第4話 記録
僕たちは悪魔たちが居なくなった静かなスーパーの中を歩き、管制室のドアを開けた。すると、ドアの奥にあの男がこちらを待ち伏せしていたかのように立っている。スーパーマーケットが静寂だったのはこの時点までだった。
「追いついたぞ!ネズミ野郎が!」
「フッフッフ…随分遅かったな。だがおかげで、私のとっておきの悪魔を用意する準備が整ったぞ」
すると、男は手を振りかざした。
「さあ来い!イワナガ、オオヤマツミ、コノハナサクヤよ!」
その掛け声と共に、かなり不細工な着物の女性と岩石の様な肉体を持つ巨大な男と美しい姿をした着物の女性が男の目の前に現れた。察するにあの不細工な女性が"イワナガ"で、巨大な男が"オオヤマツミ"…そしてあの美しい女性が"コノハナサクヤ"だろう。
「チッ…何かやってくるだろうとは思っていたが一気に三体も悪魔を召喚してくるとは思わなかったぜ…」
蔵田がそう呟くとオオヤマツミの後ろから一つの強い光が視界を差し込んだのが見えた。
――不味い…!
僕はその光が何を暗示する物なのかを直感的に理解し、"パン"という音と共に僕は身を横へ投げた。その後に、オオヤマツミの後ろからあの男が姿を現す。右手に銃を持っているが、よく見ると微かに煙が出ているのが見えた。
「忘れるなよ?前に敵がいれば、裏にも敵が潜んでいる可能性があるという事をな」
稲見は顔をしかめながら汗を拭きとると、口を開いた。
「まずはあの巨大な悪魔から倒しましょう。確かに並の力では全く敵いそうにありませんけど、蔵田先輩のあの悪魔を使えば何とか倒せると思います」
蔵田は頷いた後、ホノカグツチを召還しオオヤマツミの頭を物凄い力で握らせた。オオヤマツミは最初は手足を激しく振り回してもがいていたが次第にそれは弱くなってくる。あまり想像したくは無いが常人なら、焦げる前に頭が潰れるほどの力だ。だが、男は頭を握られる痛みで苦しんでいるオオヤマツミの後ろでそっとにやけていた。
僕がそれを見て疑問に思いながら辺りを振り向くと、イワナガとコノハナサクヤがそれぞれ赤い光と白い光を生み出し、それをオオヤマツミに放つ姿が見えた。オオヤマツミが白い光にあたった後にまた力強く手足を振り回し、赤い光に当たると今度はいつもに増して力が増長する。光の加護を受けたオオヤマツミはついにホノカグツチの腹を強い力で殴り、ホノカグツチは強き拳によって吹き飛んでしまった。
「ウソだろ…?」
「フッハッハ!貴様らは確かに強き悪魔を持っているが、貴様らはどちらにしろ未熟だ。未熟者の子供だ!
それでは天才研究者である私には勝てんぞ?何せ私はあの憎き"坂東彰人"を倒す為に"天羽協会"から念願の悪魔をもらったのだからな!」
「坂東彰人…?という事は貴方もしかして先輩の弟を…」
「こりゃあ、逃げるわけにはいかねぇな。お前から、情報を吐かせねぇと…」
「ほう、坂東を知っているのか…ならば、私も貴様らから奴について情報を吐いてもらうぞ!」
すると、オオヤマツミは重い脚を動かしながらこちらに近づいてきた。僕はその姿に圧倒されてしまったが、それでも蔵田は何とか冷静さを保って話しかけてきた。
「いいか、お前らはコイツの横を通ってあの二人の悪魔を倒してくれ。俺はその間に何とかコイツの動きを食い止めてみる。だが、アイツは強化されているからそこまで時間はもたねぇ!倒すことに専念してくれ」
「分かりました。蔵田先輩」
稲見と共に頷くと、僕は彼女と共にオオヤマツミの横を通り過ぎようとした。オオヤマツミはそれを遮るかの様に腕を振り回そうとするがその時にホノカグツチがオオヤマツミの顔面を殴り、隙を与えた。
「ヘッ、邪魔はさせるかよ!」
