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06.勝負

 全然眠れなかった……は言い過ぎでたぶん知らない内に寝ているんだろうけど、眠れた気にならない。幼稚園の頃、僕は女の子と仲良く遊んでいたような覚えもあるんだが、夢かうつつかはっきりしないし、詳細を記憶しているわけでもないので、けっきょく穂坂さんの話に合わせてあげることができない。そもそも穂坂さんの会いたかった人って本当に僕なのか?とすら実はチラリと思ってしまうんだけど、穂坂さんは僕の名前や家のことまで忘れずにいたようだし、そこに疑いの余地はないのか……。そんなことを寝ているんだかいないんだかわからない脳みそで無駄に繰り返し考えていたら朝になっていて、眠い。


 学校へ行ってさっそく寝ていると、天園さんも登校してきたらしく「おーす」と教室中に声をかけていて元気だ。「おー……猫村くんは死んでんね。お疲れくんだ」


 僕はなんとか顔を上げ「おはよう」と挨拶する。


「ゾンビみたいになってっけど、そんなに難航(ナンコー)したん?動画作り」


「あ、いや……」

 そのあとが問題だったんだけど、この倦怠感は動画作成によるエネルギー消耗も無関係じゃない。すべてが重なって僕はくたばっている。


 そういえば天園さんは穂坂さんがどうして芳日町に戻ってきたのか、知っているんだろうか? 見た感じ知らなさそうだ。仮に大まかなストーリーは聞いていたとしても、僕が件の男だということまでは絶対に教えてもらえていないだろう。


「ゲームの動画って大変なんだなー」などと勝手に納得しているけれど、違う。天園さんの配信の方がずっと大変だと思う。「ねえ、もうそろそろ夏休みじゃん? 海行かね? あとプールも! そんでキャンプも!」


「い、いきなり話題変わるね」頭が追いつかなかった。「海とプールはおんなじ気がするけど」


「え、全然違うし。猫村くんマジおもろいこと言うなーウケる。海と山ぐらい違うくね? 遊び方がまったく違うっしょ」


「そうなんだ……」

 僕はそんなところへ遊びに行ったことがないから……どちらも水に浸かるだけなんじゃないの?と思ってしまう。


「遊び方教えるし! 猫村くんも行こ!」


「え……」今までの僕だったら面倒だし楽しくもないだろうし決して行かなかっただろうが、普通に「うん」と頷いている。「どうやって行くの?」


「知らんけど。そんなんあとで考えればよくね? 電車で行くか、誰かにクルマ出してもらうとか? まあいいじゃん。猫村くんが行きたいかどうかがカンジンなんだからさ」


「まあ……そういう機会があるんだったら僕も行ってみたいよ」


「じゃ、行こ!」


「うん」

 鷹座って海が遠いからどうしても長距離移動になりそうなんだけど、そういうのもまた楽しいのかもしれない。想像でしかないけども。


 経験したことのない友達との遠出に思いを馳せていると、背後から誰かにしなだれかかられる。


「おは」穂坂さんだった。こ、この人、誰にでも不意打ちでしなだれかかるんだろうか。昨日は天園さんにかかっていたが、いやいや、でも僕にかかるのはちょっと問題がない? 「あたしも連れてってよ」


「ほ、ほ、ほ、ほ……」天園さんは手をわなわなさせてどもっている。「ホサコ何やってんだオマエはー! 猫村くんに触んなし!」


「え? いいじゃん」穂坂さんは抑揚のない声と共に僕のお腹を触る。


「どど、どゆこと!? なぜにホサコが猫村くんに痴漢してんの!? さ、触んなって。猫村くんから離れろしー!」


「…………」

 僕も恥ずかしいんだが、僕と穂坂さんの絡みを見ている天園さんの方がなぜか恥じ入っていて、僕の羞恥心も相対的に緩和される。


「あたしと本介の仲だし」


「ななな名前!?」天園さんはよりいっそう動転する。「ぶ、無礼者かよ。猫村くんのお名前を口にするなんて、罰当たりすぎじゃね……」


 動転していてよくわからなくなっている。


 穂坂さんのくぐもった声が僕の耳元でしている。「アマゾンも、呼びたいなら呼べばいいじゃん」


「よ、呼べるか! そんな気安く呼べるわけなくね!?」天園さんは声こそでっかいものの、頬は赤く、ひどく狼狽している。「てかなんなん? どーゆうアレでソレなわけ? どーゆう意味なん?それ」


