落語声劇「ずっこけ」
落語声劇「ずっこけ」
台本化:霧夜シオン
所要時間:約25分
必要演者数:4名
(0:0:4)
(3:1:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
熊五郎:居酒屋で酔いつぶれて、店にも家にも兄貴分にも迷惑をかける
しょうがない男。皆さん、お酒はほどほどに。
兄貴:熊五郎の兄貴分。世話の焼ける弟分を介抱し、引きずって家まで
連れていく。
お光:熊五郎の女房。
店主:居酒屋の店主。いつまでも居座ってへべれけになってる熊五郎を
良く思ってない。
小僧:居酒屋の小僧さん。
酔いどれ熊五郎に手を焼いている。
●配役例
熊五郎:
兄貴・店主:
お光・枕:
小僧:
【女店主(女将)の場合・※劇中での口調は適宜変えてください。
枕は誰かが兼ねてください。】
熊五郎:
兄貴:
お光・店主:
小僧:
※注:劇中の熊五郎は終始泥酔してます。演じる際は忘れずに。
枕:皆さんは、日本酒はお好きでしょうか。
日本酒の起源は古く、紀元前300~200年ころにはすでに、
米を噛んで唾液に含まれる酵素で糖化させる、口噛み酒という原始的
なものがあったそうです。それが奈良・平安時代に宮廷や寺院で麴菌
を使った酒造りが普及し、室町の頃には京都を中心に民間で作られる
ようになったわけです。そして江戸時代ともなると酒の消費量は爆増
し、年間最大77万5千樽にも達したわけであります。
醸造技術の関係で、当時アルコール度数が4~5%しかなかったとは
いえ、一人当たり年間約54リットルも呑んでいたというんですから
大変なもんでございます。
当時の江戸の人口てのはかなり密度が高かったそうですから、そうな
ると酒の飲み方、強さも十人十色、様々な人がいらっしゃいます。
見ていて面白いのに壁塗り上戸、鶏上戸なんてのがございましてね、
「よぉよぉ、まず飲め飲め!」
「いやいや、もう飲めない、もう今日はね本当に飲めない、
もうたくさん!もう飲めない!いいいい!」
てんで、手を左官屋がコテでもって壁を塗ってるように手を左右に
振る人を壁塗り上戸、
「まずまず、一献!」
「おーっとっとっとっとっとっとっとっとっもぉ~~結構!」
と鶏が鳴いてるみたいな声でもって、酌を受ける人の事を
鶏上戸てんです。
そういった陽気なタイプの酔っぱらいなら見ていて微笑ましいものが
ありますが、中には人に迷惑を掛けてはばからない、こんな酔っぱら
いもいるようでございまして。
店主:おい、おい小僧、いいかげんで帰ってもらえ。
ったく、いつまでいる気なんだよ。
小僧:へぇい。
お客さん、お客さーん、そろそろもう上がりにしてくれませんか?
熊五郎:ぅ分かってんだよぅ、分かってんだよぉ。
分かってるからもう一本持ってこぉい。
小僧:あのですね、さっきからもう一本もう一本って、徳利が林みたいに
並んじゃってんですけどね。
あの、もう周りがみんな店を閉めてうちだけ開けてると怒られます
から。
熊五郎:ぅんな事ァ言うなよゥ。酒飲みの気持ちをわかってくれよォなァ
?
だからァもう一本。
俺ァめったに頼まないんだからよゥ、だからほら拝んじゃう。
拝んだことないんだほら、うん。
みょうほうれんげーきょぅ~…。
小僧:そんなインドの仏様みたいな格好しても困るんですよ。
それにもう火も落としちゃったんですから。
熊五郎:冷やでいいよゥ、冷やでェ。
店主:【店の奥から】
バカ言うんじゃねえ。
ったく、長居しやがって。
粋じゃねえな。
持ってかねえって言え!
小僧:持って行きませんよ。
熊五郎:持ってこねえだってェ?