蔵田は一目見ると余裕な表情をしていたが、僕はそれを本当の表情だとは微塵も思わなかった。前にも言ったように、イワナガとコノハナサクヤによってオオヤマツミは確実に強くなっている。今度、彼女らによってオオヤマツミが強化されれば、ホノカグツチがどんなに本気を出してもオオヤマツミを抑えきれなくなる。それまでに僕と稲見ちゃんで何としてでも彼女らを倒さなければならない…
正面を振り向くと、前にイワナガとコノハナサクヤが立っていた。
「さあ、先輩。行きましょう」
僕と稲見はそれぞれイザナギとアメノウズメを召喚した。恐らくコノハナサクヤが回復をし、イワナガが強化した…となると、イワナガから倒せば回復されるリスクがあるがオオヤマツミを強化される前に倒す事が出来る。それに対し、コノハナサクヤから倒せばオオヤマツミを更に強化されるリスクしか生じない。すると、結論は一つしか出ない。
――イワナガから先に倒そう。
僕が頭の中でそう呟いた途端に、イザナギにイワナガを斬らせた。するとイワナガは呆気なく斬られ、倒れようとするがコノハナサクヤが白い光をイワナガに放ち、イワナガは傷が癒えた後にすぐ立ち上がってしまった。
「ごめんなさい先輩!向こうは私が止めてきます!」
そういいながら、稲見はコノハナサクヤまで近づこうとすると一発の銃声が彼女の動きを止めた。
「私の作戦がそう簡単に破られると思うな。小娘が」
稲見ちゃんは軽く歯を食い縛った後に、アメノウズメに凍えるほど冷たい息をイワナガの方まで吹かせた。すると、イワナガの全身は氷像のように凍りつく。
「何!?凍らせただと!?…クッ!これではコノハナサクヤの魔力を持ってしてでも回復が出来ん!いや、回復する所か一撃で倒されてしまう!」
「今です!葉月先輩!こいつを割ってください!」
イザナギは矛でイワナガを力一杯に叩きつけ、それを砕いた。
「クッ…これだから女は厄介だ…だが、コノハナサクヤの力を持てば奴を…」
そういいながら、男が真正面を向くと男は口を大きく開きながら「あっ」と驚いた。そう、蔵田は既にオオヤマツミを倒していたのだ。
「ふぅ…まさか、こっちも強化できる術を持っていたとは思わなかったぜ。まぁ、それでも中々固いやつだったがよ…」
蔵田が一息ついた後、目を開けるとその目は嘲笑うようなものに変っていた。
「んで、お前さんは俺達を未熟だと言ったが、どちらかと言えばあんたの性格が未熟だったんじゃねぇのか?」
「クッ…バカな…そんな筈は…」
「さあ、残りの悪魔は一匹だ。すぐにそいつをしまえよ。さもねぇと、お前自身が酷い目にあうぜ?」
男は悔しい表情をしながらも、コノハナサクヤを自身に還した。
「さぁ、質問は三つある。最初の質問だ。あんたは何で市川さんや白河を襲ったんだ?」
「"天羽教会"に指示された…『我々以外に出会った人間は殺せ』とな」
「前から思っていたが、天羽教会って何だ…?まぁ、後で聞くか。
次に二つ目だ。坂東先輩の弟と何の関係がある?」
「奴はとんだ奴だ。一応、まだ互いに協力し合い関係ではあるが、何かが起きただけで直ぐに刀を振り回しながら私の家へ乗り込んでくる。悪魔の研究の為に使う資金は残っているが」
「悪魔の研究?」
「そうだ。お前達が今まで出会った悪魔には共通点がある。それは、"あらゆる神話の中から出てくる神性"という事だ。それはお前たちや私が使っている悪魔にも言える」
「何で神話なんだ?」
「それは、私にはわからん。私は悪魔についての特徴の研究しかやらされてないからな。私からも聞こうか。お前達はあいつと、どんな関係だ?」
「この一階で淳子先輩から『弟を探してくれ』って頼まれただけだ。」
「坂東淳子だと!?まさかあの恐ろしい女が…アイツだったとは…」
男は激しく震えていたが、疑問に思いながらも蔵田は質問を続けた。
「…最後の質問だ。前から思ったが天羽教会って…」
