第三話 探索
学校の裏口にある倉庫での出来事――
「んで、下手に表で話せない事って何だ?羽嶋よぉ」
「実はここまで俺が来る途中で俺は"信じがたい光景"を目にした」
「信じがたい光景?どーせ、悪魔の事とかだろ」
「それも充分信じがたい光景だが、あれは違う意味でそれを上回る出来事だった。そう、俺が見た光景は互いに軍隊のように充実で整った武装をした人間がいた。普通ならば、合流した人間は喜んで行動を共にするが…会話も交えないままに戦闘を始めた。これが俺がみた“信じがたい光景”だ」
「人間同士ですか?何でこんな悪魔がいる危険な時に…って、軍隊の様に充実して整った武装?」
「そうだ。この周りに異変が起こる可能性は“一般人には”掴めない筈だ。それに、俺達が今まで出会った人間には共通点がある」
「共通点…?俺がこんな地獄みてーな所に落とされる程悪い事したっけな。葉月、お前はどう思うよ」
共通点…考えられる事として真っ先に挙げられるのが、"悪魔を召喚する力"を持っている事だ。しかし、態々あの羽嶋が質問までしてくるから、それが羽嶋くんの求めている質問の答えとなる確率は低い。
「確かにその共通点に『"悪魔を召喚する力"を持っている』という点は入るな。だが、他にあった筈だ。俺たちが公園で“眠る”直前に」
分かった…羽嶋くんが答えてほしかった共通点とは『悲しい表情をした少女の虚像が見えた』という点ということだ。確かにそんなのが見えてきた気がする。だが、そこの不良と市川はどうなのだろうか。
「そうだ。『悲しい表情をした少女の虚像が見えた』という点も共通点に当てはまる。それはあの不良の"白河救介"も同じだったらしい」
「白河…あぁ、アイツか。あのおっかねぇ奴?」
「九頭の隣にある町の“京崎”にある高校の高一の不良だ。実は奴の素行には奇妙な所がある。授業放棄・飲酒・喫煙を何度もやる所は普通の不良と同じだ。だが、人助けを自ら進んでやって、礼を言われれば舌打ちをする。逆に助けられた場合はただ無視するのみ…その性格から、恐れられているが孤立されられてもいる」
「…よく分からねぇ奴だなぁ。流石の俺も何言っていいか分からねぇよ」
「」
「…余談はここまでにするか」
そういうと、羽嶋くんは頬を人差し指で掻いた。
「少女と武装した二人についてなんだが、あの少女は察するに一部だけが見えていた。そして、彼女が見えるタイミングを知る術も見当たらない。にも拘わらず何故、あそこまで完璧な武装を施す事が出来る。だがお前たちはあの争いを見てないから俺の言っている事を余り理解することはできないと思える…」
「つまり…先輩が言いたいのは、その武装をした人のどちらかがこの異変の正体を知っているという事ですか?」
「そうだ。いや…むしろ“どっちも”だ」
「それじゃあ、そいつらを探せばいいんだな。まぁ、流石に闇雲に動き回るのは危険だけ…」
市川のいる正門の方で何かが叩きつけられた様な音を聞いた蔵田は声を途中で止めた。
「…誰かいるのか?」
――◇――
僕たちは倉庫を出て、校門まで回った。すると、足に傷を負った市川と腕に傷を負った不良…“白河”に銃を持った男と複数の悪魔が襲いかかっている光景が見えた。
「先輩…!あれは…」
「ああ、さっそく現れてきたな。だが最初に二人を救う事が最初に俺達がするべき事だ」
こちらの存在に気が付いた男は銃口をこちらに向けた。
「今度は子供が4人か…まあ、いいだろう。女は嫌いだが、私が悪魔を使うまでもない」
すると、男は周りにいた複数の悪魔を全て戻した。どうやら、あの悪魔たちは男の使う悪魔だったらしい。
「掛かってこい。私の悪魔の糧にしてやる」
男は銃口をこちらに向けた。
「先輩…あの人やる気ですよ。どうします?」
「『どうします?』って…やるしかねぇだろ。羽嶋はあの二人をあの倉庫まで連れていけ。あいつは俺と稲見ちゃんと葉月でなんとかするよ」
「…分かった。無理はするなよ」
羽嶋は怪我をした二人の肩を担ぎながら裏口の倉庫の方まで去って行った。
「三人だけで私に挑むと言うのか…だが、どんなに強い敵でも数で圧せば敵うという訳ではない。私がその事を教えてやろう!」
男からの銃声で人間同士の争いが始まった。僕はイザナギを召喚し、向かってくる銃弾を全て斬らせる。
