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第一話 悪魔

――この人の子が深淵を這いずりし時の記憶を持った者か…


 …気が付くと僕は豪華な洋風の部屋の中で意識がぼやけているまま気が付いた。前には厳格な姿をした3人の男が立っている。暫くの沈黙が続いた後、遂に左にいる男が口を開いた。


「記憶を持ったとしても所詮は人の子だ。捨てておけ」

「いえ、彼は我が加護の元にて勇敢なる人の子として成長するべきです」


 右にいる男が口を挟んだ後にまた沈黙が走り、今度は中央の男が口を開いた。


「この者の魂は面白い記憶を持っている。貴様らの思うようになるのはまだ早い」


 中央の男はこちらをじっと見つめた…


「さて人の子よ。汝は"最後の善意"が生みだした“悪夢”に苦しむ事になるであろう。まずは悪夢の戦火から免れてみせよ。さすれば汝は我の元まで辿りつくであろう…」


 僕の視界は真っ白になった。僕は彼らの言っている事が分らなかったが、これだけはわかる…


――僕は今悪夢にうなされている事…ただそれだけ…



 僕は目が覚めた。これで眠ったのは二回だろうか…最近はなぜかよく夢を見る。

 僕は立ち上がり、辺りを見渡した…どうやら公園の広場で倒れていた様だ。だが、さっきとかなり雰囲気が違っていた。誰もいなく、木が倒れたり床が荒れたり手すり等が壊れたりもしている。人がいるとすれば近くに倒れている蔵田だった。


「んー…」


 どうやら彼は気持ちよさそうに寝ている様だが、今は良い夢を見ている途中でも寝かせる訳にもいかない。僕は彼の体を揺すって起こした。


「ん…?葉月か…おはよう…」


 蔵田くんはあくびをしながら立ち上がる…そして、意識が元に戻った所でハッとした様に目を大きくした。


「そういえば俺達どうしてこんな所で寝ていたんだ?」


 確か待ち合わせ場所で僕が来た後で…そう、下台総合通信塔を見た。すると、うっすらと少女の悲しい表情が見えて…それからだ。気を失ったのは…


「…にしても、羽嶋の奴と稲見ちゃん何処行ったんだぁ?」


 蔵田くんは頭を掻きながら地図の方を向いた。


「って…あれ?どっかに行っちまったのは俺達の方か。ほら、この地図見てみろよ。

 現在地は矢印に書いてある通り、公園の真ん中の方にあるだろ?でも、前まで俺たちがいた所…というより、待ち合わせ場所は西の方にあるぜ。しかも出口の前だしな。一体何が起きたのかはしらねーけどあいつらがいるかもしれないから、一旦戻ってきた方がいいかもな」


 確かにあの場所まで戻れば誰かに会えるかもしれない。確かにこのまま立ち止まるよりは良い。


「んじゃ、決まりだな。行くぜ」


 その短い掛け声とともに僕と蔵田は歩き出した。間違いなくこの時には、僕にも蔵田にも不安があっただろう。そう言い切れる自信には、彼の声に僅かな“震え”があったからだ。勿論、僕にも不安がある。


――◇――


かれこれ歩いて数分が経った。僕は相変わらず不安を抱きながら蔵田と共に歩いているが、そんな中でも気付く事はいくつかあった。といっても、それは目に見える事でその内の一つが所々で木が折られた様に倒れていた事だ。『折られた様に』とは根元から倒れたのではなく、幹がまるで枝の様に折られて倒れたという状態からこの様に例えた。チェーンソー或いは斧だったら分かるが、もしそうやって幹が切られて倒れたのならば断面はギザギザになっている筈だ。