「もうここには留まれん!私はここで逃げるぞ!"春山学"…これは私の名だ!覚えておけ!お前もあの弟姉と同じように私と因縁を結んだぞ!」
男は焦った表情をしながらポケットの中に入ってあった線香手榴弾を投げつけた。僕たちの視界に一瞬にして白い光が走った…足音と共に、金属が落ちる音が聞こえた気がする…
「あっ!見えねぇ!アイツ逃げやがったな!」
暫く時間が経って視界が元に戻ると、男の姿はもう管制室から居なくなった。その代わりとして見えたのが、一つの鍵だった。黒と白が混じった円形のキーホルダーが付いてある。
「これは…鍵か。逃げられたが良い物を拾ったな。とりあえず俺が持っておくぜ」
「とにかく色んな情報が聞けた事ですし、武器になりそうな物を手にとって羽嶋先輩の所まで戻りましょう」
そうして僕たちはそれぞれ使えそうな武器を手に取って九頭高校まで戻った。
――◇――
九頭高校まで戻ると、正門の前で羽嶋が僕達を待っている姿が見えた。
「すまなかった。お前達にこんな無茶をさせてな」
「別にいいさ。アイツから結構いろいろな情報が手に入ったからな」
「…ありがとう。怪我をした二人についてだが、保健室から治療器具を取り出して何とか応急処置が済んだ。白河は処置が済んだ後、すぐに学校の屋上に行ったが」
僕が屋上を見ると、確かにそこには白河の姿が見えていた。やはり煙草を吸っている。
「市川さんは命には別状はないが、余り上手く立てない状態だ。倉庫で安静にしているが外で悪魔と戦うには無理がある」
「やっぱりそうですか…とりあえず倉庫へ行きましょう。私達があの男を追って知った事を教えます」
僕たちは倉庫へと場所を移し、そこで羽嶋と市川にショッピングモールで起こった事を話した。
「坂東淳子に春山学か…聞かない名だな。だが、非常にいい情報が集まったぞ。次に俺達が知るべき情報は坂東彰人の居場所と鬼原組や天羽教会の目的と、そして坂東淳子と春山学の関係だ」
「確かに春山があそこまで坂東さんを恐れていたら何か深い意味があるかもしれないからね。僕もそれを知るべきだと思うよ」
「でも、何処に行けばいいのかが分からねぇし…何か占いセットみたいなのができねぇかな…」
「そういえば春山が逃げた時にアイツ、鍵を落としましたよね」
「鍵…?ああ、そうか。そういえばあったなぁ…」
蔵田くんはポケットにしまっていたキーホルダー付きの鍵を取り出した。すると、羽嶋くんは息を呑んだ。
「あの春山とかいう男がその鍵を落としたのか…?」
「ん?まあ、そうだけど…」
「その鍵は…俺の親父の地下仕事部屋の鍵だ。このキーホルダーの材質と、白と黒のカラー混ぜ合わせ具合から見て間違いない。何せこのキーホルダーは親父の知人が親父の為だけに作ったのだからな」
「それじゃあ…どうして、春山が…」
「そうだ。それが一番の疑問だ。だが、今それを突き止めるにはこの鍵で親父の地下仕事部屋に行くしかない。いきなり俺達を襲った奴が持っていた物だ。何か手掛かりがあるかもしれない。できれば親父に何もない事を祈るが…」
「それじゃあ、私は白河を呼んできます。」
「いいのかよ?あんなおっかない奴を稲見ちゃんが呼びだすなんて」
「やらせてやれ。蔵田。どういう意図かは知らないが、アイツを連れるように説得してくれるのは嬉しい」
蔵田は少しじっとした後にそっと頷いた。それを見た稲見は何も言わずに倉庫から出て行く…
――◇――
僕たちは稲見が出て行ってから、少しの合間を取った後に同様に全員倉庫から出て行き、5人の生き残りを連れて裏口の前で稲見と白河を待っていた。
「稲見ちゃん、大丈夫かよ。あの娘、意外にカタブツだからアイツを怒らせるんじゃないかと思うんだけどよ…」
「安心しろ。確かにこの異変で俺達は全員気を取り乱してはいるが、稲見はそれでも冷静な気持ちをある程度保っていられるからな」
