13 白磁の魔導書が未来を示す——少女に迫る二つの危機
気絶した布木たち三人を治療院へ運び入れたあと、ジョシュアとミカサは幻想図書館へと戻ってきた。
石畳を歩く靴音だけが夜気に響く。途中でセラに通信を入れると、案の定、烈火のごとく怒られた。
「え、私、都合のいい女じゃないんですけど?!」
ジョシュアは苦笑するしかなかった。そんなつもりはなかったが済まないとしか言えない。
「しかも魔導書絡みとか、私、共同任務じゃなかったっけ?」
反省の念が胸に迫って苦しい。
「まぁ、過ぎたことは仕方ないし?パートナーとしては許してあげなくもない」
器の大きい相棒で助かる思いだ。
「今度、市場区の人気店ビストログランデの絶品スイーツパフェでもおごりなさいよ!」
仰せのままに従う他ない。
「あ、あと、図書館のスタッフ共同冷凍庫にあったアイスは食べちゃったわ。ごちそうさま」
「……え、どうしてそうなった?!」
やりとりを思い返して呆けるジョシュア。
頭を振って気を取り直し、図書館の重厚な扉を押し開けた。
紙とインクの心地よい匂い。奥からメモリウスが微笑み、静かに迎える。
「おかえりなさい。どうやら無事のようですね」
「ああ、なんとか……。だが、少し厄介なことになった」
ジョシュアが簡潔に報告すると、メモリウスの視線は自然とミカサの周囲へと吸い寄せられる。
二冊の魔導書――閉じたまま、守護のように漂うその光景は、神秘と不穏が同居していた。
「なるほど……。ですがミカサさん、以前より顔色が良い。大丈夫、良い兆しです」
温かな声に、ミカサの緊張もわずかにほぐれた。
三人は奥の応接室に移り、紅茶の香りに包まれながら腰を落ち着けた。
近況の報告から始まり、話は水色の魔導書へと移った。
メモリウスは、その後も白紙の謎について文献を調べてくれていたようだ。
テーブルの上には、鉄製の魔導書や、発汗する魔導書、ボールの形をした魔導書が並べられていた。
いずれも中身は白紙だが、メモリウスが触れたり呼びかけると文字が浮かび上がる。あるものは「今、忙しいんで、話しかけないでもらえますか?」と意思表示する始末。
「反応があると、どのような魔導書か特定できるのですがね」
メモリウスは残念そうにつぶやいた。ミカサに貼り付く二冊は沈黙のまま、何の魔導書かは分からなかった。
「ですので、あれが役に立つと思いまして。少し拝借して参ります。」
しばしの沈黙ののち、メモリウスは椅子から立ち上がり、奥の書架へと姿を消す。
戻ってきたとき、彼の手には白磁でできた透き通った装丁の一冊が抱えられていた。
「これは……?」
ミカサが身を乗り出すと、メモリウスは大切にそれを机の上へ置いた。
「真言の魔導書。未来を予測する力を宿した、稀有な魔導書です。普段は一般公開してないんですよ」
「未来を……」
神秘的な白磁の一冊を眺めて、小さく息を呑む。
「はい。全てが見えるわけではありません。ただ、ある出来事の可能性を示唆し、言葉として記します」
メモリウスの説明に、ジョシュアは真剣なまなざしで引き継ぐ。
「つまり……敵の狙いを知る手掛かりになるかもしれない、ということだな」
「そうです。深き謎に一石を投じてみましょう」
メモリウスが低く呼びかけると、白磁の魔導書が淡く発光した。
静かに表紙が開き、バラバラとページが自動でめくられていく。
止まったところで、白紙だった紙面に黒い文字がひとりでに記されていった。
ペンもなく、誰の手も触れていないのに、まるで意思を持つかのように。
――空より零れし断章、ひとひらの頁を携えて
その輝きに魅かれし者、内に芽吹く変容をこそ称えよ
されど、無貌のものは少女を見つめ
深き証にと残滓を刻む
されば告げん、執着は二つに分かたれり
一つはノアの奥に、栄えを纏いて迫り来たり
一つは西の荒地に、静かなる影を根づかせん――
詩のように謳われた一文を目にし、部屋の空気が冷たく張り詰めた。
ミカサは思わず自分の胸を押さえ、ジョシュアは周囲を見回し、ミカサの魔導書へと視線を固定する。
「執着……」
ジョシュアが低く呟く。
「つまり、狙いは彼女自身だということか」
メモリウスが真言の所が書き記した内容について考察していく。
「”空から零れ落ちた断章”・・・ミカサさんの持つ、水色の魔導書を指していますね」
天から授かる知識、あるいは選ばれし者に与えられた神秘的な力。祝福や奇跡の象徴のようにも読み取れる。
「次に、”その輝きに魅かれし者、内に芽吹く変容をこそ称えよ”
これは、水色の魔導書に触れることで強い変化を得る。成長や進化を称えているようですな」
魔導書から漏れ出た黒煙に刺されてミカサは苦しんだ。この予言には、別の意味が隠されているのかもしれない。
「そして”無貌のものは少女を見つめ 深き証にと残滓を刻む”とあります。なんらかの存在がミカサさんを選び見守っている、いえ、注視しているということでしょうか」
ジョシュアの眉が動いた。
「恩寵や加護の類と見るには後半が物騒だ。文脈をたどると、無貌のものはミカサに執着している」
ーー誰が執着している?