「油断してると本介はあたしがもらうよ……って意味」


「はあ!?」と天園さんは体をびくりとさせるが、僕もおんなじ心境だった。


 これは宣戦布告だ。穂坂さんはそういう感じで行くつもりらしい。天園さんが僕を『好きピ』だと公言しているのに対して、穂坂さんも自分を包み隠さないで立ち向かうことを決めたようだ。ようだ、って僕自身も思いっきり関わってくることなんだけど、ようだと言う他ない。しかしなんか、殺伐としない? 既に空気がピリついていて僕は居心地が悪い。


 穂坂さんはもっと冷静でおとなしいタイプなのかと思いきや、まあ昨晩で薄々わかりつつあったが、まあまあけっこう大胆だ。「陰キャ男子だから倍率低いと思ってたら、痛い目見るよ。アマゾン」


「は? んなこと思ってねーし。猫村くんは常に最高の男子に決まってるくね? 陰キャとか言ってる時点で素質ねーわホサコ」


「あんたがそう思ってるのかなと思っただけだよ」


「露ほども思ったことねーわ。ビーズ一粒ほども思ったことねーわ」


「そ? だったらいいけど」穂坂さんが僕から離れる。「じゃ、そういうことだから」


「むむむむむ……」と天園さんは唸ってから、去りゆこうとしている穂坂さんに言い放つ。「よーし! ホサコ、だったら勝負しろし! 猫村くんを賭けて勝負な!」


「……は?」

 今度は穂坂さんと僕の胸中が揃う。


「そんだけケンカ売られて、買わなかったら、貧乏臭すぎじゃね? ウチは怯まねーし!」


「や、ケンカを売ったわけじゃ……」


「ダンスで勝負しろし! エビュウのショートにダンス動画上げて、いいね多かった方の勝ちな!」


「はあ?」穂坂さんも黙っていない。「そんなの、あんたが勝つに決まってるじゃん。あんたの得意なダンスなんだから、あんたが勝って当然でしょ」


「じゃ、なんでもいいよ。他の勝負でもいいし。ホサコが決めな。ホサコの得意分野でもいい。ウチはどんな勝負でも絶対に勝つし!」


「…………」序盤の優位はどこへやら、穂坂さんが一気に押される。「……あたしには得意なものなんてない」


「得意じゃなくてもいいし。好きなものとかでも、ウチはどんな勝負でも受けるよ!」


 なんでも来いのイケイケ状態である天園さんに対して、穂坂さんは暗い。「……好きなものもない」


「は? じゃ、もうウチの勝ちじゃね? 好きなものもないって、それって猫村くんのことも別にどうでもいいんじゃん? だったらもうウチ勝ってね?」


「そういう意味じゃないから」穂坂さんが少し声を張る。「わかった。ダンス? なんでもいい。勝負しよ。あたしが勝ったらアマゾンは本介から手を引いて」


「ちょ、ちょっと……」僕はようやく口出しできるタイミングを見つけられる。「ねえ、ケンカしないでよ」


「本介は黙ってればいいから」とピシャリと言われてしまう。周りにいたグループのギャルやら陽キャ達も囃し立てるばかりで収拾がつかない。友達だったら止めてほしいんだけれど、みんなこの場の白熱っぷりをただ楽しんでいる。


 だけど、これって二人だけの問題ではなく、僕も大いに関係することなのだが。僕は天園さんとも穂坂さんとも仲良くしていたいし、二人にも争ってほしくないし、ましてや負けた方が僕から手を引くって……なんだ、それは。僕の気持ちはどうなってしまうんだ。