いいよゥ?持って来ねえんだったら、おめえが持って来るまで
俺ァ一晩中ここ動かねえんだからァ。
小僧:困るんですよ、あたい寝らんなくなっちゃうじゃありませんか。
~~いま聞いてみますから。
すいませーん、ご酒代わりもう一本だけ、
冷やでいいからなんとかお願いしたいんですけど…。
店主:っなに言ってやんでェ、最前からもう一本もう一本て…。
永代橋んとこの注ぎ酒屋に来る、もう半分の爺さんみてえだな!
~~ほんとにあと一本だけだぞって、そう言っとけ!
小僧:へい、どうもすいません。
よく申しておきますんで。
店主:ほら、持ってけ!
小僧:冷や一本、お待ちどうさま。
お客さん、本当にこの一本だけですからね。
…お酌しましょうか?
どんどん注ぎますからガブガブ呑んで、早く楽になっちゃってくだ
さいね。
熊五郎:ぅおぉい、なんでそう陰気に持ってくんのお前ェ?
もっとこう、陽気に持って来いよ、陽気にぃ。
「へぇーい、ご酒代わり一丁ォーう!」てなもんだ。
それに、どんどんガブガブ呑んで楽になれェ?
言いやがったなこの野郎ォ。
しかも「お酌しましょうか?」だァ?
よしてくれやァ。冗談言うなィ。
酒は燗、肴は気取り、酌は髱、綺麗におけいけいした姐ちゃんが
、白魚を並べたような五本の指で、徳利をこう斜っかに持ってね
、はんぶん鼻にかかったような声でもって、
「ねえぇあぁた、お酌をどうぞ」
って言われりゃあ、おぅもらおうって気にもなるよォ?
だのになんだぁおめぇその手はァ。
ぜんぶ親指かァ?タラコ五本並べたような指ィしやがってェ。
徳利わしづかみにして、「お酌しましょうか?」だってェ?
酒がマズくなるじゃねえか。そんなのに注がれてたまるかィ。
こっちによこせェ。
「冷やにはなまじ、酌は野暮」ってェんだよォ、よく覚えとけェ
。お手酌でけっこぉ、お手数は煩わせねえってなァ。
んっ…んっ…ぷはーーっ!
美味い!美味いなぁおい!
こういう美味ぇモンってなァ、誰が考えたんだろうなァ、ええ?
小僧:知りません。
熊五郎:あっそ。
俺も知らねえんだぁーっはっはっは!!はぁ…。
よぅし、おめぇもいっぱい、一杯いこぉ!
小僧:いえ、結構です。
熊五郎:んなこと言うなよぅ、男同士だ、一杯いこうじゃねえかぁ。
小僧:あたい、まだ子供ですから。
熊五郎:なぁに言ってやんでェ、子供だ子供だなんて言って油断さしとい
てェ、夜に家のモンが寝静まると船梯子かなんかトントンとつた
って、樽のケツ抜いて盗み酒かなんかやってんだろおめぇ。
「盗み酒と掛けて義経千本桜の道行きと解く、その心は
静か(静御前)にただ呑む(忠信)」
【※()内は読まなくていいです。】
てなぁどうだい。
小僧:【塩対応】
さようでござんすか。
熊五郎:何をォ?
小僧:【塩対応】
さようでござんすか。
熊五郎:殴るぞこの野郎ォ。
俺ァ洒落を言ってんだよ?
よォよォ!とか、こんち憎いねぇ!かなんか言ってくれよおめぇ
。さようでござんすかってな、俺ァおめえに小言言ったり相談し
たりしてるんじゃねえよ。
なァに言いやがんでェ、ったく…んっ。
お、そうだ。男の気持ちな、うん。
「この酒を、止めちゃ嫌だよ酔わせておくれ、まさか素面じゃ
言いにくい」ってなァっはっはっはァ!!
小僧:【棒読み&塩対応】
…こんち憎いね。
熊五郎:このやろぉ、大人を弄りやがって…ふざけんなァ。
うーん…ん?お、こいつァなんだ。ヌタかぁ?
いいね、箸休めになんかなくちゃいけねェ…んむ。
退屈だなァ。どうだおめえ、都都逸でも歌わねえか?
