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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「ずっこけ」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2025/07/19


落語声劇「ずっこけ」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (4:0:0)

      (3:1:0)【性別準拠人数比率】

      (2:2:0)

      (1:3:0)

      (0:4:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


熊五郎(くまごろう):居酒屋で酔いつぶれて、店にも家にも兄貴分にも迷惑をかける 

    しょうがない男。皆さん、お酒はほどほどに。


兄貴:熊五郎(くまごろう)の兄貴分。世話の焼ける弟分を介抱(かいほう)し、引きずって家まで

   連れていく。


お光(みつ):熊五郎(くまごろう)の女房。


店主:居酒屋の店主。いつまでも居座ってへべれけになってる熊五郎(くまごろう)を

   良く思ってない。


小僧(こぞう):居酒屋の小僧さん。

   酔いどれ熊五郎(くまごろう)に手を焼いている。




●配役例


熊五郎:

兄貴・店主:

お光・枕:

小僧:


【女店主(女将)の場合・※劇中での口調は適宜変えてください。

 枕は誰かが兼ねてください。】

熊五郎:

兄貴:

お光・店主:

小僧:



※注:劇中の熊五郎は終始泥酔してます。演じる際は忘れずに。




枕:皆さんは、日本酒はお好きでしょうか。

  日本酒の起源は古く、紀元前300~200年ころにはすでに、

  米を噛(か)んで唾液(だえき)に含まれる酵素(こうそ)で糖化(とうか)させる、口噛(くちか)み酒(ざけ)という原始的

  なものがあったそうです。それが奈良・平安時代に宮廷(きゅうてい)や寺院(じいん)で麴菌(こうじきん)

  を使った酒造(さけづく)りが普及(ふきゅう)し、室町(むろまち)の頃には京都を中心に民間(みんかん)で作られる

  ようになったわけです。そして江戸(えど)時代ともなると酒の消費量は爆増(ばくぞう)

  し、年間最大77万5千樽(せんたる)にも達(たっ)したわけであります。

  醸造(じょうぞう)技術の関係で、当時アルコール度数が4~5%しかなかったとは

  いえ、一人当たり年間約54リットルも呑(の)んでいたというんですから

  大変なもんでございます。

  当時の江戸(えど)の人口てのはかなり密度が高かったそうですから、そうな

  ると酒の飲み方、強さも十人十色(じゅうにんといろ)、様々な人がいらっしゃいます。

  見ていて面白(おもしろ)いのに壁塗(かべぬ)り上戸(じょうご)、鶏上戸(にわとりじょうご)なんてのがございましてね、

  「よぉよぉ、まず飲め飲め!」

  「いやいや、もう飲めない、もう今日はね本当に飲めない、

  もうたくさん!もう飲めない!いいいい!」

  てんで、手を左官屋(さかんや)がコテでもって壁を塗(ぬ)ってるように手を左右に

  振(ふ)る人を壁塗(かべぬ)り上戸(じょうご)、

  「まずまず、一献(いっこん)!」

  「おーっとっとっとっとっとっとっとっとっもぉ~~結構(けっこう)!」

  と鶏(にわとり)が鳴いてるみたいな声でもって、酌(しゃく)を受ける人の事を

  鶏上戸(にわとりじょうご)てんです。

  そういった陽気(ようき)なタイプの酔っぱらいなら見ていて微笑(ほほえ)ましいものが

  ありますが、中には人に迷惑(めいわく)を掛(か)けてはばからない、こんな酔っぱら

  いもいるようでございまして。


店主:おい、おい小僧(こぞう)、いいかげんで帰ってもらえ。

   ったく、いつまでいる気なんだよ。


小僧:へぇい。

   お客さん、お客さーん、そろそろもう上(あ)がりにしてくれませんか?


熊五郎:ぅ分かってんだよぅ、分かってんだよぉ。

    分かってるからもう一本持ってこぉい。


小僧:あのですね、さっきからもう一本もう一本って、徳利(とっくり)が林みたいに

   並んじゃってんですけどね。

   あの、もう周(まわ)りがみんな店を閉めてうちだけ開けてると怒られます

   から。


熊五郎:ぅんな事(こた)ァ言うなよゥ。酒飲みの気持ちをわかってくれよォなァ

    ?