「ふん、珍しい悪魔を持っているではないか。だが、素人であるお前たちが強い悪魔を従えても私に敵う筈がない」
すると男は腰にあったナイフを左手に持ち、こちらに向かって走ってきた。その速さは特別速い訳でもないが、ここから数秒で斬りかかってくるには充分な速度だ。蔵田はホノカグツチを召喚し、その巨大な手で男を押し潰そうとしたが、男はそれを回避した後にホノカグツチの手の甲にナイフを刺した。
――グッ…
ホノカグツチは明らかに痛みを感じていた。こんな所で悪魔を倒れさせる訳にはいかない。
「どうやらお前たちは悪魔を使いきれてない様だな。それで私に勝てるとでも思ったか」
「チッ…どうやらコイツは修羅場を既に乗り越えているらしいぜ…」
ナイフを構えながらゆっくりと近づく男に屈する中で稲見が前に立つ。
「ここは私に任せて下さい。先輩」
「でも稲見ちゃん…」
「いいから!」
蔵田くんは少し驚いた後に口を閉じた。
「女を前に出すとは…色々と事情があって私は女が嫌いなのだ。早くお前たちを片付けなければな…」
男は稲見ちゃんに向かって銃口を構え、すぐに銃弾を放つ。
――バキュン
そんな銃声が聞こえた。その後に生まれた少しの沈黙の後、彼女の前に扇を持った美女が立っているのが見える…美女の持つ扇には一点から煙が出ていた。そう、この扇が男の凶弾を防いだのだ。
「アメノウズメ…それがあなたの名前…」
稲見は小さな声でそう呟く…
――私には守る物がある。貴女にも守る物がある。故に私は貴女の魂の"夢"に宿りました。私は始めに貴女を守ってみせましょう…
アメノウズメと名乗った美しい悪魔は掌を男に向けて、そこから大きな氷塊を飛ばした。それは男の腹に思い一撃を喰らわせる。
「グッ…これだから女は恐ろしい…私は一旦引くぞ!」
男はさっきとは明らかに違う速さで逃げた。僕たちは男のあまりの速さに圧倒されながらも彼を追い、夢中で追っていく最中にスーパーマーケットの前に立っていた事に気が付く…僕たちは明らかに息を荒くしていた。
ここは確か、冴川区で最も有名な“京崎ショッピングドーム”だ。という事は、九頭から態々、隣町にある売買施設まで走ったという事か…息に交じって血が出そうだ。
「とりあえず…ここに隠れている間に何かとんでもねぇ…事をしてくるかもしれねぇし…とりあえず中に入ろうぜ…」
蔵田が一歩踏み出した時にスーパーマーケットの中から悪魔のうめき声が多数聞こえた。
「ってか、追いつけるんですか…あんな状態で…」
「…しらね」
――◇――
廃れたスーパーマーケットの中は電気が付いてない故に薄暗い廃墟と化していたが、それでもあちこちを動き回る悪魔の姿ははっきりと見えた。にしても、あの男はあんな中を平然と走る事が出来たのか…それが少し気になる。
――おい!悪魔が一匹こっちへ来るぞ!
蔵田はゲル状の姿をした悪魔を指さしながら小さく叫んだ。
近くには倉庫がある…そこに隠れた方がいい。僕はそう指示をしながら二人と一緒に倉庫の中へ入った。
――◇――
「誰?」
その声は扉を閉めた途端に聞こえた。僕たちは思わずびくっとしながら立ち止まったが、よく見ると倉庫の中に少しオシャレな格好をした若い女性が倉庫の奥に立っているのが見える。
「ん…?もしかして……"坂東"先輩じゃないですか!?」
「先輩…?あぁ!あんた、稲見ちゃんじゃない!ひょっとして稲見ちゃんも巻き込まれたの?」
「…はい。今すっごく困っているんです!何か知っている事があれば教えて下さい!」
何故だかしらないが、僕は思わず蔵田と共に首を傾げた。
――◇――
稲見が"坂東"と呼ばれた先輩に事情と羽嶋が教えてくれた考察を話し終えた。
「ふ~ん…その羽嶋っていう子、結構頭がいいんだね…って、お二人さんへの自己紹介がまだだったわね。私の名は"坂東淳子"、こんごともよろしく」
「で、先輩も何かこの異変に思い当たる所はありませんか?」
「私からは……特にないかな」
「えっ…」
「でも、ここら辺うろうろしていたら何か殴りたくなる様な感じの男が全力で管制室まで走っていく姿が見えたよ。何か、私を避けているみたいなんだけど…」
「あっ、そいつです。私たちが追っている人っていうのは」
「やっぱり?じゃあ、私が悪魔を使って管制室まで行きやすくしてあげようか?」