 それともう一つある。所々に血が流れているという事だ。…わざわざ丁寧に説明せずとも分かるだろう。この血が最も僕の不安を煽った。間違いなくここに何かが潜んでいる…


「一体、俺達が気を失っている間に何があったんだろうな…いくらなんでもこの有様は普通じゃねぇよ…」


 蔵田はようやく口を開いた。しかし、それは不安を吐きだす為に吐いた言葉である事は既に分かり切っている。逆にそうでなければおかしい。


――◇――


 また時が経つ…『時が経つ』と言ってもこれもまた数分程度しか経ってないが。僕が丁度「そろそろ着く筈だ…」と心の中で呟いた時のことだった。


「うおっ、なんだこりゃ…」


 蔵田が立ち止まっていたのを見た僕は思わず、引っ張られるように立ち止った。正面を見つめると、九頭公園の巨大なシンボルツリー“ユメビキマモリ”が倒れた事によって階段が崩れている姿が見える。その階段は不運にもかなり長い階段だったので普通には渡れなかったが、どっちかがもう一人を持ちあげて、持ち上げられた方が持ち上げた方を引っ張れば何とかよじ登れそうだ。


「それじゃあ俺がお前を持ちあげるからお前はよじ登った後に俺を引っ張ってくれよ。頼んだぜ」


 蔵田と共に崩れた階段に近づき、彼は僕の胴体を持ちあげた。そして僕は崩れた階段をよじ登る。


「よし、今度はお前が俺を引っ張る番だ」


 蔵田くんは手を差し伸べ、僕はそれを上から引っ張ぱる。…彼も崩れた階段を登り終えた。


「ふぅ…面倒だったけど何とか一件落着…」


 そういいながら前を向いた瞬間に彼は瞳を大きくしながら息を止めた。


「ウウウ…」


 …よく耳を澄ますと何かのうめき声が後ろから聞こえる。僕は命の危険を感じ、反射的に声がする方を向く。するとそこには人間の男の姿が見えた。彼は皮膚は腐りかけていて、血濡れた歯を剥き出しにし、紅く染まった爪を見せつけながら白目を向いている。


「ウウウ…オ、オレハ…“グラーキ”ニ…イワレタ…オマエヲ…連レロト…グラーキハ…イッタ…」


 僕はその言葉と男の血濡れた風貌に唖然とした。腐りかけた皮膚、血濡れた歯、紅く染まった爪、白目、中途半端な知能…これは全部ゾンビ特徴だ!

 僕は愕然とした。恐怖、絶望の二つが僕の感情の中で豪快なダンスを踊っている。涙すら出なかった、声すら出なかった…

 人間だったゾンビがこちらに飛びかかってきても僕は全く動けなかった。ただ立ち尽くすだけだった。そして、ゾンビだけでなく強烈な眠気も僕を襲う…


――◇――


 気が付くと、僕は夜空の草原にいた…いつか、どこかで見た事がある景色だ。


「遂に出会ったか。目に見えなかった災厄である"悪魔"に…いや、彼の場合はゾンビという悪魔にされた男か…」


 後ろから声が聞こえた。そこを振り向くと、そこには悲しい表情をした仮面を被った男の姿が見える。これも覚えていた。

 ならばこの景色は何だろうか。この男は何だろうか。少し混乱はしているが前よりは冷静にいられた。


「…ここは彼女の記憶であり、そして彼女の善意を支えていた記憶の夢だ。そして、私は君たちの中に眠ってある"夢見る力"を呼び起こす為にここに呼んだのだ。」


 夢見る力?何だそれは?またあの時と同じように混乱してきた。


「君はまずは彼女の善意から脱出しなければならない。その間は君が夢の主役であり、“悪夢を這いずり回る者”として行動するだろう。その為に私は君達に悪魔と対抗できる為の夢を授けた。さあ、悪魔は目の前にいる。夢見てそれを倒したまえ…」


――◇――


 一つ瞬きをすると、目の前にゾンビが僕に向かって飛びかかる姿が見える…怪物が僕を引っ掻こうとした途端、蔵田くんが木の棒でゾンビを強く叩き下した。


「葉月!この棒はお前が持つんだ!俺はボクシングやってるから素手でも大丈夫だ!早く!」


 僕は蔵田くんから木の棒を受け取り、すぐに木の棒を何度もゾンビに振り下ろした。しかし、そうしてもゾンビは少量の血を流しながら呻いているだけで倒れる様子はない…


「くそっ、何で倒れねぇんだ!」


 ゾンビの恐ろしい生命力に怯んでいる一瞬の隙に怪物の腕が爪を立てながら僕の足を引っ張った。

 食い込んだ爪に痛みを感じた時か。僕が初めて意味ある夢見た時は。


――What dream do you see?


