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幻想のアルキヴィスタ 〜転生者溢れる異世界で禁書を巡る外勤録〜  作者: イスルギ
第一部 【落ちこぼれと空から堕ちた魔導書】

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01 【刷新】この世界には異世界人が多すぎる



「ユウト、君をパーティーから追放する!」



「……ここは図書館です。追放劇の練習は、よそでやってください」



 静謐な図書館にて、大きな声が木霊した。

声の主は、背筋を伸ばした金髪の青年。

光が差せばキラキラと反射しそうな鎧を着ており、立ち姿も凛々しい。

だが、図書館の厳粛な空間には、あまりにも不釣り合いな音量だった。よって秒で叱られた。



「……お静かに願います」



 注意の声も大きすぎたのだろうか。書架の影から、別の司書が眉をひそめて再度注意された。申し訳ない空気が漂い、沈黙の間が空いた。


――酷い。理不尽だ。何より、場所が悪すぎる。

  なぜ追放劇の舞台に図書館を選ぼうというのだ。


 図書館の隅で、ぶ厚い本を開いていた中年の魔導士は、そっと頭を抱える。

爽やかな救国顔の青年は、気を取り直して勝ち誇ったように続けた。



「俺たちも悩んだ末なんだ。なにーー」



ーースパンッ



「(だから、ここでするなと言っているだろう)」


「(痛っ、ちょっと、貴方は誰なんですか?!)」



 小声で文句を垂れて、ようやく自分を注意した声の主に視線を向ける。そこに居たのは銀髪の青年。金糸を縫い込んだ白の外套を羽織るーー無愛想な瞳と目が合った。


 この男も司書かと思ったが、書架には馴染まぬ装いに。彼がただの図書館の従業員ではないことを静かに語っていた。


 銀髪から覗く蒼い瞳は、有無を言わさない冷徹さ――幻想図書館の外勤員、ジョシュア=モンテスト。



「(聞いてますか、なんでダメなのか納得する答えをください)」


「…………ん?」


「(できないでしょう?

 なぜなら、RPGだったら、どんな建物にもキャラが居て、用意されたセリフを喋るからです。

 つまり、場所は関係ないのです。いわば、これは練習。そう、俺のハーレムがかかった、リハーサルなんです!」



 金髪の青年は、わけのわからない持論を述べるが、ジョシュアは微動だにせず、ただ静かにこちらを見返していた。

その無言が、返答以上に重くのしかかる。

青年は、背筋に汗が伝うのを感じた。不安が顔に出ているのがわかり恥ずかしい。



「図書館では静かにしろ。ここはお前の冒険の舞台じゃない」

 


 バッサリだ。呆れたように淡々と言葉を返されてしまった。

言葉につまり、思わずよろける。

肩から下げた鞄から、複数の魔導書が覗きでた。



「ーーん?」

 


「あ……」



 ーーこの野郎。図書館で叫ぶ変態かと思えば、魔導書泥棒だったか。



「いや、これは違うんだ。RPGだったら落ちてる本や、手に取った本は持って帰るのが当たり前……だろ?」



 言い訳になっていない。居心地悪くなったのか、視線を泳がせ顔を背ける金髪の後頭部。

空気を変えたのは、熟年司書の落ち着きある声だった。



「毎度ご利用ありがとうございます。

 ここは世界各地の珍書・魔導書を収めた“幻想図書館”。

 魔導書の貸し出し・閲覧は受付までご案内いたします」



 ――幻想図書館――



 ここは、世界のあらゆる知が集う、巨大な書架の迷宮だ。


 一階は一般書籍と学術書を収めた閲覧区で、まるで駅のコンコースのような賑わいがあり、ここが図書館であることを忘れそうになる。


 二階へと足を運べば空気は一変。魔法書や希少な珍書が並ぶ静謐なフロアだ。


 そして、ここ三階。魔導書が保管されている区画。

勝手に喋り出す本、徘徊する本、燃えだす本棚。カオスそのものといっていい。


 図書館員の仕事は、辛いものだ。

異世界人が意味が分からない事を言うのは、日常茶飯事。RPGってなんだか分からないが、身勝手に常識を振りかざす非常識な相手にも朗らかに対応せねばならない。



「まるで極寒に刺す声色だな、メモリウス」



 ただ、同僚の熟年司書が、苛立ちを抑えて冷静に努める様子は見ていて、少し楽しい。いつも小言が多いだけに。


 熟年司書は笑顔を保ちながら、窃盗が見つかり萎縮した異世界人を受付へと連れていこうと歩き出し、ピタリと止まった。


 往年の感が、視線を過ぎるトラブルに反応する!



