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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「ずっこけ」

作者: 霧夜シオン


落語声劇「ずっこけ」


台本化:霧夜シオン


所要時間:約25分


必要演者数:4名

      (0:0:4)

      (3:1:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物


熊五郎くまごろう:居酒屋で酔いつぶれて、店にも家にも兄貴分にも迷惑をかける 

    しょうがない男。皆さん、お酒はほどほどに。


兄貴:熊五郎くまごろうの兄貴分。世話の焼ける弟分を介抱かいほうし、引きずって家まで

   連れていく。


みつ熊五郎くまごろうの女房。


店主:居酒屋の店主。いつまでも居座ってへべれけになってる熊五郎くまごろう

   良く思ってない。


小僧こぞう:居酒屋の小僧さん。

   酔いどれ熊五郎くまごろうに手を焼いている。




●配役例


熊五郎:

兄貴・店主:

お光・枕:

小僧:


【女店主(女将)の場合・※劇中での口調は適宜変えてください。

 枕は誰かが兼ねてください。】

熊五郎:

兄貴:

お光・店主:

小僧:



※注:劇中の熊五郎は終始泥酔してます。演じる際は忘れずに。




枕:皆さんは、日本酒はお好きでしょうか。

  日本酒の起源は古く、紀元前300~200年ころにはすでに、

  米をんで唾液だえきに含まれる酵素こうそ糖化とうかさせる、口噛くちかざけという原始的

  なものがあったそうです。それが奈良・平安時代に宮廷きゅうてい寺院じいん麴菌こうじきん

  を使った酒造さけづくりが普及ふきゅうし、室町むろまちの頃には京都を中心に民間みんかんで作られる

  ようになったわけです。そして江戸えど時代ともなると酒の消費量は爆増ばくぞう

  し、年間最大77万5千樽せんたるにもたっしたわけであります。

  醸造じょうぞう技術の関係で、当時アルコール度数が4~5%しかなかったとは

  いえ、一人当たり年間約54リットルもんでいたというんですから

  大変なもんでございます。

  当時の江戸えどの人口てのはかなり密度が高かったそうですから、そうな

  ると酒の飲み方、強さも十人十色じゅうにんといろ、様々な人がいらっしゃいます。

  見ていて面白おもしろいのに壁塗かべぬ上戸じょうご鶏上戸にわとりじょうごなんてのがございましてね、

  「よぉよぉ、まず飲め飲め!」

  「いやいや、もう飲めない、もう今日はね本当に飲めない、

  もうたくさん!もう飲めない!いいいい!」

  てんで、手を左官屋さかんやがコテでもって壁をってるように手を左右に

  る人を壁塗かべぬ上戸じょうご

  「まずまず、一献いっこん!」

  「おーっとっとっとっとっとっとっとっとっもぉ~~結構けっこう!」

  とにわとりが鳴いてるみたいな声でもって、しゃくを受ける人の事を

  鶏上戸にわとりじょうごてんです。

  そういった陽気ようきなタイプの酔っぱらいなら見ていて微笑ほほえましいものが

  ありますが、中には人に迷惑めいわくけてはばからない、こんな酔っぱら

  いもいるようでございまして。


店主:おい、おい小僧こぞう、いいかげんで帰ってもらえ。

   ったく、いつまでいる気なんだよ。


小僧:へぇい。

   お客さん、お客さーん、そろそろもうがりにしてくれませんか?


熊五郎:ぅ分かってんだよぅ、分かってんだよぉ。

    分かってるからもう一本持ってこぉい。


小僧:あのですね、さっきからもう一本もう一本って、徳利とっくりが林みたいに

   並んじゃってんですけどね。

   あの、もうまわりがみんな店を閉めてうちだけ開けてると怒られます

   から。


熊五郎:ぅんなこたァ言うなよゥ。酒飲みの気持ちをわかってくれよォなァ

    ?