小僧:あたい、都都逸なんかわかんないです。
熊五郎:大丈夫だよォ、俺が教えてやるよォ都都逸なァ。
人間がデキるからよく覚えとけェ。
「明けの鐘、ゴンと鳴るころ三日月形の、櫛が落ちてる四畳半」
なんてなァどうだおぃ。
小僧:あ、そうすか…。
熊五郎:おめえよォ、都都逸の合いの手で、
あ、そうすかァはねえだろォ?
あ~コリャコリャとか、ヨイヨイくらいの事言わなきゃぁダメ!
「あだ名立膝鬢掻き上げて、忘れしゃんすな今のこと」
なってなァイイだろォ!
小僧:【棒読み&塩対応】
あーこりゃこりゃ。
熊五郎:…馬鹿にされてるようなもんだなこりゃァ。
よォしわかった、おじさん一人でやってるから面白くねェんだな
。じゃ今度はおめぇに歌わしてやる。おめぇなんか歌え。
小僧:…あたい、歌うたえないもの。
熊五郎:歌えねえてことがあるかおめぇ。
人間、上の顎と下の顎をガチガチぶつけるってえと、声が出てく
るんだ。それに節を付けりゃあ歌になんだよォ歌えィっ!
歌わねえのかァ?
歌わねえとォおじさん、一晩中ここ動かねえぞォ。
小僧:そんな事されたら寝らんなくなっちゃうんです。
~~わかりましたよ、歌いますよ。
熊五郎:よォしおじさん聞いてやろォ。
なに歌うんだァ?
小僧:じゃあ、夕焼け小焼け歌います。
熊五郎:ゆうやけこやけェ??
あの、カラスと一緒に帰りましょってやつ?
よせやい、あんまり酒呑みながら聞く歌じゃねえやぁ。
よし、今度ァおめえにわかる歌ァ歌ってやっからよぅ。
いいかァ良く聞けェこら。
「正月こようが盆がこよがァ~!」
小僧:あぁあぁ、そんなに大きな声で歌われると困ります…!
兄貴:おう、ごめんよ。
小僧:あっ、すいません、今日はもう看板なんでございます。
このお客さんだけ一人残っちゃったんです。
兄貴:ああ、俺ァ客じゃねえ。
そいつのツレだ。探しに来たんだよ。
小僧:そうですか!
ありがとうございます、お願いします。
もうぐでんぐでんになってて。
兄貴:あぁあぁ、こんなになっちまいやがって。
おいっ、熊っ!
おい熊ッ!
熊五郎:あぁ、何でェ?くまくまって…。
やろォ、動物園じゃねえんだぞォ。
熊様とか熊君とか、熊閣下、熊大明神はこれにーー
兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】
なに言ってやんでェまったく。
おいッ、俺だよ、熊公!
熊五郎:んォ?…おっ、来てくれたの兄ぃ!
めでてぇなァ!
めでためでたのォ若松様よォ~まァ一杯、一杯…!
兄貴:なに言ってんだおい、よせよ。
店じまいできなくて困ってんじゃねえか。
俺ァおめえを捜しに来たんだ。
家に行ったらかみさんだけでおめえがいねえ。
湯に行くって出たっきり戻って来ねえってんで、
二、三軒のぞいてやっとここだよ。
ほら帰るぞ。小僧さん見ろ、眠そうな顔してじゃねえか。
明日また早くから使われるんだからよ。んな事くれえ分かんだろが
。いいから帰るぞ。
熊五郎:おぉ、おぉう帰るゥ…帰るって、なんだよォ。
兄貴:仕事の話が来てんだよ。
熊五郎:仕事なんざぁァいいっ、俺ぁぁここでェ呑むっ。
兄貴:なに言ってやんでェ。
おめえのかみさんが酒の支度して待っててくれてんだぞ。
熊五郎:やだよぅ、冗談言うねィ。
うちのかかあなんざァ、のべつ同じ顔して迎えやがるんだ。
たまには顔変えろってんだ、えぇ?
