第八話 憤怒
金沢光行は発狂していた。だが、彼には明らかにまだ感情が残っていた。そう、憤怒の感情を持ち――そして、蔵田の挑発によってその怒りが最高潮になった時に彼は遂にその恐るべき悪魔を呼び寄せてしまった。
「"カリカンツァロ"ォォォォォォォォ!」
その叫びと共に眼前に現れた圧倒的な巨体を持つ怪物は人間の面影はあるものの、黒い顔に紅い目にロバの様な耳、それに吸血鬼を連想させる様に血を垂らしている巨大な牙を持っていた。その強大なる姿は蔵田のホノカグツチの5倍はある様な気がする――
「確かにこんな奴らを一遍に敵に回したらヤバいかもな――」と蔵田は震えながら笑っている。カリカンツァロと呼ばれた悪魔はその巨大な腕で僕らを押し潰そうとしたが、間一髪で蔵田が召喚したホノカグツチがそれを受け流した。しかし、強大な腕の予想を遥かに上回るパワーにホノカグツチはもうカリカンツァロの攻撃を受け止められそうになかった。
――奴の使う悪魔はダイアモンドの様に硬い
その言葉を思い返した僕はそれが本当か確かめる為にイザナギを召喚し、カリカンツァロの足を斬り裂こうとしたがやはり傷一つもつかなかった。すぐにイザナギを離れさせようと思ったが、カリカンツァロに蹴られたイザナギはとても強く奥まで吹っ飛ばされる。
確かにカリカンツァロはダイアモンドの様に硬かった。なら、どうすればいいか――それは宿主である金沢光行を直接食い止めるしかない。金沢を倒す事を提案した僕は他の3人からの賛同を得て、自ら金沢のすぐ近くまで向かった。しかし、すぐにカリカンツァロの巨大な手によって道が塞がれてしまい、イザナギに金沢を止めてもらおうとしたが足で蹴られた時によるダメージが余りにも深刻で一歩も動く事ができなかった。僕をふさいでいたカリカンツァロの手は僕を握りつぶそうとする――
「危ない!」という稲見の叫び声と共に現れた彼女の悪魔であるアメノウズメの魔術によってカリカンツァロの手は凍り、僕は彼女に感謝しながらすぐにこの場を離れて3人の元まで戻った。だが、振り向けばすぐにカリカンツァロの手は自らを覆う氷の呪縛を振り払っていた。その時に生じた隙で僕たちは全員でコンテナ置き場の陰に隠れる事に成功したがここもすぐに見つかるだろう――。
「どこだあああああああ!ゴミ共はああああああああ!」
金沢の激しい叫び声はいつまでも続いている――
「クソ――こんな化け物どうやって相手すりゃいいんだよ!金沢の奴を倒そうとしてもデカブツが邪魔してくるしよぉ!」
「確かにアイツの使う悪魔がこれほどまでに強大だとは思わなかったが、俺に単純な作戦がある。まず、俺が悪魔を使って強風を起こしあの悪魔を怯ませておく。その隙に葉月と蔵田で金沢を潰してこい。稲見はそれのサポートだ」
「本当にそんな作戦で行けるんですか?」
「それは『この夢を本当に脱出できるか』と言っているのと同じだ。諦めていいのは、本当に選択肢が無い時だがな」
蔵田はニヤリと笑いながら「いいじゃねぇか、死を覚悟したつもりでアイツの所まで突っ走ってくるぜ」と自信ありげに言った。すると羽嶋は3つの指を立てながら「作戦開始の合図は立てた指の数が0になってからだ」と言った後に「3,2,1――」と指を一本ずつ曲げる――やがて来た「0」という掛け声と共に、羽嶋は再びオモイカネを召喚してこの建物の屋根すら紙同然と思えるほど強い強風を巻き起こした。余りの強風に思わず怯んだカリカンツァロと金沢を見た蔵田は「さあ行くぜ!葉月!」と叫びだし、僕と共に金沢まで全力で走り出した。
金沢まではそう遠くない――そう思いっていた時に前からカリカンツァロの手が羽嶋の悪魔であるオモイカネが作り出す強風に耐えながら必死に道を閉ざそうとした。しかし、稲見の指示によって魔術を使ったアメノウズメによりカリカンツァロの手は凍りつく――
――あともう少しだ!