    だからァもう一本。

    俺ァめったに頼まないんだからよゥ、だからほらおがんじゃう。

    おがんだことないんだほら、うん。

    みょうほうれんげーきょぅ~…。


小僧:そんなインドの仏様みたいな格好かっこうしても困るんですよ。

   それにもう火も落としちゃったんですから。


熊五郎:やでいいよゥ、やでェ。


店主:【店の奥から】

   バカ言うんじゃねえ。

   ったく、長居ながいしやがって。

   いきじゃねえな。

   持ってかねえって言え!


小僧:持って行きませんよ。


熊五郎:持ってこねえだってェ?

    いいよゥ?持って来ねえんだったら、おめえが持って来るまで

    俺ァ一晩中ひとばんじゅうここ動かねえんだからァ。


小僧:困るんですよ、あたい寝らんなくなっちゃうじゃありませんか。

   ~~いま聞いてみますから。


   すいませーん、ご酒代しゅがわりもう一本だけ、

   やでいいからなんとかお願いしたいんですけど…。


店主:っなに言ってやんでェ、最前からもう一本もう一本て…。

   永代橋えいたいばしんとこの酒屋ざかやに来る、もう半分のじいさんみてえだな!

   ~~ほんとにあと一本だけだぞって、そう言っとけ!


小僧:へい、どうもすいません。

   よくもうしておきますんで。


店主:ほら、持ってけ!


小僧:や一本、お待ちどうさま。

   お客さん、本当にこの一本だけですからね。

   …おしゃくしましょうか?

   どんどんぎますからガブガブんで、早く楽になっちゃってくだ

   さいね。


熊五郎:ぅおぉい、なんでそう陰気いんきに持ってくんのお前ェ?

    もっとこう、陽気ようきに持って来いよ、陽気ようきにぃ。

    「へぇーい、ご酒代しゅがわり一丁いっちょォーう!」てなもんだ。

    それに、どんどんガブガブんで楽になれェ?

    言いやがったなこの野郎ォ。

    しかも「おしゃくしましょうか?」だァ?

    よしてくれやァ。冗談じょうだん言うなィ。

    酒はかんさかな気取きどり、しゃくたぼ綺麗きれいにおけいけいしたねえちゃんが

    、白魚しらうおを並べたような五本の指で、徳利とっくりをこうはすっかに持ってね

    、はんぶん鼻にかかったような声でもって、

    「ねえぇあぁた、おしゃくをどうぞ」

    って言われりゃあ、おぅもらおうって気にもなるよォ?

    だのになんだぁおめぇその手はァ。

    ぜんぶ親指かァ?タラコ五本並べたような指ィしやがってェ。

    徳利とっくりわしづかみにして、「おしゃくしましょうか?」だってェ?

    酒がマズくなるじゃねえか。そんなのにがれてたまるかィ。

    こっちによこせェ。

    「やにはなまじ、しゃく野暮やぼ」ってェんだよォ、よく覚えとけェ

    。お手酌てじゃくでけっこぉ、お手数てすうわずらわせねえってなァ。

    んっ…んっ…ぷはーーっ!

    美味うまい!美味うまいなぁおい!

    こういう美味うめぇモンってなァ、誰が考えたんだろうなァ、ええ?


小僧:知りません。


熊五郎:あっそ。

    俺も知らねえんだぁーっはっはっは!!はぁ…。

    よぅし、おめぇもいっぱい、一杯いこぉ!


小僧:いえ、結構けっこうです。


熊五郎:んなこと言うなよぅ、男同士だ、一杯いこうじゃねえかぁ。


小僧:あたい、まだ子供ですから。


熊五郎:なぁに言ってやんでェ、子供だ子供だなんて言って油断ゆだんさしとい

    てェ、夜にうちのモンが寝静ねしずまると船梯子ふなばしごかなんかトントンとつた

    って、たるのケツ抜いて盗みざけかなんかやってんだろおめぇ。

    「ぬすざけけて義経千本桜よしつねせんぼんざくら道行みちゆきとく、その心は

    静か(静御前)にただむ(忠信)」

    【※()内は読まなくていいです。】

    てなぁどうだい。


小僧:【塩対応】

   さようでござんすか。


熊五郎:何をォ?