兄貴:顔が変わるかよ。
熊五郎:それだよ、変えろっつってんだよ俺ァ。
変えるんだよゥ。
変わらねえからあの野郎ォ面白くねえんだ。
かかぁのふくれっツラぁ見てるくれぇなら、
表ェ出てた方がまだいいよ。
兄貴:んな事言うんじゃねえ。
俺ァおめえを連れてくるっつってんだよ。
腕ずくでもしょっ引いてくぞ。
熊五郎:ほぉぉえれェなァ。
なんだァ、しょっ引くゥ?おうしょっ引いてもらおうじゃねえか
。なに言いやんでェ、兄ぃ兄ぃっていい気になりやがってェ。
おもて出ろってんだ!
兄貴:おやこの野郎、やろうってのかてめェは…!
ようしおもて出ろッ!
熊五郎:ぉぉう…強いねおぉい…、じゃぁ謝ろう。
兄貴:なんでェまったく…ほら、行くぞ。
熊五郎:ぅわかったよぅ、行くんだよォ。
生涯ここにいるわけじゃないんだ、
朝までいるつもりもないんだよゥ。
兄貴:あぁいいから、ほら、早く勘定はらえ。
熊五郎:勘定ォはァ…ないっ。
兄貴:何をォ?
熊五郎:勘定ォはァァ…ないっっ。
兄貴:この野郎…銭もねえのに呑んでたのかよ!
熊五郎:呑むつもりじゃなかったんだよゥ。
湯から出て来て肩にポーンと手ぬぐい掛けてここの前通ったら、
このバカいい声してやんだ。マズいツラぁしてるってのによゥ。
「いらァァァァァァッ、しゃァァァァァァああいッッ」
なんての聞いたらよぅ、ふらふら~っと店ェ入っちまった。
大神宮さんの下なんてなァいちばんいい席だ。
そこに鎮座ましまして二、三本飲んだところで、
あ、俺ァお足がねえんだって気が付いたんだァ。
今さら銭がねえなんて、言えねえでしょォ?、
だからアレ持ってこォい、コレ持ってこォいってやって呑んでる
うちに、誰か知った野郎が援軍に来るだろうと。
その援軍野郎に払ってもらおうと思ってたら、ぜぇんぜんこねえ
。
あぁ援軍来たらずかァ、いよいよ俺ァこの店で年を取っちゃうん
だなあって思ってたら、兄ぃが来てくれたねェ。
よく来てくれた兄ィ!
すまねえけど、ちょいと勘定払っておくんねェ。
頼むっ、俺ァめったに拝まねえんだァ、
だからほら、拝んじゃう。
んんん~~みょうほうれんげーきょぅ~…。
小僧:さっきこの人、そうやってインドの仏様みたいな格好して拝んでま
したよ。
熊五郎:余計なことォ言うなィこんちきしょう!
兄貴:ったく、しょうがねえ野郎だな…わかったわかった。
小僧さん、勘定は俺が立て替えとくから。
いくらだ?
小僧:あ、はい。
あの…昼間からずっと呑み続けてましたんで、これくらいには…。
兄貴:はァ!?そんなに!?
恐ろしく呑みやがったなこいつは。うわばみみてえな野郎だな!
昼間っから看板まで呑んだくれやがって!
しょうがねえ…これで頼むよ。
小僧:えっ!これ、多いですよ?
兄貴:いいよいいよ、おめえにも迷惑かけちまったからな。
釣りはいらねえ、とっときな。
後でなんかうめえもんでも買って食いな。
小僧:いただけるんですか!?
【元気よくのばして】
毎度ありがとォォォうござァァァァァい!
熊五郎:んなぁぁにを言いやがんでェこのやろォ。
いままで俺の相手してツンツンツンツンしてやがったてのに、
釣りやるってなったら、威勢よくなりやがってェ。
いまの釣りの分だけェ酒もってこォい!
兄貴:おい熊…いい加減にしとけ。
熊五郎:ッ冗談だよォう冗談。
じゃ小僧ォ、おじさん帰るからなァ。
その釣りでもって、何かうめえもんでも買って食え!
余ったら土地でも買え!
兄貴:ったく、ほら、行くぞ。
熊五郎:あぁ待って兄ィ。
最後の一杯がァ残ってる。
残しちゃあァもったいないっ。呑んじゃう。
米ェ残しても酒のこすなってんだから…
んっ、んっ……ぱはぁーーーっ。
あっ残ったヌタぁ食っちゃお。
兄貴:いいよそんなもの!
