14 笑顔の下に潜む殺意——異世界人冒険者と旅人
大都市ノアから西へと延びる街道を辿ると、深い森林を抜けた先に、荒れ果てた大地が広がっていた。風に揺れるのは草花ではなく、岩山が点在する黒ずんだ瓦礫とひび割れた土壌ばかり。
十年前までは極彩色の花々が咲き乱れる楽園だったと語り継がれるその地は、魔導国との苛烈な戦争で血と魔力に穢され、死の谷と化した。今では人も寄りつかぬ緩衝地帯として、沈黙と荒涼の空気を漂わせている。
その緩衝地帯の一角に、豪奢な鎧や宝飾をまとった冒険者たちが陣取っていた。煌めく装備は荒野に不釣り合いで、彼らが振るう槍や剣は血飛沫に濡れている。
倒れ伏すのは牙や角を持つ魔獣たち。彼らは国の監視を嘲笑うかのように、魔導国との境界で密猟を繰り返し、戦争の残り香を養分とする獲物を狩っていた。
岩場の陰から、双角の馬に似た魔獣が、流れる絹糸のような毛並みを翻し、荒地を駆け抜けて逃げようとする。だが巨漢の冒険者が素早く背後から飛びかかり、腕力でその首を押さえ込んだ。暴れる魔獣の口へ、無理やり金属光を放つ魔法具の馬銜をねじ込み、歯をきしませながら噛ませていく。
「生け捕りと聞いた時には、面倒な仕事をと思ったが、案外楽なもんだな」
巨漢の冒険者が、荒縄で縛られた双角馬を見下ろしながら笑う。毛並みの美しさは泥にまみれてなお際立ち、荒い鼻息が地面の砂を巻き上げた。
「楽勝っすよ。しかも、こいつらは躾けられるそうですぜ。魔導国では使役獣を使った部隊もあるとか」
若い男が気楽に答える。目の前の馬型魔獣は観賞用とも聞くが、筋肉の盛り上がった肢体は鎧と鞍をつければ兵器にもなりそうだった。
「中世の西欧ならまだしも、異世界で騎馬部隊かぁ。チートで暴れる方が効率よくね?」
戦士風の男は肩を竦めると、虚空に手を伸ばし槍を取り出す。軽く放ったそれは空気を裂き、一拍遅れて軌道を変えると、岩山を疾風の勢いで粉砕した。崩れ落ちる岩の陰から、岩肌に紛れていた魔獣が呻き声を上げて倒れる。
「なんにせよ、楽して儲けるのが俺たちのモットー。密猟だか密輸だかわからねぇが、早く済ませて祝杯をあげようや」
火花の散るような笑い声が響いた、その時だった。
「密猟だ密輸だと、そう大きな声を出さないでもらいたいな」
いつの間にか、黒い外套を纏った一団が背後を固めていた。岩山を背に日陰と同化していたかのように音もなく現れ、冒険者達をぐるりと囲む。その中央から、ひときわ艶やかな、漆黒の仮面をつけた女が前に進み出た。
仮面の端から覗く肌は、磨き上げた黒曜石のように艶やかで、首筋から肩へと流れる線が息を呑むほど美しい。その黒い肌に映えるのは、丹念に編み込まれた金の髪。燦然と輝き、彼女の存在を神秘的に際立たせていた。
「……なんだ、あんたらか。約束よりもずいぶん早いじゃないか」
挑むような声音に、巨漢の冒険者がわざとらしく肩を揺らし、鎧を鳴らす。威嚇とも虚勢ともつかぬ笑みを浮かべつつ、仲間とともに女の一団へと歩み寄った。
冒険者達と黒衣の集団は、緩衝地帯の端、森林の影が濃くなるあたりへ移動する。すると、冒険者達は慣れた手つきで縄を解き、捕らえた双角の魔獣を引き渡し始めた。馬銜を噛まされ大人しくなった魔獣は、鼻を鳴らしながらもどこか諦めきった目をしていた。
「へっ、こいつは珍品だ。珍しい毛色に、この巨躯。隠し通すのも骨が折れるだろう?」
巨漢の冒険者がにやつきながら肩をすくめる。
「そうそう、黙っててやるのもタダじゃないっすよ。俺ら、口は硬いが、秘密を共有する友達は多いんでねぇ」
別の男も下卑た笑いを浮かべ、黒衣の足元を値踏みするように眺めた。仮面の下から漂う艶やかな気配を受けて、どこか下心めいた色さえ帯びている。
黒い仮面の女は微動だにせず、静かに低く、凛とした声が響く。
「黙っていてほしい、か。お前たちの小遣い程度のために、評議会の名を汚すのは惜しいがな」
「……評議会?」
