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11.水着

 天園さんと穂坂さん、僕はどちらのことが好きなんだろう。いや、どちらも好きなんだけど、どちらか一人を選ばなくちゃならないとしたら、僕はどうするだろう? だけどそもそも僕のこの『好き』が友情と言い換えられてしまうものなのか、それともそれ以上のものなのか、今はそれすら不明瞭な状態なのだった。一人を選ぶとするならば、その『好き』は必ず友情を超越していなければならないと思う。けれど僕は女の子を知らなさすぎるどころか、友達も少なくて、これが友情でこっちが愛情だとはっきり区別できない。ただ、桐哉に対する『好き』と天園さんや穂坂さんに対する『好き』が全然違うことだけはわかる。でも、それだけだ。違う、とわかるだけ。桐哉と天園さんと穂坂さん……誰を優先する?と問われるとまた振り出しに戻ってしまう。わからないのだ。全員が大切で、一人にしぼることができない。他のクラスメイト達は人間関係も豊富で、だからこんな選択くらい容易く、自分の心のままにおこなえてしまえるんだろうか? その判断力はすばらしいと思うし、それができない僕はやっぱり上手に生きることができていないんだろうなと自覚させられて、悔しい。


 夏休みには海やプールへ行こうと一応約束していたが天園さんらしい有言実行でやはり本当に行くらしく、今日はそのための水着を購入すべく、天園さんに鷹座(たかざ)駅へと呼ばれる。大階段の前で待ち合わせるということで、ギャル達の姿をそこに探すが見当たらず、あれ?と思っているとどうやら天園さんは一人で来ているようで僕を先に見つけ手を振っている。白いデニムめいたスカート。裾の短いキャミソールみたいなものに透明感の強いスケルトンなブラウスを羽織っている。語彙が足りず上手く説明できない。僕のようなオシャレの欠片もないヤツの前では天園さんのファッションセンスもカタナシである。


 僕は早足で天園さんのもとへ向かい「おはよう」と挨拶しつつ尋ねる。「みんなは?」


「おは。みんな?」と尋ね返される。


「あ、グループのみんなで買い物するのかと思ってた。違うの?」海へはみんなで行くはずだ。


「あー……もう買ってるヤツとかまだ買ってねーヤツとか、わけわからんから誰にも声かけんかった。ダメだった?」


「いや、僕は別にいいんだけど」


「ちな、ホサコは?」


「え、穂坂さんも当然来ると思ってたから僕からはなんにも言ってないよ」


「そーなん? 猫村くん呼んだらホサコも来るかなって勝手に思ってたから。ウチも呼んでねー。ホサコは水着まだのはずなんだけどなー」


「僕は穂坂さんのマネージャーとかじゃないからね……」動画作成も終わったし、スケジュールの共有もそこそこといった感じだった。「今からでも連絡してみる? もしかしたら昼間からバイトしてるかもしれないけど。夏休みの途中からシフト変わるって言ってたし。それがひょっとすると今日からだったのかな。今日はここに来ると思ってたから、明日からだろうって勝手に思い込んでたけど。どっちだったかな。わかんなくなっちゃった。どちらにせよ確認してみないとダメだね」