熊五郎:だってよぅ、残ったやつこの店でまた明日出すといけねえ。
兄貴:そんなことするわけねえだろ!
ひと昔前にあった食材使い回し騒ぎじゃねえんだ!
熊五郎:【あんまり聞いてない】
あぁぁ、つめてえ風にあたって心持ちがいいなァこらァ。
あぁははァァのはァァ!
ちゃちゃんちゃちゃんちゃちゃん~♪
兄貴:ッ静かにしねえか!
世間様はみなさんお休みになってんだぞ!
熊五郎:あぁーすいませんっ、いつもご厄介かけてェすいませんねェ兄ぃ
。
あ、兄ィの前だけどもよォ、銭がねえで酒呑むってのは、
酔わねえもんだね。ほら、あんまり酔ってねえでしょ。
ね、ちょっと呑みなおしをしよう呑みなおしをォ。
兄貴:それだけ呑んでりゃ十分だろうが。
熊五郎:いやいや呑むんだよゥ、兄ぃと久しぶりじゃねえか。
ちょいっと寄ってこ、ちょいっと。
そこの店でェいっぱいやってこォ!
兄貴:おめえな、こんな所に酒があるわけねえじゃねえか。
熊五郎:ねえ事ァねえよォ、徳利がずーーーっと並んでんじゃねえかァ。
兄貴:あのな、よく見ろ。
ここは瀬戸物屋だ。
熊五郎:あ、瀬戸物屋…瀬戸物屋じゃお酒はございませんねェ…。
おっ夜分御苦労さまです!おっ!よォっ!
【↑二、三度敬礼している】
兄貴:何やってんだおめえ。
熊五郎:何やってって…挨拶してんだよゥ、兵隊さんに。
兄貴:バカ野郎、ありゃ仁丹の広告だ。
熊五郎:なんだあ、仁丹か…。
人の仁丹(心胆)を寒からしめる、ってなあぁーはぁはぁは!!
あ、ちょっちょっちょっと、兄ぃ!
兄貴:なんだよ。
熊五郎:おしっこおしっこ。しっこしっこ。
兄貴:…そのへんでやっちまえよ。
熊五郎:そういう事言わねえでおくれよォ兄ぃ。
そのへんでやっちまえって、どうしてそういう事言うんだよォ。
犬だってそこに何かなきゃやりにくいって、こう言ってんだよ?
まして万物の霊長たる人間様、何かそこになきゃよゥ。
兄貴:~~ったく、うるせえな。
じゃそこんとこの塀があるから、そこでしろ。
熊五郎:塀ィ?囲い。
囲いがあるよ、へ(塀)ェ~っての、知ってるよォ。
兄貴:えらくないよ。
熊五郎:えらくないよォ、知ってるっつうだけだよォ。
何がえれえっつったよ俺ァ。
なに言ってやんでェ。
兄貴:ったく、絡むんじゃねえよ。
熊五郎:絡みたくもなるじゃねえかァ。
っとと…。
兄貴:おい大丈夫か?
腰んとこ支えててやる。手間のかかる野郎だ。
熊五郎:大丈夫かって、大丈夫だよ兄ぃ。
生まれて初めてしょんべんするわけじゃねえ。
朝に晩にやってんだァ。
ガキの頃なんざァ、寝てやる時だってあったくれェだあ。
今だって風呂の中でーー
兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】
よせよおい汚ねえな!
はやくしろ!
熊五郎:ぅ分かってるよゥ、分かってるっ…。
ふぅ…んん~…
♪~♪♪~~【何か適当に鼻歌】
兄貴:歌うたえってんじゃないんだよ。
しょんべんしろってんだよ!
熊五郎:分かってんだよォ!
ぁ~前、兄ぃ、前まくって。
兄貴:自分でやれよそれくらい!
熊五郎:自分でって、両手ェ壁についてんだからまくれっこねえじゃねえ
か。
まくってくんなきゃ、いいよ、朝までこうやってるよォ。
【大声で】
ンンまくってくれェェェ!!!