思い当たる節はある。今日襲ってきた、三人の学生の1人が「あの方」と口にしていた。何者かが「空から降ってきた魔導書」の噂に興味を持ち、ミカサの魔導書を奪おうとしていると予想する。
ジョシュアは「あの方」が誰かわかるか?とミカサに聞くが、彼女自身、わからないようだ。
ミカサは、言葉を選ぶように、慎重に述べた。
「根拠はありませんが、・・・この暗示は、水色の魔導書とつながりがあると思います。誰が、なぜ私に執着しているか、調べることはできませんか?」
「真言の魔導書の力は、近い未来の出来事を抽象化して暗示することなので、ここから先は、自分で調べるしかないのです」
申し訳ありません、とメモリウスはミカサに頭を下げた。
その隣で、ジョシュアは考え込む仕草。
ミカサの言う通り、暗示と魔導書とは関係しているのだろうか。彼女の内面・過去・資質に、強く“何か”が反応しているということか?
水色の魔導書がミカサから離れない。魔導書がミカサに執着しているともいえる。群青色の魔導書もミカサのもとに降ってきた。ミカサは特定の魔導書に好かれている?いや、冗談はさておき……。
真言の魔導書が書き出した内容は、好意的にも受け取れるが、起きた事実と照らし合わせるとそうも言ってられない。
「どのような意図があるにせよ、魔導書があなたを選んだのかもしれません」
メモリウスは半ば断定し、ジョシュアは魔導書がミカサから離れない様子を見て、同意した。
「警戒を続けよう」と、ジョシュアがミカサの不安をやわらげようと励ました。
メモリウスがにこりと頷き、考察を続ける。
「後半の文章が気になります。大都市ノアといえば、ここです」
「あの三人組と関連していそうだ。彼らが、誰の指示で動いていたのか確認したい」
ミカサは静かにうなずいた。
「……私もそう思います。今思えば、布木さん達の後ろに別の誰かの意志を感じました。それに、西の荒地も気になります。」
ミカサの疑問にメモリウスが答える。
「西の荒地……魔導国との緩衝地帯のことですな。もう10年くらいでしょうか。魔導国と、我々人間勢力との間で領土紛争が起きた場所です。西の森林を抜けた先は荒地に変貌し、今は緩衝地帯とされています」
「危険な場所、なんですよね?」
「最近は異世界冒険者の領土侵入や、魔導国産の魔獣の密輸摘発が相次ぎ、魔導国側からは威力偵察部隊が組織されたと聞きます」
ジョシュアが引き継ぐ。
「ここ、交易都市ノアの戦力や様子を調べるために、あえて戦闘を仕掛けつつ偵察を行う部隊のことだ。つまり、「ただの偵察」よりも攻撃的かつ挑発的な行動をとる。魔導国がこの部隊を組織したという事は、「これ以上の挑発があれば、戦闘になる」という警告であり、危険な状態といえるな」
「そんなところから、何かが私に執着していると……」
「可能性の暗示、とはいえ……何かが動き出しているのは確かです。恐れすぎず、鈍感にもならず。あなた自身の感覚を信じてください。その上で、まずは状況を整えるためにも――お知り合いを預けた治療院へ行くのがいいでしょう」
すっかり冷めきった紅茶を見ながら、しばし三人は沈黙した。
やがてジョシュアが椅子を鳴らし、立ち上がる。
「そうだな。明日、治療院へ行って話を聞いてみよう。彼らが目を覚ましているかは分からないが、確かめる価値はある」
ミカサもまた椅子から身を起こし、水色の魔導書をそっと撫でた。
「はい、私も向き合わないと。弱気は損気!メモリウスさんありがとうございます」
彼女の気合いに、メモリウスは柔らかな笑みを浮かべた。
「お役に立てて光栄です。初めて出会ったときよりも、あなたはずっと力強くなった」
ミカサの頬にわずかな赤みが差した。彼女は視線を落とし、小さく頷く。
二冊の魔導書を従えるミカサと、彼女を支えるジョシュア。
真言の書が示した「執着」の正体を解き明かすため、彼らは治療院へ、そして西の魔導国緩衝地帯へ向かうことを決意する。
真言の魔導書が示した――未来に待つのは希望か、それともさらなる試練か。白紙の魔導書は、まだ何も語ってはいなかった。
第一章のあらすじや場面イメージをPixivに掲載!
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