 しかし僕のような小心者が抗議できる雰囲気じゃない。天園さんはやる気満々で、穂坂さんはピリピリしていて、どちらにも声をかけられない。


「じゃ、細かい勝負方法を決めようよ」天園さんはスマホを取り出し、エビュウのマイチャンネルを表示させる。「ウチのチャンネルにショート動画を投稿する。ウチのヤツと、ホサコのヤツね。で、一週間ぐらい経って、いいね数の多かった方が勝ち。どうよ」


「ダメだから」と穂坂さんがすぐ言う。「アマゾンのチャンネルだったら、アマゾンの方にいいねが片寄るに決まってるでしょ。チャンネル登録者はあんたのファンなんだから」


「え、そんなことなくね? ホサコ可愛いんだから、伸びるっしょ。だいぶ前にウチのチャンネルで上げたホサコのショート、メッチャ評判いいし」


「でも、あんた自身のショートの方がやっぱり上でしょ?」


「たまたまじゃねー? 別にウチのチャンネル登録者って、ウチが可愛いから登録してくれてるわけじゃねーし」


「そういう人もいると思う。だから公平じゃない」


「そんなこと言われてもなー……じゃあどうすんのよ」天園さんは考えるふうにしてから「あ」と何か閃く。「じゃ、ホサコのショートは猫村くんのチャンネルで上げればいいじゃん。名案じゃね?」


「え、本介、エビュウやってんの?」


「あ、うん」


「意外。そうなんだ。え、ダンスとかすんの?」


「だ、ダンスはしないよ。ゲーム関係の動画投稿とか」


「へえ……すごいじゃん」


「すごくはないけど。慣れれば簡単……」


「ちょーっと脱線しまくりじゃん」と天園さんが間に入ってくる。「先に勝負方法決めちゃわね? とりま猫村くんのチャンネルを使わせてもらおう。おっけー?」


「あたしはそれならおっけ」


「うーん……」僕は……正直、僕のチャンネルで穂坂さんが踊ってくれると、ひょっともすると少し話題になるかもしれないなと反射的に思っている。二つの可能性がある。淡々とゲーム攻略動画を上げていた硬派なチャンネルに急に生身の女子を出すと拒否反応を示す視聴者が続出するおそれ。僕のチャンネルの『中の人』が穂坂さんだと勘違いをして萌えてくれることでこれまでの動画の視聴数や登録者数が増加する期待。穂坂さんは表情自体はぼんやりしているけれど間違いなく可愛いし、後者の可能性が非常に高い……と僕は読む。黒髪で清楚系なのもいい。オタクは見るからに陽キャっぽい女子を食わず嫌いする傾向が強い。しかし、穂坂さんを使って諸々の数字を上げるのは僕の美学に反するって問題もある。美学というか、僕の自力以外の要因で数字が伸びるのを僕自身がよしとできないってだけの話なのだが。でも、そうも言ってられないか。僕のチャンネルを活用できないと話が進まなさそうだ。別に勝負用のチャンネルを新たに開設するとか、いろいろ方法はあるんだけど、どちらにせよ天園さんが有利じゃんって話になりそうだし……。「わかったよ。僕のチャンネルで投稿しよう」


「おー猫村くんありがてぇ」


「あたしのショートは本介のとこで、アマゾンのショートはアマゾンのとこで……ってことでいい?」


「ちな、猫村くんのチャンネルって登録者数どんだけなん?」


「僕のチャンネルはたしか……二万いくかいかないかぐらいだったかな……」


「え、強っ。神配信者じゃね? 猫村くんそんな強チャンネルの主だったん? え待って。そしたらウチの方が不利になるくね? ウチのチャンネル、登録者一万ちょっとなんだが」