僕は心の中で叫んだ。何故なら金沢の元まであと少しなのだから――しかし、突然僕の心からは勝利の予感を全く実感しなくなった。
何故か僕の真下に金沢の姿が見える。
何故か僕は彼を通り過ぎる。
何故か蔵田は僕に向かって唖然とした表情を見せている。
――背中に激痛が走る。
――◇――
イア、ダゴン――イア、ハイドラ――イア、イア、クトゥルー――
視界は魚の目の様に歪んでおり紅く染まっていた。その視界は"ベチャ"という足音を気味悪く立たせながら前へ進んで歩いてくる――
ベチャ――
ベチャ――
ベチャ――
――◇――
ふと意識を取り戻すと、目の前にに蔵田と稲見と羽嶋の顔が見えた。まだ視覚と聴覚がぼやけている――だが、稲見が
驚いた様な顔をしながら「せっ、先輩!?気が付きましたか!?」と言われたのには気付いた。遂に自分が倒れている事に気付いた僕はその場をすぐに立ち上がろうとしたが、その時に背中から激痛を感じた。その時に僕は思い出す。金沢を倒せるあと一歩の所でカリカンツァロの手に後ろから吹っ飛ばされ、気絶した事を。そして――「ごめんなさい、先輩――私が油断なんてしなければ――」と謝る稲見を止める様に羽嶋は「自分を責めるより先にこの勝負に勝った事を喜べ」と彼女に言い放った。
「結論から言おう――俺たちではカリカンツァロを止める事は出来なかったが、蔵田が金沢光行を殴る事によって金沢光行を止める事は出来た」
金沢は倒したが、結局カリカンツァロはどうなったのか――その答えは周囲を見渡した途端にすぐに分かった。そう、縦に真二つに切断されたカリカンツァロと鎖で縛られている金沢の傍に刀を持った男が立っているからだ。すると、男は「また会ったな」と言いだす。何の事かサッパリ分からない僕に蔵田が教えてくれた。
「ほら!あの人だよ!病院で何度も俺達を助けてくれた人だよ!あの人が淳子彰人さんだったんだぜ」
そんな事を聞いた僕は男が腰に掛けている刀を見て、すぐに彼が病院で僕達を助けた男――そして、彼こそが淳子先輩の弟である"坂東彰人"である事を悟った。
「まさか、ここの位置が分かるとはな――誰に教えてもらったんだ」という彰人の問いに対して癒依の名前を挙げると、彼は考える様に一息吐き僕たちに近づいた。
「さて、ここに来たからには用件があるんだろう?さあ、用件を言え」
「俺の親父――羽嶋博文を返して欲しいのです」
羽嶋の即答を聞いた途端に彰人は怒りの表情を見せた。すると彼は「羽嶋博文なら鬼原組の本部に居た」と言い、羽嶋はそれに対して「じゃあすぐに――」と言おうとしたが、彰人は更にこう言った――
「どういう目的でやってるか分からねぇがボスがよ――あの糞親父がよぉ――」
天羽教会の奴に羽嶋博文を渡しやがった――
羽嶋だけでは無い。僕たち全員が驚いた。
「どういう事なんですか!彰人さん!鬼原組は天羽教会の敵対組織じゃなかったのかよ!」
「知らねぇよ――あの糞親父は俺にさえもその目的を教えてくんねぇんだよ――」
羽嶋は荒い息をもらしながら壁を強く蹴った。羽嶋のその様子を見た彰人は少し目を逸らした後に彼にあるプランを提案する。
「俺達が全力で天羽教会の本拠地を探してくる――その間にお前達には旧支配者の一人である"オトゥーム"を殺して欲しい。これは――お前達の実力を見込んでの頼みだ」