小僧:【塩対応】

   さようでござんすか。


熊五郎:なぐるぞこの野郎ォ。

    俺ァ洒落しゃれを言ってんだよ?

    よォよォ!とか、こんちにくいねぇ!かなんか言ってくれよおめぇ

    。さようでござんすかってな、俺ァおめえに小言こごと言ったり相談し

    たりしてるんじゃねえよ。

    なァに言いやがんでェ、ったく…んっ。

    お、そうだ。男の気持ちな、うん。

    「この酒を、止めちゃ嫌だよ酔わせておくれ、まさか素面しらふじゃ

    言いにくい」ってなァっはっはっはァ!!


小僧:【棒読み&塩対応】

   …こんちにくいね。


熊五郎:このやろぉ、大人をいじりやがって…ふざけんなァ。

    うーん…ん?お、こいつァなんだ。ヌタかぁ?

    いいね、箸休はしやすめになんかなくちゃいけねェ…んむ。


    退屈だなァ。どうだおめえ、都都逸どどいつでも歌わねえか?


小僧:あたい、都都逸どどいつなんかわかんないです。


熊五郎:大丈夫だよォ、俺が教えてやるよォ都都逸どどいつなァ。

    人間がデキるからよく覚えとけェ。

    「けのかね、ゴンと鳴るころ三日月形みかづきがたの、くしが落ちてる四畳半よじょうはん

    なんてなァどうだおぃ。


小僧:あ、そうすか…。


熊五郎:おめえよォ、都都逸どどいついの手で、

    あ、そうすかァはねえだろォ?

    あ~コリャコリャとか、ヨイヨイくらいの事言わなきゃぁダメ!


    「あだ立膝たてひざびんき上げて、忘れしゃんすな今のこと」

    なってなァイイだろォ!


小僧:【棒読み&塩対応】

   あーこりゃこりゃ。


熊五郎:…馬鹿にされてるようなもんだなこりゃァ。

    よォしわかった、おじさん一人でやってるから面白おもしろくねェんだな

    。じゃ今度はおめぇに歌わしてやる。おめぇなんか歌え。


小僧:…あたい、歌うたえないもの。


熊五郎:歌えねえてことがあるかおめぇ。

    人間、上のあごと下のあごをガチガチぶつけるってえと、声が出てく

    るんだ。それにふしを付けりゃあ歌になんだよォ歌えィっ!

    歌わねえのかァ?

    歌わねえとォおじさん、一晩中ひとばんじゅうここ動かねえぞォ。


小僧:そんな事されたららんなくなっちゃうんです。

   ~~わかりましたよ、歌いますよ。


熊五郎:よォしおじさん聞いてやろォ。

    なに歌うんだァ?


小僧:じゃあ、夕焼け小焼け歌います。


熊五郎:ゆうやけこやけェ??

    あの、カラスと一緒に帰りましょってやつ?

    よせやい、あんまり酒呑さけのみながら聞く歌じゃねえやぁ。

    よし、今度ァおめえにわかる歌ァ歌ってやっからよぅ。

    いいかァ良く聞けェこら。

    「正月こようが盆がこよがァ~!」


小僧:あぁあぁ、そんなに大きな声で歌われると困ります…!


兄貴:おう、ごめんよ。


小僧:あっ、すいません、今日はもう看板かんばんなんでございます。

   このお客さんだけ一人残っちゃったんです。


兄貴:ああ、俺ァ客じゃねえ。

   そいつのツレだ。探しに来たんだよ。


小僧:そうですか!

   ありがとうございます、お願いします。

   もうぐでんぐでんになってて。


兄貴:あぁあぁ、こんなになっちまいやがって。

   おいっ、くまっ!