「でも僕のチャンネルって登録者はけっこういるけど、登録してるだけで全然見に来ない人の割合だいぶすごいから……。しかも今回はゲームと関係のないダンス動画だし、これくらいの差でちょうどとんとんなんじゃない?」


 天園さんの場合、そもそもがそういうチャンネルなので多くの登録者がダンス動画を見るだろうが、僕のチャンネルは通常そんなものを扱わないし僕のチャンネルでダンスを見たい人なんて本来ゼロなはずだ。だからこそ登録者数の差は有利不利をそこそこ帳消しにしていると思う。具体的なところまでは全然言及できない、感覚的な見立てだけども。


 天園さんも納得する。「ま、それはそーかも」


「じゃ、いつ投稿する?」と穂坂さん。「いつ投稿して、いつまで集計する?」


「七月下旬に夏休みに入るじゃん? 日付が変わる瞬間に投稿して、七月いっぱいまでカウントでよくね?」


「動画は、ダンスのショート動画ひとつだけ?」


「ひとつだけ。日付が変わったときに投稿した動画で勝負な」


 僕は挙手する。「期間中、他の配信はしてもいいの?」


「よくね? 猫村くんの活動の妨げにはなっちゃダメだと思うし。ウチも他の配信したいし」


「他の配信でショート動画の宣伝は禁止」と穂坂さんが言う。「勝負中ってことはどこにも書かないし、言わない」


「おっけ。ただ単にショートで踊りましたって(テイ)で投稿ね」


「ちな、何を踊るの?」


「どーすっかね。やっぱ踊ったことないヤツがいいっしょ」天園さんはスマホでポチポチ検索して、「これにせん?」と提案してくる。「これ面白そう」


 サムイモアっていうガールズバンドの楽曲『キキキテレツ』に決まる。サムイモアってのはメンバーそれぞれが楽器をやっているので基本的に踊ったりはしないんだけど、この曲にはインフルエンサー的な誰かが勝手に付けた振りがあり、それがあたかも公式のダンスであるかのようにバズっている。天園さんと穂坂さんはそれをコピーして踊る。


 というかホントに勝負するの?と僕は不安で不安で仕方ないんだけど、天園さんと穂坂さんの間には先刻のようなバチバチ感は既になく、いつも通りの緩いやり取りをおこなっていて、ホントに勝負するの?と逆の意味でも思ってしまう。


「ダンスなんて、超苦手なんだけど」と穂坂さんは誰かが踊っているキキキテレツの動画を天園さんといっしょに視聴しながらぼやく。


「ダンスなんてノリじゃね? パッションが出てればそれでよくね? パショれ」


「パッションもないし。あたし」


「アハハ! まあオマエ、顔死んでっからね。ダウナーギャルやば。逆にバズりそうでセンセンキョーキョーなんだが」


「ズルしたら怒るよ」


「するはずねーし。信用なさすぎか」


「真剣勝負だから」


「受けて立つ……ってかこの部分ムズそうじゃね? 手足同時に、そんな角度でそんなリズムで? ウチできっかな」


「パショれば?」


「パショるしかねー」


「……そだ。あたしは本介に動画撮ってもらったり投稿してもらったりすればいいんだよね?」


「そうだけど……え、なんかずるくね? 動画完成するまでいつもいっしょにいるってこと?」


「うん」


「うんじゃねーっしょ。え、それずるい。ウチも猫村くんと踊りたいんだが」


「あんたは自分のチャンネルでやるんでしょ」


「でも、でも」天園さんが僕を見遣る。「一日ごとに猫村くんがウチとホサコを見回るってのは?」


 僕は毎日どちらかといっしょにいなければならないのか。そんなの勘弁して……と昔ならげんなりしただろうが、今は、そっか、としか思わない。暇人だし、毎日友達と遊ぶ予約ができていると考えれば、それは悪いことじゃ全然ない。最悪、二人がダンスの練習をしている間に宿題もゲームも、ゲームプレイの録画さえもできてしまえる。「僕はそれでいいよ」


