時の航路
「なあ中岡!僕たち10年後は何をしているんだろうな?」
突然の質問に驚く中岡。少し考えるそぶりを見せる。
「10年後か・・・、想像つかないけれど結婚してるかもな?もしかしたら起業して社長になってるかもしれないぜ?俺、サラリーマンは嫌だなあ」
時間の大海へ、2艘の小さな舟が進んでいく。
幼馴染の粕谷と中岡はともに18歳である。
右前方の彼方の大地には大きな山が見えてとても綺麗な七色の虹がかかっている。
一方左側には遠くに暗く厚い雨雲がかかり嵐を思わせる。
どちらへ進もうか?
あえて左へと進むもよし、きれいな景色を求めて右側へと舵を切るのもよし
粕谷と中岡は別々の舟ではあるがこれまで同じ方向に進んできた。
10年後の彼らは28歳になっているだろう。その時何をしていて、何を考えて
どんな人たちに恵まれているだろうか?
そう思うとこれからのことに期待が持てる。
たとへこの先嵐にあったとしても、大波が来たとしても10年先まで状況が変わらないなんてことはない。今悩んでいることなんて10年先には消え去っていることだろう。
「毎日毎日キツイ部活にテストに勉強にずっとずっと耐えてきたんだし、社会へ出てもやってやれないことなんてないだろう!」
中岡は得意げな顔で言った。
「頼もしいことを言ってくれるな。お前とは付き合いも長いしな。あんまり心配もしてないけどな」
小さな舟をオールで漕いで、漕いで前へと進む。
進んだ分だけ波紋が波打つ。自分が人生に刻んだ自分だけの軌跡。
時間の大海、うねるような情報の洪水。その情報の真偽を誤れば航路は狂ってしまう。
しかし時間の大海で漕いでいられる時間もけっして無限ではなく限りがあるようだ。人間であれば数十年といったところだろうか?
舟が持たないからだ。
これはおそらく時間のルールである。犬も牛も魚も鳥も虫もすべてこのルールに従っている。命あるもの例外なんかない。
右、左、前、後ろ、斜め、進む方向はおそらく無限大!
学生の頃に培ってきた勉学は自分の体の筋力となり、将来自分を助けてくれるに力となるにちがいない。
腕試しととらえればこの先がとても楽しみではあるが、自由なことは時に自分がどちらへと進むべきか迷子になるときもある。
そういう時は時の航海の先輩経験者にアドバイスを求めることができれば、きっと霧が晴れることもよくある。
あっちの道を選んだほうがよかった。あの時ああしていれば、
なんて<if>という存在しない世界観を想像してみても仕方のないことなのだろうな。
「俺、こっちに行くから。」
中岡はまっすぐに舟を漕ぎだした。長い間同じ航路をたどってきたが、残念ながら僕は右へと舵を切らねばならない。大きな虹を見に行くためだ。
ここで彼とはお別れである。
「ありがとう!中岡。またね!!」
「ああ、粕谷またな!」
もしかしたら時間の大海でまた会えるかもしれない。
もう2度と会えないかもしれない。それはわからない。
皆とても不思議な世界を小さな舟で航海をしている。
進んできた軌跡、これからの航路、お互いの航海の安全を祈りつつ彼らは進み続ける。
日々の流れを人間が小さな舟で進んでいく様という形で捉えました。自分もよく if の選択肢を考えてしまうこともありましたが、過去の自分がその時に最善と考えた道の先に今の自分がいるんだと思うことにしています。
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ありがとうございました!