「おっと、そちらの冒険者様」



 焦らせないよう優しく声を掛けた。さすがの手並み。

その目は、好奇心まるだしで書棚に手を伸ばす少年に向けられている。



「その魔導書は乱暴に手に取ると汚泥を吹っ掛けーー」


「あばばばっ」


「ーー下水道の臭いを纏う事になります。はい。

 お手洗いが角を右にございます。⋯⋯お気をつけて」



 その隙に、別の来館者の悲鳴が上がる。

毛むくじゃらの魔導書が、奇抜な髪形の婦人に跳びかかっていた。

すかさず優雅に振り返る司書。差し出した手は空を切る。



「おおっと、お客様。

 そちらの魔導書が失礼しました。

 御髪を……ああ…こらっ、巻き込んでいますね。

 ご安心を、戯れて食んでいるだけですので、数分すれば離してくれます。

 慌てずー⋯⋯騒がずー⋯⋯」


「ぎぃやあああああ! あーー!!」



 なだめるように声を掛けるが聞こえていない。

あまりの痛さか。ここが図書館だと忘れる大絶叫。

騒ぎが騒ぎを呼び、他の魔導書たちがざわつき始める。


 書架という檻から吠えかかる猛獣たちのような奇声が立ち上がりそうだ。



「……ああ、暴れると他の魔導書を刺激してしまいます。

 周囲の魔導書まで襲ってきますので。

 落ち着いて——もうほぼ手遅ゴホン——落ち着いて——」



 熟年司書は微笑を絶やさぬまま、魔導書たちに次々と噛まれる婦人を宥め、宥めて。諦めた。



「……さて、受付でしたな。

 我々は、先に行くとしましょう。ご案内いたしますぞ」


「……え?

 いいんですか、あのおばさん。

 ソフトクリームみたいな髪型が、う◯◯になってますよ」



 次第に声が遠ざかり、騒ぎが去った後、ジョシュアはゆっくりと息を吐いて、窓の外に視線を向けた。

朝からドッと疲れてしまった。


 大通りには、色とりどりの衣装を纏った冒険者たちの姿が見える。一日の稼ぎを得るために、朝から仕事に向かう姿に抱くは尊敬の念だ。

もっとも、古くからの友人曰く、サラリーマンみたいで絶望するそうで、見え方は人によって異なるものだ。


 目の色も肌の色も違う彼らに共通するのは、首から下げたタグ――ギルドカード。


 ふと、さっきの非常識な男もタグをぶら下げていたな、と思い出す。

ピカピカに磨き上げたばかりのような銅のタグ。



 ——異世界から来たばかりの、証。



 外に広がるのは、異世界人達が溢れている大都市ノア。

いつの時代も、新入りは騒動の火種になる。


 ふと、熟練司書に連れられて歩く——恐らく反省部屋に連れて行かれるであろう青年が図書館を出た後――

通りの木箱を片っ端から壊し、「アイテムゲットォォ!」と叫びながら走り回り、

街の警邏隊に追われて再び図書館に逃げ込む未来が、ありありと見えた。

寒気が告げる……頼むから外では静かにしてくれと。



「……さて、俺もそろそろ働くか」



 面倒事が駆け足で来る前に外に出るべきだ、とは言えない。


 独りごちた声は、紙の香りと、魔導書たちのささやきに紛れて、静かに消えていった。


ご来訪ありがとうございます。


本作は、異世界転生があふれる世界で、禁書と魔導書をめぐる群像劇です。

幻想図書館の外勤員——ジョシュアの記録。


個性の強い登場人物と共に楽んで頂けると幸いです。

次話も、ぜひ読んでみてほしいです


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