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10.不審者

 明日から夏休みだ。つまり今夜、日付が変わる瞬間に、天園さんと穂坂さんの両名はキキキテレツダンスのショート動画を投稿しなければならない。そこから七月いっぱいを区切りとし、みんなに動画を見てもらい、獲得した『いいね』数を基準として勝敗を決める。決めなければならない。


 まあ穂坂さんの動画は編集したものを僕のスマホから投稿し、管理の方も僕がおこなうが。しかしそうは言っても穂坂さんの勝負であるから、今夜は穂坂さんの部屋に滞在して、日付の変わり目を待つつもりだ。僕が間違いなく投稿したことを穂坂さんに確認してもらい、あとはすべてを天命とか視聴者に任せるしかない。どちらかが勝ち、どちらかが負ける。そのとき僕達はどうなってしまうんだろう? まだ想像がつかない。想像したくない。でも僕は考えておかなければならない。僕から離れていくかもしれない敗者に、どう対応するべきなのかを。


 いつものように午後九時、コンビニでバイト後の穂坂さんをお迎えする。勝負の日だが、穂坂さんはいつも通りのぼやーっとしたアンニュイさ加減だった。


 しかし二人で並んで歩き出したとき、ん?と僕は感じる。最初は何に対して僕の意識が反応したのかがわからなかったんだけど、やがて気付く。誰かにつけられている。視線恐怖症とまでは言わないものの、僕の無駄に神経質なセンサーが超自然的に何者かの気配を察知したのかもしれない。さりげなさを装って振り向いてみると、大通りの後方三本目の電柱の陰に誰かいる。大通りなので比較的明るいが、この距離だとさすがに性別も体格も判別できない。いや、もちろん僕達と同様にただ歩いているだけの人かもしれない。僕達と同じ方角が帰路であるなら、前方にいる僕達に視線をやりつつあとに続いたって、咎められることなど何もない。しかし何か気味悪い。ただの歩行者っぽくない。僕の小さい小さい心が警鐘を鳴らしている。


 とりあえず大通りを曲がって住宅街に入る。自動車の音が一気に遠ざかり、明かりもまばらになる。心許ない道だ。今日は大学生の談笑も聞こえてこない。そんな中に、アスファルトに小石を擦りつけたようなザリという音が木霊した……ような気がする。再度振り向くと、やはり電柱三本分ぐらいの距離を取って誰かがついて来ている。いや……二本分だ。暗闇が濃くなって距離感が不鮮明になったが、大通りのときより明らかに接近されている。姿形は相変わらず上手く視認できない。


 帰り道がおんなじ人? それこそ大学生かもしれない。だけど気持ちが悪いので穂坂さんに伝えておく。何かあったとき、パニックにならずすぐ動けるように構えておいてもらいたい。