兄貴:~~ったくしょうがねえな!
いったん手ェ離すぞ!
っとォ!
ほら、早くしろ。
熊五郎:ぁ~~、号令かけてくんねえかい兄ぃ。
兄貴:なに、号令?
熊五郎:しーこいこいっ、ての。
兄貴:ッバカなこと言えるか!いい年こいて!
あかんぼじゃねえんだぞ!
熊五郎:じゃいいよ。
朝までこうやってるからよゥ。
兄貴:悪い野郎だなこいつはったく!
~~ししししっ、しっ、しっ、こいこいこいこいっ。
しっ、こいっ。
熊五郎:おぉぉい邪険にやらねえでくれよォ兄ぃ。
それじゃ出かかってたやつがぴゅっぴゅって止まっちまうじゃね
えかァ。
長く優しく、しぃぃこいこいこい、ワンワンこいこいこいこい、
坊やいぃこいぃこいぃこいぃこっ。
兄貴:~~ったくこの野郎は…!
誰か来ねえだろうな…やだなァおい。
見られちまったら明日っから町内歩けねえよ、ったく…。
【最初の時より丁寧に】
しぃ~こいこいこいこいっ。
ワンワンこいこいこいこい、
坊やいぃこいぃこいぃこいぃこっ。
熊五郎:おぉ出た出た出た出たっ。
兄ぃはしょんべん出しの名人だ。
名人は上手の上の人だァ。
ぅ~~~~~んん………。
兄貴:うなってやがる。
大丈夫か?
熊五郎:~~もうダメだ。
兄貴:何がダメなんだよ。
熊五郎:…しょんべんが横っぱらから漏れちまった。
兄貴:冗談じゃねえな!
っておい、ふんどし外してねえじゃねえか!
熊五郎:ぁっそれだ!それ!
横っぱらから漏れるわけねえって思ってたんだ。
ぁ~~ふんどしから下ァみんなしょんべんだ。
俺の倅がァ温泉につかっちまった。
あ~この温泉は草津…
兄貴:何くだらねえこと言ってんだおい。
熊五郎:温泉入って…
兄貴:おい大丈夫か?
熊五郎:大丈夫だよォんなものォ!
あぁ~しょんべんだらけになっちまったぁんもぉ…
【体のあちこち二、三度はたいている】
兄貴:汚ねえなおい!
熊五郎:汚くねえよゥ!
てめえで呑んだんだ。俺の身体ァ通った酒だと思やぁ、屁みてえ
なもんだァ。
【できれば適当にふしをつけて】
うちにぃ帰ってェ、かかあにィ、しょんべんの始末をォ、
させよっ、とォ!
おぉい、待ってくれよォ兄ぃ。
兄貴:なんだ、またしょんべんか?
熊五郎:今度はうんこだァ。
兄貴:殴るぞこの野郎!
ったく、このっ!
ッ!
【熊五郎のえりがみをつかまえて引きずって歩きだす】
熊五郎:ふぇあ?
兄貴:ふぇあ?じゃねえこんちきしょう!
舌噛むといけねえから、何か喋るんじゃねえぞ!
熊五郎:ぉぉおぁあ~~~………
兄貴:ッ、ッ、ッ!
【戸を叩く】
おうッ、いま帰った帰った!
お光:はァ~~い!
兄貴:はいじゃない、開けろ開けろ!
~~っしょッとォ!
お光:あらぁ兄さん、すいませんねえ。
それで、どこにいたんです?
兄貴:どこって、最初おめえ湯屋に行ったって言うから見に行ったけど
いねえ。
それで通りそうなとこ目星付けて探して歩いてたら、角の居酒屋に
いやがったよ。
ったく、そこでもってべろんべろんに酔っぱらったあげく、
小僧相手にクダぁ巻いて、周りに迷惑かけてやがった。
おまけにお足がねえから払えねえってんで、俺が立て替えといて
やったよ。
お光:まあ、どうもすいません。
兄貴:んなこたぁどうでもいいよ。
帰る途中でしょんべんだのうんこだのって、始末が悪ぃよったく!