    だからァもう一本。

    俺ァめったに頼まないんだからよゥ、だからほら拝(おが)んじゃう。

    拝(おが)んだことないんだほら、うん。

    みょうほうれんげーきょぅ~…。


小僧:そんなインドの仏様みたいな格好(かっこう)しても困るんですよ。

   それにもう火も落としちゃったんですから。


熊五郎:冷(ひ)やでいいよゥ、冷(ひ)やでェ。


店主:【店の奥から】

   バカ言うんじゃねえ。

   ったく、長居(ながい)しやがって。

   粋(いき)じゃねえな。

   持ってかねえって言え!


小僧:持って行きませんよ。


熊五郎:持ってこねえだってェ?

    いいよゥ?持って来ねえんだったら、おめえが持って来るまで

    俺ァ一晩中(ひとばんじゅう)ここ動かねえんだからァ。


小僧:困るんですよ、あたい寝らんなくなっちゃうじゃありませんか。

   ~~いま聞いてみますから。


   すいませーん、ご酒代(しゅが)わりもう一本だけ、

   冷(ひ)やでいいからなんとかお願いしたいんですけど…。


店主:っなに言ってやんでェ、最前からもう一本もう一本て…。

   永代橋(えいたいばし)んとこの注(つ)ぎ酒屋(ざかや)に来る、もう半分の爺(じい)さんみてえだな!

   ~~ほんとにあと一本だけだぞって、そう言っとけ!


小僧:へい、どうもすいません。

   よく申(もう)しておきますんで。


店主:ほら、持ってけ!


小僧:冷(ひ)や一本、お待ちどうさま。

   お客さん、本当にこの一本だけですからね。

   …お酌(しゃく)しましょうか?

   どんどん注(つ)ぎますからガブガブ呑(の)んで、早く楽になっちゃってくだ

   さいね。


熊五郎:ぅおぉい、なんでそう陰気(いんき)に持ってくんのお前ェ?

    もっとこう、陽気(ようき)に持って来いよ、陽気(ようき)にぃ。

    「へぇーい、ご酒代(しゅが)わり一丁(いっちょ)ォーう!」てなもんだ。

    それに、どんどんガブガブ呑(の)んで楽になれェ?

    言いやがったなこの野郎ォ。

    しかも「お酌(しゃく)しましょうか?」だァ?

    よしてくれやァ。冗談(じょうだん)言うなィ。

    酒は燗(かん)、肴(さかな)は気取(きど)り、酌(しゃく)は髱(たぼ)、綺麗(きれい)におけいけいした姐(ねえ)ちゃんが

    、白魚(しらうお)を並べたような五本の指で、徳利(とっくり)をこう斜(はす)っかに持ってね

    、はんぶん鼻にかかったような声でもって、

    「ねえぇあぁた、お酌(しゃく)をどうぞ」

    って言われりゃあ、おぅもらおうって気にもなるよォ?

    だのになんだぁおめぇその手はァ。

    ぜんぶ親指かァ?タラコ五本並べたような指ィしやがってェ。

    徳利(とっくり)わしづかみにして、「お酌(しゃく)しましょうか?」だってェ?

    酒がマズくなるじゃねえか。そんなのに注(つ)がれてたまるかィ。

    こっちによこせェ。

    「冷(ひ)やにはなまじ、酌(しゃく)は野暮(やぼ)」ってェんだよォ、よく覚えとけェ

    。お手酌(てじゃく)でけっこぉ、お手数(てすう)は煩(わずら)わせねえってなァ。

    んっ…んっ…ぷはーーっ!

    美味(うま)い!美味(うま)いなぁおい!

    こういう美味(うめ)ぇモンってなァ、誰が考えたんだろうなァ、ええ?


小僧:知りません。


熊五郎:あっそ。

    俺も知らねえんだぁーっはっはっは!!はぁ…。

    よぅし、おめぇもいっぱい、一杯いこぉ!