オトゥームという言葉を聞いた途端に僕は少し震え始めた。その時、微かに蔵田も震えた気がする――
「前から気になっていたんですけど――"旧支配者"って何ですか?」
「旧支配者――それは、太古に"沢山の宇宙"を作り、この地球を支配していた“恐怖と混沌をを好む”邪神達の事だ。全ての黒幕である“鷺月京谷”という男はこの夢を“弄ぶ”にあたって誤算が少し出てきてしまった。それが三体の旧支配者の出現だ。
これから倒すのが"オトゥーム"、所在地不明なのが"イタクァ"、そして既に殺されたのが"グラーキ"――」
「待って下さい!グラーキっていう奴なら、葉月先輩と蔵田先輩が私を助ける時に倒しました」
「やはりお前達が倒したのか――じゃあ、尚更だ。“京崎水族館”に住まう旧支配者オトゥームを殺せ」
京崎水族館――冴川市最大の京崎区にある水族館であり、かなりの土地面積を持っているが故に両生類の様な悪魔には打ってつけの住処だ。
――?何故、僕はオトゥームの姿を知っているのだろうか?その理由を思い出す度に頭が痛くなってくる――
「とりあえず、入口に俺の部下がいただろう?そいつに連絡を取るからお前達は先に入り口に向かえ。車で京崎水族館まで送ってやる。しかし――どうして俺の名前を知っていたんだ?」
「あっ、それは淳子先輩に『探してくれ』って頼まれて――」
その途端に彰人は冷静なイメージを崩壊させる程に顔を真っ青にしながら「姉貴がここにいるだと!?」と叫び、「いいか!姉貴を見つけたらすぐにここの場所を教えろ!」と僕達を早く行かせるように激しく促した。
――◇――
入り口で会った長身の男が運転する黒い車に僕たちは乗っていた。夕暮れの空の中、京崎区にある水族館に向かい、オトゥームという謎の悪魔を倒す為に――
「まさか本当に金沢を止める事ができるとはな――奴の悪魔を止める事は出来なかったが、金沢を倒した事に免じて俺の名前を教えてやる。俺は鬼原組三大幹部の一人"風間将十"だ。
まぁ、京崎水族館までは“俺が全力で安全運転してやって後10分位”だがそれまで俺がお前達に情報をくれてやる。ついでに雑談だが、若は“淳子ちゃん” の名前を聞いたら焦っていただろ?若は淳子ちゃんの事になるとアホみたいに慌ててくれるからな。淳子ちゃんを目の前にした若をよく観察してみろよ。“面白いぞ?”」
「は、はい――」
全力で安全運転と言っても車の時速は既に150kmを軽く越していた。とても安全運転とは全く言えないだろう。しかも、既にそこら辺の悪魔を何体か轢いており、流石無茶苦茶すぎると思った。
にしても、いくらなんでも目上の人を舐めすぎているだろう。
「俺が教えられる情報は2つある。"悪魔を召喚できる力について"と"黒幕について"だ。どっちから先に行って欲しいか言え」
「あっ、最初っから順番に言って結構ですよ」
「分かった。悪魔を召喚できる力を俺達は"夢見る力"と呼んでいるが――悪魔を召喚できる力が"夢見る力"と呼ばれている理由が理解できるか?」
僕は悪魔を召喚できる力を手に入れた時の話を思い返した。すると、仮面の男の顔が浮かんできた――そうか!この力を手に入れた者は全てこの夢を通して手に入れていたのか!