「一番デキのいい動画を投稿すればいいだけだし、踊るたんびに撮らなくてもいいじゃん? 練習して踊れるようになったら撮ってみりゃいいんだし。てかまずは振り付け覚えねーと」


「だる」


「パショれ」


「パショれもだいぶだるい」穂坂さんは一息つき、「ま、やるからにはやる」と僕に言う。「よろしくお願いします」


「あ、こちらこそです」と僕も頭を下げる。


 こうして降って湧いたような真剣勝負が始まってしまう。ギャル仲間や陽キャ達が見守る中、なんかよくわからない火蓋が切って落とされる。僕はどちらを応援できるわけでもなく、いがみ合ってないで仲直りしてよと乞おうにも二人の仲自体は別にそれほど険悪そうでもなく、微妙な気持ちで開戦を受け入れる。


 穂坂さんに僕のチャンネルを晒すことになりそうだし、連鎖的に天園さんにも見られてしまう危険がありそうなので、僕はSNS周りを少し弄くる。メインチャンネルからサブチャンネルを辿れないようにする……のはもとからやっているし、トイペキにおける動画投稿を周知するポスト以外をいったん全消しする。気色の悪いつぶやきが存在するかもしれないからだ。メインチャンネルにトイペキのIDを載せないわけにはいかないから、今後はトイペキを検証考察や宣伝専用のツールとし、余計なことは書かないようにしよう。サブチャンネルからはすべて辿れるが、逆は不可能なので問題なし。これで二人に何を見られてもへっちゃらだ。


 夏休みの開始日……つまりショート動画投稿日まではまだ期間があるけれど、まずはダンスを覚えてそれの精度を上げていかなければならないので、のんびりはしていられない。今日からさっそく始めるということで、初日、僕は穂坂さんの監督になる。バイトが終わってからの練習になるので僕の睡眠時間に食い込んできそうだしいずれ親にも怒られそうなのだが、二週間もないくらいの短期間だし許してもらいたい。それよりも、天園さんは穂坂さんのバイト事情はご存知なんだろうか? たぶん知っている。だけどバイトがあることと練習がバイト後になることとは結びついていない気がする。たぶん思い至っていたら何か配慮してくれそうなもんだし。


 バイト後、穂坂さんを迎えつつそれについて尋ねてみたら「言わなくていいよ」と口止めされる。「条件はもう決めたし。ここからは言い訳なし」


「というか勝負なんて……僕困るんだけど」


「本介には関係ないから。あたしとアマゾンの問題」


「僕も思いっきり関係あると思うよ……」

 僕がいなければ二人がバチバチすることもなかったんだから。


「大丈夫。一回負かせばピシャーンてなるから」


「何が大丈夫なのやら……」


「それより」と穂坂さんは気だるくはないんだろうけど気だるそうに言う。「三日連続だね。三日連続で送ってもらえるとは思わなかった」


「本当だね。はは……記録がつき始めると、途中でやめにくくなっちゃうね」


「無理しなくていいから」


「三日連続で送って、四日目は来ないって……僕にはできないよ」


「マジで無理しなくていいから」


「うん……」来るけど。


 バレていて、「じゃ、明日から来ないで。逆に」と言われてしまう。


「や、無理してないから。全然平気」


「無理してるし」と穂坂さんは嘆息する。「本介のそういうのって、優しいっていうのとはちょっと違くて、自分自身に対してムズムズしてるだけでしょ。行きたくないけど行かなきゃって思っちゃうだけでしょ」


「…………」それはけっこう的確な指摘で、そうかもしれない。僕は気が小さいから他人に影響がある何かを自分の意思で変えづらいんだと思う。わかってはいるんだけど、直せるならば苦労はない。それに……「少し違うよ」