お光:すみませんほんとに…。
こんなになっちゃってほんとにしょうがないね。
まぁ子供がいないからいいって言ったらそれっきりだけど、
酔っぱらって帰ってくるともう始末が悪いの。
言ったってダメなのよ。
ああ言えばこうだって言うでしょ。
すぐ寝るかと思ったら寝なくて、布団にあたし引きずり込んで
変な形取らせようとして、なんか色んなことするでしょ。
まぁそれもおもしろいけど…
兄貴:【↑の語尾に喰い気味に】
いやくだらねえこと言うなよ!
お光:まぁぁほんとにあたしもね、愛想もこそも尽き果てる時があるのよ
。
もう別れちゃおうかと思う時もあるのよ。
だけどね、そうじゃない時、また親切な時もあるのよ。
「すまねえ俺が悪かった、こういう癖だから勘弁してくれ。
お前がいるから俺はちゃんともってんだ。本当にお前の為なんだか
ら我儘も言うけど勘弁してくれ。お前が何よりなんだから。」
て事をあたしの耳のそばでもっていろいろ言うでしょ。
それで順に順に攻められるとあたしだって女だからつい燃え上がっ
ちゃって…
兄貴:張り倒すぞこの野郎。
てめえの亭主のしょんべんの始末させるようなのが、今さら燃えて
もなにもねえもんだよ。
お光:わかってるよ!
んもぅくどいけどさ、子供がいないからいいようなものだけどもさ
、一緒になって七年よ?
毎晩呑んでくるの、こないだ初めて分かったのよ。
兄貴:?おい、ちょっと変な話だな。
お前、七年一緒にいて毎晩呑んでくるのが初めてこないだ分かった
ってのはどういうことなんだよ。
お光:こないだ初めて素面で帰ってきたのを見たのよ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
立川談志(七代目)
五街道雲助(六代目)
※用語解説
・永代橋
東京都隅田川に掛かる橋。
・もう半分
古典落語【もう半分(別名:五勺酒)】の事。
・注ぎ酒屋
酒屋の一形態で、客が持参した徳利に酒を量り売りする形式を指す。
特に「もっきり」と呼ばれる、升にあふれるほどに酒を注ぐスタイルは、
江戸の居酒屋文化を象徴するものだったという。
・酒は燗、肴は気取り、酌は髱
温めた日本酒(燗酒)を、刺身などの気の利いた肴と共に、
若い女性の酌で楽しむのが良い、という意味。
・義経千本桜
人形浄瑠璃および歌舞伎の演目のひとつ。
源平合戦後の源義経の都落ちをきっかけに、実は生き延びていた平家の
武将達とそれに巻き込まれた者達の悲劇を描いたもの。
・こんち憎いね
調べたのですがいろいろ説があって、これと思われるのがない。
こんち→江戸弁で「すごく」「とても」などの強調語
または広辞苑でこんにち(今日)の略
とても憎らしいねェ!もしくは、こんちきしょう憎いねェ!が縮まったも
のと個人的に考える。
・ヌタ
一般的に味噌、酢、砂糖などを混ぜ合わせた「酢味噌」で和えた料理。
野菜や魚介類を一般的にあえる。
・都都逸
都々逸(こっちが一般的だが、なろうのフリガナ機能の性質上、都都逸を
使ってます。)
7・7・7・5の26文字で構成される日本の短詩型文芸で、俗曲の一種
でもある。
江戸時代に生まれ、男女の情愛や世相などを表現するのに用いられた。
・お足
お金、特に小銭を意味する言葉。
女房詞の一つで、丁寧な言葉遣いを好む宮廷の女性達が使っていた
言葉が一般化したもの。
・仁丹
森下仁丹株式会社が製造・販売する口中清涼剤で、16種類の生薬を配合
した小さな銀色の丸薬。口臭予防や気分不快、二日酔い、乗り物酔いなど
に効果があるとされている。誕生したのは明治38年。
・心胆を寒からしめる
非常に恐ろしくて、身の毛がよだつような、心と肝を冷えさせるという
意味で、深い恐怖や戦慄を覚える様子をあらわす。