「その答えは正解と外れで半々だな。夢見る力を持っている者の名前を夢見る者と呼んでいるが、実は"純粋な夢見る者"と"魔術師としての夢見る者"で分ける事ができる。実は、鬼原組にも天羽教会にも関与してない人間は全員夢見る力を持っているが遂この間に、その一般人全員が『夢見る力を手に入れる前に仮面の男に話しかけられる夢を見た』と言いだした。
それに対し、俺達鬼原組や天羽教会の奴らは魔術によって夢見る者になった。俺も若も――そして念の為に淳子ちゃんにもその能力を使えるようになったんだ。その魔術を編み出した"春山学"にな」
「ハッ!?あんな奴がその魔法を編み出したのかよ!?」
「ん?アイツを知っているのか?」
知ってるも何も――京崎ショッピングホールで敵かと思ったら、九頭精神病院で急にぺらぺらと情報を喋り出した噛ませ犬だ。あんなのがそんな魔術を編み出せるとは――
「ということは、まさか春山は若に仕返しをする為だけにわざわざ夢見る力を宿して此処に来たというのか!?はぁ――あの男もよく頑張るもんだ。まぁ、次に黒幕についてだが――結論から言おう。間違いなくこの夢の全ての悲劇の原因は"鷺月京谷"だ」
鷺月京谷――何度も聞いたことがある名前だ。博文が残したメッセージを見た時が最初だが、その男がどんな人間かまでは分からない――
「鷺月は人間でありながら全ての悪魔を遥かに超越する力を持っている。奴の強大な能力については明らかになってないが、現時点で明らかになっているのは奴が"軍隊"を持っているという事だ」
「」
「その軍隊は"フルートの従者(ATF)"と言うんだが、たったの"23人"しか居ない少数軍隊にも拘わらずあらゆる次元や空間を超えて、フルートを狂人の様に吹きながら“そこの宇宙”を混沌なる世界に戻した気味の悪い軍隊だ」
次元――?
空間――?
一体、それはどういう事なのか。“そこの宇宙”と言う言葉が全く理解できなかったが何かがそれの意味を聞くのを止めた――
――◇――
イア、ダゴン――イア、ハイドラ――イア、イア、クトゥルー――
また聞こえてくる。見えてくる。恐怖の悪魔の姿が――唱えながら近づいてくる――そこからは蠅が集る花屋が見え、狂人が書いた様な絵が見え、そして一回り大きい家の前で黄昏の空を見上げている背の高い青年の姿が見え――また唱える。
「見つけたぞ――憎きクタニドを宿す者よ――さぁ、永劫の恐怖に落ちるが良い――
見つけたぞ――全ての源"ウボ=サトゥラ"が失いし知能よ――さぁ、我々と一緒に戦おう――」
悪魔はまず青年の傍まで走り出し、彼が驚いた表情を見せている内に腹を腕で――
――◇――
前を振り向けば、偶然にも九頭精神病院の建物の姿が見えたが明らかにおかしい。所々が"赤のペンキ"に染まっているのだから――風間もこの病院を知っているのか、それが気になったのか、車を止めた後に僕達と共に九頭精神病院の庭を覗いた。すると、口を押さえる程の異様な光景が広がっている――
赤のペンキ?違う。狂気の腐臭を漂わせる"血肉"だ――
「どういう事だよ――これ」
庭は明らかに“不浄”をかき集めた血肉の海と化していた。死んでいる天羽教会の兵士は全てが、余りに酷すぎる姿を晒しながら怯え笑いと苦しみを混ぜた様な表情をしている――
――◇――
血肉――
切断――
内臓(Organ)――
――Terror
IA DAGON―― IA HYDRA―― IA IA CTHULHU――
――◇――
もうイヤだ!こんな所に一秒たりとも居たくない!早く逃げよう!