   おいくまッ!


熊五郎:あぁ、何でェ?くまくまって…。

    やろォ、動物園じゃねえんだぞォ。

    熊様くまさまとか熊君くまくんとか、熊閣下くまかっか熊大明神くまだいみょうじんはこれにーー


兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】

   なに言ってやんでェまったく。

   おいッ、俺だよ、熊公くまこう


熊五郎:んォ?…おっ、来てくれたのあにぃ!

    めでてぇなァ!

    めでためでたのォ若松様わかまつさまよォ~まァ一杯、一杯…!


兄貴:なに言ってんだおい、よせよ。

   店じまいできなくて困ってんじゃねえか。

   俺ァおめえをさがしに来たんだ。

   家に行ったらかみさんだけでおめえがいねえ。

   湯に行くって出たっきり戻ってねえってんで、

   二、三軒のぞいてやっとここだよ。

   ほら帰るぞ。小僧こぞうさん見ろ、眠そうな顔してじゃねえか。

   明日また早くから使われるんだからよ。んな事くれえ分かんだろが

   。いいから帰るぞ。


熊五郎:おぉ、おぉう帰るゥ…帰るって、なんだよォ。


兄貴:仕事の話が来てんだよ。


熊五郎:仕事なんざぁァいいっ、俺ぁぁここでェむっ。


兄貴:なに言ってやんでェ。

   おめえのかみさんが酒の支度したくして待っててくれてんだぞ。


熊五郎:やだよぅ、冗談じょうだん言うねィ。

    うちのかかあなんざァ、のべつ同じ顔してむかえやがるんだ。

    たまには顔変えろってんだ、えぇ?


兄貴:顔が変わるかよ。


熊五郎:それだよ、変えろっつってんだよ俺ァ。

    変えるんだよゥ。

    変わらねえからあの野郎ォ面白おもしろくねえんだ。

    かかぁのふくれっツラぁ見てるくれぇなら、

    おもてェ出てた方がまだいいよ。


兄貴:んなこと言うんじゃねえ。

   俺ァおめえを連れてくるっつってんだよ。

   腕ずくでもしょっいてくぞ。


熊五郎:ほぉぉえれェなァ。

    なんだァ、しょっくゥ?おうしょっいてもらおうじゃねえか

    。なに言いやんでェ、あにあにぃっていい気になりやがってェ。

    おもて出ろってんだ!


兄貴:おやこの野郎、やろうってのかてめェは…!

   ようしおもて出ろッ!


熊五郎:ぉぉう…強いねおぉい…、じゃぁあやまろう。


兄貴:なんでェまったく…ほら、行くぞ。


熊五郎:ぅわかったよぅ、行くんだよォ。

    生涯しょうがいここにいるわけじゃないんだ、

    朝までいるつもりもないんだよゥ。


兄貴:あぁいいから、ほら、早く勘定かんじょうはらえ。


熊五郎:勘定かんじょォはァ…ないっ。


兄貴:何をォ?


熊五郎:勘定かんじょォはァァ…ないっっ。


兄貴:この野郎…ぜにもねえのにんでたのかよ!


熊五郎:むつもりじゃなかったんだよゥ。

    湯から出て来て肩にポーンと手ぬぐいけてここの前通ったら、

    このバカいい声してやんだ。マズいツラぁしてるってのによゥ。

    「いらァァァァァァッ、しゃァァァァァァああいッッ」

    なんての聞いたらよぅ、ふらふら~っと店ェ入っちまった。

    大神宮だいじんぐうさんの下なんてなァいちばんいい席だ。

    そこに鎮座ちんざましまして二、三本飲んだところで、

    あ、俺ァおあしがねえんだって気が付いたんだァ。

    今さらぜにがねえなんて、言えねえでしょォ?、

    だからアレ持ってこォい、コレ持ってこォいってやってんでる

    うちに、誰か知った野郎が援軍えんぐんに来るだろうと。

    その援軍えんぐん野郎に払ってもらおうと思ってたら、ぜぇんぜんこねえ

    。

    あぁ援軍えんぐんたらずかァ、いよいよ俺ァこの店で年を取っちゃうん

    だなあって思ってたら、あにぃが来てくれたねェ。

    よく来てくれたあにィ!

