15 生き残るのは……一流の異世界人ほど大口を叩く
——音が消えた。
斥候役の男が突き立てる短剣の刃が、旅人に届くより早く、目にすら映らぬ斬撃が奔ったのだ。
草地に沈んだ男の上半身と下半身が、赤い弧を描いて血塗られる。
その先には、斥候の男から奪われた短剣が、旅人の手に握られていた。
あまりに鮮やかな太刀筋に、冒険者たちが一瞬、硬直する。が、そこまでだ。
冒険者たちは一歩も退かず、むしろ薄笑いを浮かべる。
「舐めるなよ。俺たちは一流の冒険者様だぜ」
虚空から槍を取り出した戦士が、首元から金色に光るタグをチラつかせる。
冒険者ギルドの登録証――ゴールドアヴァロン――国家間でも名の知れた高ランクの証。
「それにしても、魔導国は異世界人嫌いって話、本当みたいっすね。あいつも瞬殺とか笑える。この世界には復活の協会がないのによ」
ひとりが軽口を叩く。仲間たちもそれに呼応して嘲笑を漏らした。
だが旅人は、弱々しい笑みから一転、犬歯をのぞかせるようにギラつかせた。
「お前ら、密猟者だろ。人んちのモン、好き勝手踏み荒らしてんじゃねぇよ」
挑発めいた声と共に、手にした短剣を投げ捨て宙を招く。すると、倒れ伏した亡骸の腰から鋼鉄の剣がひらりと舞い上がり、旅人の掌に収まると――その剣身に紅蓮の炎が走った。
熱気に草葉が縮み、火花がはぜる。
「ビビるかよッ!」
冒険者たちは怯むことなく、息を合わせて陣形を組み直す。
円を描くように旅人を囲み、槍使いの怒涛の突きが殺到する。
旅人は火炎の刃を猛然と振るいながら、鋭く問うた。
「さっきの黒い連中――何者だ? どこへ行った」
しかし冒険者たちは互いに視線を交わすだけ。
「……知らねぇな」
しらを切る声に、火炎がさらに強く揺らめいた。
「炎が揺らいでるぞ。そんなに感情的だと、未熟さが露呈するっすよ!」
ニヒヒと嗤う冒険者たちの剣撃と、その合間を縫うように差し込まれた槍捌きが、荒れ狂う波のように旅人へと殺到する。刃が閃き、槍が突き走るたび、旅人は薄氷を踏むような身のこなしでかわし続ける。しかし――それこそが誘いだった。彼らは意図的に退路を残し、逃げ道へと旅人を追い立てていたのだ。
「今だッ!」
巨漢の男が詠唱を唱え終える。厚い金属の重装が虚空から現れ、彼の肉体を鎧う。その腕に握られた大盾が、剛拳のような速度で突き出され――旅人の身体を横合いに弾き飛ばした。
しかし、旅人は転がる勢いすら利用する。手にした剣の炎が一層紅蓮に燃え上がり、焦げつく草原が轍を描く。炎の奔流の先で、槍を構えた男が待ち構えていた。
「あばよッ!」
鋭槍の切っ先と、旅人の炎の斬撃が交差する――その刹那。
「炎ごと滅せよ、ーーアシッドミサイル!」
気配を消していた魔法使いが横合いから姿を現し、鋭く詠唱を放った。轟く水流が炎剣を包み込み、赤熱した剣身から火が掻き消される。さらに、強酸の粘膜が旅人の剣を覆ったーー剣身の強度が槍の強度を下回ったはず。
槍使いの顔に勝利の笑みが浮かぶ。振り下ろされた槍が、旅人の炎なき剣を断つはずだった。
だが次の瞬間――。
槍の刃ごと、男の身体がバターのように両断された。
「な……っ!?」
切り口は高熱に焼かれ、黒々と炭化している。倒れ込む槍使いの亡骸を見て、魔法使いが蒼ざめた顔で理解する。
「……炎の下地に、熱魔法を仕込んでいたのか……!」
火を消しても、剣そのものは灼熱の刃と化していたのだ。
旅人がにやりと笑う。疾風のごとき踏み込みで間合いを潰すと、若き戦士風の冒険者までもが、滑らかに切断されて崩れ落ちた。
魔法使いが動揺した隙を逃さない。紅蓮に揺らめく剣を携えた旅人が、一気に迫り来る――。
空気を裂く鋭音が走る。その刃は炎を纏わぬまま魔法使いの喉元に吸い込まれた。刹那、魔法使いの目が見開かれた瞬間――。
……ちっ
低い舌打ちが響き、巨漢の男が一歩踏み出す。分厚い盾を地面に叩きつけると、ズシリと大地が唸り、重圧のような衝撃波が周囲を揺らした。旅人と巨漢との間に強制的な空白が生まれ、刃はわずかに届かず宙を切った。
わざとらしくため息を吐き、巨漢の男が肩をすくめ、やれやれといった風情で口を開く。
「三人も殺しやがって……判断をミスっちまったな」
魔法使いが荒い息を整えつつ、皮肉を混ぜた笑みを浮かべる。
「助かったぞ。炎使いごときに油断したのは失態だった。この苛立ちは……貴様の全身を穴だらけにして埋めるとしよう」
だが旅人は獰猛な笑みを返した。唇の端を吊り上げ、挑発の色を隠そうともしない。