僕が眠る様に目を瞑った途端、僕の前に何かが形成されようとしているのを感じた。ゾンビもそれに驚いたのかあっさりと掴んだ足を離す。そして、目を開けるとそこには矛を持った異形の悪魔が立っていた。


――イザナギ


 僕の頭の中に突如、その名前が浮かぶ…それはこの悪魔の名前だった。しかし何故、僕は突然この異形の怪物達を悪魔と呼ぶようになったのか…だが、その理由は知る術もない。すると、"イザナギ"と思われる悪魔は僕に話しかけた。


――悪夢を這いずり回りし者に告ごう。生きたければ夢見て我に念じろ…


 その声は頭に直接重く響いてくる…だが、それに驚く事も無く僕はこう念じた…


――この悪魔を倒せ…


 イザナギは軽く頷いた後、悪魔に近づき矛を振りかざした。すると、怪物はまるで豆腐の様に真っ二つに切り裂かれたではないか。それを見た蔵田は圧倒されていた。


――再び告ごう。生きたければ夢見よ…


 そういいながら、イザナギは結晶となり飛び散った後に僕の頭へと還った。


「葉月…一体これは何なのか説明してくれよ…俺はついに肉体ごと悪夢に連れ去られちまったのか?」


 その声は横からの蔵田くんの声だった。彼は腰を抜かしながら笑っている…勿論、面白いから笑っているのではなく、怖いから怯えているのだ。少し経つと彼は笑いを抑えた後、震える足を止めながら立ち上がった。


「まぁ、でもお前に俺は助けられたもんな…ありがとよ」


 


「さっ、またあの怪物みたいなのが来ない内に西口に行こうぜ。そこまでもう少しだしさ」


 僕は軽く頷き、蔵田くんと共にまた道を進んだ…僕はこの時には怖れ知らずな状態だった。しかし、この時にはここの真の恐ろしさを知る術もなかった。この後に迫る強大な悪魔の影はそれを知る一つのきっかけとなるだろう。


『ユメビキマモリとは…


 この緑あふれる九頭公園のシンボルツリーであり、同時にこの公園の守り神とも伝えられました。

  1950年のこの公園の湖には夢で人を誘いこんではそれを化け物にする強大な邪神が住んでおり、それを封印する為に当時の日本の強力な魔術師である“春山琳輔”はここにユメビキマモリの木を植え、その木は湖にある邪悪な養分を吸い取りそれを糧としました』


――◇――


 ここはどこ?

              …そう夢か。

 じゃあ私はどうしてこんな湖の所まで勝手に歩いているのだろう?

              …いや、分かる訳ないよね。

 何だろうこのドキドキした感じは?

              …それはね、恐怖だったよ。


――助けて…


――◇――


あの場所から少し歩くと今度は沢山の襲いかかっているゾンビに一人の警察らしき男が発砲している光景が見えた。このままではやられる…僕は思わず夢見る力を使い、イザナギにゾンビの群れを全て斬らせた。その光景に唖然とした警察に蔵田は後ろから声をかける。