その一言に、冒険者達の表情が一瞬だけ固まる。大都市ノアを牛耳る権力者たちの影が、仮面の奥にちらついた。
「勘違いするなよ。俺たちは冒険者だ。依頼があれば果たす。だが、踏み倒される筋合いはねぇ」
巨漢の男が不機嫌そうに唸り、仲間も武器の柄に手をかける。
異世界から召喚された彼らは、自分たちが特別であると疑わない。背に宿すのは傲慢と、他者を嘲る冷笑。黒衣の一団と冒険者達の間に、張り詰めた空気が漂いはじめた。
そこへ、草むらのざわめきに混じるように、ふいに一人の旅人が姿を現した。
長衣に縫い込まれた模様や腰に提げられた符具から、彼が魔導国の出身であることは明らかだった。だが、その佇まいは穏やかで、敵意の欠片も感じさせない。
「……失礼。少し道に迷いまして」
旅人は軽く頭を下げ、冒険者たちに近づいてきた。
巨漢の冒険者が肩を揺らし、豪快に笑った。
「ははぁ、そりゃ気の毒だな。ここらは獣道も入り組んでる。兄さん、あんた、緩衝地帯の近くまで来てしまったようだ。街道なら東の尾根を越えりゃ見えるぜ」
「なんと、緩衝地帯まで……本当に助かります」
旅人は礼を述べ、気楽な会話が続く。冒険者たちも悪びれず応じ、道中の地形や町の様子を楽しげに語った。
「ところで……皆さんは、こんな場所で何を?」
笑顔がわずかに固まった。
巨漢は大仰に鎧の肩を鳴らし、「これも仕事でな。街の奴らが迷い込まないか、たまに定期巡回してるんだ」と冗談めかして答えると、そのまま歩き出す。仲間たちも顔色を変えぬまま、軽口を交わしながら彼に続いた。
「おお、な、なるほど……」
旅人は一歩遅れて慌てて後を追う。
その間に、黒衣の集団が動いた。注意を向けられない隙を突き、馬銜を噛ませた双角の魔獣を連れ、森の奥へと足早に去っていく。ざらりと衣擦れの音を残し、姿は瞬く間に闇に紛れた。
巨漢は横目でちらとその影を見やり、息を整えた。仲間も互いに視線を交わす。――計ったように、黒衣どもは完全に離れた。
「さて、と」
巨漢は立ち止まり、ゆっくりと旅人に向き直る。
「街道の話はしたな。それで……あんた、一人旅か?」
陽気さを装った声音の奥に、探るような響きが潜む。
旅人はわずかに息を呑みながらも、少し照れたように笑みを浮かべた。
「ええ、一人旅です。気楽ではありますが、旅路が長いと時折、寂しくもなりますね。……でも、こうして声を掛けてもらえると嬉しいものです」
巨漢の冒険者が愉快そうに喉を鳴らす。
「はは、気楽だが寂しいか。贅沢なもんだな」
周囲を警戒していた斥候風の若い仲間も笑い、「気楽に見えても、荷物一つ背負うのも大変でしょ。雨でも降ったら骨だぜ」と軽口を叩く。
旅人は「確かに」と頷き、互いに旅の苦労を語り合うように会話は和やかに続いた。
だが、いつの間にか冒険者たちの歩調は変わり、旅人を取り囲む形となっていた。前後左右を塞がれ、彼は何かあったのかと足を止める。表情にわずかな不安が浮かんだが、すぐに笑みを張り付けるようにして肩をすくめた。
「皆さん、とても……心強いですね」
巨漢の冒険者が一歩前へ出る。鎧が重々しく鳴り、声が低く響いた。
「心強いか……そう見えるのなら、いいんだがな」
「え……?」
旅人は首を傾げた。最後の呟きが聞き取れなかった。聞き間違かと、あえて軽く返すその声に、冒険者たちの優しい笑みが場を和らげる。
しかし冒険者たちの手は、確かに武器へと伸びていた。腰の短剣、背の槍、弓弦を弾く指先。微笑みを崩さぬまま、ただ確実に殺意を形にしていく。
巨漢の冒険者が低く呟く。
「……やれ」
風を裂く刃音と同時、最も身軽な斥候役の男が短剣を閃かせ、旅人の胸を正確に狙った。
訓練された動き、ためらいのない突き――だが、プツリと鮮血が散ったのは斥候男の背。
その身体は腰のあたりから断ち切られて、滑らかに崩れ落ちた。
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