小僧:いえ、結構(けっこう)です。


熊五郎:んなこと言うなよぅ、男同士だ、一杯いこうじゃねえかぁ。


小僧:あたい、まだ子供ですから。


熊五郎:なぁに言ってやんでェ、子供だ子供だなんて言って油断(ゆだん)さしとい

    てェ、夜に家(うち)のモンが寝静(ねしず)まると船梯子(ふなばしご)かなんかトントンとつた

    って、樽(たる)のケツ抜いて盗み酒(ざけ)かなんかやってんだろおめぇ。

    「盗(ぬす)み酒(ざけ)と掛(か)けて義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)の道行(みちゆ)きと解(と)く、その心は

    静か(静御前)にただ呑(の)む(忠信)」

    【※()内は読まなくていいです。】

    てなぁどうだい。


小僧:【塩対応】

   さようでござんすか。


熊五郎:何をォ?


小僧:【塩対応】

   さようでござんすか。


熊五郎:殴(なぐ)るぞこの野郎ォ。

    俺ァ洒落(しゃれ)を言ってんだよ?

    よォよォ!とか、こんち憎(にく)いねぇ!かなんか言ってくれよおめぇ

    。さようでござんすかってな、俺ァおめえに小言(こごと)言ったり相談し

    たりしてるんじゃねえよ。

    なァに言いやがんでェ、ったく…んっ。

    お、そうだ。男の気持ちな、うん。

    「この酒を、止めちゃ嫌だよ酔わせておくれ、まさか素面(しらふ)じゃ

    言いにくい」ってなァっはっはっはァ!!


小僧:【棒読み&塩対応】

   …こんち憎(にく)いね。


熊五郎:このやろぉ、大人を弄(いじ)りやがって…ふざけんなァ。

    うーん…ん?お、こいつァなんだ。ヌタかぁ?

    いいね、箸休(はしやす)めになんかなくちゃいけねェ…んむ。


    退屈だなァ。どうだおめえ、都都逸(どどいつ)でも歌わねえか?


小僧:あたい、都都逸(どどいつ)なんかわかんないです。


熊五郎:大丈夫だよォ、俺が教えてやるよォ都都逸(どどいつ)なァ。

    人間がデキるからよく覚えとけェ。

    「明(あ)けの鐘(かね)、ゴンと鳴るころ三日月形(みかづきがた)の、櫛(くし)が落ちてる四畳半(よじょうはん)」

    なんてなァどうだおぃ。


小僧:あ、そうすか…。


熊五郎:おめえよォ、都都逸(どどいつ)の合(あ)いの手で、

    あ、そうすかァはねえだろォ?

    あ~コリャコリャとか、ヨイヨイくらいの事言わなきゃぁダメ!


    「あだ名(な)立膝(たてひざ)鬢(びん)掻(か)き上げて、忘れしゃんすな今のこと」

    なってなァイイだろォ!


小僧:【棒読み&塩対応】

   あーこりゃこりゃ。


熊五郎:…馬鹿にされてるようなもんだなこりゃァ。

    よォしわかった、おじさん一人でやってるから面白(おもしろ)くねェんだな

    。じゃ今度はおめぇに歌わしてやる。おめぇなんか歌え。


小僧:…あたい、歌うたえないもの。


熊五郎:歌えねえてことがあるかおめぇ。

    人間、上の顎(あご)と下の顎(あご)をガチガチぶつけるってえと、声が出てく

    るんだ。それに節(ふし)を付けりゃあ歌になんだよォ歌えィっ!

    歌わねえのかァ?

    歌わねえとォおじさん、一晩中(ひとばんじゅう)ここ動かねえぞォ。


小僧:そんな事されたら寝(ね)らんなくなっちゃうんです。

   ~~わかりましたよ、歌いますよ。


熊五郎:よォしおじさん聞いてやろォ。

    なに歌うんだァ?


小僧:じゃあ、夕焼け小焼け歌います。


熊五郎:ゆうやけこやけェ??

    あの、カラスと一緒に帰りましょってやつ?

    よせやい、あんまり酒呑(さけの)みながら聞く歌じゃねえやぁ。

    よし、今度ァおめえにわかる歌ァ歌ってやっからよぅ。

    いいかァ良く聞けェこら。

    「正月こようが盆がこよがァ~!」


小僧:あぁあぁ、そんなに大きな声で歌われると困ります…!


兄貴:おう、ごめんよ。


小僧:あっ、すいません、今日はもう看板(かんばん)なんでございます。

   このお客さんだけ一人残っちゃったんです。


兄貴:ああ、俺ァ客じゃねえ。

   そいつのツレだ。探しに来たんだよ。


小僧:そうですか!