「大丈夫っすか!?」

「今のは…君達がやったのか?」


 警官は安心と疑問を交えた様な表情で銃をしまいながらこちらを振り向く。


「どうやら君たちはあの悪魔の“夢引き”に掛かっていない様だ…」

「夢引き?なんすかそれ」

「…君達はもう見たかい?この公園のシンボルツリーが倒された姿を」

「あぁ、あれが倒れたせいで階段が崩れましたから登るの大変でしたよ」

「うん。僕も君達がくる10分前位にそこを登って、この先にある湖に着いたんだ。すると、まるでウニとナメクジを足した様な不気味で巨大な悪魔が沢山の人…いや、ゾンビかな。それを従えながら襲ってきたんだ」

「それじゃあ、葉月が倒したあのゾンビも…」

「そうだ。という事はもう君達は悪魔を使う力を持っている様だね」

「あんたもあの力を持っているんですか?」

「あぁ、僕も使えるよ。ただ、悪魔と戦って戦えない状態になってしまったけどね」


 やはり自分の持つ悪魔もやられる可能性があるのか…だが、この先に強い悪魔がいるとなるとそれは明らかにこの先に進むにおいての障害になってしまうだろう。つまり、その悪魔を倒さざるを得ない状況になる可能性が高いという訳だ。僕は警官に悪魔についての情報を言う様に頼む。


「悪魔についての情報…って、君はもしかしてあの悪魔を倒すのかい?」


 僕は無言で頷いた。


「そうか。じゃあ僕は君を手伝おう」

「ってか、勝機は有るのかよ?葉月」


 正直に言うと、勝機なんて無い。ただ、その逆も無かった。じゃあ、なんで僕は強大な悪魔を倒す道を選んだか。答えは極めて簡単であり単純なものである。

 それ以外の道の先にある物が悪夢しかないからだ。


「…分かった。前に僕は『シンボルツリーが倒れたのを見たか』と聞いたよね。僕の推測なんだけど、実はあの木って…この先にいる悪魔を弱める為の物だったんだ」

「えっ?」

「シンボルツリーの名前はもう知っているよね。『ユメビキマモリ』というんだけど、この先にいる悪魔はそれが折れたせいで復活して、簡単に『夢引き』という催眠効果がある悪夢を使って操る行為が出来てしまったんだ。それによって一部の人は全員毒液を注入されてゾンビになった。

 実は同じような事件が1950年にも起きて、日本で有名な魔術師さんにあの木を使って悪魔を封印させて解決したんだけど、その時に魔術師さんが言った悪魔の名前らしき言葉が“グラーキ”なんだ」


 僕はその情報を聞いて急に不安になった。もしその“グラーキ”という悪魔に稲見や羽嶋が彼らと同じ目にあったと思うと即座に叫びたい気持ちになる。


「だが、倒せない訳じゃない。奴はまだ復活したばかりだから悪魔を使えば勝てるかもしれないよ。だから、僕は君達に武器をあげよう」


 警察は僕にナイフと銃を一本、蔵田に銃を一本譲った。


「ちょっ、待ってくださいよ。銃なんて使って大丈夫っすか?」

「大丈夫、反動が弱い銃だから一般人でも扱えるよ」


――◇――


 湖に辿りついた。すると、そこには“グラーキ”と思われるウニとナメクジを足した様な姿をしている分厚い唇と3つの黄色い眼をもっている悪魔が鎮座していた。何か呟いているようだ。こちらにはまだ気付いてない


「やっべーな…生理的に受け付けないというか、気持ち悪いというか…とにかくあんなのに触りたくねぇ…」

「こうしてみると、神話は本当に実話だったのかもね…勿論、こんなのなんて信じたくないけど…あっ!」


 警察が何かに気付いた様な声を出すと、グラーキの前に茶髪のミドルヘアの少女がうなされる様に目を瞑りながら歩いてきた。僕と蔵田は少女を見てすぐに一つの名前が浮かび上がる。


――稲見麗子…!


 僕は自分でも驚く位の速さで背中にある鉄製のトゲで稲見の胸をさそうとするグラーキまで近づき、警察から渡されたナイフを使って、トゲを斬り落とした。


――僕の魂の赴きは彼女を救う事が出来た様だ。

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