プロローグ——まだ転生してない後輩諸君へ
異世界転生したら、まず何をすべきだと思う?
チートの確認? ステータス閲覧? それとも自分が誰に憑依したか鏡をチェック?
——笑わせんな。それは転生ガチャを当てた奴の自慢である。もはやマウントと言っていい。
まだ転生してない後輩諸君に伝えたい。
異世界転生なんて、この世界には吐いて捨てる程いるという事を!
バッドエンド回避でダイエットとか、魔力を鍛えるだとか。
見渡す限り転生者だらけの世界に爆誕したことがないから出来るんだ。
路地裏を駆けながら、揺れるお腹を手で押さえ。今日ほど境遇を呪ったことはない。
転生ってオギャーから始まるもんだと信じていた。
まさか、変顔の成人からスタートなんて聞いてない。
しかもこれと言って特技もなく、チートもない、この身が恨めしい。
なんだよチートが無いって。
おまけに俺は誰なんだ?
やりこんだラノベやゲームを思い出すこと数週間。
誰かに憑依してるかと期待したが、記憶は空っぽ変顔成長記。
つまりはモブ!
最近のモブは最弱でも最強らしいが、俺の場合はデブ!
筋力もなければ、才能も金もない。
これでスローライフなんて始めたら餓死するぞ。
もはや、チートを持ってないほうが珍しい世界だ。
「初めて話しかけられた村人Aは転生者でした」
なんて笑えるかよ!
串焼き屋のおばちゃんや、道端のガキンチョまで、ハロー・ワールドとか決め顔してくるんだ。
「言いたいよ俺も!」
さり気なく異能や魔法を披露してくるのが、これがまた妙に腹立たしい事この上ない。
くそう、俺には……いや、ある。
インベントリという名のアイテムボックスが。
どこぞの異次元ポケットみたいなやつだ。
始まりは、武器屋の店棚を取り込んだことからだった。
調子に乗って拾ったものを次々収集していたら、いつの間にか追いかけ回されていた。
片っ端から民家に入り、クローゼットや引き出しを開けすぎたのかもしれない。
ともかく逃げるのが先決。
目の前に荘厳な建物。隠れるにはうってつけだ。
わき目も振らずに外門に飛び込むと、俺は中に入って驚いた。
――これ、ぜんぶ、……本なのか。
壁も床も天井も、本。本。本。
何百冊、いや何千冊。人の声より、紙の匂いが支配している。
世界は、いつからか“物語”に支配されていると誰かが言った。
書かれた通りに人は生まれ、死に、恋をする。
——なんだよそれ。誰かに書かれた人生なんて、まっぴらだ。
……おかしい。
思考がずれる。
「これ……俺の、意識じゃない、ぞ」
目の前には、一冊の分厚い本が宙に浮いていた。
文字が読めないはずなのに、『禁書』の文字が脳裏をかすめる。
眠くなるように、身体が重い。
自分が、自分でなくなる感覚。
書架に踏み入れた時点で、俺は俺で……なくなった。
分厚い本は口を開けたように表紙を開き、見えない力で俺の存在を取り込んでいく。
白紙にはペンを滑らせるように、俺の半生が書き綴られた。
……誰か、俺のこと、書き換えるな——そう思ったのが最後。
その本はクツクツと装丁を揺らしながら俺を食べ切ろうと。ピタリと動きを止めた。近づく足音に聞き耳を立てるように、そろりと書棚に近づき息を潜める。
本は不意にこちらを向かって何かを吐き出した。
意識が薄れるような、スッキリするようなチグハグな混濁。
もう俺でない、俺が、俺を動かす。
上から下まで、その様を見て、満足そうに掻き消えた。
嗤ったのだろうか。