   ありがとうございます、お願いします。

   もうぐでんぐでんになってて。


兄貴:あぁあぁ、こんなになっちまいやがって。

   おいっ、熊(くま)っ!

   おい熊(くま)ッ!


熊五郎:あぁ、何でェ?くまくまって…。

    やろォ、動物園じゃねえんだぞォ。

    熊様(くまさま)とか熊君(くまくん)とか、熊閣下(くまかっか)、熊大明神(くまだいみょうじん)はこれにーー


兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】

   なに言ってやんでェまったく。

   おいッ、俺だよ、熊公(くまこう)!


熊五郎:んォ?…おっ、来てくれたの兄(あに)ぃ!

    めでてぇなァ!

    めでためでたのォ若松様(わかまつさま)よォ~まァ一杯、一杯…!


兄貴:なに言ってんだおい、よせよ。

   店じまいできなくて困ってんじゃねえか。

   俺ァおめえを捜(さが)しに来たんだ。

   家に行ったらかみさんだけでおめえがいねえ。

   湯に行くって出たっきり戻って来(こ)ねえってんで、

   二、三軒のぞいてやっとここだよ。

   ほら帰るぞ。小僧(こぞう)さん見ろ、眠そうな顔してじゃねえか。

   明日また早くから使われるんだからよ。んな事くれえ分かんだろが

   。いいから帰るぞ。


熊五郎:おぉ、おぉう帰るゥ…帰るって、なんだよォ。


兄貴:仕事の話が来てんだよ。


熊五郎:仕事なんざぁァいいっ、俺ぁぁここでェ呑(の)むっ。


兄貴:なに言ってやんでェ。

   おめえのかみさんが酒の支度(したく)して待っててくれてんだぞ。


熊五郎:やだよぅ、冗談(じょうだん)言うねィ。

    うちのかかあなんざァ、のべつ同じ顔して迎(むか)えやがるんだ。

    たまには顔変えろってんだ、えぇ?


兄貴:顔が変わるかよ。


熊五郎:それだよ、変えろっつってんだよ俺ァ。

    変えるんだよゥ。

    変わらねえからあの野郎ォ面白(おもしろ)くねえんだ。

    かかぁのふくれっツラぁ見てるくれぇなら、

    表(おもて)ェ出てた方がまだいいよ。


兄貴:んな事(こと)言うんじゃねえ。

   俺ァおめえを連れてくるっつってんだよ。

   腕ずくでもしょっ引(ぴ)いてくぞ。


熊五郎:ほぉぉえれェなァ。

    なんだァ、しょっ引(ぴ)くゥ?おうしょっ引(ぴ)いてもらおうじゃねえか

    。なに言いやんでェ、兄(あに)ぃ兄(あに)ぃっていい気になりやがってェ。

    おもて出ろってんだ!


兄貴:おやこの野郎、やろうってのかてめェは…!

   ようしおもて出ろッ!


熊五郎:ぉぉう…強いねおぉい…、じゃぁ謝(あやま)ろう。


兄貴:なんでェまったく…ほら、行くぞ。


熊五郎:ぅわかったよぅ、行くんだよォ。

    生涯(しょうがい)ここにいるわけじゃないんだ、

    朝までいるつもりもないんだよゥ。


兄貴:あぁいいから、ほら、早く勘定(かんじょう)はらえ。


熊五郎:勘定(かんじょ)ォはァ…ないっ。


兄貴:何をォ?


熊五郎:勘定(かんじょ)ォはァァ…ないっっ。


兄貴:この野郎…銭(ぜに)もねえのに呑(の)んでたのかよ!


熊五郎:呑(の)むつもりじゃなかったんだよゥ。

    湯から出て来て肩にポーンと手ぬぐい掛(か)けてここの前通ったら、

    このバカいい声してやんだ。マズいツラぁしてるってのによゥ。

    「いらァァァァァァッ、しゃァァァァァァああいッッ」

    なんての聞いたらよぅ、ふらふら~っと店ェ入っちまった。

    大神宮(だいじんぐう)さんの下なんてなァいちばんいい席だ。

    そこに鎮座(ちんざ)ましまして二、三本飲んだところで、

    あ、俺ァお足(あし)がねえんだって気が付いたんだァ。

    今さら銭(ぜに)がねえなんて、言えねえでしょォ?、

    だからアレ持ってこォい、コレ持ってこォいってやって呑(の)んでる

    うちに、誰か知った野郎が援軍(えんぐん)に来るだろうと。

    その援軍(えんぐん)野郎に払ってもらおうと思ってたら、ぜぇんぜんこねえ

    。

    あぁ援軍(えんぐん)来(き)たらずかァ、いよいよ俺ァこの店で年を取っちゃうん

    だなあって思ってたら、兄(あに)ぃが来てくれたねェ。

    よく来てくれた兄(あに)ィ!