「待て!」
そう叫んだのは風間だった――正面を向くと、血のついた50cmはある奇怪な形をした足跡がずっと奥まで残っている。蔵田の「おいっ、これ俺達が病院まで向かった時に通った道じゃ――」という言葉によってかなり嫌な予感がした。すると、羽嶋は告げる――
「どうやら既にオトゥームとかいう奴は殺しに行ったらしい――」
最早凍りつく気力すら無い――数々の恐怖によって狂気が絶頂に達しそうになり、正気を失いそうだったからだ。視界が大きく歪んで見える――
「手遅れだと思うが――葉月癒依と葉月藍香の居場所まで案内してくれ」その言葉と共に僕達は車に乗り、羽嶋の家まで向かった。どうか殺されないで欲しい――
――◇――
あっという間に羽嶋の家に辿りついた僕たちは車からすぐに降りて正面を見上げた。その途端に心臓の鼓動がまるで金槌にでも打たれたかの様に強く震える――
「に、にげろ――!今すぐ――」
正面には白河が腹に流れる血を抑えながら苦し紛れに倒れていた。
正面には右手を切断された市川が何もできずに立っていた。
正面には5人の生き残りの内の一人が震えていた。
正面には5人の内の三人が狂った様にもがいていた。
正面には5人の内の一人が"見えざる何か"に首を掴まれていた。
そして、正面には癒依と両生類の藍色に近い肌を所々に露出させた古い黄金の鎧を付けた騎士を思わせる姿をした悪魔が立っていた――その悪魔の傍には癒依と藍香が倒れている――
「間違いない――アイツが旧支配者の一人"オトゥーム"だ」
僕も蔵田も稲見も羽嶋も、そして風間でさえもオトゥームのおぞましい姿に震えていた。すると、オトゥームは鎧によって見えざるその顔を僕たちの方へ見せる――
「貴様らか――グラーキを倒した愚かな夢見る者は――」
その声は呪文のように重かった――アイツが九頭精神病院を一瞬で血肉の海にさせた旧支配者――
「おいッ!てめぇ!これ以上この人たちになんかやったら本気で許さねぇぞ!」
蔵田の怒鳴り声に対してオトゥームは嘲笑うかのように言い放った。
「この私を見て屈せぬとは口だけは達者の様だ。だが、戦場を支配するのはおぞましい恐怖――そして、狂気であろう?それを今から私がお前達に見せつけてやる」
すると、“見えざる何か”に首を掴まれている若い男に向かってオトゥームは歩き出し、そして彼の"顔の周りを爪で深く刻んだ"。それを見た蔵田はいち早くオトゥームがこれからやる事に気付き、叫びながらオトゥームに殴りかかるが彼も“見えざる何か”に電信柱まで突き飛ばされる――
「さあ、見るがいい!そして感じよ!真の恐怖を!」
「やめろぉ!!」
彼の叫びを全く聞かなかったのようにオトゥームは怯える男の額を鷲掴みにし後にそれを下に強く引っ張る――
顔の皮膚を亡くした彼は“見えざる何か”に遠くまで投げ飛ばされ、男の顔の皮膚は地面に捨てられた後にオトゥームによって踏み潰された。
「ヒヒヒ――あっ、ありえねぇ――ここは地獄の奥の煉獄だァ!早く遠くに逃げるぞォ!」
そう言ったのは、オトゥームの傍らでずっと震えていた男だ。彼は近くにあった灯油を自分に掛け、そしてポケットからライターを取り出す。
羽嶋と風間は急いで止めようとしたが、もう遅い。彼は自身にライターを付けて叫びながらゆっくりと命を絶った――
蔵田と白河は燃え尽きながら命を絶った男を見て悔んだ様な表情をし、稲見は涙を流しながらひたすら怯えている――
「さぁ――まだだ。まだ貴様らには私のもたらす恐怖をもっと体感してもらう必要がある――」