「……ねえ、穂坂さん」


「…………」


「あれ? 穂坂さん」


「誰? 穂坂さんって」と穂坂さんはこんなときでも緊張感がない。まあまだ何も伝えていないから仕方がない。


「久兎ちゃん」と僕は呼びなおす。


「このやり取りもいい加減だる」


「ごめん……ねえ久兎ちゃん、落ち着いて聞いて」


「え、なに」


「や、あの、誰かが後ろからついてきてる気がするんだよね……」


「ええ?」穂坂さんはサッと首を捻り後方を確認し「たまたまじゃない?」とコメントする。


「いや、コンビニを離れた辺りからずっとつけられてるんだけど」


「つけられてるっていうか、帰り道が同じだけなんじゃないの?」


「まあ……」普通はそうなんだろうけど、なんか異様な視線を感じるというか……。「久兎ちゃんは付き纏われたりしたことある?」


「ない……あー去年大学生にナンパされた」


「…………」


「普通の大学生だったけど」


「チャラい感じじゃなくて?」


「うん。普通な感じ?」


「この場合、普通な方が気持ち悪いよね」


「たしかに」と穂坂さんは頷く。「畦道くんにナンパされるより、本介にナンパされた方があとが恐そう」


「それ、どういう意味?」


「でも、そういうことでしょ?」


「まあ……」

 ノリが軽い方が後腐れもなさそうで爽やかだ。僕みたいなのに声を掛けられたら不気味だし、以後も付け狙われそうで不安になるだろう。


「あたしは本介にナンパされたらついてくけど」


「……誰かにナンパされてもついてっちゃダメだよ。危ないし」


「だから本介ならって話」


「僕はしないし……じゃなくって、久兎ちゃん、注意しててね。何かあったらすぐに逃げられるように」


「はーい」と穂坂さんは気がなさそうに頷く。「本介が真面目な顔するから、大事な話かと思ったんだけど」


「え、大事な話だよ」


「人でしょ、あんなの。ただ歩いてるだけの」


 そうだろうか。「……じゃあ、少し早足で歩いてみる?」


「それより、その道を反対側に曲がってみるとか? 向こうの道に用事がある人は、普通、そんな歩き方しないじゃん? ついてくるか試してみようよ」


「あ、そうだね。なるほど。じゃあ遠回りになるけどここで戻ってみる?」


「うん」


 たしかにこれでハッキリする。ここを通る必要があるなら、大通りを歩いている段階でもっと早めに路地へと入るべきなのだ。今現在の僕達のようなルートで進む者は異常だ。


 果たして、追跡者は直進して歩き去る……ことなく僕達と同じ無駄なルートを辿る。ついてきている。もう確実に。


 今までは半信半疑だった僕の背筋もいよいよスッと冷える。ほら、来るじゃないか。マジなの? どうしよう? 「…………」


「うーわ来たじゃん」と穂坂さんも(わずら)わしそうにする。


 しかし煩わしいどころの話じゃない。危険すぎる。二人でいるからまだマシだけど、一度でもこんな目に遭ったら、以後、本当に心配すぎるから穂坂さんを一人きりでは帰宅させられないよなあ……。


「このまま交番まで行く?」


「交番メチャメチャ遠いじゃん。無理」


「じゃあ通報するとか……?」


「いいから。もうアパートまで行こう」


「走る……?」


「無理。転びそう」


「……距離は詰められてないよね」チラリと確認してみるが、すぐにどうこうされるような距離感ではない。様子を窺われているといった感覚が強い。しかし、僕達がこういう敢えて絶対辿らないようなルートを歩いてみせたにも関わらず気にせずついてくるというのが恐ろしい。だって、ついてきたら黒確定なのだから。向こうもそれくらいわかるはずだ。わかっていて追ってきているのだ。「何かあったら先に逃げてね……」


「無理でしょ。本介、弱いじゃん」


「伊達に『家まで送るよ』なんて言ってないし。ときどきイメトレしてるから……」


「意味()。イメトレして何になるんだよ」


「意味なくはないよ」咄嗟のときに動きやすいはずだ。たぶん。


 穂坂さんが腕を組んでくる。「あたしは逃げない」


「いや、腕組んでたら動きにくいから……!」


「大丈夫」


「大丈夫じゃ……」なくない?って思うんだけど、穂坂さんが少し震えているのに気付いて僕は何も言えなくなる。ん? 震えているのは僕か? 膝が若干プルプルする。でも穂坂さんも震えているはずだ。「久兎ちゃん、手を繋ぐだけにしよう」


「……りょ」

 穂坂さんは僕の腕を解放し、言われた通りに手だけを繋ぐ。それぞれの指を僕の指と指の間に入れてきて、ぎゅっと握る。


「それ……お母さんと繋ぐときのやつじゃなくない……?」


「当たり前じゃん。本介はお母さんじゃないし」


「…………」いや、手の繋ぎ方について議論している場合じゃない。追跡者との距離に気をつけなければ。「……ホントに、可愛いと大変だね」


「え」


 僕はどうせ生まれるなら美少女としてこの世に生を受けたかったと日頃から考えていたのだが、そうすれば人生の難易度は相当軽減されるはずだと想像していたのだが、綺麗だったり可愛かったりするのもいろいろと危険が伴うものなんだとわからされる。チャラい男子達が隙あらば体を狙ってきたり、夜道には気をつけなければいけなかったり、悩ましくてツラい。


 路地を行ったり来たり、追跡者があきらめてくれることを願いながら不規則に移動しつつとうとうアパート付近までやって来たのだが、不審がられているのが明白なクセに向こうには退散する気配というものがない。警察はともかく、せめて桐哉に助けを求めればよかったか? いや、桐哉を巻き込むなんてありえない。誰も巻き込むべきじゃない。しかし、騒ぎが大きくなるのを避けたくて受動的に行動していたせいで、なんだかんだ、もうアパートだ。逃げ込んだら逆に穂坂さんの住所を明かすことになってしまう。かといってまた別の道へ進んでも不審者は延々とついてくるだろうし、キリがない。しつこい。