    すまねえけど、ちょいと勘定(かんじょう)払っておくんねェ。

    頼むっ、俺ァめったに拝(おが)まねえんだァ、

    だからほら、拝(おが)んじゃう。

    んんん~~みょうほうれんげーきょぅ~…。


小僧:さっきこの人、そうやってインドの仏様みたいな格好(かっこう)して拝(おが)んでま

   したよ。


熊五郎:余計(よけい)なことォ言うなィこんちきしょう!


兄貴:ったく、しょうがねえ野郎だな…わかったわかった。

   小僧(こぞう)さん、勘定(かんじょう)は俺が立て替(か)えとくから。

   いくらだ?


小僧:あ、はい。

   あの…昼間からずっと呑(の)み続けてましたんで、これくらいには…。


兄貴:はァ!?そんなに!?

   恐ろしく呑(の)みやがったなこいつは。うわばみみてえな野郎だな!

   昼間っから看板(かんばん)まで呑(の)んだくれやがって!

   しょうがねえ…これで頼むよ。


小僧:えっ!これ、多いですよ?


兄貴:いいよいいよ、おめえにも迷惑かけちまったからな。

   釣(つ)りはいらねえ、とっときな。

   後でなんかうめえもんでも買って食いな。


小僧:いただけるんですか!?

   【元気よくのばして】

   毎度(まいど)ありがとォォォうござァァァァァい!


熊五郎:んなぁぁにを言いやがんでェこのやろォ。

    いままで俺の相手してツンツンツンツンしてやがったてのに、

    釣りやるってなったら、威勢(いせい)よくなりやがってェ。

    いまの釣(つ)りの分だけェ酒もってこォい!


兄貴:おい熊(くま)…いい加減(かげん)にしとけ。


熊五郎:ッ冗談(じょうだん)だよォう冗談(じょうだん)。

    じゃ小僧(こぞ)ォ、おじさん帰るからなァ。

    その釣(つ)りでもって、何かうめえもんでも買って食え!

    余(あま)ったら土地でも買え!


兄貴:ったく、ほら、行くぞ。


熊五郎:あぁ待って兄(あに)ィ。

    最後の一杯がァ残ってる。

    残しちゃあァもったいないっ。呑(の)んじゃう。

    米ェ残しても酒のこすなってんだから…

    んっ、んっ……ぱはぁーーーっ。

    あっ残ったヌタぁ食っちゃお。


兄貴:いいよそんなもの!


熊五郎:だってよぅ、残ったやつこの店でまた明日出すといけねえ。


兄貴:そんなことするわけねえだろ!

   ひと昔前にあった食材使い回し騒(さわ)ぎじゃねえんだ!


熊五郎:【あんまり聞いてない】

    あぁぁ、つめてえ風にあたって心持(こころも)ちがいいなァこらァ。

    あぁははァァのはァァ!

    ちゃちゃんちゃちゃんちゃちゃん~♪


兄貴:ッ静かにしねえか!

   世間(せけん)様はみなさんお休みになってんだぞ!


熊五郎:あぁーすいませんっ、いつもご厄介(やっかい)かけてェすいませんねェ兄(あに)ぃ

    。

    あ、兄(あに)ィの前だけどもよォ、銭(ぜに)がねえで酒呑(さけの)むってのは、

    酔わねえもんだね。ほら、あんまり酔ってねえでしょ。

    ね、ちょっと呑(の)みなおしをしよう呑(の)みなおしをォ。


兄貴:それだけ呑(の)んでりゃ十分(じゅうぶん)だろうが。


熊五郎:いやいや呑(の)むんだよゥ、兄(あに)ぃと久(ひさ)しぶりじゃねえか。

    ちょいっと寄(よ)ってこ、ちょいっと。

    そこの店でェいっぱいやってこォ!