    すまねえけど、ちょいと勘定かんじょう払っておくんねェ。

    頼むっ、俺ァめったにおがまねえんだァ、

    だからほら、おがんじゃう。

    んんん~~みょうほうれんげーきょぅ~…。


小僧:さっきこの人、そうやってインドの仏様みたいな格好かっこうしておがんでま

   したよ。


熊五郎:余計よけいなことォ言うなィこんちきしょう!


兄貴:ったく、しょうがねえ野郎だな…わかったわかった。

   小僧こぞうさん、勘定かんじょうは俺が立てえとくから。

   いくらだ?


小僧:あ、はい。

   あの…昼間からずっとみ続けてましたんで、これくらいには…。


兄貴:はァ!?そんなに!?

   恐ろしくみやがったなこいつは。うわばみみてえな野郎だな!

   昼間っから看板かんばんまでんだくれやがって!

   しょうがねえ…これで頼むよ。


小僧:えっ!これ、多いですよ?


兄貴:いいよいいよ、おめえにも迷惑かけちまったからな。

   りはいらねえ、とっときな。

   後でなんかうめえもんでも買って食いな。


小僧:いただけるんですか!?

   【元気よくのばして】

   毎度まいどありがとォォォうござァァァァァい!


熊五郎:んなぁぁにを言いやがんでェこのやろォ。

    いままで俺の相手してツンツンツンツンしてやがったてのに、

    釣りやるってなったら、威勢いせいよくなりやがってェ。

    いまのりの分だけェ酒もってこォい!


兄貴:おいくま…いい加減かげんにしとけ。


熊五郎:ッ冗談じょうだんだよォう冗談じょうだん

    じゃ小僧こぞォ、おじさん帰るからなァ。

    そのりでもって、何かうめえもんでも買って食え!

    あまったら土地でも買え!


兄貴:ったく、ほら、行くぞ。


熊五郎:あぁ待ってあにィ。

    最後の一杯がァ残ってる。

    残しちゃあァもったいないっ。んじゃう。

    米ェ残しても酒のこすなってんだから…

    んっ、んっ……ぱはぁーーーっ。

    あっ残ったヌタぁ食っちゃお。


兄貴:いいよそんなもの!


熊五郎:だってよぅ、残ったやつこの店でまた明日出すといけねえ。


兄貴:そんなことするわけねえだろ!

   ひと昔前にあった食材使い回しさわぎじゃねえんだ!


熊五郎:【あんまり聞いてない】

    あぁぁ、つめてえ風にあたって心持こころもちがいいなァこらァ。

    あぁははァァのはァァ!

    ちゃちゃんちゃちゃんちゃちゃん~♪


兄貴:ッ静かにしねえか!

   世間せけん様はみなさんお休みになってんだぞ!


熊五郎:あぁーすいませんっ、いつもご厄介やっかいかけてェすいませんねェあに

    。

    あ、あにィの前だけどもよォ、ぜにがねえで酒呑さけのむってのは、

    酔わねえもんだね。ほら、あんまり酔ってねえでしょ。

    ね、ちょっとみなおしをしようみなおしをォ。


兄貴:それだけんでりゃ十分じゅうぶんだろうが。


熊五郎:いやいやむんだよゥ、あにぃとひさしぶりじゃねえか。

    ちょいっとってこ、ちょいっと。

    そこの店でェいっぱいやってこォ!


