髪の少女の後ろにいる銀髪の男は、強いのか弱いのか不明だが、彼の周りを浮遊する喋る魔導書は間違いなく危険な存在。


何しろ、その本からは、濃密で巨大な何かを感じるから。あまりの大きさにガタガタと口が震えるが、必死に絞り出した。



「……“必要”なのよ。これが、ないと……私には、何も」



ジョシュアはわずかに眉をひそめた。過去に似た目を、何度も見たことがある。 居場所を失い、すがった先に依存した――そう語る瞳だ。不安と孤独をごまかすように、魔導書にすがりついたのだ。水色の魔導書は何事もなかったように沈黙し、微動だにしない。



「……事情が、ありそうだな」



ジョシュアが事は難航しそうだと、諦めの口調でそう言った刹那――



「不意打ちとは卑怯な奴等ね!」「先に手を出してくれてありがとう、では、死ね!」「彼我の力量差もわからないのかな?!」



囲いから抜け出していた3人の学生が、手早く魔法詠唱の声を張り上げた!



「風よ巻き付けっ、ワインド・バイト!」


「窒素なさい、アクア・サフォケイト!」


「馬鹿を焦がせ、バーン・レッジ!」



風が渦巻き、噛みつくようにジョシュアとセラの足元に迫る。 直後、水球が宙を蛇行し、彼らの頭を襲った。次いで、二人の身体から炎が噴き上がる。


学生達は余裕を取り戻した表情で、燃える盛る様子を見守るも、何事もなく火柱をかき分けたジョシュアにギョッとした。


セラは、硬質な鞄を一薙ぎ、風も水も炎も霧散される。竦み上がるような轟音を立てて、街路の壁がひび割れた。



「おいおい、初級魔法じゃないんだぞ⋯⋯!」



「やばいじゃん、私らが雑魚っぽい…かも」



「か、火力が足りねぇんだ!っ炎よ!震え懇願しろ、フレイム・デインっっ」



慌てるように魔法を放つ学生に目もくれず、ジョシュアは魔導書を取り出して、呼び起こしす。



「呑欲どんよく。」



ジョシュアの手元から、呑欲の魔導書が飛び上がるように舞い上がる。満面の笑みを浮かべるようにページを開いて、煮えたぎるような炎の焦熱を“飲み込んだ”。



「おお、異世界人特有のブレンドを感じますな。初級魔法に、特殊能力が合わさった、なんともむず痒い味わい⋯⋯ああ、恥ずかしくてカーテンに包まれたいーー」



「ーー次、俺様な」



呑欲の魔導書の感想を遮るように舞い踊り、撃墜の魔導書がばさりと開き、ページが乱雑にめくられる。そして、詩のような一節を読み上げた。



『銀翼の尾、空に砕ける。墜ちゆく者に、空の慈悲はない』



低く響いた声の直後、弾けるような高打音と共に、学生たちの足元がぐらりと歪んだ。



「……ッあ、足が……!?」



「うわっ、なにこれ、立てない……!」



数人が次々と地面に倒れ、苦悶の表情で足首を押さえる。



「撃墜、子供相手にやりすぎだ⋯⋯」



ジョシュアが肩をすくめる。足を掻き抱きながら、学生の一人が、震えた声で問いかける。血は流れていない、が、足首がありえない方向に折れ曲がっていた。



「……な、何をしたんだ……ッ」



「お前たちが不用心に近づいた、魔導書の魔法だよ。」



ジョシュアは苦悶にうずくまる学生達に見えるように、撃墜の魔導書に視線をやり、顎で水色の魔導書を指し、彼・彼女らが危険な存在に軽率に近寄った事を警告した。


さらりと告げる彼の背後で、セラは学生たちをひとりひとり、迷いなく拘束していく。


あの鞄は何でも入ってるな、と内心で感心するジョシュアだか、これらが普段から魔導書をふん縛り、ボコボコにするまで動けなくする拘束具であることは予想できなかった。



「まったく……小物は声がでかいのよ。足が折れたくらいで倒れちゃって。悪質な魔導書だったら、今頃あんたら身体か精神を喰われてるわよ。魔導書を奪い合う資格すらない」



ひとしきり拘束が終わる頃に見計らったかのように、人だかりから街の警邏隊員が近づいてきた。


軽装の鎧に長剣と丸い盾。使い古された鉄の鈍い輝きが、街の安全を照らしているようだ。



「⋯⋯今日も異世界人絡みか。まったく、図書館には世話になるよ。」



「出たわねっ、いつも去り際に請求書を置いてくクソ野郎(この街をいつも見守る素敵な警備員さん)。言っとくけど、この割れた道路も、ひび割れた壁も、今回はこいつらのせいだからね!」



「はっはっは。本音と建前が入れ替わってるぞ、大丈夫だ。俺は最初から観てたから、セラの嬢ちゃんが商業ギルドの壁を殴ってヒビ入れたところまで、バッチリ観てたぜ」



「親指立ててはにかんでんじゃないわよ。請求書を口に入れて殴り飛ばすぞオラ」



小狡い警備員と、全て異世界人のせいにしようとするセラのやり取りに、ジョシュアは請求書という単語にサッと目線を逸らした。


其らした先で、満面の笑みでこちらを見つめている商業ギルドの受付嬢に冷や汗をかきつつ、脳内で言い訳の言葉を並び立てる。


手招きされて商業ギルド員たちに囲まれるジョシュアをよそに、セラは、遅れて到着した他の警邏隊員に異世界人を引き渡した。


警邏隊がジョシュアたちに敬礼し、拘束された学生たちを引き取っていく。


残されたのは、魔導書を抱いたまま地面に座り込んだミカサと、その前に立つふたりの外勤司書。



「……君、名前は?」



ジョシュアが問いかける。


黒髪の女子高生は、連れられていく学生達に視線を向け、

次に自分の服装を見て何と答えたら良いか迷っているようだ。



「……ミカサ。……ただの、冒険者よ」



絞り出すような声だった。


ジョシュアは腰をかがめ、静かに語る。



「君がその魔導書をどうしても手放せない理由。それはこれから、ゆっくり聞かせてもらう。 でも、まずは安全な場所でな。幻想図書館を知ってるか?今のままじゃ、“魔導書の方に”呑まれかねない」



その言葉に、ミカサはわずかに目を見開いた。



「……図書館、に?」



「ああ。君と、その魔導書の保護――それが、俺たちの“仕事”だから」



呆然としながらも、ミカサは魔導書を抱き直す。 その青い装丁は、ほんのわずかに、淡く――喜んでいるようにすら、見えた。


風が、通りを吹き抜ける。


ジョシュアはその先に、見えない空を仰いだ。



——この魔導書は……ただの“落下物”じゃない



空から降る本。その意味と、理由。 その謎が、次第に彼の周囲を包み込み始めていた。



ここまで読んでくださってありがとうございます!


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