兄貴:おめえな、こんな所に酒があるわけねえじゃねえか。


熊五郎:ねえ事ァねえよォ、徳利(とっくり)がずーーーっと並んでんじゃねえかァ。


兄貴:あのな、よく見ろ。

   ここは瀬戸物屋(せとものや)だ。


熊五郎:あ、瀬戸物屋(せとものや)…瀬戸物屋(せとものや)じゃお酒はございませんねェ…。

    おっ夜分(やぶん)御苦労(ごくろう)さまです!おっ!よォっ!

    【↑二、三度敬礼している】


兄貴:何やってんだおめえ。


熊五郎:何やってって…挨拶(あいさつ)してんだよゥ、兵隊さんに。


兄貴:バカ野郎、ありゃ仁丹(じんたん)の広告だ。


熊五郎:なんだあ、仁丹(じんたん)か…。

    人の仁丹(じんたん)(心胆)を寒(さむ)からしめる、ってなあぁーはぁはぁは!!

    あ、ちょっちょっちょっと、兄(あに)ぃ!


兄貴:なんだよ。


熊五郎:おしっこおしっこ。しっこしっこ。


兄貴:…そのへんでやっちまえよ。


熊五郎:そういう事言わねえでおくれよォ兄(あに)ぃ。

    そのへんでやっちまえって、どうしてそういう事言うんだよォ。

    犬だってそこに何かなきゃやりにくいって、こう言ってんだよ?

    まして万物(ばんぶつ)の霊長(れいちょう)たる人間様(にんげんさま)、何かそこになきゃよゥ。


兄貴:~~ったく、うるせえな。

   じゃそこんとこの塀(へい)があるから、そこでしろ。


熊五郎:塀(へい)ィ?囲(かこ)い。

    囲(かこ)いがあるよ、へ(塀)ェ~っての、知ってるよォ。


兄貴:えらくないよ。


熊五郎:えらくないよォ、知ってるっつうだけだよォ。

    何がえれえっつったよ俺ァ。

    なに言ってやんでェ。


兄貴:ったく、絡(から)むんじゃねえよ。


熊五郎:絡(から)みたくもなるじゃねえかァ。

    っとと…。


兄貴:おい大丈夫か?

   腰(こし)んとこ支(ささ)えててやる。手間(てま)のかかる野郎だ。


熊五郎:大丈夫かって、大丈夫だよ兄(あに)ぃ。

    生まれて初めてしょんべんするわけじゃねえ。

    朝に晩(ばん)にやってんだァ。

    ガキの頃(ころ)なんざァ、寝てやる時だってあったくれェだあ。

    今だって風呂(ふろ)の中でーー


兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】

   よせよおい汚(きた)ねえな!

   はやくしろ!


熊五郎:ぅ分かってるよゥ、分かってるっ…。

    ふぅ…んん~…

    ♪~♪♪~~【何か適当に鼻歌】


兄貴:歌うたえってんじゃないんだよ。

   しょんべんしろってんだよ!


熊五郎:分かってんだよォ!

    ぁ~前、兄ぃ、前まくって。


兄貴:自分でやれよそれくらい!


熊五郎:自分でって、両手ェ壁(かべ)についてんだからまくれっこねえじゃねえ

    か。

    まくってくんなきゃ、いいよ、朝までこうやってるよォ。

    【大声で】

    ンンまくってくれェェェ!!!


兄貴:~~ったくしょうがねえな!

   いったん手ェ離(はな)すぞ!

   っとォ!


   ほら、早くしろ。


熊五郎:ぁ~~、号令(ごうれい)かけてくんねえかい兄(あに)ぃ。


兄貴:なに、号令(ごうれい)?


熊五郎:しーこいこいっ、ての。


兄貴:ッバカなこと言えるか!いい年こいて!

   あかんぼじゃねえんだぞ!


熊五郎:じゃいいよ。

    朝までこうやってるからよゥ。


兄貴:悪い野郎だなこいつはったく!

   ~~ししししっ、しっ、しっ、こいこいこいこいっ。

   しっ、こいっ。


熊五郎:おぉぉい邪険(じゃけん)にやらねえでくれよォ兄(あに)ぃ。

    それじゃ出かかってたやつがぴゅっぴゅって止まっちまうじゃね

    えかァ。

    長く優(やさ)しく、しぃぃこいこいこい、ワンワンこいこいこいこい、

    坊やいぃこいぃこいぃこいぃこっ。


兄貴:~~ったくこの野郎は…!