「ふうん」


「行きたくなくはないし、僕が嫌なのは、仮にコンビニへ行かなかったことで、穂坂さんが『今日は来てくれなかった』って残念がることだから」


「…………」

 穂坂さんは口を閉ざし、僕の真横まで歩いてきて、僕に少し体をぶつける。


「来ても来なくてもいいんだって言ったとしても、来てくれてたものが来なくなるのは寂しいじゃない? 僕はそういう思いを穂坂さんにしてほしくないだけ」


 芳日町へ戻ってきた穂坂さんを絶望させてしまった僕だから余計にそう思う。でもこれは罪滅ぼしってわけじゃない。ただ僕がしたくてしているだけの話だ。


 穂坂さんはうつむき「それはそう」と認める。「あんたが明日来なかったら、少し落ちるかも」


「明日も来るね」


「ホントは、来なくても何も思わない、って言ってあげるべきなんだけどね」


「ううん」


「…………」


「……ところで、穂坂さんは」


「名前」


「……久兎ちゃんはダンスできるの?実際」

 踊っているイメージがあんまり湧かない。


「できない寄りのできない。踊ったことはあるけど。アマゾンも言ってたと思うけど、あいつのショート動画の中にあたしが踊ってるやつもあるよ」


「へえ……」

 僕はスマホを取り出して天園さんの動画リストを漁る。


「あたしのいないところで見て……」


「でもこれから練習に付き合うとき、僕はほさ……久兎ちゃんが踊ってるところ、毎回見ることになるよ」


「まあね」


 それに天園さんと穂坂さんでどれくらい違いがあるのかも確認しておきたい。穂坂さんはダンスで天園さんに勝ち目があるのか?


 天園さんはダンスのショート動画もけっこう盛りだくさんで、暇を見ては投稿しているんだろう、だいぶ掘らないと穂坂さんの回が出てこなかった。穂坂さんのダンスは……はは、やっぱり無表情だけど、天園さんも真顔で踊っていたりが多いからそもそもそういう流行りなのかもしれない。ダンスのテクニック自体は……穂坂さんの躍りがわりと単調な内容なので推し測れない。


「……天園さんのダンス動画。これって、再生時間は一分ほどだけど、無編集で一分ってわけじゃなくって、繋げたりしてるよね。角度を変えたり早回しにしたりもしてるし。加工もしてるよね。こういうのって今回もありなの? そこら辺のルール確認ってしてないよね」


「それ普通だから」と言われる。「たぶん当たり前。本介はダンス系の動画見ないからピンと来ないかもしれないけど、誰でも普通にやってることだよ」


「そうなんだ」

 一分間とはいえ、手間がかかっているんだなあ。


「あたしはできないけど」


「え、じゃあそういう部分は僕が担当ってこと?」


「そうじゃない?」


「ひー」これセンスいるよ。


「アマゾンは手慣れてるから。こっちも手慣れた人が手を加えないと勝負にならないでしょ」


「…………」


「よろしくお願いします」


「うーん……」

 撮り方や編集の仕方自体はわかるけど、ダンスに合った格好いい感じに仕上がるかの自信がない。そんな動画作成、したことない……。これ、僕にもガッツリ仕事があるイベントなんじゃないだろうか。


「ちな、本介はどんな動画上げてるの?」


「僕はゲームの攻略動画だってば」


「見して」


 初日はけっきょく、穂坂さんが僕の作った動画ばかり見ていて練習にならなかった。そもそも、アパートの四階でダンスは厳しかった。絶対に近所迷惑になる。管理人さんに数日間だけダンスの練習で屋上を使用してもいいですか?と穂坂さんが問い合わせたら、僕と穂坂さんの二人を上限とするならオーケーとのことだったので、以後はライトで照らしながら屋上で踊る運びとなる。


 ダンスの動画編集……面白そうでもあるのだが、僕が力を注げば注ぐほど天園さんが負ける確率が高まり、かといって僕がほどほどにしかやらなければ穂坂さんの負ける確率が高まる。どちらにも負けてほしくないし、まず勝負なんてしてほしくないんだけど、もうやらざるを得ないし、僕も僕で知識をつけて、ないなりのセンスを発揮してみるしかない。

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