「やっぱマネージャーみたいじゃんね。でも昼間にシフト変更するってことは猫村くんのボディガードもなくなるってこと?」


「ボディガードも夏休みに入るみたい」

 もしかしたら穂坂さんが僕に対してやっぱり申し訳ないと思い、ボディガードの不要な昼間にシフトを変えたのかもしれない。そこら辺は聞いていない。


「ま、今日はホサコ抜きにせん?」天園さんが笑う。「思いがけず二人きりだし、今日は猫村くん一人占めしたい! イヤ?」


「嫌じゃないよ。誰も来てないのには驚いたけど、夏休みに天園さんの顔見れてよかったよ。僕も水着買わないといけないから、行こう」

 芳日高校にはプールの授業なんてないし、僕は水着など当たり前に持っていない。海へ行くなら泳がないにしても念のため買っておきたい。


「よーし! 今日は頑張ろ!」と天園さんも気合いを入れる。


「そんな、別に頑張らなくても」


「や、頑張りたいことがあるのよ。せっかくだし頑張る!」


「そうなんだ? うん、頑張ってね」


 で、僕達は大階段の前から移動する。駅の正面口を出たところに大きな建物がそびえ立っていて、そこにはファッションを取り扱うお店がたくさん入っているとのこと。いったいいくつあるんだろう? ファッションってそんなに多種多様なの?ってくらい広大な建物だ。僕はオシャレとは無縁だったため、生まれてこの方こんなところへは立ち寄ったことがない。


 天園さんがうっとりしながらつぶやく。「いいよなー。こーゆうビルの空気って」


「えっ、そう?」

 なんか息苦しくない? 人も多いし。しかも派手な人の割合が高めだ。陽のエネルギーが眩しい。


「女子が欲しいものが全部揃ってるじゃん? 来るだけでテンション上がる~」


「天園さんが楽しいなら僕はそれで充分だよ」


「猫村くんからしたら苦手空間かな?」


「一人ぼっちで置き去りにされたわけじゃないから平気だよ。天園さんがいるし」


「任して! ウチといっしょにいれば大丈夫だし!」親指を立てる天園さん。「疲れたら遠慮せずに言うこと。無理したらダメだから。おけ?」


「お手柔らかにお願いします」


「こちらこそ」


 他のお客さん達の流れに加わってエスカレーターに乗る。上りのエスカレーターは上から下まで人でいっぱい。隣で下っているエスカレーターの方にも次から次へと人が乗ってきて僕達とすれ違う。繁盛している。


 二階に到着するが、このフロアに用はないらしく、天園さんはそのまま三階行きのエレベーターに乗る。「猫村くん、ショート動画見てる?」


 僕も天園さんの隣に立つ。「勝負用の、キキキテレツダンスの動画?」


「そーそー。いいね数とかコメとかチェックしてんのかなーって」


「実は全然見てないんだ」と僕は答える。「投稿してからしばらくは確認してたけど、気にしててもしょうがないし。いいね数は勝負のときまで見ないことに決めたんだ」今さら改良して投稿しなおしができるわけでもないし、ストレスになるから見ないようにしている。どうせ八月一日に必ず見なければいけないのだ。それまでは放置でいい。「もちろん天園さんのショートも一度きりしか再生してないよ」


「そーなんだ。ウチも見てないよ」


「本当?」


「なんで嘘つくし! ホントだよ! 見たってさ、どうすればいいかわかんないじゃん」


「うん」

『どうすればいいかわからない』というのは本当にその通りで、例えばどちらかが現段階で既に圧倒的ないいね数だったとして、それに対してどんなリアクションを取ればいいのかわからないのだ。僕はね。天園さんや穂坂さんともなんかやりづらくなってしまうし、だから敢えて見ていない……といった理由も多分にある。


「いいね数は今も増えてるんだろーし、いちいち見てたってメンドいだけじゃん。八月一日にまとめて見ればいいだけっしょ」


「そうだね」だけどこの勝負、天園さんが言い出して天園さんから仕掛けたはずなのに、今の天園さんはなんだかあまり勝敗を気にしていないように見える。僕と同じで、投稿し終わった以上うだうだ考えていても仕方がないと腹を括っているんだろうか? それにしてはなんというか……「ん?」


 天園さんが二の腕を僕に当ててくる。「…………」


 たまたま当たっただけかな?と気にせず前を向いていると、また当たる。ぐっと押しつけられる。「ん……どうかしたの?」


 天園さんは反対側に顔を背け、「や、て、手を繋ぐのとか、どうかなーっつって」と言う。


「え、こんなところで?」

 こんな、人しかいないような空間で? 夜道で繋ぐ手とは違って、なんだか気恥ずかしい。


「い、いいじゃん……」


「いいけど……天園さん、若干嫌そうに見えるんだけど」

 そっぽを向いているし。


「これは……恥ずかしくて顔見れねーの!」


「うっ……」そんなことを言われると僕まで照れ臭くなってくる。そんなに恥ずかしいなら手を繋ぐのなんてやめておけばいいのに。あ、さっき意気込んでいた『頑張る』って、これのこと? 「む、無理しなくてもいいと思うよ」