   誰か来(こ)ねえだろうな…やだなァおい。

   見られちまったら明日っから町内歩けねえよ、ったく…。


   【最初の時より丁寧に】

   しぃ~こいこいこいこいっ。

   ワンワンこいこいこいこい、

   坊やいぃこいぃこいぃこいぃこっ。


熊五郎:おぉ出た出た出た出たっ。

    兄(あに)ぃはしょんべん出しの名人だ。

    名人は上手(じょうず)の上の人だァ。

    ぅ~~~~~んん………。


兄貴:うなってやがる。

   大丈夫か?


熊五郎:~~もうダメだ。


兄貴:何がダメなんだよ。


熊五郎:…しょんべんが横っぱらから漏(も)れちまった。


兄貴:冗談(じょうだん)じゃねえな!

   っておい、ふんどし外(はず)してねえじゃねえか!


熊五郎:ぁっそれだ!それ!

    横っぱらから漏(も)れるわけねえって思ってたんだ。

    ぁ~~ふんどしから下ァみんなしょんべんだ。

    俺の倅(せがれ)がァ温泉につかっちまった。

    あ~この温泉は草津(くさつ)…


兄貴:何くだらねえこと言ってんだおい。


熊五郎:温泉入って…


兄貴:おい大丈夫か?


熊五郎:大丈夫だよォんなものォ!

    あぁ~しょんべんだらけになっちまったぁんもぉ…

    【体のあちこち二、三度はたいている】


兄貴:汚(きた)ねえなおい!


熊五郎:汚(きたな)くねえよゥ!

    てめえで呑(の)んだんだ。俺の身体(からだ)ァ通った酒だと思やぁ、屁(へ)みてえ

    なもんだァ。

    【できれば適当(てきとう)にふしをつけて】

    うちにぃ帰ってェ、かかあにィ、しょんべんの始末(しまつ)をォ、

    させよっ、とォ!

    おぉい、待ってくれよォ兄(あに)ぃ。


兄貴:なんだ、またしょんべんか?


熊五郎:今度はうんこだァ。


兄貴:殴(なぐ)るぞこの野郎!

   ったく、このっ!

   ッ!

   【熊五郎のえりがみをつかまえて引きずって歩きだす】


熊五郎:ふぇあ?


兄貴:ふぇあ?じゃねえこんちきしょう!

   舌噛(したか)むといけねえから、何か喋(しゃべ)るんじゃねえぞ!


熊五郎:ぉぉおぁあ~~~………


兄貴:ッ、ッ、ッ!

   【戸を叩く】

   おうッ、いま帰(けえ)った帰(けえ)った!


お光:はァ~~い!


兄貴:はいじゃない、開けろ開けろ!

   ~~っしょッとォ!


お光:あらぁ兄(あに)さん、すいませんねえ。

   それで、どこにいたんです?


兄貴:どこって、最初おめえ湯屋(ゆや)に行ったって言うから見に行ったけど

   いねえ。

   それで通りそうなとこ目星(めぼし)付けて探して歩いてたら、角(かど)の居酒屋に

   いやがったよ。

   ったく、そこでもってべろんべろんに酔っぱらったあげく、

   小僧(こぞう)相手にクダぁ巻いて、周(まわ)りに迷惑(めいわく)かけてやがった。

   おまけにお足(あし)がねえから払えねえってんで、俺が立て替(か)えといて

   やったよ。


お光:まあ、どうもすいません。


兄貴:んなこたぁどうでもいいよ。

   帰る途中(とちゅう)でしょんべんだのうんこだのって、始末(しまつ)が悪(わり)ぃよったく!  


お光:すみませんほんとに…。

   こんなになっちゃってほんとにしょうがないね。

   まぁ子供がいないからいいって言ったらそれっきりだけど、

   酔っぱらって帰ってくるともう始末(しまつ)が悪いの。

   言ったってダメなのよ。

   ああ言えばこうだって言うでしょ。

   すぐ寝るかと思ったら寝なくて、布団(ふとん)にあたし引きずり込(こ)んで

   変な形(かたち)取らせようとして、なんか色んなことするでしょ。

   まぁそれもおもしろいけど…


兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】

   いやくだらねえこと言うなよ!