兄貴:おめえな、こんな所に酒があるわけねえじゃねえか。


熊五郎:ねえ事ァねえよォ、徳利とっくりがずーーーっと並んでんじゃねえかァ。


兄貴:あのな、よく見ろ。

   ここは瀬戸物屋せとものやだ。


熊五郎:あ、瀬戸物屋せとものや瀬戸物屋せとものやじゃお酒はございませんねェ…。

    おっ夜分やぶん御苦労ごくろうさまです!おっ!よォっ!

    【↑二、三度敬礼している】


兄貴:何やってんだおめえ。


熊五郎:何やってって…挨拶あいさつしてんだよゥ、兵隊さんに。


兄貴:バカ野郎、ありゃ仁丹じんたんの広告だ。


熊五郎:なんだあ、仁丹じんたんか…。

    人の仁丹じんたん(心胆)をさむからしめる、ってなあぁーはぁはぁは!!

    あ、ちょっちょっちょっと、あにぃ!


兄貴:なんだよ。


熊五郎:おしっこおしっこ。しっこしっこ。


兄貴:…そのへんでやっちまえよ。


熊五郎:そういう事言わねえでおくれよォあにぃ。

    そのへんでやっちまえって、どうしてそういう事言うんだよォ。

    犬だってそこに何かなきゃやりにくいって、こう言ってんだよ?

    まして万物ばんぶつ霊長れいちょうたる人間様にんげんさま、何かそこになきゃよゥ。


兄貴:~~ったく、うるせえな。

   じゃそこんとこのへいがあるから、そこでしろ。


熊五郎:へいィ?かこい。

    かこいがあるよ、へ(塀)ェ~っての、知ってるよォ。


兄貴:えらくないよ。


熊五郎:えらくないよォ、知ってるっつうだけだよォ。

    何がえれえっつったよ俺ァ。

    なに言ってやんでェ。


兄貴:ったく、からむんじゃねえよ。


熊五郎:からみたくもなるじゃねえかァ。

    っとと…。


兄貴:おい大丈夫か?

   こしんとこささえててやる。手間てまのかかる野郎だ。


熊五郎:大丈夫かって、大丈夫だよあにぃ。

    生まれて初めてしょんべんするわけじゃねえ。

    朝にばんにやってんだァ。

    ガキのころなんざァ、寝てやる時だってあったくれェだあ。

    今だって風呂ふろの中でーー


兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】

   よせよおいきたねえな!

   はやくしろ!


熊五郎:ぅ分かってるよゥ、分かってるっ…。

    ふぅ…んん~…

    ♪~♪♪~~【何か適当に鼻歌】


兄貴:歌うたえってんじゃないんだよ。

   しょんべんしろってんだよ!


熊五郎:分かってんだよォ!

    ぁ~前、兄ぃ、前まくって。


兄貴:自分でやれよそれくらい!


熊五郎:自分でって、両手ェかべについてんだからまくれっこねえじゃねえ

    か。

    まくってくんなきゃ、いいよ、朝までこうやってるよォ。

    【大声で】

    ンンまくってくれェェェ!!!


兄貴:~~ったくしょうがねえな!

   いったん手ェはなすぞ!

   っとォ!


   ほら、早くしろ。


熊五郎:ぁ~~、号令ごうれいかけてくんねえかいあにぃ。


兄貴:なに、号令ごうれい


熊五郎:しーこいこいっ、ての。


兄貴:ッバカなこと言えるか!いい年こいて!

   あかんぼじゃねえんだぞ!


熊五郎:じゃいいよ。

    朝までこうやってるからよゥ。


兄貴:悪い野郎だなこいつはったく!

   ~~ししししっ、しっ、しっ、こいこいこいこいっ。

   しっ、こいっ。


熊五郎:おぉぉい邪険じゃけんにやらねえでくれよォあにぃ。

    それじゃ出かかってたやつがぴゅっぴゅって止まっちまうじゃね

    えかァ。

    長くやさしく、しぃぃこいこいこい、ワンワンこいこいこいこい、

    坊やいぃこいぃこいぃこいぃこっ。


兄貴:~~ったくこの野郎は…!