「大丈夫なんですか?坂東先輩」
「あー、大丈夫大丈夫。私これでも運よく強い悪魔を手に入れた女だから」
「強い悪魔?」
「まぁ、見てなって」
坂東は倉庫の扉を“バタン”という音をたたせながら手で強く押して開けた。すると、悪魔たちは音に反応して一斉にこちらを睨みつけてくる…
――おっ、旨そうな人間じゃん
とっとと、喰っちまおうぜ
「全く破廉恥な悪魔だこと…」
そういいながら坂東先輩は眠るように目を瞑り、自身の目の前に美しい女性を召喚した。
――我は"アマテラス"…邪悪なる存在を振り払いましょう…
アマテラスと名乗った美しい女性は手を天に掲げ、そこから強い光を生み出した。その光は辺りにいる全ての邪悪な悪魔を振り払うように消し、それを見る稲見の目を輝かす…辺りに悪魔が全ていなくなると、坂東はアマテラスを戻した。
「ね?強いでしょ?正直悪魔と呼ぶにはかなり違っていると思うけど…」
「あのー、坂東先輩…でいいんでしたっけ。実際、この世界には先輩のと同じくらい強い悪魔を持っている奴がいるんっすかね?正直、俺先輩みたいなのを敵に回すと思うと不安になっちゃいました」
「いるんじゃない?でも、あんた達も己の道に辿って進んでいけばきっと強くなれるかもね。あんた達の持つ悪魔もあんた自身も」
そういいながら坂東は悪魔を戻し、スーパーマーケットを去ろうとした。
「あれ?先輩?何で出ていっちゃうんですか?折角、合流できたのに」
「私も忙しいのよ。実は私は"当ても無い人探し"をしているんだから。しかも二人も探しているのよ?」
「二人?」
「ええ、私の弟と私が中三の時の後輩なんだけれど……そうだ。弟の分しかないけど…」
坂東はこちらを振り返り、ズボンのポケットから写真を一枚取り出した。彼女はその写真をたまたま近くにいた僕に手渡す。写真を見てみるとサングラスを掛けた無表情な男が映っていた。この無表情の表情が彼の静かな凶暴性を表現している様だ。
「あいにく後輩のは持ち合わせていなかったんだけど、これは弟の写真よ。よく他の不良と喧嘩していて圧勝しちゃってそれで退学になったんだけど、そこで家業を継いだの。喧嘩も強かったから当然その家業ではかなりいい実績を出したんだけど…ここで問題、私の言う家業とは何でしょうか!」
突然の質問に戸惑ったが、少し考えただけで答えが分かった…あまり口には出したくないが、このサングラスを掛けた無表情な男…しかも、喧嘩も強い…分かったような気がするがこれは本当に口に出していいのだろうか?「ヤクザ」と…
…気が付いたら、“ヤクザ”という言い難い答えを口から漏らしてしまった。
「…正解」
「えっ、先輩ってヤクザの娘だったんですか!?」
「そう、私の家業はヤクザなの。本当はずっと内緒にしたかったんだけどね。名前は"鬼原組"と言って、根の悪さにおいても喧嘩の強さにおいても凄く危険な組織よ?部下ならまだしも3人の大幹部を敵に回してしまえば…あんた達はかなり苦しい戦いを強いられるでしょうね」
「えっ、ちょっ、坂東先輩、それ分かってて俺らなんかに頼んだんですか!?」
「ついでで良いのよ。ついでにね。どっかでふらっとして会った時には『私が探していた』と言っておいて。鬼原組自身もこの異変に結構関わっているから有益な情報を聞き出せるかもしれないし」
「鬼原組が…?」
「まぁ、これ以上の事は彼本人から聞いて。前も言った通り、あまり口にしたくなかったんだから。しかも、あんた達にも今やるべき事があるんでしょ?」
その言葉でふと脳裏に、男の顔が思い浮かんだ。そうだ、突然僕たちを襲ってきた男から情報を聞き出す事だった。更なる疑問が芽生えたが、今はあの男を捕まえる事が最優先だ。
「じゃあ、稲見ちゃん達とまた生きて会える事を願っているわ。それじゃあね」
坂東先輩は今度こそ後ろを振り向き、去って行った。
「坂東先輩から結構手がかり手に入れたな。でも、今は2階の管制室であの野郎からも色んな事吐かせるのが最優先だ」
「そうですね。詳しい事は羽嶋先輩の所まで帰ってからがベストだと思います。じゃっ、行きましょうか」
そうして僕たちはスーパーマーケットの中を歩きだした。微かながら、僕たちの心の中には希望が芽生えていた。もしかしたら、こんな悪夢から…