「つ、繋ぎたいもん……」


「…………」でも見ると、天園さんは耳まで真っ赤だ。天園さんはけっこうよく赤面する。率先して人前に立って発言しているときとの落差がすごい。普段の天園さんを見ていると羞恥心なんてまるでなさそうに感じられるのに。「……繋ぎたいなら繋ごう?」


「う、うん……」天園さんは頷き、僕の手首を握ってくる。


 そんな部分でいいの?と天園さんを見遣るが、恥じ入ってうつむいてしまっており声をかけづらい。天園さんがあまりにも極端な反応を示すから、僕の方にゆとりが生まれてしまう始末だ。


 そういえばこの間の生配信で『好きピ』に触れるのにもものすごい勇気がいると言っていた。天園さん自身がだんだんピュアになってきてしまっている、と。


 あの生配信はおそらく天園さんの都合でアーカイブが残らなかったみたいで、けっきょく見返すことができなかったのだ。桐哉の部屋で視聴したアレが最初で最後。二度と見ることのできない貴重な配信になってしまったのだ。だから記憶が曖昧で、残念ながら天園さんの話してくれた言葉すべてをきちんと胸に刻めているわけではないんだけど、僕の方だって天園さんには感謝でいっぱいなのだ。


 僕の手首を掴んでいる天園さんの手を導き、きちんと手と手で繋ぎなおす。天園さんが泣きそうな顔で僕を見つめてから少し笑う。今度は僕が自分の大胆さに火照るが、振りきる。「あの、無理しないでもいいけど、我慢もしなくていいから。そんな、遠慮したみたいなところ握らないで、天園さんの自由にしてもらって大丈夫だよ。天園さんらしくしててね」


「猫村くん……」


「天園さんが弱気だと、僕も不安になるから」


「う、うう……」


「平気……?」


 天園さんは唸ってから「天使かよー!」と叫ぶ。「猫村くんマジ天使かよ! 胸がいっぱいになっちゃうんだけど! やば。吐きそう」


「は、吐かないでね」


「よし!」


「大丈夫そう……?」


「おけ。ありがと! 猫村くんといると優しくなれるし元気はもらえるしマジで抱きしめたくなるし! マジやば! 今ので気合い入ったわ!」


「よ、よかった」


 天園さんが繋いだ手に力を込める。これはお母さんと子供の手の繋ぎ方だけど、天園さんはこだわらないようだ。「行こう!」


 三階を歩いている。足取りに迷いがない。天園さんは建物内のお店をすべて把握しているのかもしれない。ありえそうな話だ。


 当初の予定通り、まずは水着を見繕うようだ。天園さんに連れられて訪れたお店は水着しか置いていない、少し異質な存在感を放つスペースだった。


「水着専門店……?」


「夏の間まではねー」と天園さんが教えてくれる。「水着シーズンが終わると今度は秋冬用のアイテムが並ぶの」


「なるほど」


「水着買うならやっぱここっしょ。試着もできるし」


「し、試着?」

 水着を? あんな全体が地肌を直接覆ってくるものを試しに着てもいいんだろうか? 買わなかったらそのままもとの場所に戻すんだろうから、次に試着するときに不衛生じゃないのかな。


「猫村くんどうかしたん? 男物もちゃんとあるよ」


「うん。僕は適当なものでいいんだけど、試着って衛生的に大丈夫なの?」


「ん? 試着は試着じゃん?」


「いや、ほら、なんて言えばいいのかな……水着ってぴっちりしてるでしょ? だから、前に試着した人のお尻に食い込んだ水着を天園さんは着ることになるかもしれないんだよ?」


「あー……アハハ! そゆことね! ダイジョブダイジョブ。ついて来て!」

 天園さんは僕の手を引いて水着の森の中へ入っていく。いろんな形があるし、同じ形状でもカラーバリエーションが豊富。だけどとりあえずみんな下着みたいな様相なので、目のやり場に困る気がする。天園さんはビキニっぽいものを何着か選んで確保する。黒色、白色、牛柄……?