確かに僕たちは見たこともない多量の血を見て、かなりの恐怖と狂気を味わっている。もし、この様な惨劇がもっと酷くなると僕たちの間で亀裂が生じるかもしれない。だから、僕は皆と同じ目的で生き、そしてこの"悪夢"から脱出しよう。この悲劇もあの現実も全て夢で良い。ただ、悔いを残してまで生きたくはないという事だ。
暫くの沈黙が過ぎた直後に、にっこりと笑った稲見と不機嫌な顔をした白河が裏口から出てきた。
「説得しましたよ!蔵田先輩!」
「おっ!良くやったじゃん!稲見ちゃん!」
馬鹿みたいに騒ぐ二人に僕と羽嶋や市川を始めとした残りの人は呆れた様な表情をし、白河は舌打ちをした。
――さあ、行きましょう…
――◇――
学校から徒歩で30分…僕たちは何とかして“下台”にある羽嶋の家に着いた。やはり、有名な技術者という事だけあり、家もそれなりに綺麗だ。羽嶋は玄関のドアノブに手を掛け、ドアを開けた。
「土足でいいぞ」
彼は微かに小さい声でそう言った。僕たちは申し訳なさそうにしながらも羽嶋の家に土足へ踏み入り、父親の博文の部屋まで案内された。中にはPCを始めとした多数の電子器具が置いてある。
「ここが親父の仕事部屋だ。PCは親父が務めている会社の社長からの贈り物らしい」
僕は関心しながらPC本体を見つめた。確かに、このPCのケースからは高スペックを思わせる雰囲気が漂っている。まぁ、僕はあまりPCをよく知らないが…
「そしてこの扉が地下仕事部屋に繋がる物だ」
ハッとなって僕は羽嶋の方を向くが、扉は出口以外何もない…
「壁にはないぞ。床だ」
そう言いながら、羽嶋は下の方を指でさす。つられるように床の方を向くと、確かに床に鍵穴と取手が見えた。
「蔵田、鍵を渡せ」
蔵田くんが投げる鍵を羽嶋が手に取ると、彼は鍵を鍵穴に差し込み"カシャッ"と回す…すると彼は鍵を抜いた後に取手に手を掛けて扉を開け、そして掛けてあった梯子を降りた。
気になった蔵田が扉の中を覗くと突然明りが付き、「中に入っていいぞ」と羽嶋くんは一声掛けた。
最後に僕が梯子を降りると、そこには巨大なPCが何台も積んであった。
「これは…スーパーコンピューター…」
「何でこんな所に…」
その圧倒的なスーパーコンピューターに見とれながらも、正面を向くと大画面ディスプレイに白い背景と文章が映っていた。
「ん?どうしたの?葉月くん…って、何か映ってあるね…
皆ちょっとこれ見ておいて!」
僕が最初にディスプレイまで近づき文章を見ると、それにはこう書いてあった。
『羽嶋、或いはその友達へ
私は今、鬼原組に保護されている。私の事はどうでもいいから、まずは"葉月姉妹"…そう、"葉月癒依"ちゃんと"葉月藍香"ちゃんを助けてくれ。彼女達は今、"九頭精神病院"に監禁されている。彼女達が片方でも死んでしまうと全てが、宇宙を混沌へ戻す"グレート・オールド・ワン"や、危険で狡猾で獰猛な魔術師である"鷺月京谷"のシナリオ通りになってしまう…』
何故、癒依と藍香が?そして、"グレート・オールド・ワン"や"鷺月京谷"とは誰だ?メッセージが余りにも衝突すぎて混乱してしまった。
「何で葉月の妹達が監禁されているんだ?」
「いや、どうやらこのメッセージを読んでいる限りはじっくりと考えている暇は無いようですよ。とにかく、羽嶋先輩はここの様子を見て下さい」
「本当にいいのか…?」
羽嶋は少し心配そうな表情をしながら黙ったが、暫くすると口を開く。
「では、頼みがある。市川さんへの処置はまだ不十分だ。包帯とギプスと軟膏を取ってきてくれないか?」
「分かった。じゃあ、俺達は早速病院へ行ってくるぜ」
「頼む。僕の様に無茶しないでね」
その一言を受け止めた後、僕たちは羽嶋の家を去った…そう、自分の家族を得体の知れない敵から救うために…