   誰かねえだろうな…やだなァおい。

   見られちまったら明日っから町内歩けねえよ、ったく…。


   【最初の時より丁寧に】

   しぃ~こいこいこいこいっ。

   ワンワンこいこいこいこい、

   坊やいぃこいぃこいぃこいぃこっ。


熊五郎:おぉ出た出た出た出たっ。

    あにぃはしょんべん出しの名人だ。

    名人は上手じょうずの上の人だァ。

    ぅ~~~~~んん………。


兄貴:うなってやがる。

   大丈夫か?


熊五郎:~~もうダメだ。


兄貴:何がダメなんだよ。


熊五郎:…しょんべんが横っぱらかられちまった。


兄貴:冗談じょうだんじゃねえな!

   っておい、ふんどしはずしてねえじゃねえか!


熊五郎:ぁっそれだ!それ!

    横っぱらかられるわけねえって思ってたんだ。

    ぁ~~ふんどしから下ァみんなしょんべんだ。

    俺のせがれがァ温泉につかっちまった。

    あ~この温泉は草津くさつ


兄貴:何くだらねえこと言ってんだおい。


熊五郎:温泉入って…


兄貴:おい大丈夫か?


熊五郎:大丈夫だよォんなものォ!

    あぁ~しょんべんだらけになっちまったぁんもぉ…

    【体のあちこち二、三度はたいている】


兄貴:きたねえなおい!


熊五郎:きたなくねえよゥ!

    てめえでんだんだ。俺の身体からだァ通った酒だと思やぁ、みてえ

    なもんだァ。

    【できれば適当てきとうにふしをつけて】

    うちにぃ帰ってェ、かかあにィ、しょんべんの始末しまつをォ、

    させよっ、とォ!

    おぉい、待ってくれよォあにぃ。


兄貴:なんだ、またしょんべんか?


熊五郎:今度はうんこだァ。


兄貴:なぐるぞこの野郎!

   ったく、このっ!

   ッ!

   【熊五郎のえりがみをつかまえて引きずって歩きだす】


熊五郎:ふぇあ?


兄貴:ふぇあ?じゃねえこんちきしょう!

   舌噛したかむといけねえから、何かしゃべるんじゃねえぞ!


熊五郎:ぉぉおぁあ~~~………


兄貴:ッ、ッ、ッ!

   【戸を叩く】

   おうッ、いまけえったけえった!


お光:はァ~~い!


兄貴:はいじゃない、開けろ開けろ!

   ~~っしょッとォ!


お光:あらぁあにさん、すいませんねえ。

   それで、どこにいたんです?


兄貴:どこって、最初おめえ湯屋ゆやに行ったって言うから見に行ったけど

   いねえ。

   それで通りそうなとこ目星めぼし付けて探して歩いてたら、かどの居酒屋に

   いやがったよ。

   ったく、そこでもってべろんべろんに酔っぱらったあげく、

   小僧こぞう相手にクダぁ巻いて、まわりに迷惑めいわくかけてやがった。

   おまけにおあしがねえから払えねえってんで、俺が立てえといて

   やったよ。


お光:まあ、どうもすいません。


兄貴:んなこたぁどうでもいいよ。

   帰る途中とちゅうでしょんべんだのうんこだのって、始末しまつわりぃよったく!  


お光:すみませんほんとに…。

   こんなになっちゃってほんとにしょうがないね。

   まぁ子供がいないからいいって言ったらそれっきりだけど、

   酔っぱらって帰ってくるともう始末しまつが悪いの。

   言ったってダメなのよ。

   ああ言えばこうだって言うでしょ。

   すぐ寝るかと思ったら寝なくて、布団ふとんにあたし引きずりんで

   変なかたち取らせようとして、なんか色んなことするでしょ。

   まぁそれもおもしろいけど…


兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】

   いやくだらねえこと言うなよ!