「ピンクは候補に上がらないの?」と僕は訊く。


「なんでピンク?」


「いや、天園さんピンク好きなのかなと思ってて」


「え、好きだよ。なんで知ってんの?」


「部屋がピンクだし」と僕は笑う。


「アハハ! やべー見られてるし! 恥ず!」


「そんな今更……そりゃ見ちゃうよ」


「んー……ピンクも好きだけど、水着として着るには派手じゃね?」


「僕にとっては派手だけど、天園さんなら似合うんじゃない?」


「どうだろな。ピンクって目立ちそうだし、ナンパされそうじゃね? 海でのナンパまじウザいし」


「ナンパなんてされるものなの?」


「されるよー。去年もやばかったし。かき氷かけてくるヤツとかいたもんなーマジ邪魔」


「へえ……」

 ナンパなんて都市伝説だと思っていた。僕からすると、そんなふうに気軽に見知らぬ異性に声をかけられるなんて、よほど自信があるか、気が触れているかのどちらかじゃないと納得できない。


「ま、ウチらのツレの中にはナンパ待ちのヤツもいたりすっからねー。されて嬉しいヤツもいるってわけなのよ」


「じゃあ天園さんをナンパしに来た人には、代わりにナンパ待ちの子を差し出せばいいってこと?」


「できたらなー。ナンパ師にだって顔の好みとかあるだろーから、チェンジって言われちゃうかもしれねーけど」


「……まあ天園さんは特別綺麗だからなあ」


「え、今なんて? もっかい言って! ウチのキレイがなんて?」


「聞こえてるじゃない……」


「アハハー! よっしゃ! そろそろ試着してみん? 行こ!」


「え、だから試着は衛生的にどうなの?って……」


「それを今から説明すっから!」


 天園さんに引っ張られて試着室につれて来られる。試着室があるということは、試着は推奨されているということ。何か清潔さを保つ策があるんだろう。まさかアルコールで洗浄するとかじゃないだろうな……。


 試着室に入り、僕はあれ?となる。そもそも試着室って男女が二人で入るような場所か?と冷静になっていると、天園さんがスカートを脱ぐ。スカートがパサッと床に落ちる音がし、僕は焦る。


「あの、天園さん!?」


「水着の試着はねー、こーゆうインナーショーツを穿いとくのが常識よ」


「ぼ、僕出るね!?」


 試着室から脱出しようとする僕は天園さんに肩を掴まれ阻止される。

「これフツーの下着じゃないから。ほら、水着の下に穿くやつ。見てみ?」


「見てみって……」普通の下着じゃん! 黒くて薄い、面積の狭い下着! 僕は目を瞑る。「下着だよ!それ……」


「下着だけど、水着を着るとき用のやつ。これを穿いたまま試着するから汚くないっしょ? てか聞いてる? 猫村くんが気にしてっからレクチャーしてんのに」


「わかったから! レクチャーはもういいよ。ありがとう」


「ダメだし。ちゃんと見て」


「無理無理」

 僕は頑として目を開かない。水着の下に穿くことができる下着があるということはわかったが、普通の下着と区別がつかない。僕は女性用下着なんてほぼほぼ見たことがないから、用途がどうであろうと下着はおしなべて下着だ。見ない。そもそも普通の下着じゃないから見られても構わないという発想も理解できない。


 目を固く瞑っていると、頬を何かで押される。驚いて反射的に確認すると、天園さんの顔が眼前でアップになっている。


 天園さんは普段大きな目を細めて「見てくれないと、チュウするから」と囁く。


「も、もうしなかった!? 今しなかった? 頬に何か当たったよ?」


「次は口にするし……」


「…………」

 遠慮せずに天園さんの自由にすればいいと言ったけれど、ものすごく自由すぎる。僕もテンパっているが、天園さんも余裕のない表情になっており、赤らんだ顔からはまた蒸気が上がっているかのようだ。


「ホントはインナーショーツ見せるのも激恥ずなんだけど」


「じゃ、じゃあ見せなくていいから」


「見せたい」


「えぇ……?」どういうこと?