 僕は意を決する。「わかった。久兎ちゃん、アパートにはまだ近づかずにここで待ってて」


「え、どうすんの?」


「どんな人なのか確かめてくる」


「やめなって。部屋行こ」


「四階までついてくるかもしれないよ。そしたらホントに危ない」


「でもあんたが向かっていっても意味ないし。反撃されるから」


「これがある」

 僕は荷物の中に不審者撃退グッズを忍ばせている。伊達に送るとは言わない。万が一に使用するのは蜂用のスプレーだ。ものすごい勢いで薬液が発射される。暗闇でこれを浴びれば、大概の不審者は撤退するはずだ。蜂用のスプレーだとわかっているならまだしも、浴びせられた者からすればそれは正体不明の薬品なのだから。早急に洗い落としたいと思うはず。


「やめな。もういいから」


「ダメ。待ってて」

 穂坂さんの住所は絶対にバラさない。危なすぎる。不審者はここで逃げ帰らせる。


 僕の方から近寄ればそれだけで踵を返すと思うし、最悪でもスプレーがある……と自信を持っているんだけど、心とは裏腹に体は震えっぱなしだ。いや、心の方も普通に不安。恐怖心に駆られまくっている。穂坂さんを守りたいという思いと、もうなんか勢いで僕は今歩いているけれど、相手がスプレーをものともしないとんでもない異常者だったらどうすればいいんだ?と半ばパニックだ。


 生まれてから死ぬまでに自分がこんな勇敢な行動を取るとは夢にも思わなかった。勇敢って別に僕は気持ちを奮い立たせて一歩を踏み出しているわけでもなくほとんどヤケクソで不審者に迫っているのだが、ホントに、ホントに、穂坂さんをどうにかされてしまうのだけは嫌なのだ。それしか僕の中に今は何もない。


「え、な、なに……」僕は立ち止まる。


「あ、バレたー?」と天園さんが笑っている。「用があって外歩いてたらさー、猫村くんとホサコ見つけてー、あれが噂のボディガードかーってんで尾行してみた」


「はあ……」僕は腰が抜けてしまう。「趣味悪いよー天園さん」


「え、なんなん? そんなにバビった? アハハ」


 穂坂さんもこちらへ歩いてくる。「アマゾンか。途中でカミングアウトしなよ。びびったんだから。マジで」


「マ? そこまで? ほんまごめんなさいやで。アハハ。や、アパートまで来たら声かけようと思ってたんよ。そしたら猫村くんこっち来たから」


「もう。立てる?」と穂坂さんが僕に訊く。


「立てない」と腰抜けの僕は答えてから天園さんを見遣る。「僕達、アパートに着かないように遠回りしたりグルグルしてたんだけど……」


「そうなん? 道が暗すぎてどこ歩いてんだかサッパリだったんだけど。大通り外れるとマジ暗いね。てことはけっこう最初からバレてたってこと?」


「すぐ気付いたよ……」


「すげーさすがボディガードじゃん。プロかよ。あ、てことは途中から猫村くんとホサコがイチャつきだしたのはツッコみ待ちだったっつーことか!」


「え、あー……」別に僕達は不審者が天園さんだとは気付いていなかったわけだから、そういう作戦ではなかったんだけど……それでいいです。話の流れを辿れば不審者が天園さんだと判明したのはアパートまで来てからなのだとわかりそうなものだが、いちいち訂正はしないし説明もしない。「……天園さんはこんな夜遅くに何の用事があったの?」