お光:まぁぁほんとにあたしもね、愛想あいそもこそもてる時があるのよ

   。

   もう別れちゃおうかと思う時もあるのよ。

   だけどね、そうじゃない時、また親切な時もあるのよ。

   「すまねえ俺が悪かった、こういうくせだから勘弁かんべんしてくれ。

   お前がいるから俺はちゃんともってんだ。本当にお前の為なんだか

   ら我儘わがままも言うけど勘弁かんべんしてくれ。お前が何よりなんだから。」

   て事をあたしの耳のそばでもっていろいろ言うでしょ。

   それで順に順に攻められるとあたしだって女だからつい燃え上がっ

   ちゃって…


兄貴:たおすぞこの野郎。

   てめえの亭主ていしゅのしょんべんの始末しまつさせるようなのが、今さら燃えて

   もなにもねえもんだよ。


お光:わかってるよ!

   んもぅくどいけどさ、子供がいないからいいようなものだけどもさ

   、一緒になって七年よ?

   毎晩呑まいばんのんでくるの、こないだ初めて分かったのよ。


兄貴:?おい、ちょっと変な話だな。

   お前、七年一緒にいて毎晩呑まいばんのんでくるのが初めてこないだ分かった

   ってのはどういうことなんだよ。


お光:こないだ初めて素面しらふで帰ってきたのを見たのよ。




終劇




参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


立川談志(七代目)

五街道雲助(六代目)



※用語解説


永代橋えいたいばし

東京都隅田川に掛かる橋。


・もう半分

古典落語【もう半分(別名:五勺酒ごしゃくざけ)】の事。


酒屋ざかや

酒屋の一形態で、客が持参した徳利に酒を量り売りする形式を指す。

特に「もっきり」と呼ばれる、升にあふれるほどに酒を注ぐスタイルは、

江戸の居酒屋文化を象徴するものだったという。


・酒はかんさかな気取きどり、しゃくたぼ

温めた日本酒(燗酒かんざけ)を、刺身などの気のいたさかなと共に、

若い女性のしゃくで楽しむのが良い、という意味。


義経千本桜よしつねせんぼんざくら

人形浄瑠璃にんぎょうじょうるりおよび歌舞伎かぶきの演目のひとつ。

源平合戦げんぺいかっせん後の源義経みなもとのよしつね都落みやこおちをきっかけに、実は生き延びていた平家の

武将達とそれに巻き込まれた者達の悲劇をえがいたもの。


・こんち憎いね

調べたのですがいろいろ説があって、これと思われるのがない。

こんち→江戸弁で「すごく」「とても」などの強調語

または広辞苑でこんにち(今日)の略


とても憎らしいねェ!もしくは、こんちきしょう憎いねェ!が縮まったも

のと個人的に考える。


・ヌタ

一般的に味噌、酢、砂糖などを混ぜ合わせた「酢味噌」で和えた料理。

野菜や魚介類を一般的にあえる。


都都逸どどいつ

都々逸(こっちが一般的だが、なろうのフリガナ機能の性質上、都都逸を

使ってます。)

7・7・7・5の26文字で構成される日本の短詩型文芸で、俗曲の一種

でもある。

江戸時代に生まれ、男女の情愛や世相せそうなどを表現するのに用いられた。


・おあし

お金、特に小銭を意味する言葉。

女房詞にょうぼうことばの一つで、丁寧ていねいな言葉遣いを好む宮廷の女性達が使っていた

言葉が一般化したもの。


仁丹じんたん

森下仁丹もりしたじんたん株式会社が製造・販売する口中清涼剤こうちゅうせいりょうざいで、16種類の生薬しょうやくを配合

した小さな銀色の丸薬。口臭予防や気分不快、二日酔い、乗り物酔いなど

に効果があるとされている。誕生したのは明治38年。


心胆しんたんさむからしめる

非常に恐ろしくて、身の毛がよだつような、心ときもを冷えさせるという

意味で、深い恐怖や戦慄せんりつを覚える様子をあらわす。





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