「てか試着しに来たんだから試着するよ。どれがいいか猫村くんに選んでもらわんと……!」


 当たり前のようにブラウスを脱ぎ、キャミソールを捲り上げようとするので、僕は慌てて天園さんの脱衣を止める。天園さんの両手を押さえてキャミソールを脱がせない。

「選ぶよ。選んであげるから……とりあえず僕、外に出てていい? 着替え終わったら見せてよ」


「ダメだし。見ててって言ってんじゃん」


「み、見れないよ……」


 天園さんが顔を近づけてきて、恥じらいを我慢して無理矢理笑んでみせてくる。「猫村くんも男の子なんだし、ホントは見たいんしょ? 見ていいから。ウチは猫村くんになら全部見せれるし……」


 急にどうしたんだろう? 謎だ。わけがわからない。天園さんには実は見られたい願望があって、それが今、抑えられなくなってしまったとか? いや、でもかなり恥ずかしそうにしている。緊張で崩れてしまいそうな表情を必死に保っているように見える。だとしたら、僕は試されているんだろうか? 僕が天園さんの下着姿を安易に見たがる奴なのかどうか、確かめられている? そこら辺にいる男子と僕がけっきょく同じなのかどうなのか、天園さんは測っているのか?

「天園さん、あのさ……」


 僕の台詞に天園さんが被せてくる。「ウチ、もっと大胆になりたくって……猫村くんに全部見せても全然へっちゃらなぐらいになりたいのね?」


「な、そ、そんなに大胆にならなくてもいいんじゃない……?」


「ダメだし。ウチ、ホントはもっと猫村くんに触りたいのに、度胸ねーしできなくてさ。軽く手ぇ繋いで、頭撫で撫でしたり、ぎゅーって抱きついたりしたいのに、全っ然できねーから。情けな」


「だから大胆になるために、ってこと?」


 天園さんはそれを『頑張ろう』としているのか。それはこの間の生配信終盤のトークとも繋がる。こんなピュアなままじゃダメだと思う、と天園さんは嘆いていた。ピュアを脱却したいのか。だから無理をして恥ずかしいことをやっているのか。


 首肯する天園さん。「うん。それと猫村くんにも慣れてほしーし」


「…………」


「ウチの下着とか、ウチの体とか、ウチの全部に。猫村くんがそーゆうのに慣れて積極的になってくれたらウチも嬉しいし、緊張もほぐれて、気持ちも楽んなるし……」天園さんが僕の腕を反対に捕まえてき、キャミソール越しに胸へと押し当てる。張りのある天園さんの胸が僕の手と押し合いになる。「さ、触っていーよ」


「っ…………!」


「どーぞ……!」


 僕は気絶しそうになるがなんとか踏みとどまって「ううん」と首を振る。天園さんの腕力に僕は負けていて腕を振りほどけそうにないのでそれはあきらめる。「天園さんみたいな美人を前にして、舐めてるのかって言われそうなんだけど……僕は天園さんと付き合うまではこういうこと、したくないから」


「…………」


「や、正直に言うね? 僕は天園さんの体に興味あるよ。幻滅されるかもしれないけど、それは本当。だから誘惑に負けそうになっちゃうときがあるんだけど、そこは越えちゃいけないところだって思ってる。僕が天園さんを愛してるって思わない限りは……」


 天園さんが僕の腕を解放してくれる。「猫村くんはウチのことどう思ってるん?」


 僕は素早く手を引っ込める。「好きだよ」


「でも」と天園さんが先回りする。「ホサコのことも好きじゃんね」


「うん」僕は認める。「天園さんのことは好きだし、穂坂さんのことも好き。この好きがどういう感情なのか、僕の中で全然まとまってなくて……。でも、いつになるかはわからないけど、いつか必ず、答えを出したいと思ってる……」