「接着剤買いに行ってた。ネイルに使うヤツね。足りると思ったら全然早くなくなるからさー。つら」


「もう……天園さんも気をつけてね。変質者とか、危ないんだから」


「大丈夫大丈夫。変質者も不審者もいないって。出くわしたことねーし」


「まあたしかにいなかったけど」

 正体は天園さんだったし。


「それより」と天園さんは急に踊りだす。キキキテレツダンス。「ショート上げるの今日だから! 寝落ち厳禁でよろです」


「今日っていうか、厳密には明日ね」僕は神経質に確認をしなおす。「日付が変わって明日になった瞬間ね」


「そーそー。猫村くん厳密すぎ。でもそーゆう感じだから。明日になった瞬間に勝負スタートな!」


「勝負期間は七月中」と僕は改めて言う。


「いいねの数で勝負」と天園さんもおさらいする。「ショートはただ黙って上げるだけで、勝負してますとかはどこにも書かない。これでいいっしょ?」


「うん」って僕が頷いてもいけない。「穂坂さん、それでいいよね?」


「……うん」穂坂さんも頷く。


「ホサコ、ウチはぜってー負けんからね!」


「あたしも負けない」


「アハハ! ホサコのダンス、どんなんに仕上がったのか早く見てー。楽しみ。あ、そうだ! 今日さ、今からホサコんちで遊ばね? んで、時間になったら、せーので同時にショート上げるようにせん?」


「嫌だよ」と穂坂さんが拒否する。「あたしら、敵同士だから。敵が隣で動画上げてるの、変だから」


「そうかなー。勝負開始って感じでよくね?」


「よくない」


 僕は挙手する。「穂坂さんの動画は僕のスマホに入ってるから、僕はきっちり動画投稿したのを穂坂さんに確認してもらってから帰宅するね」


「本介は帰らなくてもいいよ」


「えーズルいんだけど。そんなん、ホサコばっかり猫村くんといっしょじゃね? さっきもイチャイチャしてたし、フジョーリなんですけど!?」


「でも、穂坂さんのいないところで動画投稿するわけにはいかないし。僕がきちんと投稿したところは穂坂さんに見てもらう必要があるかなって思うし」


「まあ……それはそう。そーゆうの大事。ウチと猫村くんの勝負じゃないし?」


「うん」


「じゃ、ワガママ言わない! 女は黙って勝負! 覚悟しろし、ホサコ」


「そっちこそ」穂坂さんは平坦に言い、天園さんに背を向ける。「じゃ、あたしらは帰るから。おつ。アマゾンも気をつけて帰りなよ。あんま不審だと逮捕されるよ」


「そっちの気をつけてかよ」


 僕は一応「一人で帰れる?」と尋ねる。


「うん。大丈夫」と天園さんは言う。「猫村くん借りてくってゆーとまたホサコがうるさいし。猫村くんにも悪いし。ありがと、猫村くん。また学校で……は、しばらく会えないから、また連絡する!」


「うん。本当に気をつけて帰ってね」僕の腰もようやく言うことを聞いてくれるようになる。立ち上がる。「蜂用スプレー貸そっか?」


「不審者対策!? すご! 万全じゃん! じゃ、貸してもらおっかな」


「うん。使い方わかる?」


「わかるわかる。なんとなくでイケっしょ」


「もう……」


「アハハ。じゃあ猫村くん、ホサコも! おつ! 帰るわ!」


 で、天園さんは帰っていく。僕は天園さんを見送ってから穂坂さんを追いかけて階段を上る。なんだか恐いやらびっくりするやらで疲れてしまった。


 しかし、疲れたからとダウンしてもいられない。僕は投稿するショート動画の最終確認をする。今さら不備が見つかってもそれはそれで困るのだが、だからって確認せず明日を迎えるのも心細い。


 穂坂さんのダンス自体は、あの難所を突破してから順当に精度を上げて最高の状態で撮影できたから問題なし。気になるのは僕の編集の方だけど……音もバッチリ、繋ぎ方もバッチリ、もちろん色味なんかも不自然でない鮮明さ……だと思う。これだけ、スマホに穴が開くほど確認しても問題が見当たらないんだから、おそらく大丈夫だ。オッケー。あとはエビュウの方に正常に上がってもらって、それをみんなに見てもらうだけ……。