「これだから異世界人は……実力が伴わねぇくせに大口叩きやがる」
余裕の表情で森の奥を一瞥し、吐き捨てるように呟く。
「交易都市ノアか……学園都市か……。冒険者ギルドか、それとも評議会のクソどもか?」
巨漢の男の気配が変わった。重装の盾を軽々と持ち上げ、その全身から異様なオーラが立ちのぼる。鋼をも蝕むような重苦しい気配に、空気がじりじりと軋んだ。
「聞き出してみろよ……俺の触れるものを溶解するチート能力に、打ち勝てるのならな」
巨漢の男は、依然として余裕の笑みを崩さなかった。チート能力に絶対の自信を持つのか、あるいはまだ隠された切り札を残しているのか。
旅人は足元に転がる亡骸を掴み上げ、そのまま巨漢へと投げつける。
鈍い音と共に盾で弾かれた亡骸は、次の瞬間、肉と皮が一瞬で溶け落ち、白骨だけが露わになった。
巨漢の笑みと旅人の笑みが、刹那交差する。
その異様な光景を、背後に控える魔法使いは鋭く見逃さなかった。
旅人はすぐさま巨漢に肉薄し、もう一体の亡骸を掴んで投げつける。
「ふっ、溶解の時間差を勝機と見たか?」
巨漢は豪腕で亡骸を掴み返し、逆に旅人へと投げ返した。
「……だが甘い! 溶かす速度すら操れるのだよ!」
空を舞う亡骸は瞬く間に原型を失い、どろりと崩れ、アメーバのように広がり旅人を包み込む。
「共に溶けろ――ヴェイル・ディゾルブ!」
巨漢の叫びと共に、溶解液が旅人を覆い、草地へとバシャリと散った。形を失った肉と骨が、まるで意思を持ったかのように蠢き、地面を這うように広がる。ブスブスと泡立つ音が草木の匂いをかき消し、黒緑色に染め上げた。
勝利を確信した巨漢は、ブスブスと音を立てる腐蝕の中身を見届けようと歩み寄る。
だが、その背後――。そこに、獰猛な笑みを浮かべた旅人がいた。
赤熱の刃を下段から斜め上へと振り上げる。
「デコイ!」
魔法使いが叫ぶ。囮魔法が発動し、巨漢の立ち位置が、魔法で生成した案山子と入れ替わる。
旅人は亡骸を投げた際に、地面が溶けぬことに気付いていた。優先して「溶かす対象」を判定しているはず――ならば背後の意識は甘い。
巨漢は確かに背を取られていた。だが、間一髪、魔法の介入が間に合った。
パタタッ、と魔法使いの頬に鮮血が跳ねる。
案山子と入れ替わったはずの巨漢――その首から上が、すでになかった。
——間に、合わな――「ッッ、バックステップ!」
魔法使いは即座に準備していた後退魔法を発動し、巨漢の男ごと断ち割るはずだった旅人の斬撃を、紙一重で回避する。
土煙が巻き上がり、地面に裂け目が刻まれるほどの凄烈な一閃だった。
遅れて重装と大盾が崩れ落ち、地面を響かせる。
「ぬかったか……!」
退避した魔法使いは歯噛みしつつ、すかさず魔法を構築。幾重にも魔法障壁を展開すると、続けて、火炎弾を乱射し妨害に転じる。さらに両手を掲げ、魔力を集中させた。
紺碧の光が瞬時に球状へと収束し、魔法障壁を展開しつつ、巨竜をも一撃で葬った必殺級の術式を高速で編み上げる。空気が焼け、周囲の草木が一瞬で青黒く炭化した。
旅人は片眉を上げて、一呼吸分、魔法使いの動作を予測する。地面を踏み砕き、抉り取った土砂を一気に巻き上げると、それを弾丸のごとく魔法使いへと撃ち放つ。火炎弾の弾幕を切り払いながら一直線に突進し、正面から障壁へと飛び込んだ。
「ば……か……な――」
次の瞬間、腹の奥から肉が焦げるような音が響き、必殺の魔法は呆気なく霧散した。魔法使いの目が驚愕に見開かれる。彼の胸を貫いていたのは、旅人の剣――。障壁ごと穿たれたその一撃は、抵抗の余地すら与えなかった。
「紙切れみたいな障壁だったな」
旅人はニヒルな笑みを浮かべ、ゆっくりと剣を引き抜く。魔法使いは膝をつき、崩れ落ちる。渾身の障壁も、必殺の術式も、栄達を経た自尊心も、すべては無惨に砕かれた。
だが旅人の表情に勝利の余韻はなく、熱が冷めるように色を失い、改めで周囲を一瞥。手元を見下ろすと、鋼鉄の剣はボロボロに砕け、破片が零れ落ちていった。
「高そうな剣だったのにな……もったいない。」
残念そうに呟くと、血と焦げの臭いが立ち込める戦場に背を向ける。黒い集団が息を潜めて去る方向へ、ちらりと視線を投げると、彼は何事もなかったかのように林の奥へと姿を消していった。
第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!
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