「その前に飽きていなくなってっかもよ?ウチ」


「そしたらしょうがないよ。僕が悪い」


「ウソウソ! ウソに決まってんじゃん」天園さんが抱きついてくる。僕の首に腕を回して、力強く。「いつまででも待つし。だってウチにはマジ猫村くんしかいねーから。そんくらい、だ、だ、大好き……」


「う、うん……ありがと」


「ウチの体に興味あるん?」天園さんが小声で確認してくる。「やば。うれぴょんすぎる。(たぎ)るし」


「や、そういう男って嫌いなんじゃなかったっけ?天園さん」


「下心ある男? あいつらはねー、誰でもいいんよ。ウチじゃなくたって、おっぱいとお尻があればなんでもいいってヤツらじゃん? 猫村くんはウチのことを知ってくれて、それでウチの体にも興味持ってくれたんでしょ? 最初から体目当てじゃないじゃん?」


「う、うん……」


「猫村くんのピュアなとこ、ウチめっちゃ好きだけど、そーゆう子がウチの体に興味持ってくれるのはマジ嬉しい。だって最初はウチになんて全然興味なかったっしょ?」


「それは……うん」

 三次元の女子なんて……ましてやギャルなんてありえないと思っていた。体云々どころか、視界にも入れたくないくらいだったのだ、本当は。だけどそんなのは、心が弱くてうつむいてばかりいた僕が勝手に育み続けた偏見でしかなかったのだ。とはいえ、すべてのギャルがそうではないと思う。だからこそ天園さんと巡り逢えた僕は幸福なのだ。天園さんの分け隔てなさが僕に間違いを気付かせてくれた。


「猫村くんが猫村くんのまま変わっていってくれて、ウチは嬉しいよ」

 天園さんが僕に顔を向かわせて、じっと見てくる。


 僕はやっぱり恥ずかしくて目を泳がせる。「…………」


「猫村くんは優しすぎっから。自分が変わっちゃうこと、恐がんなくていいんだよ?」


「…………」

 それは何か……心を見透かされているようでドキリとする。女の子と触れ合いさえしなければ芽生えなかったであろう僕の新しい気持ち。


「もしも悪い道に逸れてきたらウチが……ウチらの誰かが、バッコーンて改心させて、戻してやっから! アハハ。ね?」


「……うん」


「いっしょに成長しよーね!」


「いっしょに……」


「ウチもバカでガキだから。感情が整理できてないのは猫村くんとオソロみてーなもんだし? いっしょに頑張ろ。友達だし。今んところは」


「ありがとう」

 本当にありがとうだ。僕の人生にもっとも影響を与えた人物は……これ以上生きてみなくても確信できる……天園雨理さんだ。僕はこの人と出会えて本当によかったのだ。天園さんに感謝。そして、きっかけをくれた桐哉にも。


「ねー猫村くん」


「ん? なに……?」


「大好き」


「ぶふっ……脈絡は?」


「やっと恥じらわずに言えるようになったかもなー。アハハ。脈絡はあるっしょ。今いいムードじゃん?」


「友達だって言った直後なんだけど」


「友達でも、好きなもんは好きじゃん。好きどころか、大好きな場合だってあるし。友達にもいろんな段階があっからね」


「そうかもね……」

 たしかに。だからこそ難しいのだ。身に染みてわかる。


「じゃ、試着すっから! どれがいいか選んで!」


「わかったけど、僕は外で待ってるからね!」

 また捕まる前に離脱だ。僕は試着室から逃げ出す。


「あー! 今日は二人揃ってピュア卒業だと思ったのになー。留年じゃん。やば。不良じゃね?ウチら」


 楽しげな声が、試着室の中からずっと聞こえてくる。こんな日常が続くなら、不良で留年でも、生涯ピュアでもなんでもいい。僕は天園さんが顔を覗かせるのを待ちながら、そんなふうに思う。

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