お光:まぁぁほんとにあたしもね、愛想(あいそ)もこそも尽(つ)き果(は)てる時があるのよ

   。

   もう別れちゃおうかと思う時もあるのよ。

   だけどね、そうじゃない時、また親切な時もあるのよ。

   「すまねえ俺が悪かった、こういう癖(くせ)だから勘弁(かんべん)してくれ。

   お前がいるから俺はちゃんともってんだ。本当にお前の為なんだか

   ら我儘(わがまま)も言うけど勘弁(かんべん)してくれ。お前が何よりなんだから。」

   て事をあたしの耳のそばでもっていろいろ言うでしょ。

   それで順に順に攻められるとあたしだって女だからつい燃え上がっ

   ちゃって…


兄貴:張(は)り倒(たお)すぞこの野郎。

   てめえの亭主(ていしゅ)のしょんべんの始末(しまつ)させるようなのが、今さら燃えて

   もなにもねえもんだよ。


お光:わかってるよ!

   んもぅくどいけどさ、子供がいないからいいようなものだけどもさ

   、一緒になって七年よ?

   毎晩呑(まいばんの)んでくるの、こないだ初めて分かったのよ。


兄貴:?おい、ちょっと変な話だな。

   お前、七年一緒にいて毎晩呑(まいばんの)んでくるのが初めてこないだ分かった

   ってのはどういうことなんだよ。


お光:こないだ初めて素面(しらふ)で帰ってきたのを見たのよ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

五街道雲助(六代目)



※用語解説


・永代橋(えいたいばし)

東京都隅田川に掛かる橋。


・もう半分

古典落語【もう半分(別名:五勺酒(ごしゃくざけ))】の事。


・注(つ)ぎ酒屋(ざかや)

酒屋の一形態で、客が持参した徳利に酒を量り売りする形式を指す。

特に「もっきり」と呼ばれる、升にあふれるほどに酒を注ぐスタイルは、

江戸の居酒屋文化を象徴するものだったという。


・酒は燗(かん)、肴(さかな)は気取(きど)り、酌(しゃく)は髱(たぼ)

温めた日本酒(燗酒(かんざけ))を、刺身などの気の利(き)いた肴(さかな)と共に、

若い女性の酌(しゃく)で楽しむのが良い、という意味。


・義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)

人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)および歌舞伎(かぶき)の演目のひとつ。

源平合戦(げんぺいかっせん)後の源義経(みなもとのよしつね)の都落(みやこお)ちをきっかけに、実は生き延びていた平家の

武将達とそれに巻き込まれた者達の悲劇を描(えが)いたもの。


・こんち憎いね

調べたのですがいろいろ説があって、これと思われるのがない。

こんち→江戸弁で「すごく」「とても」などの強調語

または広辞苑でこんにち(今日)の略


とても憎らしいねェ!もしくは、こんちきしょう憎いねェ!が縮まったも

のと個人的に考える。


・ヌタ

一般的に味噌、酢、砂糖などを混ぜ合わせた「酢味噌」で和えた料理。

野菜や魚介類を一般的にあえる。


・都都逸(どどいつ)

都々逸(こっちが一般的だが、なろうのフリガナ機能の性質上、都都逸を

使ってます。)

7・7・7・5の26文字で構成される日本の短詩型文芸で、俗曲の一種

でもある。

江戸時代に生まれ、男女の情愛や世相(せそう)などを表現するのに用いられた。


・お足(あし)

お金、特に小銭を意味する言葉。

女房詞(にょうぼうことば)の一つで、丁寧(ていねい)な言葉遣いを好む宮廷の女性達が使っていた

言葉が一般化したもの。


・仁丹(じんたん)

森下仁丹(もりしたじんたん)株式会社が製造・販売する口中清涼剤(こうちゅうせいりょうざい)で、16種類の生薬(しょうやく)を配合

した小さな銀色の丸薬。口臭予防や気分不快、二日酔い、乗り物酔いなど

に効果があるとされている。誕生したのは明治38年。


・心胆(しんたん)を寒(さむ)からしめる

非常に恐ろしくて、身の毛がよだつような、心と肝(きも)を冷えさせるという

意味で、深い恐怖や戦慄(せんりつ)を覚える様子をあらわす。





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