「大丈夫そ?」

 お風呂に入り、グレーのスウェットに着替えた穂坂さんが僕を覗き込む。


「たぶん完璧」

 もう一点だけ気になるのが、ゲーム攻略チャンネルでいきなり女子高生のダンス動画を流すことの是非。普通に叩かれるかもしれない……と不安な一方で、穂坂さんは可愛いから絶対に受け入れてもらえる!との楽観もある。実はショートを上げる前に、事前に、緩衝材的な目論見で、穂坂さんが少しトークするような動画を撮ろうかとも思ったのだが、穂坂さんも嫌がったし、僕自身も穂坂さんに何を喋ってもらえばいいかわからなかったので中止とした。もうぶっつけ本番でいい。炎上したらチャンネルも畳んでしまおう。自分の過去の頑張りを否定するわけじゃないけど最近は投稿数も激減しているし、僕のチャンネルなんて誰にとってもたいした価値を持たないのだ。それに僕は今、もっと大切にしたいものを見つけつつある。ここを区切りにするのも悪くない。


「さっき、ありがと」と穂坂さんが唐突に何かに感謝する。


「さっき? 何かしたっけ?」


 お邪魔したときに洗濯物がまだ出してあって思いっきり下着が見えていたから気を遣って顔を背けたことに対してかな?となんとかありえそうなことを記憶から搾り出していると「不審者に立ち向かっていったとき」と思いがけないことを言われる。


 僕は力なく笑う。「立ち向かってないし、天園さんだったし、僕すぐ腰抜かしちゃったし……」


「あんた、あんなことすると思わないから。びっくりした」


「……ごめん。部屋とかバレると危ないと思ったから。ああいう人って……まああれは天園さんだったけど……外から明かりがつくのを見届けて部屋番号を把握するらしいからさ」


「あたしを置いて立ち向かっていったときは何してんのバカって、はらはらしたけど……今はマジでありがとうって思ってる。ありがとう」


「けっきょく天園さんだったから」


「ああいうふうに動けたことがすごいんじゃん? 無謀な気もするけど。あたしを思ってくれたんでしょ?」


「まあ……うん」


「うん。だから」


「うん。これからも不審者には気をつけよう」


「そだね」と穂坂さんはちょっと笑ってから「あんたはやっぱり猫村本介だよ」とつぶやく。


「……そうだよ。当たり前じゃない」


「そ? 別人かと思ったけど?」


「…………」

 それは高校生になって再会したときの話をしているんだろうか? 不甲斐ないし、蒸し返すのもアレなのでスルーしておく。僕は僕だ。幼稚園児の僕とは別物かもしれない、高校生の僕だ。ここまで育ったのに幼稚園児レベルだと言われるのも微妙な感じだが、幼稚園児以下の高校生もいるかもしれないから難しいところだ。


 外では天園さんとの死闘を一時間ほど繰り広げていたし、穂坂さんのお風呂を待っていたり雑談したりしているとすぐに時間が経ち、日付が変わる。僕は粛々と動画を投稿する。メインチャンネルに穂坂さんのショート動画を上げる。


 同時に天園さんの動画も上がってくる。真っ先にそちらを確認する。完成度は如何ほどのものだろう? まず場所は……教室だ。誰もいない教室で黒板をバックに制服姿で撮影している。いつの間に撮ったんだろう。キキキテレツが学生の心情を描いているっぽい曲なので、雰囲気的に合致している。ダンスはキレッキレというべきなのか、動きにメリハリがあって力強い。そして笑顔。弾けんばかりの笑顔。天園さんは表情をどうするか悩んでいるふうだったが、笑顔全開で行くことにしたようだ。お腹チラ見せパートも少し恥じらいが滲んだ笑みでこなしている。なるほど。天園さんの笑顔はそりゃあもともと綺麗な顔立ちをしているわけだから破壊力もすさまじいが、しかし、キキキテレツのテーマに沿っているだろうか? これは笑いながら踊るべき曲なのか? 僕達に勝ち目があるとすれば、その点で分かれる明暗による……か? いや、『僕達』ではなくて『穂坂さん』だった。撮影も編集も僕がやっているから、ついつい僕は穂坂さん側の人間みたいな錯覚に陥るけれど、そうじゃないのだ。僕は一応中立だ。動画作成者として穂坂さんのショートはこだわりを持って作ったけども。