オトゥームは近くにあったマンホールの蓋を太い腕を使って軽々しく持ち上げ、その後に市川に向かって腕を向ける。すると、市川は操り人形のように浮き出し、やがて市川を“蓋が開いたマンホールが彼の腹の下に来る”ようにして倒した。稲見は涙を流しながら、アーチェリーの弓矢をオトゥームへ構える――
「これ以上絶対にあなたなんかにこの人たちを傷つけたりはしない――」
そういいながら、稲見はアーチェリーの矢をオトゥームに向かって放つ――しかし、オトゥームの「黙れ!」という叫びによって、その矢は呆気なく折られた。そしてオトゥームは「さあ、貴様らの願い――そして希望を私が見事に崩してやるぞ――」と言いながらマンホールの蓋を手に持つ――
そして遺言を吐くかの様に市川が唇を動かす――
「ハハッ、君達って強いんだね――僕が皆を守る立場の筈なのに――警察として全く情けない気がするよ――」
「おいッ――やめてくれよ――市川さん――」
「もし、"僕が死んでも絶望しないで欲しい"それが僕の――」
マンホールの蓋は凄まじい力で"ピッタリ"と閉められた。市川の上半身からは「願いだ――」という声が最後に一つだけ聞こえ――
そして、全てが絶望に染まる。
「フハハハハ!この表情はどうしたッ!?"強き"夢見る者共よ!この男が最後に告げた願いは『自分が死んでも絶望しないで欲しい』だろう!皮肉だなッ!せめてその最後の願いでも叶えてやったらどうだ!?」
「てめええええええええ!」
この時になって、遂に最高潮の怒りを晒した蔵田はホノカグツチを召喚した。
「ぜってぇにぶっ殺ぉす!!」
蔵田は大きく叫びながらホノカグツチに渾身の力で殴らせたが、彼の身体に拳が触れようとした瞬間に“見えざる何か”によって、ホノカグツチの両腕は破裂し、次に首を斬られた。
「これが貴様の怒りの一撃か――愚かだ。そして余りにも貧弱すぎる。それに私は貴様――そう、"蔵田明義"の求めている物に限りなく近い存在だからな」
「どういう事だよ――?」
「それが知りたければ、黄昏に染まったこの陽が堕ちるまでに京崎水族館へ来い。だが、来なかった場合は憎きクタニドを宿す"葉月癒依"をさっきの様に殺してやる」
そういいながら、オトゥームは癒依と藍香――そして苦しんでいた三人を巻きこんで何処かに消えた。蔵田は無言のまま道を進もうとしたが、その時に「待てよ――」と苦し紛れ声が聞こえてきた。その声の主は白河救介だ。
「俺も行かせろ――俺もアイツが絶対に許せねェ――もうこれ以上、"恨み"なんて持ち切れねぇよ――」
そういいながら白河は立ちあがろうとしたがオトゥームに与えられたダメージが余りにも大きすぎて、また地面にひれ伏すだけだった――
「くそっ――!ッざけんじゃねぇぞ――」
彼が強く地面を叩いた直後の事だった――靴の足音が聞こえてくる。警戒しながら向こうを振り向くとそこには、お洒落な服装をした女性――坂東淳子の姿が見えた。気が付くと、彼女は悪魔――アマテラスを召喚し、光で白河の傷を癒している。
「ここに居たのね。"白河救介"」
「ばっ、坂東先輩ィ――久しぶりだなァ――」
ヒントが出た謎
* 夢の中に入った人間の使う能力(風間との運転中の会話にて)
* 黒幕の正体と戦力(風間との運転中の会話にて)
* 旧支配者の正体と目的(工場街での坂東との会話にて)
新たな謎
* オトゥームの能力(羽嶋の家の前でのオトゥームとの戦闘にて)
* 蔵田明義とオトゥームの関係(羽嶋の家の前でのオトゥームとの会話にて)
* 白河救介と坂東淳子の関係(羽嶋の家の前での淳子との会話にて)
* 幻覚の中での悪魔の台詞(葉月の幻覚より)
* 葉月の不可解な言葉(九頭精神病院前にて)