 さて、穂坂さんの動画はどうだろう? 穂坂さんには屋上を舞台にスウェット姿で踊ってもらった。街並みは映らないよう配慮しているが、青空の方はきちんと見えていて視覚的に美しいと思う。もちろん穂坂さん自体も可愛らしい。「表情なんて作れない」と言うからいつもの若干ダルそうな顔のまま踊ってもらっているが、これが曲とマッチしていてとてもいいんじゃないだろうかと僕は思う。あんまりエネルギッシュに踊る曲じゃない。だからパワーが足りなさそうなダンスも、実はただ技術が足りないだけなんだけど、逆にポイントが高そうだ。そしてお腹チラ見せパートも、奇を衒うことなくアンニュイ顔だ。でもそれが不思議な色気を演出していて、僕はここも好きだ。正直、編集の際に何度となく眺めたけれど、何か変な気分になりそうで、その気分がなんなのかをできるだけ考えないようにしながら作業するのが大変だった。それからカメラアングルを変えて繋ぎ合わせている箇所……これは僕オンリーの仕事だけども、まあ滑らかだし拙く見えることもないので問題ないだろう。そういえば天園さんはカメラアングルの変更はやらず、カメラワークはほぼ皆無だったな。僕はオリジナルの流れを汲むカメラワークをそのまま用いたが、天園さんは敢えて弄らなかったみたいだ。ダンスそのものを見ろ!ってことなんだろうか。


 何度もチラチラ確認したって意味ないだろうから少し間を置いて再生数等を見てみるが……日頃ショート動画は投稿しないので、この数字がペースとしていいのか悪いのかわからない。『いいね』はまだひとつも付いていない。よくよく考えるとショート動画にいいねする人なんて存在するんだろうか? 僕はしたことがない。


 まあやれることはやった。僕はスマホを置いて息をつく。「今日まで長かったね。お疲れ様」


「あたしは短く感じたけど」


「そう?」

 僕は何本も撮った動画とにらめっこをしたり編集の不備を神経質に点検していたからだろうか。すごく長期的な仕事をした気分だ。自分の動画だったらほどほどに確認してあとは投げっぱなしなんだけど……やはり今回はプレッシャーが違う。


「楽しかったし。物足りないかも、今」


「楽しかったのは僕もそうだよ」重たさはあったが、やり甲斐もあった。そして、穂坂さんと撮り方を話し合うのも面白かった。けっきょく動画のテイストとしてはプレーンな具合に収まったけれど。「物足りないなら他の曲も踊ってみる?」


「それはいい。やらない」


「バズるかもよ」


「本介のとこに大金が入るんだったら踊ってもいいけど。もちろん山分けで」


「そこまでの収入になったら夢みたいだね」穂坂さんのダンスだけで僕も穂坂さんも食べていけたら……いや、それはどれくらいの再生数なんだ。冗談にしても途方がない。「でも、久兎ちゃんのバイト代くらい稼げるといいんだけどね。そしたら久兎ちゃんは夜に出歩かなくて済むし……」


「ボディガード疲れた?」


「いや、そうじゃないよ」


「いや、マジで。悪いなとは思ってるよ。本介、明日から来なくていいよ」


「また言ってる。大丈夫。ちゃんと来るから」


「はあ……」穂坂さんは嘆息する。でもそれは僕が言うことを聞かないからあきれているというよりは……。「もっとずっといっしょにいたい」


「んん!? う、うん……はは。ちょっと恥ずかしいな」


 訊かれる。「本介、今日は家帰る?」


「え……」そんなことを言われたあとに問われると……でも。「今日はとりあえず帰っておこうかなと思うんだけど。久兎ちゃんが寂しいって言うならいるけど」


「ううん。今日は帰って」


「うん……? わかった。ぼちぼち帰るね」


「今日、本介と並んで寝たら、あたしやばいかもしれないから」じっと見られる。「襲っちゃうかも。マジで」


「…………」

 穂坂さんの瞳は両方とも奥の奥まで潤んでいるように見えて、僕は思わず息を呑む。吸い込まれ、溺れてしまいそうな双眸だ。


「あんたに嫌われたくないから」


「…………」

 嫌ったりはしないけど……と言うのも躊躇われるほどの穂坂さんの凄味だった。そんなことを言おうものなら、ただちに襲われてしまいそうな、そんな空気感がある。


 数分後に僕は穂坂さんの部屋を辞するが、それは穂坂さんに「帰って」と言われたからなのか、襲われるのが恐いからなのか、それとも、別に襲われたって穂坂さんが相手なら構わないと思ってしまっている自分がたまらなくおぞましいからなのか、どれか、わからない。

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